ベージその7 久しぶり、僕の罪。
僕は、森からの帰り道。一言も口を開くことはありませんでした。
元々、そんなにお喋りなほうでもないですが。
反するようにヒカルさんとお嬢さんは先ほどからずっと喋りっぱなしです。
四人。ついに、四人になってしまいました。
あんなに沢山の人がいて、散り散りになって、もうそんな思いは嫌で。だけど、クルマ君と座敷童さんがいなくなって。
そして、僕らはリーダーを失いました。
「大体、あいつ偉そうぶりやがってよ。いつも仕切ってたよな」
「ほんと最悪。あんな映像二度と見たくないわ」
ずっと、二人はこんな調子です。
シライさんはよっぽど怖かったのか、先ほどからフラフラと落ち着きがありません。
あの映像のことを、きっと、僕らは忘れることなど出来ないのでしょう。
そして、記憶を取り戻した僕は—————————。
カネコさんと同じ。
犯罪者だったのです。
僕の幼少時代は、それはそれはひどいものでした。
普通とは違う。
まずは、その事をここに記そうと思います。
なにせ、これは僕の物語で、書き手は僕なのですから。僕のことを多少なりとも記しておかなければならないでしょう。
といっても、そんなにスペースをとるものではありません。
僕が住んでいたのはどこにでもあるような古びたアパートでした。
どこにでもあるような公園がすぐ近くにあって、どこにでもあるような住宅街のどこにでもあるような団地。
どこにでもいるようなお隣さんに、どこにでもいるような大家さん。
そんなありふれた、ごくごく自然。ありきたりの中に僕はいました。
まるで風景の一部のように、喋らず、動かず、気配がしない。そんな子供だったと記憶しています。
そして、そんなありふれた風景に灰色で特徴のない光景に、黒が塗りつぶされます。
その黒の正体は、僕の母親でした。
母親は、深夜、真っ暗な時間帯に仕事から帰ってくるなり冷蔵庫を漁り缶ビールを開けます。
僕は、それをただ隅っこで見てるだけでした。
端的に言えば、僕は虐待を受けていました。
詳しい内容はここで語る必要はないでしょう。あまり無暗に同情されるのも気分がいいものではありませんし。事細かに語っても面白い話でもありません。
とにかく、僕はできるだけ母親を怒らせないように、琴線に触れないように。おとなしく生きていました。
わがままを言わず、駄々をこねず、先生から怒られないように、母親に怒られないように。
そうやって生きているはずなのに、理不尽な暴力は違わず僕を襲います。
いつも、いつも、いつもいつもいつもいつもいつも。
そんな生活が十年続きました。
けれどそうやって僕は耐えるしかありません。反抗する事なんて考えたこともありませんでした。
本当に、考えたことなどなかったのです。
その時だって、いつもと同じように、何も考えないように、嵐が過ぎ去っていくのをただ黙って待っていました。
ただ、いつもと違ったのは。
近くに、運悪く酒瓶が転がっていたことでしょう。
いつもは安い発泡酒の缶しか転がっていない我が家ですがなぜその時それが目の前にあったのか僕にはわかりません。
神様。
など、信じてはいませんが、もし仮にいるとすれば悪戯と呼ぶにはあまりに悪質だったでしょう。
その酒瓶が僕の瞳に映ります。
普段と同じような暴力に、普段とは違う
僕は、その酒瓶を手に取りました。
きっと、歪んでいたのでしょう。常人ならそんな発想には至らなかったのでしょう。
この親を殺そうだなんて。
歪んでいたのは自身か、環境か。いや、きっとそのどちらもでしょうね。
そして、僕は、親を殴りました。思い切り。余すことなく力を込め、明確な殺意を持って。
手にした酒瓶で、油断している親の頭を思いっきり殴ります。
中身がまだ入っていたのでしょう。液体がぶちまけられ、周囲にアルコールの独特なにおいが充満します。
人間は流石に一撃食っただけでは死にはしません。この時知りました。
だから、何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。
何度も。
殴りました。
母親は何かを喚いていましたが、何を言っていたのか覚えてはいません。耳に入っていなかったということでしょう。
やがて、殴り続けているとその喚きも止みました。ついでに、抵抗していた体もぐったりとして力が入っていません。
辺りにはどす黒い血が飛び散り、僕の手や体は真っ赤に染まっています。
そして、僕は何も考えずにただ衝動に身を任せて、そいつを焼くことにしました。
ちょうどアルコールで条件は満たされていましたし。
こうして、僕は人を殺しました。
もっとも残虐に、焼き殺しました。
そして、この時この瞬間から僕は。
犯罪者になったのです。
これが僕の全てでした。他に特筆することもないくらいにただ、僕にはこれだけしかありませんでした。
これだけの人生でした。
それが一年前、ああ、いえ、もう一千年と一年前になるのでしょう。
相変わらず実感はありませんが。
誤解なきように記しておきますが、僕はその後ご近所さんに目撃され大した抵抗もせず捕まりました。
そして少年院に行くことになるのです。
が、僕はここで現実に疑問を抱きました。
僕の記憶は、確かに戻っています。あの骸獣を殺した時に妙なデジャブがあったのは僕が一度殺しを経験していたからでしょう。
皮肉にもそれが記憶を取り戻すトリガーとなったようです。
けれど、肝心な、あの地下のことがすっぽりと抜けています。
記憶にないのではなく、抜けている。
そのことは感覚として実感できるのに、肝心の中身は依然としてわかりません。なにか靄がかかったように。
僕が頭を抱えていると、前を歩いていた二人がより一層大きな声でカネコさんをバッシングしているのが聞こえてきました。
擁護をしようとは思えません。二人を止めようとも思えません。
それほどまでにカネコさんのやったことは最低な行為でした。
けど、じゃあ僕は?
僕だって、なんらかの弾みに犯罪者だとバレたら同じように軽蔑され、迫害されるのではないでしょうか。
ない。なんて誰が言いきることができるでしょう。
あの映像だって、なぜ僕らの頭の中に流れてきたのか理由なんてはっきりしません。今は誰もそのことに触れはしませんが。
そんな未来が容易に想像できます。
それが、怖くて。
無性に怖くて。
あれほど、誰かと離れるのを嫌った僕なのに。
その日。僕は、パーティーを抜けました。
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