ページその14 また、新たな歯車

「あ、あの・・・」

「・・・・・・」

 目の前には見知らぬ女の子。茶色がかった髪の毛が肩の辺りまできれいに切り揃えられていて、透き通った瞳が印象的な名前も知らない女の子。

 その女の子に僕は手を引っ張られて、どこに行くのかもわからないままに早足で歩き続けます。

「ここら辺までくればいいわよね」

「・・・・?」

 海の上にポツンと浮かんでいる施設から、港部分へと戻ってきました。

 相変わらず騒がしく、規則性のない町です。

「ごめんね、急に」

「い、いえ」

 そもそも、僕にはなにがなにやらわかりません。ひとまず微妙な気まずい空気は払しょくされましたが。

「・・・知り合いですか?」

 先ほどの反応は、明らかにあの八重歯の青年を意識してのものでした。青年のほうもこちらを見ていましたし。

「・・・、ああまあ、ね」

 顔を逸らしなんだか触れられたくはないといった空気です。

 ですが、やっと会えたのです。あの地上へと出てバラバラになってから初めて、人間に出会えた。

 この機会を逃してしまったら、きっと僕は永遠に真実にはたどり着けはしないでしょう。

 だから、僕は聞きます。

「どういう人なんですか。あの人は」

「ん?まあ、そうね。一言でいえばかな」

 怖い。それは、見た目がという話でもなさそうです。

「・・・・そうね、じゃあこんなとこで会ったのも何かの縁だし、お話しましょ。場所を移してね」

「————はい」

 勿論断る理由など僕にはありません。









 喫茶店。

 飲み物や軽い食事を出すところ。

 港町という特質上こういった軽く休憩するような店がこの町には多くあります。

 この世界は町々で、大きく特色が異なっていました。宿屋が盛んなところ。喫茶店等が盛んなところ。農業が盛んなところ。漁業が盛んなところ。

 一つ一つが細かくて、差がはっきりしすぎてわかりづらいですが一千年前とこの世界はそう変わりません。

 最初は本当に異世界に迷い込んでしまったのではと、不安になりましたが知れば知るほどさして変わったところなどないのです。

 この世界は。

「それで、何を話す?」

 喫茶店に入って、相変わらず色がエグイ飲み物が運ばれてきて、女の子は口を開きました。

 そうですね、まずは。

「あの、あなたの名前。教えてください」

「ああ!あはは!そういえば名乗ってなかったねー」

 どうやら気づいていなかったようで笑い飛ばす女の子。

「私は、タキグチミサトっていうの。滝に口に美しいに里で滝口美里ね」 空中に指で文字お書いているのですが、当然空中なので見えません。

 まあなんとなくのニュアンスでわかりましたけど。

「それで、聞きたいのは。えっと・・・」

 何から聞けばいいのか。何を聞きたいのか。いっぱいあるはずなのに、その選択肢に優先順位をつけられません。

「————じゃあ、私から聞いていい?」

 見かねたのでしょう。ニコニコと笑顔で、助け舟を出してくれます。

「え、ええ。どうぞ」

 僕は会話の主導権を譲って、彼女、滝口さんの聞きたいことに答えます。

「えーっとねー、じゃあねー、まずどうやってここまで来たの?一人?あそこにいたってことは冒険者ってことだよね?今までいくつ任務こなしてきたの?」

 一気に色々と質問され、やっぱり僕は答えられません。

「ちょ、ちょっと待って。一個ずつ、でいいですか?」

「あ、そうだよね。ごめんね」

「えっと、僕は・・・・今は一人です」

 それから、色々な話をしました。最初に怪物に出会ったこと。洞窟で一夜を過ごしたこと。パーティを組んだこと。カネコさんを、殺したこと。

 それから一人になったこと。ミーシャさんと出会ったこと。精霊と賢者の街で知識を得たこと。

 村でのこと。僕の今の目的のこと。僕が抱えてる疑問のこと。真実が知りたいこと。

 僕のすべてを。彼女に話しました。

「そっかー、凄いね。波乱万丈じゃん」

「いや、そんな大したものじゃありませんよ」

 本当に、そんなものじゃないのです。いつだって後悔はあるし、何か重大なことを成したことだってない。

 何かに翻弄されるだけの物語です。

「滝口さんは?今までどうやって生きてきたんですか」

 ようやく、ちゃんと質問できました。

 ここまで時間をかけないと聞きたいことも聞けないのは些か問題ですが。

「美里でいいよ」

「え?」

「私、リタのこと気に入ったから美里でいいよ」

 ・・・・んんっ。気に入ったというのは、一体どういう意味でしょうか。

 僕の話をフンフンと興味深そうに聞いてはくれていましたが、気に入ったとまで言われるとは。

 なんだか恥ずかしいような、嬉しいような。 

 いや、やっぱりちょっと恥ずかしいです。

「み、美里さんは————」「ふふ、顔真っ赤だよ?そんなに恥ずかしい?」

 指摘され、顔が熱い。本当に血液が沸騰している感じです。

