ページその5 こんにちは、新たな知識。
この二日間。僕らは何もわからないままに、それでも必死に歩いてきました。
極限に寒い雪の中を。着の身着のまま、記憶すら失くして。
それでも必死に歩いてきました。
「——————————っ」
朝。
訳の分からないあの地下で目覚めてから、三度目の朝でした。
一番まともな朝でした。
寝ぼけた頭で辺りを見回そうとすると、首が痛みます。
首だけではありません。腰も、腕も、体のいたるところがカチカチに固まっているかのような、そんな感覚でした。
それでも、一番まともな朝でした。
段々と昨日の晩のことを思い出します。
そう、昨日僕らはようやく。この世界に触れることが出来ました。
今まで本当に何一つわからずに、もしかしたら違う星に来てしまったのではないかと、もしかしたらこの世界には僕らだけしかいないのではないかと。そんなことも考えて、不安でした。
けれど、その不安は杞憂に終わったのです。
この世界には、ちゃんと僕ら以外にも人間がいました。記憶がない中でもちゃんと僕らが知っている世界でした。
良かった。
本当に、良かった。
「6o!xzxs6g¥!7s@7d@<5c@bbf!」
————————ああ、どうやら僕は、まだ寝ぼけてしまっていたようです。
この世界は、僕らが知っている世界などではありませんでした。
この世界には、人間など一人もいませんでした。
そう、目の前にいる怪物が、何よりの証拠でした。
夢だと疑いたい。まだ、現実の僕は目が覚めておらず昨日のことも何もかもただの僕の勘違いだったのだと、そう誰かに笑ってほしい。
けれど、そう思えば思うほど、僕の脳みそは急速に冷えていきこれが現実なのだとそう認識させます。
痛いほどに。
目の前の怪物は、僕らを襲うこともなく何かを叫んでいます。
依然として言葉は通じませんが、その声にカネコさん達も目が覚めたようでした。
「・・・・おう、おはよう」
「お、おはようございます」
なんだか普通に挨拶しているのが不思議です。こんな時なのに。
いや、こんな時だから。でしょうか。
「いて、いてて」
どうやら怪物はここからどいてほしいようです。執拗にヒカルさんを箒のようなもので叩いています。まあ、それもそうでしょう。何せ僕らは店のカウンターと思しき場所でぐーすかと寝てしまっていたのですから。
人通りはまだあまりありませんが、きっとお店の準備など忙しいのだと推測します。
「すいません。すぐどくんで」
カネコさんは言葉と態度で謝りつつ、寝ぼけているヒカルさんを抱えてすぐにその場所から離れました。
お嬢さんもシライさんもクルマ君も小学生のような女の子も、カネコさんについていきます。
勿論、僕も。
少し歩いて、先ほどの商店街のような場所から、静けさがともる静観な住宅街といった場所に出ました。
住宅街といっても、家々に統一感はなくレンガ造りのような家から
その住宅街の路地裏のような場所に座り込んで作戦会議を開きます。
「そんで?これから一体どうするんだよ」
完全に目が覚めた様子のヒカルさんが言う通り、僕らにはまだ問題が山積みでした。
いくら街に着いたとはいえ、何一つ疑問は解決していません。
なぜ、僕らはあの地下に閉じ込められていたのか。
なぜ、僕らの記憶はあやふやなのか。
ここはいったいどこなのか。
挙げても挙げてもキリがないくらいに。
そして、街に着いて疑問は解消するどころか増えるばかりです。
あの怪物は何者なのか。人間はどこにいるのか。ここは本当に僕らが知っている世界なのか。
挙げても挙げても、キリがないくらいに。
「とにかく、情報を集めよう」
「情報って言ったってー、言葉が通じないのよ?」
「・・・・・・私、怖い」
シライさんはあの怪物の姿に身を震わせていました。
けれど、不思議と僕はあまりそうは思えませんでした。
確かに、最初は怖かった。見た目なんて怪物という表現がぴったりな化け物です。言葉も通じません。
けれど、なぜか、怖くはありませんでした。
それは、まだ何もされていないというのもあったかもしれませんが。
それでも。
「大丈夫ですよ。きっと」
誰に向けるでもなくそう言っていました。
「・・・・そうだな。アイツらは見た目はおっかないが、人間と変わらない生活をしてる。知性もあるみたいだ。きっと意味もなく襲われるなんてことはないだろう。とりあえずなにか情報が得られる場所にいこう」
カネコさんは僕の言うことに頷いて、立ち上がりました。
「そうね。ここにいても
「だな」
カネコさんの言うことに皆同意します。
やっぱり、カネコさんは凄い。僕が言いたかったことをそのまま代弁してくれました。
そんなカネコさんに僕はまたバカの一つ覚えのように尊敬しながら、僕らは歩き出します。
それが混沌への一歩とも知らぬままに・・・・。
僕らはひとまず、街を歩きました。
この街は比較的大きな街のようで、僕らが最初に訪れた商店街から小道を挟むと大きな広場に出ます。
そこにはまだ朝だというのに結構な人が洗濯や雑談などで賑わっていました。
本当に、人のようです。
姿形が違うだけで。
しかし、本物の人間はやっぱり見当たりませんでした。
ここには、いないのでしょうか。
それとも———————。
「<53;」
「e7jxt」
???
