ページその15 やっと、その場所に。

 昨日、イガラシさんに誘われて、僕は港町の港部分へとやってきました。

 どうやら、少し早く来すぎたようです。この世界には時計という概念がありません。朝日が昇り、目が覚めて。太陽が真上にいる間に働いて。そして太陽が沈むとともに、眠りにつく。

 それが、この世界の主な活動でした。

 朝日は、まだ完全には昇っていません。あまり眠れなかったこともあってこんなに早くに来てしまいました。

 このまま、ここにいてもしょうがないので僕は少し散策することにしました。

 まだ港町は眠っているようで、いつもの喧騒はそこにはありません。

 静かそのもの。

 きらめく海面も、ほこりが照らされる店も。

 静脈に包まれていました。

 そんな町を、僕は——————。

 いいなあ。と、思うのです。

 昼間の騒がしさも、朝の静けさも。

 それぞれの良さがあって、それぞれに美しい瞬間がある。それはこの町だけではなくて。

 そんな世界を、僕はやっぱりいいなと思うのです。

 散策しながらそんなことを考えていると、ふと。目に留まるものがありました。

「あれ?昨日の男の子だ」

 ふさふさの毛並み。その毛並みは見覚えがあります。昨日、万引きして捕まった男の子です。

 その男の子は、何をやっているのかというと空になった店でなにかごそごそと漁っているようです。

「なにやってるの?」

「————っ!!」

 僕が、後ろから声をかけると心底驚いたように飛び跳ねます。

「また、万引き?」

「・・・・・・・っ!」

 声をかけると、男の子は逃げるように走り去っていきました。商品である食糧を抱えたまま。

 朝日は、まだ昇ってはいません。

 時間は、もうちょっとだけありそうです。










 僕は男の子のことが気になって、あとをつけていました。

 なんだかストーカーってこういうことを言うのかなって、思ったり思ったり。やっぱり思いました。

 いやいや、僕は別にそういう目的ではないのですから。あくまで知的好奇心ですから。・・・それはそれでダメな気がしてきました。

 考えても精神衛生上ろくなことになりそうにもないのでこれ以上深く考えることはやめましょう。

 とにかく、後をつけていると男の子は深い路地へと進んでいきました。

 そこには、男の子の家族?でしょうか。二足歩行の猫のような動物がミャーミャーと鳴いていました。

「ごめんな。遅くなって、ほらたーんと食べな」

 男の子は、持ってきた食糧を食べさせています。

 ・・・・僕は、それを尻目に。港へと戻りました。 





 港へと戻ると、もう既に人は集まっていました。

 十か、二十か。それほどの人数、すべて人間です。

 この町にこんなにも人間がいたのだと。僕は軽く衝撃に見舞われます。

 そんなに時をここで過ごしてはないのですが、それでもまったく気づきませんでした。

「あ!おーい!リタ!」

 静寂で妙な緊張感が漂っている場に、可愛い声が響きます。

「美里さん」

 手を振りながら、こちらに寄ってきたのは美里さんでした。

 潮風がなびく港に、人間が集まります。その光景はなんだか圧巻でした。一千年前は、普通だったはずなのに。

 この世界ではもう、それは圧巻と呼ぶべきものなのです。

「よし!全員揃ったな!」

 低い声。イガラシさんの声です。

 いつの間にか、人の塊の中心にイガラシさんはいました。

「今から俺たちはこのの首謀者と思しき人物に会いに行く!準備はいいか!」

「「「おお!!」」」

 静けさがともる町に男女入り混じった大声が響いて、寝ているモノたちを起こさないか。僕は多少ひやひやしました。

「・・・・船?」

「で、行くんですって」

 美里さんから聞いた情報に、僕はまたまた驚きを隠せません。なぜって、ここにある船は漏れなく全て商人の船であるはずなのです。タダなんてことあるはずないのでお金を払ったはずですが、人間を蔑視している感じのある商人からよく借りられたな。と。

