ベージその4 よろしく、初めての街。

 ありえない。ありえない光景でした。

 今までもわからないことだらけでしたが、それでもありえないことだけは起こりませんでした。

 わけのわからない場所で突然目覚めたのも、自分の記憶がないのも、一面に広がる銀世界も。

 わからないと困惑することはあれど、それでもありえないと驚愕することだけはありませんでした。

 だけど。

 今僕は、目の前の光景に対して、ありえないと驚愕し、頭で否定しています。目覚めてから初めて。

 それほど、僕にとって。いえ、この場にいた全員にとって驚くべきことでした。

「46z!32@<5d@75tbk7¥4!g84ⅰsv@w@whyd@7<5!」

 あの洞窟から歩いて歩いて、歩き疲れた時。ようやくその道は僕らの前に現れました。

 きれいに整備されてはいないけれども、それでも今までの道ならぬ道に比べるとはっきりとわかる人の手が加えられた道。

「uitqjzw7t@yq@!s@:!」

 いえ、特筆すべきはその道ではありません。その道に佇むモノと言えばいいのか。僕の表現力ではあまり正確にお伝えすることが難しいのですが。

 とにかく、僕らの目の前に現れたのは人ではありませんでした。

 人ではない何か。動物というには些か無理があるような。

 そもそも、言葉を喋っています。

 それが何語であるのか、それともただの鳴き声なのか。しかしそれにしてはいやに意思を感じるのです。

 体躯は小さく、緑色の肌色に腕や足やらに生えている真っ白い体毛。ギョロリと光る赤い目玉が二つ。

 そんな得体の知れないモノがまるで馬車のような物に跨って手綱を握っています。

 もっといえば、その馬車のようなものを引っ張っている存在も、分かりやすく馬ではありません。

 車輪がついたそれを四人?匹?なんて数えるのか定かではありませんが、上に乗っているモノよりさらに小っちゃいでんぐりむっくりとした鳥?のようなもの。それら全員に紐が伸びていて、それらは上のモノに集約されています。

 いや僕らにもそれがなんであるかわからないのですから、あまり詳しく語ることはできません。

 ただ一つ正確なのは、後ろにはいっぱいの荷物が積まれているということです。

 前述したように僕には記憶がありません。

 徐々に思い出したり、しなかったり。そういう断片的なものや知識、息の仕方や歩き方。そういったものはしっかりと頭の中にありますが、自分が何者でどういう人生を送っていたのか。あまり覚えてはいません。

 ですから、確信的なことは何も言えないのですが。でも、それでも。


 それが、非現実的なものであるということはわかります。 


「・・・なんじゃありゃ!」

 あまりの光景に僕らは全員言葉を失っていました。

 ショックとでも言うべきそれからいち早く声を上げたのはヒカルさんでした。

「q@to!s6;<5yq@9!s@:zw」

「あ、あれ!人間じゃねえよな!」

 なおも、何かを叫ぶように発声するモノに、ヒカルさんは泡を食ったように指をさします。

「・・・・・・」

 いつもは冷静で、何かしらの指示を出してくれていたカネコさんもこれには、流石に口を開けません。

「あのー、すいませんー」「おい!」

 何を考えたのか、お嬢さん。カネコさんの静止も振り切って、というか無視してそのモノのところに歩いて行ってしまいました。

 歩くといってもわずか数歩程度のものですが、僕らにとっては、その数歩は今までの数歩とはケタ違いに遠い数歩でした。

 それを、お嬢さんはスタスタとあっさり距離を詰めます。

「これって、街まで行きます?」

「uyq@!uib@q@c;f!」

 相変わらず通じない言語。けれど、お嬢さんは意味が分かるのかふんふんと頷いています。

 すると、急に。

 カネコさんから貰ったコートをおもむろに脱ぎ始めました。

「40!uyq@g84i!」

 これには流石のカネコさんも唖然としています。いったい何をしようとしているのか、皆目見当が付きません。

 コートの下は寒そうな薄着一枚。色々なところが露出した肌色成分多めな薄着。それだけです。

 そして、男性陣は、なんとなくお嬢さんがなにをしたいのかわかってしまいました。男の性というやつでしょう。

「・・・・?」

 シライさんだけが、未だわかっていないこの状況。小学生みたいな女の子は、どうでしょう。興味がないといった様子です。

「ほらー、おっぱいだよー」

 ぎゅむっと、実際したかどうかはわかりませんがそんな効果音が脳内で再生されます。

 お嬢さんは、どうやら色仕掛けに出るようです。言語が通じぬならば体で語ろうということでしょうか。まあ、そんな高尚なものではない気がしますが。

 というか、あんな怪物とでも呼ぶべきモノに色仕掛けなんて通じるのでしょうか。雄なのでしょうか?そもそも性別というものがあるのかすら、僕らにはわかりません。急に食べられたり、襲われたりしないという保証もない。

