ようこそ、世界の終焉へ。ー福谷利太郎の手記ー
高宮 新太
ベージその1 ようこそ、世界の終焉へ。
僕らが目を覚ました時、世界は終わっていました。
世界の真ん中で悠々と過ごしていた僕たちは、その瞬間から、世界からつまみ出されたのです。
何者でもなくなった僕たちは、最早、主人公ではなくなった僕たちは――――――。
これから綴るのは、そんな世界でそれでも必死に生きていった、僕らの冒険譚。
真っ暗な箱の中、数十人の人の気配、息遣い。
僕は何が起きたのか、何が起こったのか分かりませんでした。
ぼやけた頭の中で記憶を辿ろうと思っても、靄がかかったように上手く思い出せません。
辺りを見回しても、暗くてよく分かりません。体も思うように動かない。心当たりも覚えもない。こんなところになぜいるのかも、本当に何一つわかりませんでした。
唯一わかるのは、自分が男だということと14歳であるということ。そして
「いだっ」
とにかく体を起こそうとすると、頭が何か硬いものにぶつかりました。わけもわからず暗い目の前を手で押すとふわっとした感覚。何かを開いてしまったようです。
自らをベットのような何かから体を起こし冷んやりとした床に足がつきます。
やがて、暗闇に目が慣れ始めると、ようやく人の輪郭くらいは分かるようになってきました。
「ここ、どこ?」
声からして、女の子。顔の表情まではよく見えないですけれど、不安に怯えているのがわかりました。
その女の子の他に、ざっと見まわしてみても数百人。それくらいの大人数がこの狭い箱のような部屋に閉じ込められています。
「おい!とりあえず、全員目覚めたか!?」
どうやら、僕とその女の子がこの部屋にいる人の中で最後に目が覚めたようでした。
「ここがどこかわかるやつはいるか!?」
「「「・・・・・・・・・・・・・」」」
野太い男の声。ですが、その声に答える者はいません。
誰も知らない、誰もわからない。
なぜこんなところにいるのか、なぜ自分の記憶がないのか、自分は何者なのか。
その問いに答えられるものは誰もいませんでした。
「とにかく!ここから脱出しよう!そうすれば何かわかるかもしれない!」
野太い声の男はそう指示を出しました。何もわからないこの場所で、唯一この人の声は安心できるものでした。
具体的に、何人いるのかはわかりませんがとにかく物凄い数の人間が、その一人の男の指示に従って動き出します。
ただ、どこに行って何をすればここから出られるのか、肝心なことが誰一人わかりません。
戸惑い、不安、恐怖。
そういった負の感情が、確実に、空気を蝕んでいました。
少なくとも百人以上。その全員が、現状を把握できていないこの現状は。確実に異常と呼べるもののはずです。
四方を壁に囲まれ、天井も低い。およそ出口らしきものも見えない。この閉鎖的な空間において、集団でいるのは不向きでした。
「あああああ!!もう!!いい加減にしろよ!!」
発狂したような絶叫が響くのも時間の問題だったでしょう。
「誰もわかんねえのかよ!!ざっけんなよ!なんだよこれ!!なんかの実験か!!?」
その問いにだって、答えられる者はいませんでした。
「おい落着け、冷静になって対処すればとりあえずここからは出られるはずだ。これが何かの実験にせよ、なんにせよこれだけ人がいるんだ。出られる方法は何かしらある」
「ふざんけんな!!だったらその出口ってやつを早く見つけろよ!!寒くて仕方ねえんだよ!!」
その言葉で僕はようやく寒さに身を震わせていることに気が付きました。
確かに男の言う通り、そこはとてつもなく寒い、極寒と呼べるものでした。
風が入ってきているわけでもない、完全な密室のはずなのに。
「私、怖い・・・・」
僕と同時に目覚めた女の子。隣で寒さと恐怖で腕が震えているのがわかりました。
なにか、安心出来るように。
そう思いましたが、結局、僕は何も言えず、何もできません。
それはきっと、僕だって怖かったから。
何も知らない場所、知らない人。知らない自分。
そんな不確定な要素がたまらなく怖かったのです。
「とにかく!みんな落ち着こう。ここはどう見ても人工物だ。だとしたら絶対に人の出入りをする場所があるはずだ。みんな自分の近くを探してみてくれ」