「どうせ、またお得意の脅しでもしたんでしょ。あの強面で」

 昨日から思っていましたが、なにかわだかまりでもあるのでしょうか。

 いつも、イガラシさんの事を喋っている美里さんの顔は影が差したように曇っています。

 僕らは船に乗りました。大きな船ですがこの人数が乗るとさほど広さは感じません。

「ねえ、リタはさどうするの?」

「どうする?」

 美里さんに聞かれるものの、何を聞かれているのかわかりません。

「うん。もし今から会いに行く人が本当に何もかもを知っていて。真実を知ったら、リタはそれからどうするの?」

 どうする。それは、ずっと考えてたことでした。昨日からずっと。

 目の前にいざ真実があるのだと言われると、臆するというか。いえ、どのみち知るしか方法はないのですが。

「なんでですか?」

 なんで、そんなことを聞くのでしょうか。

「なんでって、・・・・私が迷ってるから。かな」

 聞いときたい、リタがどうするかを。

 そう言った美里さんの横顔は風になびいていて遠くを見つめていました。

 船は結構な速度で進んでいました。方角を見ると、僕があの港町に来た方角です。

 つまりここにきて引き返すことになりました。

 後ろを振り向くと色々な人間が思い思いに過ごしています。

 看板で昼寝している人、景色を眺めている人、談笑している人、中でゲームに興じている人。

 その中で一人、イガラシさんは真剣な表情で何かをしゃべっていました。

「多いと思う?」

「ええまあ」

 人数の話です。僕はこれほどの人数の人たちと行動したことがないので少々戸惑っていました。

「これでも、少ないほうなんだよ。最初はもっともーっといたの」

 なお、遠くを見つめるような眼。光を失ったような眼。

「いっぱい死んじゃった。病気で、飢えで、ショックで、自分で」

 その光景は、きっと耐えきれないほどの地獄だったのでしょう。僕なんかよりずっと。

「でも、それよりも。沢山死んじゃったのは、」 

 目線の先にいるのは、イガラシさんです。

「あの人は、止まらないの。後ろにいる人のことなんか気にも留めない。目的のために全速力で走って行っちゃうの。だから、みんな死んじゃった」

 何があったのか、僕は知りません。

 だから一体美里さんがどんな気持ちなのか、想像するしかありませんが想像するだけでもそれはとてもつらいものだとわかります。

「なにが、あったんですか」

 愚直に、バカみたいに。僕は聞きます。

 ただ、知るために。それすらも、僕は知らなきゃいけない。きっと、これからのために。

「・・・・着いたみたいだよ」

 そういって、美里さんは船内へと戻っていきます。

 やっぱり、言いたくないことなのでしょう。

 ・・・・落ち込んでいる暇も、後悔している時間も僕にはありません。

 聞いて知るということを決めた僕にそんな暇はありません。

(聞かなきゃよかったかな・・・)

 なんて、思ってる暇もないのです。

 美里さんの言う通りどうやら船は目的地へと着いたようです。速度を出していたということもありますが、そもそもこの世界は一千年前ほど広くはありません。

 そうやって、僕らは一歩ずつ真実へと近づいていったのです。

 

 

 

 