僕らが集団で固まっているとなんだか、辺りが騒がしくなってきました。
「なにこれー?」
「俺がわかるわけねえだろ。大体言葉だってわかんないんだし」
なぜ騒がしいのかわかりませんが、原因が僕らにあることだけは明白でした。
戸惑いや、好奇といった視線が突き刺さります。
不意にギュッと服の裾を握りしめられて、振り向くと怯えた表情のシライさんがいました。
そんなシライさんを背に。
「カネコさん」
僕はカネコさんを頼ります。
「ああ、とにかくここから——————————」
その言葉の続きは離れよう。そういった類の言葉だったと思います。けれど、カネコさんの口から言葉が続くことはありませんでした。
なぜなら。
「2dyd76so¥!」
「;yb4r>yq@!」
「e:e:e:e:e:!」
急に、それまでとは明らかに違う。武装した怪物が集団で襲ってきたからです。
怪物たちはしきりに何かを叫びながら、僕らを取り囲みます。
「な、なんだってんだよいきなり!」
「ギャーギャー喚かないでよ!男でしょ!?」
「皆、離れるな!一つに固まって両手を上げろ!抵抗する気がないことを示すんだ!!」
その明らかな敵意と、槍や剣で武装した怪物に僕らはパニックです。
何が何やらわからない。心当たりなどあるはずもありません。
そして、喧騒と困惑の中。
僕らは、怪物たちに捕らえられてしまいました。
「おい、これ、どこ行くんだ」
「一々聞かないでよ。そんなこと」
「そんなことってなんだ!大事なことだろ!俺たち食べられちゃうかもしんないんだぞ!」
「4>xeq@j;!!」
「「っ!!」」
怪物の一声に、騒がしかった二人の声が止みます。
僕らは、両手を縄で縛られどこかに連行されていました。
薄暗い建物の中。低い天井。
等間隔で並べられた
その灯火に照らされた皆の顔はまちまちで。
カネコさんは責任を感じているような重苦しい表情。
お嬢さんとヒカルさんは先ほど怪物に怒鳴られたのを引きずっているのか暗い顔をしています。
シライさんは顔面蒼白といった様子で、これから起こることに怯えているのでしょう。
クルマ君は・・・あまり変わりません。普段のように興味なさげです。ある意味で強靭な精神力の持ち主だと思いました。
未だに名前もわからない、どんな声をしていたのかすらよく思い出せない小学生のような女の子は、こちらもいつもと変わらない無表情でした。
僕は・・・・僕は、一体どんな表情をしていたのでしょうか。
不安。それはそうです。これからどうなるか不安でした。
焦り。それもあったのでしょう。こんな風に捕らえられては焦ります。
怒り。そういう感情もあるにはあったでしょう。
けど、この時の僕はそのどれもとは違う表情をしていたような気がします。なにか、事態が急転していく様なそんな感覚に、ある種一抹の期待のようなものを抱いていたのかもしれません。
しばらく歩いていると一気に開けた場所に出くわしました。
そこは、外より数段煌びやかでただっ広い大広間といった感じでした。
「gqt」
そこには、明らかに周りの怪物たちとは纏う雰囲気の種類が違うような老いて皺くちゃになったような怪物が何でもない椅子に腰かけていました。
「・・・7fliy:@yt」
重苦しい雰囲気の中、その老いた怪物が口を開きます。
が、やはり何と言っているのかわかりません。
失われている記憶の中にあるのか、それとも人間が操る言語ではないのか。
どちらにせよ、今の僕らには判別は不可能でした。
「s@bto7zwgqkq@」
何かを、何かを伝えている。
どうやら、僕らは少なくとも食べられるためにここに連行されてきたのではなさそうです。
それはわかりました。でも、一体じゃあどうすればいいというのか。
「老人よ、我々はあなたたちと敵対する気はない。どうかこの縄をほどいてくれ」