 そう考えるとそこはかとなく不安になりましたが、けれど他にどうするという代案もありません。

 ここは、一応彼女に任せて見ることにしました。

「」

 怪物は先ほどまで騒いでいた口を閉じます。じっと、見入っているのがわかりました。

 とりあえず、興味はあるようです。

「ほらほーら」

 チラチラと見せているのは、太もも。その程よく付いた肉付きと、丁寧に磨き上げてきたであろう肌の輝きが眩しく目に映って思わず目を逸らします。

「uyq@<5a3y!d94iyt!?」

 太ももフェチだったのでしょうか。チラチラと太ももの辺りを上下する布に釘付けになりながら、何かを喋っています。相変わらずなんて言っているのかはわかりませんが。

「私たち、街まで、乗せてって」

 すると、そこからお嬢さんはジェスチャーで何とかこっちの要求を伝えようとします。

 その怪物は、一度体を傾け、こちらとそれからお嬢さんのほうを見て、何かを考えます。

 それまでのやりとりを見るに、怪物には一定以上の知能が見受けられました。 

 ですから、どうにか上手く説明できれば町まで送ってもらえそうなものですが。

(よし、今のうちにこっそり裏から荷物に潜り込もう)

 小声で、カネコさんが指示を出します。

 そうか、その手があったかと僕らは得心して気づかれないようにこっそり、歩き始めました。お嬢さんにはジェスチャーでこちらの意図を告げます。

(こっちだ)

 カネコさんを先頭に、荷物の裏側に回り込みます。

 この馬車のようなものを引いていた鳥のようなものは、疲れたのか、道端にぐでーっと寝そべっていたおかげでなんとか気づかれずに潜り込めました。

 潜り込んだ、そこまでは良いのですが、そこからが大変です。  

 まず、圧倒的に狭い。

 何かの花や、果物らしきもの。それらがいっぱいに詰まっているそこにはあまりスペースはありません。

 6人、いえお嬢さんも入れれば7人です。そんなに入るかどうか。

 まず体の大きなカネコさん。次にひょろくて長いヒカルさん。そして僕とシライさんが乗り込んでスペースはなくなりました。

 のこるはクルマ君と小学生のような女の子です。

 女の子はともかく、クルマ君はギリギリ入るかどうか。

「・・・はーあ」 

 クルマ君はそんな現状に辟易したのか、大きく息を吐きました。

 今までを鑑みるに彼はあまり周囲と積極的にかかわろうとしていませんでした。僕だってそんな感じなので何も言えないのですが。

 今だって、見るからにやる気がなくめんどくさいという心の声が漏れています。

 ですから、僕はもしかしたらこの荷車には入ってこないのではないかと思いました。

 洞窟で探検を拒否した時のように、パスと簡単にそう言ってしまうのではないかと。

 

 それは嫌でした。

 

 別にクルマ君に対して友情も何もありません。けれども、ここで誰かにリタイアなど、僕はしてほしくありませんでした。これからどうなるかは誰にもわからないし、僕にも明確な希望などありません。

 が、それでも。せめて、ここがどこでこれからどうしていくのか。それが決まるまではこの7人で一緒にいたい。

 それは不安から来た願いでもありましたし、人数が減ることの寂しさみたいなものもありましたが。やっぱり、あの地下を出た時のあの皆がバラバラになっていく。あの感覚はもう味わいたくないというのが一番の理由だったと思います。

 それに、いつかは別れてしまうのかもしれないけどそれでも仲良く出来るのなら、そのほうがいいと思ったのです。僕はカネコさんのようにはなれないけれど、それでも、目指すことはできるから。

「———————、」

 だから、僕は手を伸ばします。まっすぐと、彼に届くように。

「・・・・いらねえよ」

 クルマ君は僕の手を払うと、ほんのちょっとの隙間に潜り込んできました。

「なに?」

「あ、いや。なんでも・・・・・」

 払われた手を見ながら、僕はきっと微笑んだような顔をしていたことでしょう。

 手が払われたことについてはショックではありましたが、けれど、ちゃんと乗ってくれた。別れないで済んだことが、なによりも嬉しかったのです。

(あ、女の子は?)

