ベージその6 おかえり、僕の記憶。

 4日目。

 この日は、きっと。

 僕にとっても、にとっても、忘れられない一日でした。

 忘れてはならない、一日でした。

     ・          ・          ・




 その日は始まりから、何から何まで不吉でした。

「————————————クルマ君?」

「・・・チッ」 

 やわらかい布団とあったかい毛布。僕らは怪物たちが用意してくれた部屋で一夜を過ごしました。

 そこは豪勢なホテルなどとは程遠い部屋でしたが、こうやってゆっくりと寝れることが僕らは何よりの贅沢だとそう思いました。

 体も関節も痛むことなく僕は目覚めて、いの一番に目にしたのはクルマ君の姿でした。

「どこかに行くの?」

 クルマ君は、今まさに扉に手をかけたところでした。

「ああー、まいいや。お前に言っとく。俺、お前らのチーム抜けるから」

「・・・ええ!?」

 突然聞かされたその告白に、僕は、ただただ驚くだけで。

「な、なんで?」

 そう聞くことしか、出来ませんでした。

「なんでって・・・・・めんどくなったから」

「そ、それだけ!?」

 クルマ君はいつものかったるげな表情で、飄飄ひょうひょうとそう言ってのけます。

「お前にとっちゃそれだけでも、それが、俺ン中の全てだ」 

 そう言い残すと、じゃあなと本当にクルマ君は出て行ってしまいます。

 僕はただ茫然と、ベットの上で座りつくすことしか、出来ませんでした。

 




「何!?クルマが出て行った!?それは本当かリタ!」

「・・・・はい」

 昨日捕まった大きな広場にカネコさんの声が響きます。

 皆が起きて僕は開口一番に、そのことを相談しました。

「あー、そっちもか」

「お嬢?」

 すると、お嬢さんが頭を抱えながら天を仰いで。

「こっちも朝起きたら座敷童ちゃんがいなくなってたのよねー。もしかしたらこっちにいるかもって思ったけど、この分じゃきっともう・・・」

 クルマ君だけじゃなく、座敷童さんまで。

「さ、探しに行かないと!」

 僕は、とっさにそう叫んでいました。

 だって、あの時クルマ君は、手を取ってくれたのです。荷車に乗り込むときに。

「・・・・いや、ダメだ」

「何で!?」

 いくらカネコさんのいうことでも、僕は素直に聞き入れることができませんでした。

「昨日ジャボネさんが言っていただろう?町の外には、意識の持たない骸獣がいじゅうが多いから危険だと」

 骸獣。それは昨日ジャボネさんと、日本語を操る通訳さんから聞いたこの世界の常識。

 その名の通り、骸と化した獣が町の外、特に未開の地では多くいるという。

 僕らが地下からここまで来たときには見なかったのは、奇跡だといわれました。

 骸獣は、あの怪物たちの進化の失敗作らしいのです。

 進化の途中で何らかの影響があり、枝分かれしてしまった一つ。意識を持たず、意思を持たない。

 まさに獣。

「だからこそ!探しに行くべきでしょう!?」

 クルマ君。不愛想で、無口で、無気力そうな青年でした。

「いいやリタ。だからこそ、俺は許可できない。ただの俺らが行ったところであいつは帰ってくるとは思わないし、それに俺らが骸獣にあったらそれこそ終わりだ」

 それでも、仲良くなれそうだと思ったんです。できることなら、仲良くなりたいと思った。

 その気持ちは嘘じゃないはずだ。


「・・・・はい」


 だけど、カネコさんの言うことは正論で。納得してしまいました。

 納得してしまった僕には、それ以上何も、言うことはできませんでした。



 誰一人、もうこれ以上バラバラにはなりたくないという僕の儚い願いは、この時あっけなく散ったのです。 


 クルマ君のことは無事を願うしかない。そう結論付けて、僕らは今後の指針を立てます。

「とにかく、当面の俺らの今後は冒険者として活動する。で異論はないな」

「まあ、しゃーねーな」

「私後ろで応援してるから皆頑張ってね」

「・・・・・・」

 各々、様々な反応でしたがどうやら異論はないようです。

 こうして、僕らは冒険者になりました。

 後で思い返してみても、この時こう決断したことが果たして間違いであったのか、それとも、どの道僕らの運命はそうなるようになっていたのか。考える時があります。

 ここに記すのも躊躇うほどに。

 けれど、結局。僕には書くことしかできません。僕の物語を紡ぐことしかできません。

 これを読んでる人がいるのかどうかもわかりませんが、とにかく僕には僕のできることをしましょう。

 どうせ、それしかできないのですから。





 冒険者になるにはいくつかの書類の元、一つの組織に所属する必要があるようでした。

「んだよめんどくせーな。なんで冒険者になるのに書類書かなきゃなんねーんだよ」

「マアマア、ニホンゴカラワレワレノコトバニホンヤクスルノハワタシタチガシマスノデ。コレモキマリナノデス」

 あの怪物に翻訳してもらいながら、書類を完成させます。詳しい内容はここに記すほどのものではないので省きますが、とにかく、これで僕らは晴れて公認の冒険者です。

「ソレデ、サッソクデワルイノデスガ、ニシノハズレニアルモリデガイジュウガデタトノホウコクガアリマシタ。トウバツシテキテクダサイ」

「・・・それは、俺らみたいな初心者でも出来る任務なのですか?」

「ハイ。ダイジョウブダトオモイマスヨ。ニンゲンハツヨイラシイデスシ」

 人間が、強い?

