ページその13 そうして、僕は。

 クルマ君たちのいた村を出て、丸二日。

 ようやく、僕は当初の目的地であった港町へと着いていました。

 途中、何度か骸獣に出くわすなどアクシデントはあったものの、五体満足でこれたことは喜ばしいことでしょう。

 港町。そこは、水に囲まれた町でした。

 周囲をぐるりと海に囲まれ、町の中も水路で繋がっています。

 僕は、小さな木枠の船に揺られ、そこを目指していました。

 透明な水がユラユラと揺れ、なんとも心地良い。

 今までとはまた違った、けれどこの町もまたいい町です。

「着きましたよ」

「ありがとうございました」

 僕は、もう残り少なくなってしまったなけなしの財産を、ここまで舟を漕いでくれた人に渡します。もう残りも数えるほどしかなくなりました。

 とにもかくにも、まず。一歩目。

 いつだって、新しい町はやっぱり新鮮でドキドキします。

 港町。人と物資が流通する中心地。

 ここなら、多少の情報は得られることでしょう。

 海の潮風と、生活の匂い。家々はレンガのようなもので作られているものが多く多少の津波では崩れないような頑丈さを見せています。

 それも、精霊のおかげ。

 ひとまず僕は、町を散策することにしました。

 知らなければ始まらないからです。









 港町は大きく分けて二つに分類されました。

 一つは、騒がしくも賑やかしいの部分。

 ここは商人たちの集まる場所でもあるようで、色々なところで色々なモノたちが情報交換をしていたり、仕事の話をしているのを見受けられます。

 そして、港に溜まっている船はやはり木組みで。

 というのも。あまり、この世界には鉄製のモノがありませんでした。武器や防具しかり、船しかり。

 鉄というのが貴重なものに変わっているのでしょう。

 もう一つは住宅街でした。

 と言っても、他の街よりもそれはずいぶんと少なめというか小さめでした。

 閑静で、物静か。住宅街は打って変わって印象が変わります。モノもあまりいません。

 やはりメインとなるのは港。そこで僕は情報収集することにしました。

 

 






 したのですが、状況はあまり芳しいとは言えませんでした。

 今まで、大きな街といえば精霊と賢者の街。それ一つです。

 ですから、それ以来の大きな町ということになります。

 前は、多種多様な所から、多種多様な種族のモノたちが集まってきました。それも、知恵の宝庫と呼ばれる場所に見識を広げに。

 そういうモノたちですから、僕が人間だと知っても偏見や差別よりも先に好奇心が来るんです。そのおかげで僕はあの街に馴染み、溶け込むことが出来たのです。

 しかし、ここでは違います。

 ここに集まるのは、知識を求め、なによりも真実に近づこうというモノたちではありません。生粋の商人ですから。

 なによりも求めるのはカネであり、なによりも尊ぶのは自身の商品が売れること。

 ええ、まあ。そんなに相性がいいとは言えません。僕と彼らは。

 誰もがみんなミーシャさんのようにとはいきません。ていうか、逆にミーシャさんが特殊なのです。

 あまりいい反応とは言えない情報収集。

 幸先悪いな。なんて、思っていたとき。

 それはやってきました。

「泥棒!!!」

 どうしようか、いつだって不安定な未来に不安になっていたとき。

 市場のようなところから、一際大きな声が聞こえてきました。

 思わずそちらに目を向けるとなるほど。小さい男の子がなにやら食べ物を両手いっぱいに抱えて走っています。

 万引き、でしょう。

(・・・・・ん?)

