ページその16 こんばんは、夜明けの時。


「そうか・・・ついに来たか」

 目の前のおじいさんのその声と共に、イガラシさん他数名が部屋の中へと踏み込んできます。

「ああ?なんだお前ら?」

 田舎のヤンキーのような首の曲げっぷりで凄むミーシャさんに、僕は慌てて耳打ちします。

「ほら、あのミーシャさんが日本語教えてもらったっていう」

「・・・・ああ!確かに!あの八重歯!」

 今思い出したとでもいうように大きな声でポンと、一つ手を叩くミーシャさん。

 その声と内容(主に八重歯)に、僕の背筋は凍ります。

「—————————。」

 きっと、その特徴には誰も触れてこなかったはずです。

 ピクピクと痙攣しているこめかみを見るだけで、イガラシさんがそのことを気にしていることが分かります。

「えっと!てことはやっぱりこのおじいさんが?」

 僕は、なんとか話を戻そうと気を使います。

「ええ、私たちが探していたよ」

 美里さんも若干の冷や汗とともに空気を元に戻そうとしてくれます。

 そのおかげか、いくらかイガラシさんの顔も元の不愛想な表情に戻っていきました。

 緊張感を取り戻した場で、自然、視線が一点に集中します。

 勿論、そのおじいさんに。です。

 けど、僕はまだわかりませんでした。このおじいさんがなぜ、事件の首謀者。つまり、ぼくらをあの地下へと閉じ込めた張本人だと言い切れるのか。

「あの地下で目覚めたとき、俺はある一つカプセルを見つけた」

 僕に説明してくれているのか、それともそのおじいさんの逃げ場をなくしているのか。イガラシさんは口を開きます。

「そのカプセルは一つだけ他と違ってた。俺はみんなよりだいぶ先に、もしかしたら一番最初に目覚めたんだ」

 ・・・そうだったんだ。だから、あんなに冷静だった。

 確かに、先に目覚めていたのなら辻褄が合います。

「その時、俺の隣に明らかにほこりをかぷっている空のカプセルを見つけた。その時は訳が分からなかったし、放っておいてたんだが」

 そう言って、イガラシさんは睨み付けるようにおじいさんを直視した。

俺はおかしいと感じた。あのカプセルの存在を」

(・・・今、イガラシさんはなんて言った?)

 僕は、事実よりも何よりも。まず、イガラシさんの言葉を疑いました。

 

 記憶が戻るにつれて?


 確かにイガラシさんはそう言いました。

「ど、どういうことですか?」

 知らない僕は、聞くしかありません。

「・・・なんだ。知らなかったのか。ここにいる全員。いや、記憶を失っていたんだ」

 僕だけじゃなくて、ヒカルさんやお嬢さんやカネコさんやシライさんだけでもなくて。全員。

 例外なく、一人残らず。全員記憶を失っていた。

 ・・・・でも僕はその事実を知っても意外と冷静でした。

 ああ、そっか。って感じ。

 それはきっと、心のどこかでそうなんじゃないかって思ってたからでしょう。ヒカルさんたちが全員、程度はあれど記憶を失っていた事実をただの偶然だとは、僕はあまり思えなかったのです。根拠も証拠もないただの勘ですが。その勘が、いま当たっていたのだとわかりました。

「まあとにかく、そのカプセルについて俺はいくつか仮説を組み立ててみた。一つ。あそこが空きだった。全部を確認したわけじゃないが、他にも同じようなカプセルがあったかもしれない。が、もしこれが事実だとしてもどうしようもないのでこの仮説は捨てた。そして二つ目、あそこは空きなんかじゃなく、確かに人が入っていて。俺より先に誰かが出ていた。俺はこっちの方がしっくりきたのでみんなに情報を集めるよう言った。人間の情報を」