 僕らからすればその獰猛な牙や爪をもつ通訳さんたちのような怪物の方がよっぽど強そうですが。

 まだ人間に対してそこまで造詣が深いわけではないのでしょうか。

 とにもかくにも、僕らにはお金が必要でした。生きるには。

「俺らが安全であるなら、その任務を受けます」

「ハイ、ナラバコチラカラソウビヲオカシシマショウ」

 カネコさんはいつだってそうです。僕らの安全を第一に考えてくれます。

 そんなカネコさんだから、僕らはついていくことができるのです。

 信じて。







 そういうことで、僕らは指定された西の外れにある森へとやってきました。

 森は僕らが知っている森でした。

 でんと立ち構えている木々も、揺れる木の葉の音も、独特の香りも。

 どうやら世界は滅んでも、森は変わらないようです。

「なあなあ、カネコ君。これで俺らもパーティー結成だな」

「好きだなあ、ヒカルはそういうの」

「あったりめえよ。勇者にパーティーなんて男のロマンじゃねえか」

「ほんと、男ってそういうの好きよねー」

「つっても、貸してくれた武器がこれだけってあるか?なあ」

 そんなヒカルさんの手には、光る真剣が1つ。

 同じ物が丁度5つ。つまり、これが貸し出された装備でした。

 各々、真剣一つ。

 たったそれだけ。

「致し方あるまい、使える武器がこれしかないんだ」

 どうやら、あの街はまだ冒険者が浸透しておらずこんな武器しか余っていなかったようなのです。

 これ一つで片付けられるほど、簡単ならいいのですが。

 「・・・・・む」

 しばらく適当に散策していると、鼻を突くような異臭。隠しきれないほどの獣の匂いが僕らに纏わりつきます。

 通訳さんに教えてもらった通り、これが骸獣の特徴です。

(・・・よし、ここからは俺とヒカル、そしてリタでいく。お嬢たちはここで待っててくれ)

 カネコさんの指示に従い、お嬢さんたちは後ろの木陰で見守ります。

 当然、シライさんやお嬢さんを危険な目に遭わせるわけがありません。

 僕らはシライさんたちの安全を確認して、ひっそりと匂いの元凶に近づいていきました。

 一歩、また一歩と近づくたび、嫌でも近づいているとわかるほどの異臭。

 やがて、清流の小川にはいました。 

 外見は、街にいた怪物たちとそっくりです。傍目には違いなどありません。

(よし、殺るぞ)

 僕はここで気づくべきでした。いや、気づいたとしてもどうすることもできなかったとは思いますが。それでも。

 違和感の正体というやつに、気づくべきでした。

 なぜ、僕らは少しの抵抗もなく、この任務を受けたのでしょうか。

 なぜ、こんな危険な任務に誰も異を唱えなかったのでしょうか。 

 なぜ、目の前の怪物を殺すことに躊躇がなかったのでしょうか。

 いや、今更言っても遅いことです。

(よし、せーので後ろから襲い掛かろう)

 カネコさんの一言に、僕とヒカルさんは頷きます。

 鋭く光る刀の柄を握りながら、小川で休息している骸獣を見つめました。数はちょうど三つ。

 そして。

 

 一気に駆け寄ります。 


 骸獣が気づいた時にはもう手遅れ、僕らは刀を振りかぶって後はもう重力に従って、振り下ろすだけです。



 その時、僕らの頭の中に、何かが流れ込んで来ました。



 薄暗い部屋、泣き叫ぶ女の子、それを見下ろすように腰を振っている男。

 そして、やがて男の手は女の子の首元に伸びていき。

 女の子の叫びは聞こえなくなりました。

 それがまるで映像のように僕の頭の中に流れ込んで来ます。

 そして、男の顔がわかります。

 