「美里さんは!あの、どうやって?」

 最初は頑張って声を張ったものの、だんだんと萎んでいきます。

 クスクスと笑われながら、美里さんは答えます。

「私は、ちょっと前までパーティを組んでたのね。イガラシさんと」

「イガラシ?」

「ほら、あのー、さっき会ったでしょ?八重歯のおっきな男の人」

 八重歯。そう聞いて出てくるのは、あの人しかいません。

 イガラシというのか。名前なんて今初めて知りました。

「あの人とね、パーティを組んでたんだ。まあ、ちょっと前に抜けたんだけど」

「・・・なぜ、ですか?」

 デリカシーとか、空気を読むとかきっとしなきゃいけないんでしょう。けれどそれをしてしまったら僕は知れない。美里さんのことを、イガラシさんのことを。

 知れない僕に意味はないから。

「うーん、方向性の違い。かな」

 そんな売れないバンドみたいな理由で?

「さっきさ、リタは目的があるって言ってたよね」

「え?ああ、まあ」

 依頼の種類をもっと増やすこと。それが、今の僕の目的で、意味です。

「あの人にもね、あるんだよ。目的ってやつが」

 イガラシさんにも。

 イガラシさんはきっとリーダーというやつなのでしょう。皆を引っ張って、皆の先頭に立つリーダー。

 そんなリーダーの目的。一体なんのでしょうか、僕には想像もつきません。

「あ—————————、」

「?」

 会話の途中、美里さんが何かに気づいたように後ろに目線を送ります。

「ここにいたか」

 低い声。存在感。ピリピリとした空気。

 僕の後ろに、八重歯の青年——————イガラシさんがいました。

 思っていたよりもこうして近くにするとより大きいです。身長というかガタイが。

 ジロリと睨み付けられて、背筋が凍ります。

 威圧感というか、プレッシャーが彼にはありました。

「・・・・なに?私たち、今楽しくおしゃべりしてたんだけど?」

「・・・お前は、あのとき残っていた人間だな」

 美里さんには見向きもせずに、僕をじっと睨んでいます。

 あの時、というのはきっと地上に出てからすぐのことを言っているのでしょう。

「は、はい」

 その圧倒的な威圧感と緊張で、声が裏返ってしまいました。

「生きていたのか・・・。他の連中はどうした」

「えっと、一人死んで。あとは、わかりません」

 この半年とちょっと。ヒカルさんやお嬢さん、シライさんも今どこで何をやっているのかまったく情報は入ってきませんでした。

「そうか」

 口数は少なく、表情もほとんど変わることがありません。眉間に皺を寄せて険しい顔がより一層険しくなっています。

「もう、残っているのは俺らだけかもな」

「そんな・・・・」

 ありえない。とは言い切れないその言葉に僕は俯いてしまいます。

「ちょっと!」

 美里さんのその声に、もう一度顔を上げると、イガラシさんが僕と美里さんの隣に座っていました。

「お前、一人か」

「え?・・・はい」

?」

 突然。唐突。急。

 そんな言葉が頭に並べ立てられるほど、その言葉の前後はつながっていませんでした。

「俺らは、世界を元に戻すためにずっとやって来たんだ。人間は多いほうがいい」

 真剣そのものな表情、いえただ変わっていないだけですがそれでも冗談ではなさそうです。

 世界を元に戻す。それは僕のそれと同じ

「・・・どうやって?」

 世界を元に戻す。なんて、できるわけがありません。もしかしたら、イガラシさんたちは知らないのかもしれない。

 

 この世界の事実を。


「あの、この世界は別に異世界というわけではないんですよ?正真正銘、僕らが生きていた、住んでいた世界なんです。一千年前、ですけど」

「ああ、知っている」

 知っている?だったら、なぜ。

「この世界は紛れもなく俺らが暮らしてた地球だ。だが、俺らが知っている地球ではない」

 それは、確かに事実です。 

 ですが——————。

「世界樹の葉というものを知っているか」

「・・・?」

 世界樹の葉、という単語は聞いたことがありません。

 ファンタジーな世界でなら、フィクションとしてなら聞いたことがありますが。この世界ではありません。

「なんでも、それを見つけたものは願いが叶うそうだ」

 ありきたり。まるでゲームの中の話のようでした。そんな都合のいい物をおいそれと信用できるほど僕は余裕がありません。

「—————ああ、わかっている。信憑性は薄い。証拠もない。だが、俺らはそれに賭けなきゃならん。それ以外に、この世界を元に戻す術はないのだから」

 その瞳は揺らがない。確固たる信念。その固さが見て取れます。

「—————元に、戻す。ですか」

「ああ」

 この人は、戻りたいのでしょうか。まあ、戻りたいのでしょうね。ここまで言っているのですから。唐突にこんな世界に放り出されて、その気持ちは自然です。

 では僕は——————?