 それで、ここを見つけた。

 それがイガラシさんの言葉で、これまででした。

「俺の仮説が正しいかどうかなんて関係ない。お前がだれであろうとどうだっていい。ただ、お前が俺たちの知りえない重要なことを知っているのは確かだ。それを教えてもらう」

 鋭く光る眼光は、おじいさんを捉えて離さない。 

 ん?まてよ、てことは。

 僕は、イガラシさんの言葉を聞いて胸の中に広がる疑問をとどめて置くことができませんでした。

「おじいさんは・・・・人間。なんですか?」

 イガラシさんの言葉が正しければそうなります。

 だけど、僕は自分で放ったその言葉に確信が持てませんでした。

 なぜって、僕はこんな人を知らないからです。

 いえ、人間を一人一人ちゃんと知っているなんてことはありません。それでも僕は、僕らは最後まであの地にいました。

 ですから、なんとなくの雰囲気くらいは覚えているのです。港で見た人間たちも、その雰囲気は覚えていました。

 ですが、この人にはそれがまったくない。感じる既視感も、自分たちと一緒に閉じ込められていたのだという事実さえ、感じることができないのです。

 ですから、確信が持てませんでした。

 だけど。

「ああ、そうだ」

 いともあっさりとおじいさんは肯定します。そして、羽織っていた黒いローブのフードを取りました。

「————————っ!!」

 ミーシャさんは知らなかったのでしょう。その顔に、紛れもない人間の顔に一番衝撃を受けています。

 深い皺に、浅黒い肌。白い髪、白い髭。年齢を積み重ねてきた、苦労を積み重ねてきた。そんな風に感じます。

 変な耳も尻尾もない。正真正銘、人間でした。

「いつか、来るんじゃないかと思ってた。ずっと、怯えてきた」

 おじいさんは、その、どこを見てるともつかない瞳で口を開き始めます。

「本音を言えば、来ないでほしかった。私なんて関係ないところで好きにやってくれればと。だが、来てしまったものは、もうどうすることもできない」

「くだらん御託はいい。喋るのか、喋らないのか。はっきりしてもらおう」

 いつもより数段低く、数段ドスの効いたその声に僕がビビってしまいます。その声は、おじいさんに向けられているはずなのに。

「いや、喋るよ。それが、せめてもの私の償いだ」

 おじいさんにの表情に変わりはありません。イガラシさんのプレッシャーを感じてないのか、それともイガラシさんそのものを見ていないのか。

 とにかく、僕らはようやく真実を知れるようです。




「まず、何から話そうか。色々と考えたことはあったが、いざ目の前にするとわからないものだな」

 おじいさんは椅子に腰かけて、重々しく口を開いた。後ろにはミーシャさんがいる。

「いいから、知っていることを全て「ああ、わかっている。そう急かすな」

 イガラシさんの言葉を、おじいさんは遮ります。

「そうだな。まずは何を語るにも、あの戦争のことを語れねばなるまい」

 戦争。

 やっぱりあったんだ。

 いえ、文献などからそれが事実だということはわかっていましたが、やっぱり自分の感覚的にどうしても受け入れられなかったのです。

 そんな顔をしていたのでしょう。おじいさんはこちらをみて。

「お前たちもその戦争を知っているはずだぞ」

「え・・・?」

 とんでもないその言葉に僕は呆けてしまいます。

「僕たちが、ですか?」

 あまりにピンと来ないその発言に、僕は疑いを持ち始めました。本当に、この人は真実を知っているのだろうかと。

「ああ、君は忘れているようだがな」

 忘れている?・・・・確かに、僕の記憶はあやふやでした。けど今はもう。

「完璧に覚えている、と?本当にそう言い切れるのかね?」

「・・・・・・」

 答えは、ノーでした。

 確かに、もうあの時目覚めてから半年以上経っているというのに僕の記憶は完全には戻ってはいません。どこかぽっかりと空いている。その事実だけは僕の中にしっかりとありました。