 そこで女の子がいないことに気が付きました。確かに先ほどまでクルマ君の後ろに佇んでいたはずなのに。

「・・・・・・」

 後ろを振り向くと、そこにいました。僕も存在感が薄いほうですが、この子には負けます。いつの間に乗り込んだんでしょうか。

 こう座り込んでいるとまるで座敷童みたいに見えます。

 そして、クルマ君が完全に乗り込んだ瞬間。グラグラと荷車が揺れます。どうやら出発するようです。

(おいおい!まだお嬢が残されたままだぞ!)

 そうです。僕らは多少狭いですがそれでもなんとか全員乗り込むことができました。


 怪物の気をそらしているお嬢さんを除いて。

 

 僕らが乗り込んだ場所には大きな荷物から小さな荷物まで大小様々な木箱が積まれていて布が被さってありました。先ほどの怪物が座っていた位置からここを覗くことはできませんが、代わりにこちらからも前を覗くことは出来ません。 

「<5a3y!4abe9!」

「あはは、なにそれおもしろーい。ウケるー」

 僕らが危惧していると不意に作ったような笑い声が聞こえてきました。どうやらいつの間にか、怪物の隣にお嬢さんは座らせてもらっていたようです。怖くないのでしょうか?

(ちゃっかりしてんなあ・・・・)

 ヒカルさんの呟きに苦笑しながら、荷車と僕らの歩みは急速に進んでいきました。





 





 ユラユラと荷車に揺られ続けること数十分か、数時間か。

 とにかく、僕らは待ちました。荷車が到着するその時まで。

 到着したそのあとのことは、不思議と誰も言い出しませんでした。隠れているという状況がそうさせた一番の理由だったのでしょうが、それに安心している自分がいたのです。

 きっと、それはこれから起こることがなんとなく読めていたからでしょう。

 相変わらず、お嬢さんは操縦者である怪物と仲睦まじいように見えるくらいに会話していました。

 それを会話と呼ぶのかどうかわかりませんが。

(あいつ怖いもんとかないんかな)

 それを見て言ったヒカルさんの言葉に同調しながら、ただ、時が過ぎるのを待ちます。

 そして—————。

 どれくらい走っていたのか、ようやく荷車は止まりました。

「c;d@3b;fbyw@h>to!bbw@jzww!」

「あっと、ちょっと待って!」

 僕らが荷車から脱出する前に、こちらに来られたらお終いです。

 ですから、お嬢さんは再度怪物を足止めしてくれました。どんな方法だったかはちょっと見てなかったのであれですが。まあ、想像はできます。

(よし!とりあえずこっちだ)

 荷物と僕らを覆っていた布を揺らさないよう慎重に降りながら、走ってその場を離れます。そこで辺りが既に真っ暗だということに気付きました。

 そして振り返ってお嬢さんにジェスチャーする間もなく、その荷車はどこかに行ってしまいました。

 残ったのは、僕らと謎の喪失感だけ。

 焦って急いだ分、あっさりと脅威が去ったことによる喪失感だったのだと今ならわかります。

「・・・・街だ。本当に街があった」

 その中でヒカルさんだけはそんな空気を無視して、僕らに背を向けていました。 

 ヒカルさんにならい、ワンテンポ遅れて僕らも街の方へと振り向きます。

 一言でいえば、煌びやか。そんな印象でした。

 街まで続く一本道はそれまでと比べてしっかりと整備されていて、灯籠ような優しい光に照らされた中を覗いても、活気で溢れ返っていました。

 なんの素材でできているかわかりませんが、カラフルに彩られた家や。藁のような質素な家、露店のようなものから押し売り業者のように荷車はを引いているモノ。

 今までとは打って変わって、まるで別世界のように感じられます。本当に先ほどまでと同じ世界だとは思えませんでした。

 いやそもそも、ここは僕が知っている世界なのでしょうか。

 記憶が完全に戻ってはいないとはいえ、僕が知っている世界はこんな魑魅魍魎ちみもうちょう跳躍跋扈ちょうやくばっこしているような世界ではありませんでした。


 そう、そこには見渡す限り、人間など一人もいない。そんな世界だったのです。


「どういうことだ・・・これは・・・・・」  

 流石のカネコさんもこれには開いた口が塞がらないようで、カネコさんですら愕然としているのですから僕らの衝撃というのは計り知れません。

「ば、化け物がいっぱい・・・!」

 ヒカルさんの言う通り、やっぱりそこに人間はいませんでした。先の怪物と同じような奴から、全然違うタイプの化け物まで。化け物の宝庫。まさにそんな感じだったでしょう。僕らがマニアなら泣いて喜ぶ絵面だったに違いありません。