 。 


「・・・なんじゃ、これ・・・」

 どうやら、ヒカルさんも同じ映像を見ていたようです。

 皆、固まって動けませんでした。

「ち、違う!!これは・・・俺じゃない!!」

 頭の中に流れてくる映像は、止まりません。

 気持ち悪くて。

 気持ち悪くて。

 気持ち悪くて。

 吐き気を必死に抑えて、目の前の男を見ます。

 今まで、僕らを鼓舞してくれた男。

 今まで、僕らの道を示してくれた男。

 今まで、僕らのことを考えてくれた男。

 その男は———————犯罪者でした。

「ち、違う。これは、これは、俺じゃ、俺、おれ、。、れ」

 錯乱しているのか上手く言葉になっていません。

「ギシェエエエエエ!!」

 そこで、僕らは気づきました。まだ、骸獣を仕留めていなかったことに。

「と、とにかく!いったん離れよう!な!」

 もう、その言葉に従う人は、いませんでした。

「さっきの、って」

 思わず、僕の口から言葉が漏れます。

 流れていた映像は、今はもうありません。

 が、その映像を忘れることは出来ませんでした。

「違う、違うんだ!リタ!信じてくれ!!」

 あの映像がどうやって僕らの頭の中に流れてきたのか、そんな事を考える余裕は僕にはありませんでした。

「—————————。」

 ただ、僕はもう。男を信じることが、出来ませんでした。

「ギエエエエエ!!」

 骸獣が不快なその声を張り上げます。

「逃げるぞ」

 ヒカルさんに手を引っ張られ、僕は足元がもたつくなかその場を離れようとしました。

「ま、待ってくれ!!あれは、あれは!仕方なかったんだ!!仕事がうまくいかなくて!それで!!仕方なく!!」

 事実。

 男は、そう認めました。

 いつからでしょうか。その事実を抱えて僕らと一緒にいたのは、いつからだったのでしょうか。

 そう思うと、お腹の底が冷えていくようなそんな感覚に陥りました。

「うわ!!」

 骸獣は、僕たちを脅威なしと判断したのか、男に襲い掛かっていました。骸獣の考えることはわかりません。なにせ、意思も何もないのですから。

 男は三匹がかりで骸獣に襲われています。

「た、助けてくれ!ヒカル!リタ!!」

「うるせえ!この犯罪者が!!」

 ヒカルさんが怒気を孕んだ声で一喝します。

「・・・・・・・」

「最低・・・・死ねよ」

 後ろに下がったことで、シライさんとお嬢さんの声も聞こえます。

 その声は、本当に蔑んでいて、心の底からそう思っていることが伺い知れます。

 あの、虫も殺せないようなシライさんですら。

 僕は。

 僕は。

 僕は?

「ひぎっ!た、助けて!!リタ!!」

 僕の名前を呼ぶその男。

 憧れていた。僕を照らしてくれるその男に。頼りになるその男に。皆が信頼して、皆の中心にいるその男に。

 そんな記憶の中の彼とは、今の彼は似ても似つかない。


 あの映像が、光景が。頭から離れません。

 

 だけど。

 だけど。

 だけど。

 だけど。

 だけど。

 それでも。

 励ましてくれて、引っ張ってくれて、笑いかけてくれた。こんな僕に。

 その全てが嘘だったなんて。そんな事、思いたくない。

「———————」

 もう、男からは声すら聞こえません。

「——————うわあああああ!!」

「り、リタロウ?」

 もう、どうしていいかわかりません。こんがらがって、困惑して。

「おい!そっち行ったら襲われるぞ!」

 ヒカルさんの静止も、僕には届きません。

 僕は思いっきり、怪物たちの元へと走っていきました。    

 何を考える暇もなく。何が正しいのかもわからぬまま。

 ただ、己が内に沸く衝動に任せて。

「うおおおおおお!!」

 刀を振るい、ズブリとした肉を切る感触。 

「ギエエエエエ!」

 どうやら、こいつらにも痛覚というのがあるようです。

 訳も分からず刀を振るう。まるで死肉をついばむカラスのような骸獣を蹴散らすために。

 そして、僕は不思議な感覚に陥っていました。

 肉を切り、骨を断ち、血を浴びて、そうする中で何か懐かしいような。そんな感覚に。

「ガアアアアアアア!」

「リタロウ!!後ろだ!!」

 ヒカルさんのその声に、僕は振り向いて。

 牙と咆哮と、唾のような体液が飛び散り。

「うるさい」

 その口の真ん中に、僕は刀を串刺し。

 刀を抜いて、また刺す。 

 何度も、何度も。

 そして、目の前の獣はやがて動かなくなりました。

 気づくと僕の周りには、動くものは僕だけでした。

「・・・・・カネコさん」

「———————り、リタ」 

 そうやって、いつも呼んでくれた。それは紛れもなく事実で。

 いつも、リーダーシップを発揮して。あの地下から僕らを脱出させてくれて。ここまで連れてきてくれた。

 僕の、憧れていた。

 犯罪者。

「ありが、とう」

 そう言って、カネコさんはついに、動かなくなりました。

 血だらけで、見るも無残に痛々しい。

 僕は、、ただただ見下ろすだけで。

 触れることも、涙を溢すこともありません。

 ねえ。貴方はいったいどんな気持ちだったんですか。いつから、自分が犯罪者だと知り得ていたのですか。

 どんな気持ちで僕らと一緒にいたのですか。

 もう、聞くことも叶いませんが。

 それでも、僕に残ったあなたの残りカスのようなものをもし、信じるとすれば。

 貴方の言葉を、信じるとすれば。

 

 貴方に、会えて良かった。

 

「おい、行くぞ。リタ。そんなクズほっとけ」

「・・・・・・」

 ヒカルさんに連れられて、僕は本当にその場を後にします。

 後ろを、振り向くことはありませんでした。

 考えることも、ありませんでした。

 そして、僕は。ようやくに。全てを思い出したのです。

 ゆらゆらと境界線がない曖昧な記憶ものは、この時はっきりとした形になりました。

 とても歪な、形になりました。

 

 


   ・           ・            ・









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る