「君たちは激化していく戦争の真っ只中。人類救済の処置としてコールドスリープで眠らされていたのだ。戦争が終わる、その日まで。人類の絶滅を阻止するために」

 途方もない話。ですが、それでも僕は納得しました。納得できたのは、記憶の片隅にまだ、戦争の記憶があったからでしょう。

「これが、私の知っているすべてだよ」

「・・・・・・・」

 そのおじいさんの言葉に嘘偽りはないのでしょう。それはわかります。わかりますが、なんだか

 たったこれだけ、目覚めてからずっと追い求めてきた事実が、たった。

 期待していた胸の内を膨らませるには、そのおじいさんの言葉はあまりにも少なかったんです。

「まあ、そっちの男は知っていたようだがな」

「———————、」

 そっちの男。おじいさんの視線の先にはイガラシさんがいます。

「知っていたんですか?」

「・・・・確信していたわけじゃない。自分の記憶にうっすらそういうものが存在していた、もしかしてと思っただけだ」

 そういうもの。つまり、戦争の記憶。

「・・・・一つ聞く。なぜ、俺たちだったんだ?なぜ俺たちが人類の最後の砦に選ばれたのか。俺はそれが知りたい」

 僕は、圧倒的な事実の前にただ伏せるだけでした。が、イガラシさんはちゃんと知りたいことがあったようです。

 それは僕もそうでした。もう一度、頭を回転させて。おじいさんを見つめます。

「・・・・・ふっ」

「何がおかしい」

「いいや、どうやら君はまだ全部を思い出してはいないようだな」

「・・・・なに?」 

 イガラシさんは記憶の欠如を自覚していないといった様子です。ですが、おじいさんは確信をもってそう言います。

「人類の最後の砦?そんな良い物じゃないさ。そもそも、この計画は成功するなんて誰も思っていなかった。ただ、激化する戦争を続ける口実に使われたんだ」

 どういう意味なのか。何を喋っているのか、頭が追いつきませんでした。

「戦争末期。世論はどんどん戦争を続ける政府を糾弾していった。各地で反対運動が起き、ボイコットが乱発し、このままじゃ危ないと踏んだ政府がその世論を黙らせるために、人類救済計画として君たちをあの地下に眠らせたのだ」

 つまり。

「それが成功するかどうかなど、どうでもよかったのだよ。ただ、戦争を続けられればそれで良かった」

「なんで・・・・なんでそんなに?」

 僕は、ただその疑問が口をついていました。自分で考える暇もなく。

「それは、戦争が最大の経済になっていたからだよ。負けるも勝つも、その経済が終わってしまう。それを恐れたんだ。その時の政府は」

 だから、続けようとした。いかなる決着も望まずに。ただ一重に永遠を望んで。

 人というのは結局のところ欲の化身。そんな考えが頭の中に浮かびました。

 でも、それでもやっぱりなぜ自分たちが選ばれたのか。疑問は残ります。


「それは、君たちが犯罪者だからだ」


 胸の内を透かしたかのような質問に僕は、いやその場にいる全員に緊張が走りました。

「ど、どういうことだ・・・・」

 さしものイガラシさんも動揺を隠せません。

「なんだ?忘れていたのか?犯罪者だよ。ここにいる全員、いやここにいない全員ね」

 ヒカルさんは、犯罪者でした。僕も罪を犯したものでした。道理から外れた外道です。

 そんな外道が、ここにいる全員?