伝わらないとは知りつつも、他にどうしようもありません。
「ダイジョウブデスヨ。ソレハモシモノタメノアンゼンサクノヨウナモノデスカラ」
「!?」
急に聞こえるのは、紛れもなく日本語。
その馴染みのある日本語に、僕らは一斉にその声を発生していると思しき人物を探りました。
「アア、ヤハリマチガイナクニンゲンデスネ」
その声を発していたのは、その言葉とは裏腹に人間ではありませんでした。
真っ赤な肌に真っ黒い目。黒いローブを羽織っているソイツは僕らの半分ほどの体長もありません。
「あ、貴方は?」
流石のカネコさんも、動揺を隠せない様子。
今までと同じ見た目に違いはなく、怪物。ですが、操る言語は多少のぎこちなさはあるものの、僕らのそれと同じです。
「ワタシハ、コノセカイノレキシヲシラベルコトヲシゴトトシテイマス」
歴史を調べる?ああ、確か考古学者という職業があった気がします。
頭の隅っこに眠っていた記憶が揺り動かされているような感覚。これまでも何度かありました。
「歴史を・・・・。あの、僕達に教えて下さい。ここはどこで、あなた達は何なのか」
「ちょ!」
ヒカルさんが驚き、お嬢さんが目を見張ります。
が、カネコさんの表情は変わりませんでした。決意したような顔でした。
「エエ。イイデショウ。ソノカワリワタシタチニモアナタタチノコトヲオシエテクダサイ」
どうやらようやく、僕らの疑問の答えが聞けるときが来たようです。
「トイッテモ、アナタタチノギモンニオコタエデキルカドウカハワカリマセン。ワタシハワタシノシッテイルコトヲオハナシスルダケデス」
「ええ、それで十分です」
僕らは拘束から解かれ、大広間の一角にあるスペースで椅子に腰かけながらその怪物に話を聞くことになりました。
席には僕らと、老いた怪物と、日本語を喋れる怪物と、僕らをここまで連れてきた怪物がいました。
「マズハ・・・ソウデスネ。アナタタチニンゲンノコトカラハナシマショウ」
ごくりと、誰かが生唾を飲む音が聞こえました。
緊張が僕らの間を駆け巡ります。
「タンテキニモウシアゲマスト、アナタタチニンゲンハモウコノヨニハイマセン」
第一声。
その第一声で言われた言葉を僕らが飲み込むのに数十秒はかかりました。
ニンゲンハモウコノヨニハイマセン。
人間はもうこの世にはいません。
頭で変換されて、その言葉の意味を飲み込んで。
「ど、どういう意味だよそりゃ!」
ようやくそう声を荒げることが出来ました。
「gxj!!」
「ひっ!」
ヒカルさんが声を出して立ち上がった瞬間。後ろに控えていた兵たちが武器を構えます。
「9duxe」
それを、怪物が止めます。
「それは・・・どういう意味ですか?」
ヒカルさんと同じことを、カネコさんも訪ねます。重複していることを指摘する余裕を持った者は、僕らの中にはいませんでした。
「ニンゲンハ、ホロンダトイウコトデス」
ホロンダ?
滅んだ?
「・・・・なぜ、ですか」
滅んだというその一言が、僕らには理解できません。
なぜって、現にこうして僕らはここにいるのですから。あやふやな記憶の中でも、それでも確かに僕らの周りに人間はいた。70億人も。それがいないと。急に滅んだと言われたって信じられません。
「センソウ。デスヨ」
「そんな・・・・」
お嬢さんも信じられないといった様子です。
「ですが、僕らの記憶が確かならそんな人間が滅びるような戦争は」
「タシカナコトハワカリマセン。ナニセキチョウナキロクカラナニカラナニマデ、ソノトキウシナワレテシマッタノデスカラ。デスガ、ジジツナノデス。ソレダケハタシカナノデス」
固まる僕らをよそに、怪物はさらに言葉を続けます。
「ソレガ、ヤクイッセンネンマエニナリマス」
「・・・は?」
今、この怪物は何と言った?