 僕らは孤島のような場所に降り立ちました。生い茂る森林しか外からは見えません。

「よし、降りるぞ」

 イガラシさんを先頭に僕らは船を降ります。固い木組みの床から、ずっしりとした地面へと。

 心なしかジメジメとしていて、なんだか肌にまとわりつくような嫌な空気でした。

 ここが、真実へと続く道。

 そう考えると、少々緊張してしまいます。

「班の情報によるとこの孤島に一つだけ村があるらしい。その村に事件の首謀者はいる」

 事件、首謀者。

 そんな単語が気になりますが、どのみちその人に会えばわかることです。

「この孤島はそう広くはない。迷うこともないだろう。手分けして探す」

 イガラシさんはテキパキと指示を出していきます。

 残ったのは、僕と美里さん。そしてイガラシさんだけでした。

「ちょっと。なんで私たちがアンタと一緒に行かなきゃなんないの?」

「お前らを放っておくと何するかわからん」

 ぐいっと、腕を美里さんに引っ張られて僕はよろけつつ。二人はバチバチと火花を散らしていました。

 が。

「まあいいわ。いこリタ」

 どうやら美里さんが折れたようです。グイグイと引っ張られます。

「・・・・・はあ」

 後ろから、イガラシさんのため息が聞こえてきたときは、少しだけ親近感も沸いたのですが。



「あの—————。美里さん」

「ん?」

「やっぱり、聞かせて下さい。イガラシさんと何があったのか」

「・・・・・・うん。しょうがないな、こればっかりは。私も話しておくべきだと思うし」

 そして、僕は聞きました。事実を。何があったのかを。

「—————————。」

「—————————、」

「————。」

 ・・・・・・・・・・。



 そして僕たちは他の人たちと同じように、まず村を探しました。

 人のいそうな場所。いそうな気配。そういったものを辿って。

「あ、あの。・・・速い」

 イガラシさんは後ろにいる僕のことなど気にも留めずに、グングンと右に左に行ってしまいます。

「大丈夫、リタ?」

「な、なんとか」

 生い茂る森林は、当然足場にも影響します。普通、根っこというのは地面の下に下にと伸びていくものです。まあですが。どうやらこの森ではそれが横に横にと伸びていくようです。それも太く。

 おかげで、地面という地面に一向に足がつきません。まるでレジャーランドのアトラクションのようでした。

 そんな足場ですから、進んでいくのにも精一杯です。そのはずですが、イガラシさんや美里さんはスイスイと進んでいきます。

 元々、運動が特別得意というわけでもなく鍛えていたわけでもない僕には彼らのスピードについていけませんでした。

 ともすれば、そうなることは必然だったでしょう。

「は、はぐれた・・・」

 動悸が激しく、額から汗をぬぐいます。

 前も見ても後ろを見ても、右も左も誰もいません。完全に迷子。

 致し方ないので、僕はとにかく休憩できるような場所に行こうと思いました。流石に不安定な場所に居続けるのはしんどかったので。

 少し歩くと、水が流れる音。近くに水場がある証拠です。

 その音を頼りに森を進んでいくと。

「・・・・あれ?」

 予想通り、水場はありました。綺麗な滝が。

 そして、人もいました。

 大きな荷車に、カバのような動物。そして、少しハスキーな女性の声。

「ふー、気持ちいいー」

 そう、そこにいたのはミーシャさんでした。

 


 裸の。

 


「誰だ!」

 あまりの動揺にガサガサと音を立ててしまったのでしょう。鋭く響くその声に僕の心臓は縮み上がりました。

 なぜか、名乗りあげることができません。

 さっさと僕だと明かして謝ってしまえばいいのに。なぜか僕は息を殺してそこに潜んでしまいました。

「・・・・・って、リタロじゃん!」

 ああ、見つかった。見つかってしまった。

 うずくまって、口に手を当てている僕を見下ろすミーシャさんは依然として服を着ていません。  

「なんだよー、脅かすなよ」

「いや、あの・・・・・ふ、服」

 なんなんでしょうか。まったく自然なミーシャさんにそう指摘するのも躊躇われるのですが、一千年も経つと羞恥心の概念もどこかに消えていくのでしょうか。

 だったら僕のこの恥ずかしさも、早くどこかへ消え去っていってもらいたいものです。

「あ・・・・・・」

 いや、どうやら一千年経っても羞恥心のポイントは変わらないようでした。

 






「いやー悪かったな、変なもん見せちゃって」

 ポリポリと頬を掻くミーシャさんの顔を僕はあまり見れません。

「そ、そんな変なもんとか!その・・・・」

 言語能力が著しく低下した気がします。思い出してまた、顔が熱くなってきました。

「んんっ」

 ミーシャさんの咳払い。ちらと横目で見るとミーシャさんもまた、頬が赤く染まっていました。

 なんだこれ。

「あの!ミーシャさんはどうしてあそこに!?」

 空気を払拭しようと頑張った結果。

「ああ!それな!それはここが私の故郷だからだよ!」

 二人とも、変なテンションになっていました。

 って、え?故郷? 