 美里さんを見ると、俯いていて表情はよくわかりません。が、少なくともその事実に驚いたりはしていませんでした。

 

「ば、バカなことを抜かすな!俺が犯罪者!?法螺を吹くのも大概にしろ!」

 唾を飛ばしそう叫ぶイガラシさんに、おじいさんはやはり動じません。

「いいや本当だ。君は都合の悪いことは忘れているようだがね。でも周りの者は心当たりがあるようだよ」

 ズバリと、核心を突くように、いやつつくようにといったほうが正しいでしょう。そんなおじいさんの言葉にみんな動揺していました。

 あるものは弁明し。あるものは黙り込み。あるものはうろたえ。また、あるものはただ、瞳を閉じて。

 その反応で、もうすでにおじいさんの言葉を裏付けしていました。皮肉なことにも。

 

 どうやら、僕らは全員。犯罪者だったようです。


 僕だけでなく、カネコさんだけでなく。ヒカルさんも。お嬢さんも。あまつさえシライさんですら。

 犯罪者だった。

 クルマ君は・・・・・言っては悪いですが、なんか、ああ、まあ、そうだろうな。って感じですが。

 とにかく。

「バカな・・・・俺が・・・・犯罪者?」

 僕は知っていたから。だから、そのことによるダメージは正直ありません。

 ですが、きっと知らなかったイガラシさんの心中はきっと僕がその事実を思い出した時よりグジャグジャになっているはずです。

 自分から思い出すのと、他人から思い出させられるのではまた違いますから。

「そう、犯罪者だからこそ。君たちは選ばれたんだ。どうでもいい存在だったから、失敗しても犯罪者という免罪符が効くから。だから君たちはここにいる」

 犯罪者だったから、道を外れたから。世界からも外れてしまった。と。

「そもそもあのコールドスリープは失敗だったのだ。せいぜいが十年か二十年。そこらで目覚めるように設定されていたはずが、一千年という途方もない時間を過ぎてしまった。皆の記憶の混濁はそのせいだろう」

 おじいさんの言葉は留まることを知りません。

「その男の言う通り、空のカプセルに入っていたのは私だ。私が目覚めたのは、今から五十年ほど前になる。誤作動で私だけコールドスリープが解除されたのだ。そこからは君らに話す必要はないだろう。同じように困惑し、絶望したのだから」

「一つ、いいですか?」

 ここでも、いやだからこそ僕は最後まで聞きました。

「いいよ」

「おじいさんは、結局のところ何者なんですか」

 僕が聞くべき、聞きたい質問はこれで最後でした。

「わしは・・・・政府の役人だった。もし計画が成功したときの説明役として」

 確かに、考えれば一人はそういう事情を知った人がいてもおかしくはありません。なにせ、僕らは何も知らずにあそこで眠ったのですから。

 犯罪者に、説明は不要ということでしょう。

 だから一番最後まで記憶が戻りづらかったのかも。まあ、全ては憶測でしかありませんが。

 とにかくこれが、おじいさんの言葉の全容でした。あまりにも重く広大な。

 




 僕らは一旦外に出ました。頭を整理するために。

 みんな疲弊したように口を開きません。中でも一番ショックを受けていたのはイガラシさんでしょう。

 真実を知りました。けれどその真実は、あまりにも無慈悲な事実でした。

 知らなければ良かったと。思うほどに。

 本当に、なぜ僕なのでしょう。人類の生き残りだなんてそんな重荷を背負えるほど僕の背中は広くなどありません。

 こんな思いをするくらいなら、一千年前に絶滅していたほうがましだったかもしれません。だってこの世界はもう、人間なんて必要としてないんですから。

「・・・なんか、大変だったな」

 ミーシャさんが、声をかけてくれます。

「・・・・・・いえ」

 僕は、力無く、そう返事するしかできませんでした。

「これから、どうするの?」

 思い思いに、みんな考えることすら放棄していた時、美里さんはそう聞きました。

「・・・・・どの道、やることは変わらない。例えジジイの言葉が真実でも、それでも俺は世界樹の葉を見つけに行く」

 イガラシさんは目に光を宿して、そう告げます。


「————なんで?」

 