だから、ブレないその男の声に僕は安心しました。
僕だけでなく、他の人も同様のようで、皆、おずおずと男の言う通り近くに何かないか探し始めます。
かくいう僕もそこでやっと自分の周辺を認識し始めました。
ペタペタと床を触ると、少しヒンヤリして、大理石のようなものに感じます。他にあるものと言えば先ほど出たベット。細かく調べると何かカプセルのようなものに見えました。どうやらここで僕は先ほどまで眠っていたようです。辺りを見まわすと同じようなものがいくつも。
天井は立って手を伸ばしてぎりぎり届くか届かないか。囲まれている壁は遠く、僕のいる位置では確かめようがありません。
そこまで確認しても出口らしきもののヒントすらなく、出口そのものを見つけるなんて夢のまた夢でした。
「・・・・・・・」
ここは地上なのでしょうか。地下なのでしょうか。それとも建物の一部なのか。それすらも判明しません。
「っひ。ヤダよう・・・・コワいよう・・・」
隣の女の子は何もわからない恐怖からか、ついに泣き出してしまいました。
その空気は伝染し、他にも、あちこちで女の人のすすり泣く声が聞こえてきます。
地べたに座り込み、じわりと、僕も泣きそうになったその時。
「あったわ!!」
その一言が、女の人のその声が部屋中に響き渡りました。
皆、口にするより早くその声の中心地へと集まりました。一刻も早く、この閉じられた世界から抜け出したかったのです。
「ここ。薄っすらだけど電子盤があるの。てことは、扉があるってことよね?」
確かに、その女性の言う通りそこには番号を入力し、ロックを解除するといったような類の電子盤がありました。
しかし、同時に問題も一つ。
「誰が開けられんだよこれ!!」
「ひっ・・・」
先ほど発狂したヒステリー気味の男性がまた大声をあげます。その声に隣の女の子は怯えていました。
「落ち着けよ。とにかく、出口はあったんだ。あとは出るだけだろう」
落ち着いたその声と、ヒステリックな声、そして女性の声が先頭となってこの部屋からの脱出を画策します。
「おい!誰かこのパスワードを知っている者はいるか!?」
結論から言うと扉は開きませんでした。
そもそも電源が通っていないのか、遮断されたのか。その電子ロックは使えなくなっていました。ですから、たとえそのロックを解除するパスワードを知っていても使えなかったでしょう。
「「「・・・・・・・・」」」
仮に、電気が通っていた、もしくは何かしらの手で復旧したとしてもパスワードを知る者はいませんでした。
勿論、僕にもわかりません。
そもそも自分の記憶すら不確かなのです、そんなもの知るわけがありません。
「・・・・・破ろう」
「はぁ!?」
「扉をぶち破るんだ。それしかない」
「そんなことできるの?」
「わからない。が、これだけいるんだ。やれないことはないだろう」
どうやら、扉を壊して外に出ると決めたようです。
「おい!力に自信のある奴は手を貸してくれ!今から扉を壊してここから出る!」
その声掛けにわらわらと人が集まりだします。
が、しかし。
「おいおいおいおいおい!どこにあんだよ扉!見分けつかねえじゃねえか!」
電子ロックがあるのだから扉もある。あるはずだとわかってはいるのですが、肝心の扉が見当たらない。見分けがつかない。
暗いというのもあるんでしょうが、それ以前にドアノブもなければ特に他の壁と目立った変化がない。
横にも縦にも、ただ同じように、冷えた硬い壁が続いているだけでした。
「どうすんだよ!ああ!?」
ヒステリックな声が、より一層響きます。
「待て、今考える」
その男の一言、一言に注目が集まっているのがわかりました。
いつの間にか、その人を中心に集団が動いていました。
僕はただ、それを脇で見ているばかり。まあ、腕っぷしに自信などありませんけど。
「分かった!音だ!」
「ああ?」
「扉の向こうは空洞になっているはずだ。だったら叩いた時の音で違いが出るはずだろう」
「なるほど!」
その主張に、皆も納得したようです。
「よし、皆静かにしてくれ。今から外に通じる扉を見つける」