 僕は。

「・・・・真実が知りたいんです」

 僕がやりたいことは。

「僕らがあの地下に閉じ込められていた理由。僕らが一千年も眠らされてた理由。それら全てを、僕は知りたい」

 最初からずっと、一貫して思ってたこと。

 無知とは罪だ。知らぬ存ぜぬでは許されないことがある。知らなかったではもう既に遅いことが、この世の中にはある。

 だからこそ、僕は知らなければならない。知って対策を立てて、準備しておかなければいけない。僕は。

「そうか。なら、ちょうどいい」

 ちょうどいい?とは。

 がたりと、イガラシさんは立ち上がりました。長身から見下ろされる彼の眼は相変わらず一ミリも変わりません。

「俺のパーティには情報収集班もいるんだ。そいつらがある情報を入手した」

 情報収集班って、そんなに大きいパーティなのかと、僕は少し驚きます。

「それって・・・」

 きっと、美里さんは知っているのでしょう。驚愕に目が見開かれました。

「ああ。居場所がわれた」

 なにを言っているのか、僕にはわかりません。二人だけで会話が進んでいました。

「あの、なんの話—————」

「・・・私たちもね。探してたの。その、真実ってやつを」

 美里さんが口にします。

「その中で俺らはある一人の人物が浮かんできたんだ」

 一人の人物。そんなところまでいっていただなんて。

 僕がこの世界のことを、地道に調べている間に、この人たちはそんな核心にまで迫っていただなんて。

 知らなければ、なんて言っていた自分が恥ずかしい。

「そいつの居所が今日分かった」

「ああ。それで受付にいたのね。依頼をキャンセルするために」

「まあな」

 二人は、当然ですが僕とは違って会話がスムーズです。積み重ねてきた時間がそうさせるのでしょう。

 なら、僕にはそういう人はいるのでしょうか。

 ヒカルさんやお嬢さん、シライさんにも、僕はそんな風に会話ができるのでしょうか。

 ・・・・きっと、無理です。犯罪者であるということを隠している僕には。

「そこに明日向かうんだが、お前も来るといい」

「・・・え?」

「真実を、知りたいんだろう?」

「いいねそれ!私も行くし」

「・・・お前もくんのかよ」

「なによー、リタ一人にしたらアンタに脅されるでしょ」

「しねえよそんなこと」

 この人たちについていけば、真実が知れる。・・・かもしれない。

 それは、とても魅力的なことでした。

 だけど。

「——————、」

「乗り気じゃないか」

「い、いえ。そんなこと」

 胸の中にあるもやもや、そのもやもやの名前を僕は知っています。

 そう、嫉妬です。

 こんなのは嫉妬です。きっと僕は僕が自力で見つけて、その真理を解き明かしたかったのです。

 傲慢にもほどがある探究者崩れのただの犯罪者が。

「行きます」

「そうか」

 そう。僕には嫉妬なんてそんなことできるような人間でも実力でもないのです。

 ただそれでも、真実を知るというその一点においては譲れないから。

 だから、例え他人のおこぼれでも、自身で何かを成し遂げていなくとも。

 僕は知る。知らなきゃならない。

「じゃあ、明日。港で」

「シッシッ!早くあっちいけ」

「・・・ふん」

「あの、ありがとうございます。誘っていただいて」

 去り際のイガラシさんにお礼を言うと。

「別に、貴重な人間だしな」

 とだけ言って帰っていきました。

「・・・・いい人、なんでしょうか」

 会う前はあまりいい印象を抱いていませんでしたが、会って話してみるとそれほど悪い印象は受けません。見た目とオーラは怖いですが。

「はあ?あの人がいい人?そんなわけないじゃん」

 僕の一言に、美里さんは表情が曇ります。

「——————ご、ごめんなさい」

 その変化に思わず、謝ってしまいました。


「・・・・まあ、いずれわかるよ。あの人の異常さが」

 

 その顔は、いつの間にか赤に焼けていた夕焼けに染まっていて。

 その瞳に光は宿っていないように見えました。

「それじゃ、また明日ね」

「ええ」

 と思ったのも一瞬で、すぐに元の笑顔に戻ると彼女もまた喫茶店から去っていきました。

 なんだというのでしょうか。また、知らない事実が僕を蝕みます。

 ああ本当に、こんな感覚は味わいたくない。

 一人、喫茶店に残った僕はそんな苦痛と抗いながらそれでも己が抱く探求心を胸に明日へと備えるのです。

 こんな感覚は味わいたくはないから。味わないように。



 そんな、一日を終え。

 僕は真実を知るために、港へとやってきたのです。

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