 まあ、マニアでなくとも泣けますが。

 なぜって、だって僕らは今まで何を目標に頑張ってきたのかということです。現状も何もかもわからない中で、とにかく街に行けば、人に会えば解決すると思ったからこうしてわざわざ怪物の懐に潜り込んでまでここまで来たのです。

 それが、その結果が。こんな形になるなら僕らはいったい何のために頑張ってきたのでしょうか。

「とにかく。気をしっかり持とう。ここが俺らが知っている世界なのかそうじゃないのか、俺らには知る権利がある」

 カネコさんは、それでもカネコさんでした。こんな現状になってもカネコさんのままでした。

 そんなカネコさんに勇気づけられたのか。「・・・そうだな!ビビッてたってしゃあねえや!さっきも取って食われたわけじゃねえし、なんとかなるだろ!」

 ヒカルさんは楽観的にそう決断します。が、今はその軽さが救いでした。

 僕らは、とにかく街に入ることにしました。大して警備などもされておらず、すんなりと入れます。

 街に入るとより、その活気が肌に伝わってきます。今まで、雪の中少人数で過ごしてきた僕らにとってそれはとても新鮮で、やっぱり良いものでした。

「あ!ねえねえ、あれ美味しそうだよ!」

 お嬢さんが指さすのは屋台のようなもの。何かの肉を提供しているようです。

「そういえば、目覚めてから何も食べていないな」 

 丸二日。何も食べずに長旅を続けてきて皆、心身ともに疲労困憊でした。

「だが、金がない」

 そう。僕らにはお金などありませんでした。

「よし!お嬢、お前また色仕掛けでなんか食べ物もらって来いよ」

「えー、またー?」

 口ではそういいつつもやっぱりお嬢さんはそこになんの羞恥心も持ち合わせていないのか、スタスタと普通に行きます。

「はーい♪お嬢さんだぞ♪」

 お肉を目の前にいくらかテンションがおかしくなってはいますが、前回と同じようにお嬢さんは谷間を強調します。躊躇とかないです。

「お肉を恵んでくれない?」

 ジェスチャーで示すお嬢さんに、どうやら怪物は意味を察したようです。

 意思疎通ができたことによる若干の感動を覚えつつ、怪物は奥に引っ込んでいきました。

 ・・・やはり、ただで恵んでくれなど虫が良すぎたのでしょうか。

「・・・・・4lmkifuoue7zq@t@」

 どう聞き取っても意味の通じない言語で僕らに渡してくれたの大量のお肉の切れ端でした。よく見ると怪物が一匹増えています。夫婦・・・とかでしょうか?

 ともかく、怪物に感謝するというのも、不思議な話です。ですが、僕らは感謝していました。実害を受けていないというのも大きいでしょうが、なにより目覚めてからほぼ初めて会ったモノです。その温もりというのを感じて感謝するのは決して悪いことではないでしょう。

 そして僕らは食べました。

 どんな肉で、安全なものかも確かめぬままに。ただ、胃袋を満たすためだけに。一心不乱に、誰も何も言葉を発さぬままに。

 ただ、かっ食らいました。

 誰もお腹が減っただなんて言わなかった。多分それを言ってしまったら、一歩も歩けなくなっていたでしょうから。

 だから、この時の肉の味はこの先食べるどんな料理よりも最高に最高級だったと、自信をもって言えることでしょう。

 そして、僕らはものの数分で皿が埋もれるほどあった肉の切れ端を食べ尽くしました。

 食べて、体力を回復させて。ようやく僕らは——————————。


 眠りました。


 本来なら色々とある疑問を解決しなければいけないところなんでしょう。これからどうするかを話し合わなければいけないのでしょう。

 ですが、そんなことは明日でいい。

 街があった。人ではないけれど、意思疎通のできるモノがいた。

 ただそれだけで僕らは安心しきったのです。

 お腹を満たされて気持ちよく眠るくらいには。

 結果から言えば、それで良かったのでしょう。この時、疲れた体を引きずって疑問を解決しようとしても結局駄目だったでしょうから。

 そして、僕らの物語は急速に展開していくのです。





  ・           ・           ・

 

 これが、僕らの二日目。

 今考えても運が良かったとしか思えないのですが、それでもなんとか生き延びてこれました。といっても、まだたった二日ですが。

 たったなのか、もう、二日なのか。僕にはわかりませんがあの時の僕らはどう思っていたのでしたか。忘れてしまいました。

 なにせ、次の日は恐ろしいほどに怒涛の一日でしたから。これまでの二日が何もなかったのだと思えるほどに。 


 

 とにもかくにも、今日はまたここらで筆を置きましょう。

 そろそろ僕も眠くなってきたことですし。

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