「そうだったんですか?」

「ああ。それより、割と私の質問でもあるんだぞ。それ」

「え?」

「なんでお前ここにいんだ?」

「それは、話すと長くなるんですけど」

 僕は話しました。自分の決意と、目的と。ミーシャさんと別れてからあったことを。

「そっか。じゃあその村には案内できるな」

「・・・・てことはやっぱり」

「うん。まあここには村なんて一つしかないし」

 僕らが捜している村は、ミーシャさんの故郷でした。








「ほら、ここ」

 ミーシャさんに連れられて、僕は村へとやってきました。

 クルマ君がいた村とそう変わらない、違いは風車がないことくらいの本当に何もない村でした。

 まあ、周りをうねうねとした幹で囲まれている景色は特殊なのかもしれませんが。

「じゃあちょっとじいちゃんに会ってくるから」

「あ、僕も行きます」

 こんなとこに一人で置き去りにされるのは勘弁です。それに、じいちゃんというのは前に話していた日本語を教えてくれたじいちゃん、の可能性があるので会っておいて損はないでしょう。

「おーい、じいちゃんー、帰ってきたよ」

「おお、ミーシャか」

 おじいさんは僕と同じように黒いローブを目部下にかぶっていて、顔の表情までは読み取れませんが、声の調子からミーシャさんが帰ってきて喜んでいるようでした。

「このじいちゃんが私に日本語を教えてくれたじいちゃんだ。前に話したよな」

「ええ」

 やっぱり、そうだったんだ。

 家は、木の幹に挟まっているような外観で、中はそれほど広くありませんが縦にものすごく伸びていました。

「これ、全部本ですか?」

 伸びている天井に向かって、本がぎっしりと詰められています。まるであの図書館のように。

「そうそう。凄いでしょ」

「ええ」

 キョロキョロとしていたのがいけなかったのでしょうか、おじいさんは先ほどから僕をじっと見つめていました。

「—————お前さん。もしかして、人間か」

「え?ああはい」

 なんだろう。やっぱり珍しいのでしょうか。日本語を知っていたということからそれほど嫌悪感を抱いているとは思えないのですが。

「・・・・・そうか。来たのか。ついに」

「はい?」 

 おじいさんの呟きが聞こえなかったわけではありません。ただ、その意味が分からなく僕は尋ねなおします。

「なんだなんだ?騒がしいな」

 ミーシャさんの言う通り、少々外が騒がしいです。人の声がします。


「———————なんだ、ここにいたのか」


「イガラシさん?」

 ドタドタと急に騒がしくなってきた外に目を向けようと振り返るとそこにいたのは今まさに扉を開いてこの部屋に入ってくるイガラシさんでした。

「リタ!よかった!見つかった!」

 後ろには、僕を心配してくれていたのでしょう。美里さんが目に涙を浮かべて僕の名前を呼んでくれていました。少々おおげさではありますが、でもそれも頷けます。

 知っていれば、ちゃんと対応できるのです。

「あの、なんでここに?」

 美里さんとイガラシさん両方に僕は聞きました。

「・・・・気づいてはいないのか」

「はい?」

 またまた意味の分からない発言。

 そして、美里さんの言葉にようやく僕は頭の中の知識が結びつきます。





 視線が、一点に集中します。

 そうして、僕はようやく真実を知ることになるのです。

 それはまた、次のページに綴ることにしましょう。 

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