その言葉を最後に、元々静かだった辺りは完全に静まり返ります。
シーンという静脈音がその場を支配しそうになった時、静かにトントン、トントン。と壁を叩いている音が聞こえてきました。
その音に、ある者は祈り、ある者は聞き入り、ある者は見つめ。
皆わずかばかりのその音に意識を集約させていました。
やがて―――――――――。
コンコン。
一定のリズムで刻まれていた音が、変わりました。
二度、三度。確かめるように音は鳴ります。
「うん。ここだな」
男の声が聞こえると、ワーッと割れんばかりの歓声が聞こえてきました。
隣の女の子も、ようやく安心したようなそんな空気を、僕は感じていました。
女の子だけじゃなく、ここにいる誰もが。
「待ってよみんな!!まだ開いたわけじゃないわ」
女性の声で、浮かれたような熱も急速に冷めていきます。
そう、まだ扉を見つけただけ。ロックを解除できない以上。開けることは叶いません。
「そ、そうだよ!どうすんだよ」
皆の視線が、自然と男に集まります。
「だから壊すんだ」
「壊すって言ったって道具なんかないぞ!」
扉を破壊できるだけのものはこの部屋にはありませんでした。あるのは、きっと人数分の僕が寝ていたのと同じカプセルだけ。
「だから皆で協力すればいけるはずだ!」
今までのその男の言動と行動で、信用はあると判断したのか、力に自信があると集まってきた人たちがその男と息を合わせ始めました。
「「「せーっの!!」」」
輪郭しか見えないその男達は、扉を前に体重をかけたり探ったり蹴破ろうとしたり、タックルをかけたりしていましたが、とうとう扉の前から離れてしまいました。
その男達の荒くなった息だけが、この閉じた空間に木霊します。
何もしなくなった、何もできなくなった男達を見て、僕らはようやく悟りました。
ここから、出ることは出来ないのだと。
絶望と、虚無感。周りの空気が次第に水彩画をぶちまけたような、そんな黒い色に染められていきます。
けれど僕はそれをただ眺めているだけでした。そのどちらの感情も抱きませんでした。きっと実感が沸かなかったのでしょう。
外がどんな景色で、自分は何をしていて、周りにはどんな人達がいたのか。
それが分からない、思い出せない自分にはすぐに絶望することさえ出来なかった。
無知とは恐ろしいモノです、現状を把握することさえできないのですから。
その時、そんなただ眺めている僕は、眺めていたからか、動く者がいることに気付きました。
誰もが座り込み、動こうとはしない中で唯一と言っていい動く人物。
「なんだ・・・・?何をしようって言うんだ?」
僕よりも背が高いということしかわからないその青年は扉に近づいていきます。
「おい。その扉は――――――――」
「開いたぞ」
開きました。
あの力自慢の男たち数人係でもびくともしなかったその扉。押しても押しても、軋む音一つ立てなかったその扉は、その青年がいともたやすく開けてしまいました。
なぜか。
その扉は、引き戸だったのです。
青年は何をするでもなく、ただ、扉を引いただけ。
それだけで、僕らの絶望は払拭されました。
「は、はは・・・・・」
リーダー格の男のどっと、疲れたようなその笑い。きっとその顔は引きつっていたことだと思います。
この状況で引き戸を馬鹿みたいに押していたなんてその時は笑い話にすらなりません。
ともあれ、扉が開いた。その事は紛れもない事実です。
一時は諦めかけていたその扉が、開いた。その事実に、段々と皆高揚していきました。
暗い黒から、明るい黄色。そんな風に変わった。この時の空気はそう感じました。
かくいう僕も、高揚とまではいきませんが安心したのは確かでしょう。外を覚えていないとはいえ、ずっとここにいるのも苦痛なのは火を見るよりも明らかでしたし。
「よし!皆!色々疑問はあると思うが、その疑問は全部外に出てからにしよう!ここは息苦しい!」
頼りになる声が、復活しました。
その声に賛同するように、皆立ち上がり今にも駆け出しそうな勢いでした。
けれど僕は、先ほどまでの安心を失いかけていました。
それは一つの疑問。
なぜ、扉は開いたのに、ここは暗いままなのだろう?