 僕は思わずそう尋ねていました。

「なんでそんなことできるんですか!?世界樹の葉なんてあるかどうかもわからないものに!こんな大勢の人間の命を、なんでアンタはそう簡単に賭けられるんだ!」

 僕は、歯止めを失っていました。

 怒り。僕を支配する感情は、ただそれだけです。

「・・・・・なに?」

「美里さんから聞いた!アンタこれまでその自分の身勝手な道に一体どれだけの人を巻き込んだ!?ええ!?」

 これまでイガラシさんは世界樹の葉を探すために色々と冒険をしてきました。

 危険な冒険を。

 その冒険には、犠牲が付き物でした。

 一人、また一人。力のないものが死んでいきました。

「アンタは!そんだけ力があんのに!皆を引っ張っていけんのに!なんで!後ろを振り返らない!あんたの理想で!いくらの人間が死んだと思ってる!?」

 それを、この人は知っているはずです。それでも、この人は理想を掲げました。幻の理想を。

「てめえに何がわかる!」

 グイっと胸倉をつかまれます。

「もう!これしか俺らに方法はないんだ!」

 その手を僕は爪を突き立て握り返しました。

「方法なんていくらだってあんだろ!!いくらだってあるんだ!それをアンタは無視してるだけで!!」

 その道に光があるならいい。でも、この人が目指そうとしている道に光なんてない。

 そんな夢に、幻に、他人を。美里さんを巻き込んでいるのが何よりムカつきました。

「世界樹の葉で世界を元に戻す、そんなことよりももっと簡単で現実的な方法が!!お前にはあるってのか!!」


「あるさ!!!」


 簡単で。現実的で。犠牲だって出ない。これ以上ない最善です。僕がずっと心の片隅で思っていたことでした。

 ですが、彼は僕の言葉を鼻で笑います。

「・・・お笑いだな。本当に子どもの考えることだ」

「アンタはこの世界を見たことあんのかよ」

「・・・・なに?」

 少なくとも僕は、幻にすがっているアンタより、この世界を見てきた。

「この世界は一千年前となんら変わりない。確かに、風景も、常識も、住んでるモノたちも違うけど。根本は、一番大事な根本は変わらないんだ」

 綺麗な景色があって、汚い欲があって。貧富の差が会って、差別がある。

 そんなこの世界と、一千年前の何が違うのでしょう。

 僕は、同じだと思いました。

「一つ、アンタに真実を教えてやる。世界樹の葉なんてものはこの世界にはない」

「なぜ言い切れる」

 イガラシさんの顔から、熱さは消えていました。

「これですよ」

 僕はそう言って、一冊の本を取り出します。

 おじいさんの部屋にあった一冊です。

 その一冊は世界樹の葉についての考察をした本でした。

「・・・・結果、世界樹の葉はデタラメであることが分かる」

 僕はそう最後に綴られていた一文を読みます。

「——————っ」

 歪んだ表情をしたイガラシさんは、僕から本を取り上げ雑にページをめくっていきました。

「・・・・・だが!」

 まだ、諦められないのか。

「じゃあ、あなたは元の世界に戻ってどうするんですか。あんな、地獄に戻って」

 おじいさんに言われて、徐々に思い出してきたのは全て地獄でした。貧しく、不自由な。地獄でした。

「おい!お前ら!お前らはどう——————」

 きっとそこで、イガラシさんは初めて後ろを振り返ったのでしょう。

「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・」

 誰も、イガラシさんと目を合わそうとはしません。口にはしなくても、痛いほど語っていました。言葉で紡ぐよりよっぽど饒舌に。

「僕らは、一度道を踏み外したんですよ。それでも、こんなチャンスが巡ってきた」

「・・・・・・チャンス?」

「そうです。チャンスです。これは、もう一度、生きるチャンスです」

 もしも神様がいるのなら、これは贖罪のチャンスだと僕は勝手にそう思います。

 なによりも、もうこれ以上人が死ぬのなんて見たくない。

 その一心でした。

「・・・・・・・・」

 イガラシさんは口を堅く結んで、開こうとはしません。