全員がそう思考したことでしょう。
「一千年前!?そんな馬鹿な話があるか!!」
ついに、ヒカルさんだけでなくカネコさんまでもが声を荒げてしまいました。
けど、気持ちはわかります。
声を荒げこそしなかったものの、皆同じ気持ちでした。
「ケレド、ホントウノハナシデス。イッセンネンマエニ、イチドチキュウノブンメイハホロビタノデス」
つまり、まとめると。
今から一千年も前に地球の文明は人間達の戦争によって滅びた。
そう、目の前の怪物は言っているのです。
「ダカラ、ワタシタチハオドロイテイルノデス。ホロビタハズノニンゲンガ、イマコウシテメノマエニアラワレタノデスカラ」
だから、先ほど騒がしかったのか。
そこで僕はようやく合点がいきました。急に捕らえられたのもそのせいでしょう。
「うん?ちょっと待ってよ。地球は滅びたんでしょ?じゃあ今ここにいるアンタ達はなんなのよ」
お嬢さんが問い詰めます。
「ホロビタノハチキュウデハナクブンメイデス。ワレワレハ、ニンゲンノゼツメツゴシンカヲトゲテイマニイタリマス。イマハワタシタチガ、コノチキュウノセイタイケイナノデス」
猿が進化を遂げて人間になったように、この怪物たちもなんらかの進化を遂げて喋るようになり、知性が身に付き、こうして人間のように生活している。そういうことだろうか。
「???」
お嬢さんは話が難しいと感じたのか、わかりやすく頭の上に?をくっつけています。
「ていうかよ。その話が本当だったとして、なんでアンタは日本語使えるんだよ」
「ソレハホラ、サキホドイッタデショウ?ワタシハレキシヲシラベルコトヲシゴトニシテイルノデス。デスカラニホンゴニフレルキカイハスクナクナイノデスヨ」
「で、でも。さっき文明は滅んだって」
押し出がましいかもしれませんが、僕も口を挟まずにはいられませんでした。
「エエ。ホロビマシタ。デスガ、コトバハソウホロブコトハアリマセン。ワレワレガツカッテイナイトイウダケデ。ニホンゴハキセキテキニノコッテイタショモツナドカラベンキョウシマシタ」
確かに、本で調べただけならその変なイントネーションも頷けます。なにせ、本物を聞いたことがないのですから。
「ワタシガニンゲンニツイテシッテイルノハコレクライデス。ツギハアナタガタノバンデスヨ」
けれど、僕らは、その言葉に答えることができなかった。
あまりにも、受け止めるべき事実が重すぎて。
人類が滅んだ?もうどこにいっても人間には会えない?
でも、じゃあ、僕らは。
僕らは一体何なんだ?