そのたった一つの些細な疑問。しかし、その疑問を頭の隅に追いやることがどうしてもできませんでした。
やっぱりここは地下なのか、それとも牢獄のように建物に閉じ込められているのか。
それはなぜか。
そんな妄想が、浮かんでは消えずに、しつこくこびりつきます。
しかし、そんな一個人の僕の疑問など放っておいて、集団は文字通りグングンと先に進んで行ってしまいます。
大人数が一斉に通れるほど、その扉は大きくありません。ですから皆二列に並んでぞろぞろと行列を進行させていきました。
「い、行かないの?」
女の子の声で、僕は我に返りました。
考えることはやめられませんでしたが、今はともかく、一刻も早く外が見たい。ただ、それだけでした。
「行くよ」
そのとき、僕は目覚めてから初めて声を発しました。こんな声だったのかと、ちょっとだけ驚いて、ああそういえばこんな声だったと、納得しました。
ぞろぞろと列を作った最後尾。僕と女の子はその列に従って進んでいきます。
扉を超え、なお暗闇。
わかるのは先ほどまでのようなしっかりした部屋というよりかは、荒削りで土が剥き出しで洞窟のような一本道だということ。
そして先ほどいた部屋よりなお寒い。まるで土から冷気が浴びせられているような歯の根っこがガチガチと噛み合わないほどの寒さでした。
それでも歩いていると数メートルもしないうちに壁にぶち当たります。一本道ですから迷ったわけではありません。
よくよく見てみると、そこだけは部屋と同様の石の壁が目の前に塞がっていました。
が、その壁は崩れ土に埋もれています。
さらに見てみると、土と同化して錆びてしまった梯子。どうやらこれに登るようです。前を歩いている人たちはどんどんと登っていきます。
それに倣って、僕と女の子も梯子を登り始めました。
「きゃあ!」
「だ、大丈夫?」
上を登っていた女の子が、足を踏み外したみたいです。暗いので気をつけないと直ぐに落ちてしまいます。
段々と上に上がるに連れ、光が差し込んできます。
まぶしさに目を細め何もわからず、僕らはそれでもなんとか注意を払いながら、最上部に辿り着きました。
真っ白。
そこにあったのは光と光と、そして光。
光で真っ白に染め上げられた世界は、先の部屋と同様に何が何だかわかりません。
ひょっこりと顔だけ出し、眩しさに手の甲が自らの目を覆い隠します。
やがて段々と光に目が慣れ始め、最初に視界に移ったのはきっと先ほどまでこの穴を塞いでいたはずの蓋のようなもの。次いでそこから皆の足が見えました。
ようやく、体全体を今までいた穴から完全に抜け出します。
ザクザクとした感触、足場が安定しません。
そんな足場から目線を上げると。
真っ白。
一瞬、何が起こったのか、本当にわかりませんでした。まだ光に目が慣れていないのだと思いました。
誰かの息をのむ音が聞こえて、隣で困惑している女の子を見て、ようやくこれが現実なのだと思い知らされました。
一面が銀世界。見渡す限り、真っ白。他の色が混ざり合うことがなく、存在しない。
雪。
これが雪原なのだと、僕は無くなった記憶の中でその一つだけ。ようやく思い出すことができたのでした。
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