 イガラシさんは今までずっとそれを目的として生きてきたのでしょう。僕の真実を知りたいと思うのと同様に。

 そして、僕のそれは叶ったが、彼のそれは叶えられなかった。

 おいそれと僕に同意することなどできないのでしょう。

 だけど。それでも。

 同意してもらわなければならない。もうこれ以上少ない人間が死ぬのを防ぐためには。

 そして。

「———————、」

「——————。」

 僕らは。







「・・・・・フゥ」

「お疲れさま」

「ああ、ありがとう。

 僕は一つ伸びをすると、白井シライさんが飲み物をもってきてくれます。

「書き終わったの?」

「うん。まあ」

「で、どうするの。それ。やっぱりあの図書館に置くの?」

「いやいや、そんな恥ずかしいことできないよ」

「そうだよね。私にも見せてくれないものね」

 拗ねたようなその表情に、僕は苦笑いしか返せない。

「おいおい。イチャイチャするならよそでやってくれ」

「み、ミーシャさん」

 後ろからぬっとでてきたミーシャさんの表情は死んでいた。

「ほら、早くいくぞ。次はな、砂漠の町に行こうと思うんだ」

「ちょっと、待ってください。やることがあるんです」

「やることって、その手記か?」

「ええ。これ、最初は不安を解消しようとして書いてたんです。だけどいつの間にか真実を知りたいと思うのと同時に、書くことが僕の存在意義になってました。だから、これはずっと閉まっておきます。いつか、誰かに聞かせられる日が来るまで」

「そう」

 それだけ言うと白井さんとミーシャさんは吹き抜ける窓から外を眺めた。緑が綺麗な村のきれいな景色だ。

 僕らは生きている。紛れもない、この世界で。

 種族も言葉も違うけれど、それでも生きている。生きていられる。

 生きることは簡単だ。ただ、ご飯を食べて寝てればいい。

 でも、それだけじゃ人は死んでしまう。生きながらに死んでしまう。

 それを避ける為にも僕らは今日を生きねばならない。屍にならないように、まっとうに、今を。

 人生とは一方通行だ。僕はそう思う。だって過去には行けないから。取り返しのつくことなんてない。だから、精一杯今を大事にしなきゃならないんだ。

 ・・・・やっぱりこの手記は誰にも見せられない。こんなの見られた日には発狂して死ぬ。

 ただ、これだけは書いておこう。

 僕らは主人公ではなくなった。もう人間が以前のように指揮棒を持つことはなくなった。

 それでも、世界は回る。そんな些細な事関係なく。

 だから、僕らは生きていよう。どんなことがあったって、生きていよう。死ぬのなんて後回しにして構わない。

 僕の物語は、まだ続く。けれど、この手記とはお別れ。ここが最後のページだ。

 もう、僕にはこの手記は必要ないから。

 そうだなあ、最後に、なんて書こうかな。

「ほら!書き終わったな!じゃあ出発だ!」

「ああもう!まだ最後の一文終わってないのに!」

 荷車にぽいっと捨てられ、ミーシャさんも乗り込む。

「いくぞカバ」

「ブルルルル」

「カバって言うんだ」

 初めて知った。

「そういえばさ、ずっと聞きたかったんだけどあんときよく本を見つけられたよな。五十嵐イガラシにさ」

「ああ、あれ」

 僕は笑います。

「あれは、元々、持ってたんです。賢者の街を出るときガショウさんが餞別にくれて」

「はあ!?そうだったの?」

「はい。だから、あの本に信憑性なんて皆無です。よく読めばわかりますけどデタラメなんで」

「お前・・・・無茶なことするな」

「あはは。五十嵐さんも頭に血が上ってたし、大丈夫かなって」

「やっぱお前、外道だよ」

 笑うミーシャさんに返す言葉もない。


 変わらないこの世界で、僕は今日も、生きている。

 夜は、明けた。


                               Fin.

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ようこそ、世界の終焉へ。ー福谷利太郎の手記ー 高宮 新太 @Takamiya

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