〈第12葉〉墓前にて

 *前回までのあらすじ*


 アンネ=フリージアの墓参のために村外れの教会を訪れたリンネは、教会で働いている修道女らしき娘と出会う。


_______________________________


「こちらが共同墓地です」


 教会の裏口を除く三方を柵で囲われた共同墓地には数十の墓石が規則的に並べられていた。四隅に至るまで敷き土の高さは均一に保たれている。先程の広大なオルデ畑を見た後ということもあってさほど広くは感じられなかったが、小綺麗な印象があった。


「随分と丁寧に手入れをなされているのですね」

「ええ。人の生死は大地の上で営まれる一繋がりの鎖のようなものですから」


 言いながら、娘は墓地の柵と一続きとなった小さな戸の閂を抜いた。野生動物から墓を守るためだろう。戸を引き、娘はリンネに中に入るよう促した。


「ですから、私たちは臨終の場である墓地を大切にしています」

「素晴らしいお考えだと思います」

 リンネは真摯しんしな口調で言った。


 アンネ=フリージアの墓は、他のものよりも一回り大きなものだった。墓石の彫刻も、他の墓に比べて精緻せいちな絵様を誇っている。


《アンネ=フリージア》

《正暦二百八十五年森氷月六日没》


 墓標に刻まれた文字を目で追いながら、リンネは腰を屈めた。

「供物の風習などは?」

「基本的に土に還るものでしたら自由です」

 その言葉を受けて、リンネはポーチから試験管に入った白い花の束を取り出した。茎を手折って、花弁だけが見えるように土を被せる。作業を終えると、リンネは立ち上がりざまに胸の前で十字を切った。


「やはり、花を供えるのは芳しくないでしょうか」


 娘はリンネの言葉に少し怯んだ様子を見せたが、


「……いいえ。人の心ゆき次第です。先生もお喜びになっているかと思います」


 そう言って微笑した。リンネが植物学者という奇怪な職に就いていることを、娘は教会の中で聞いていた。


「そのお花は、【アスタシオ】ですか」

「よくご存知ですね」

「昔は鎮魂花として有名でしたから」


「アスタ目アスタ科アスタシオ。鎮魂の意味が含まれる花の中では、最もポピュラーなものです。近縁種のロンタシオとの区別は葉の形状。尖っている方がアスタシオで、ロンタシオは丸い葉が特徴です。両者共に今でこそ道端でよく見かけるものですが、原産は東のトージュロ大陸とされています」


 いつものように薀蓄うんちくを語り終えたところで、リンネは一つ呼吸を入れた。


「アスタシオは昔、アンネ=フリージアが好んでいた花でもあるんです」


「……お知り合い、だったのですか」

「正確には、植物学者だった父親の、です。植物の研究者として非常に優れた人物だったと聞いています。幼少期の頃、私は一度だけ彼女に会ったことがあるそうですが、残念ながらほとんど記憶にありません」


 父の仕事場で、リンネは彼女の話をよく聞かされていた。アスタシオの花の話を聞いたのもそのときだったのだろう。父もアスタシオの花を好んでいた。


「――もっとも、父も彼女も亡くなった今となっては、確かめようもありませんが」


 出来るだけそう軽く言って、リンネは娘の方を向き直った。娘は肩を強張らせて、言葉に詰まっている様子だった。


「つまらない話をしてすみませんでした。用事も終わりましたし、そろそろ私はこれで」

「……この後は、どちらへ?」


 やや控え目に娘が聞いた。


「薬草園へ行くつもりです」

「その……それはあまりお勧めしません。どうか考えをお改め下さい」

「それはまた、どうして?」


 リンネはその理由を既に昨日、ラモザ老人から聞いていた。それでもなお追及を続けたのは、この娘から何かしら新しい情報を得ることが出来るのではと期待したためである。


 娘は周囲を気にするような素振りを見せた後、


「化物が、出るのです」


 睨めつけるほどに真剣な目つきになって、そう言った。

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