滅んだはずの僕らは、けれど確かに、今ここに生きている。
それに僕らだけじゃない。
あの地下に閉じ込められていた百人前後は紛れもなく全員人間だった。
そもそも、なぜあそこに僕らは閉じ込められていたのか。他の記憶は徐々に戻っていくのに、それだけが依然として判明しない。
「・・・・・といっても、僕らは何を教えればいいのでしょうか」
「ホ・ホ・ホ」
変な笑い方。そんなくだらないことを考えました。
「ベツニ、フツウノコトデイイノデスヨ。ドンナフウニクラシテイタカトカ、ナニヲタベテイタノカトカ。ソンナコトヲネ」
その言葉に僕らは顔を見合わせます。
「そんなことでいいのなら。喜んで」
そして僕らは聞いたことの百倍は質問攻めに遭い、心身共に疲弊していました。
辺りはもう既に真っ暗です。
「・・・・驚いたなー。人類が滅んでる、なんてさ」
「あんた馬鹿ね。人類が滅んでるって聞いてそんな感想なの?」
「お前だって話の半分も理解してなかったじゃねえか」
「う、うるさいわねー」
ヒカルさんではありませんが、けれど本当に驚いた。あんまりにも突飛すぎて、それしか感想が出てきませんでした。
頭が正常に働かないような、強いショックを受けた。そんな感じでした。
「で?また、これからどうするって話に戻っちまうんだよなあ」
「え?そんなのあの人が紹介してくれたんでしょ?」
「はあ?お前あんなの本気にしてんのかよ」
二人が何を言っているのかというと、時間を少し遡る。
僕らが質問攻めに合っている頃。
「1do=@4:yd7iuo1t」
「アア!ソレハイイデスネ」
老いた怪物(名前はジャボネというらしい)が唐突に口を開いたのです。
「あの・・・・なんて?」
質問は一人一人別で行われていたため、そこには僕しかいませんでした。
「イエネ。ジャボネサンガボウケンシャニナッテハドウカ、トオッシャッテルンデス」
「冒険者、ですか?」
「エエ。イマ、チマダデリュウコウシテイルラシイデス。ワレラノシュウラクデモトリイレヨウトイウハナシニナッテイタノデスヨ」
冒険者が流行っている?言葉の意味がわかりませんでしたが、聞き返す間もなく話が進んでしまいます。
「ウンウン。ヤハリイイ。ドウデスカ?ボウケンシャトナレバ、ワレワレノキンコカラタショウノオカネヲダシテコノセカイヲタンサクスルコトガデキマス。タショウノキケンハツキモノデスガ、アナタガタニトッテワルクナイハナシダトオモイマスヨ」
冒険者。きっと男の子なら誰しもが一度はあこがれたはずです。
「ボウケンシャノオモナニンムハ、マチノケイビタイトソウカワリマセンガ。ナニシロ、コノセカイハマダハッテントジョウナノデス。ミカイノチハオオクアリマス。ソコニイケバ、アナタガタノカカエルギモンモカイケツスルカモシレマセンヨ?」
確かに、僕らは当面の目標を見失っていました。
目の前の考古学者が言うようにこの話は悪い話ではない。
そう思って、皆の質問が終わったときにこの話を皆にしたんです。
「なんでよ?いい話じゃない。お金出してくれるっていうんだし」
「はっ。言いなりになってるのが気に食わねえ」
「まあ、どちらにしても今夜はもう遅い。宿に泊まらせてくれると言っているんだし。ありがたく使わせてもらおう」
「やったー!久々のお布団だー!」
お嬢さんはそれだけで今までの問題が吹っ飛んでいるようです。
「お気楽だなー」
「アンタには言われたくないわ」
「ふふ」
・・・シライさんが、笑いました。
きっと、種類でいえばスーパーレアでしょう。
「あ、・・・・ご、ごめんなさい!こんな時なのに」
慌てて謝るシライさんに僕たちは顔を見合わせます。
「何言ってんのよ!全然いいわ。女の子はね、笑ったほうが可愛いのよ。笑顔は女の武器なんだから。数少ない女同士、仲良くしましょ。そっちの座敷童ちゃんも」
座敷童?
「ほら、座敷童みたいでしょ?」
小学生のような女の子は、お嬢さんに捕まります。
確かに、黒くて腰まである長い髪も小さい背も。座敷童のようです。もし和服なんか着たら尚更。
「ぶふっ!!」
その姿を想像したのでしょう。クルマ君がいきなり吹き出しました。
こうして、僕らは一番和気あいあいと。一番穏やかに三日目の幕を閉じることができました。
今までの不確かで不透明な毎日から一転、世界に触れることができたのは確実に進歩といえるでしょう。
けれど、この時の僕たちはまだ知らなかったのです。この一日は、僕らの物語はまだ序章にしか過ぎなかったことに・・・。
・ ・ ・
三日目。思い起こしてみても、あの頃は楽しかった。飽きることを知らないお嬢さんとヒカルさんの口喧嘩や、それを止めようとするカネコさん。クルマ君も女の子もいて、そして、シライさんもいました。
まだまだ何にも知らなかったけれど、いや。知らなかったからこそ。この頃が輝いて見えるのかもしれません。
この日記ももう5ページ目。
どれほど続くのはさておき、ひとまず僕のスタートはそろそろ終わりそうです。
それではまた。次のページで。
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