 なんか、どんどんとこちらに近づいてきているような。

 と、思った瞬間。

 見事に、僕とその小さな男の子は正面衝突。

「よし!よくやった!」

 後ろから追いかけてきていた商人の怪物。くちばしのようなそれが特徴的なそのモノになぜだか喜ばれます。

「あいたたた・・・」

 小さな子供とはいえ、真正面からぶつかったのです。僕はもちろん、男の子も吹っ飛ばされました。

「この野郎。二度とこんなことできないように痛めつけてやる!」

 商人が一番嫌うのは自らの商品を陥れられることです。ミーシャさんが正にそうでした。

 目の前の商人も、見るからに頭に血が上っているようです。万引きといえば商人にとっては最大級のでしょう。

 犯罪。罪。罰。

「あ、あの」

「なんだ?兄ちゃん」

「お金、これじゃ足りませんか」

 そう言って僕は、今夜の宿代にととっておいた最後のお金を、目の前の商人に渡します。

「・・・・・・・・足りる」

 怪訝な顔をした商人は、それでも僕の渡したお金が入った袋を受け取ってくれました。

 ほっと、胸を一撫でします。足りなかったらどうしようかと思いました。

「だがな俺が嫌いなのは—————」「商品が、傷つけられたこと。ですよね。すいませんでした」

 そう言って深く頭を下げます。

「ほら、君も」

 僕一人が謝っても、しょうがありません。

 僕は、男の子を近くに呼ぶと。もう一度、また頭を下げました。

「すいませんでした」

「・・・・ああ。まあ、わかりゃいいんだ。わかりゃな」

 よかった。どうやらわかってくれたようです。相性が悪いといっても話せばちゃんと通じます。もう、言葉を知らない半年前とは違うのです。

 さて、と。

 僕は埃のついた服を払い、立ち上がりました。

「あ、あの。なんで?」

 男の子が、当然の疑問を呈します。

 ふさふさの毛並み、トラのような模様をしている男の子でした。

「————罪っていうのはね、一度背負ってしまったらもう二度と逃げ出すことはできないんだ。例えどれだけ軽いものであろうが、重いものであろうが。償える罪なんてものはないんだよ。人生は一方通行だからね。だから、背負っていくしかないんだ。それはとても辛くて、きつい。君にはそんなの味わってほしくない」

 カネコさんなら、一体どうしたのでしょう。豪快に笑って、頭を撫でながら大丈夫と慰めるのでしょうか。 

 でも僕は、こう言うことしかできません。知って、言葉にするしかできません。

 どれだけ伝わったのでしょうか。僕の言いたいことの、どれだけが。 

「——————、」

 男の子はぺこりと、頭を下げると足早に去っていきました。

 その後ろ姿を、見えなくなるまで。見えなくなっても眺めて。

「・・・・・行くか」 

 僕は、決めていたある一つのことを。行動に移すことにしました。






 決めていたこと。それは。

 この町でも冒険者登録をすることです。

 いや、まあ。成行きで前回までは冒険者登録を一応はしていたのですが、今回はそれを自分からしようと、そういうことです。

 些細なことですが。

 今までは、嫌々。登録をしても最初の任務以降一度も任務を受けてはいませんでした。

 一番最初が冒険者制度があまりしっかり整備されていない街だったので、一つの任務で、少々割の良い報酬をもらいました。

 そのおかげで、今日まで任務を受けずにすんでいたのです。

 けれど、先ほどのアクシデントでお金が無くなりました。正真正銘一文無しです。

 ですが、何もお金が無くなったからではありません。最初から、決めていました。

 クルマ君と再会して、クルマ君はクルマ君なりに誰かを助けていました。本人に自覚があろうとなかろうとどっちでもいいのです。

 ただ、事実として、彼は村を救っていた。

 その姿を見て、僕は思ったのです。なにも、冒険者とは骸獣を駆逐するだけが仕事ではないのだと。彼は、骸獣を駆逐するだけでしたが。

 商人だって、一口に言っても色々あります。お客相手に商売する人。おんなじ商人相手に商売する人。作り手と商売する人。

 冒険者という職業は、最近できた今流行りの職業です。ですから、まだまだ発展途上。

 知識と知恵は、使わなければ意味がない。

 なら使うときは、今です。





 冒険者として登録するには、その町に認可。許可してもらわなければなりません。

 街には、一つに一個。その冒険者たちを一つにまとめる組織があります。その組織が任務の受諾や、報酬の設定などを執り行っている。

 そして、この港町の施設は海の上にあります。

 正真正銘。海の上です。

 ポツンと、浮かんでいるのです。その施設がそれだけ。

 小船を借りて、どうにか施設まで行った僕は、ようやく自分の考えを伝えることができます。

「あの、任務の種類を増やしてください」

「・・・はい?」

 僕の目的。それは、任務の種類を増やすこと。

 だから、あの時僕は男の子にお金を渡してもそれほど危機というわけではありませんでした。むしろ、後戻りできなくする良い理由ができました。

 冒険者というのは、何が目的なのでしょう。

 それは個、それぞれで違うのかもしれませんがおおまかに言えば他者の役に立つこと。だと、僕は思うのです。

 この世界は、骸獣という脅威に日々晒されています。だから、冒険者にはそういった依頼が主となっているのでしょう。

 ですが、それ以外にだって困っていることはたくさんあります。

 例えば、未開の地。 

 あそこには、何が隠されていてそれとも何もないのか。それすらこの世界の住人は知りません。ただ、怯えているだけです。

 だから、冒険者として未開の地を探索する。とか。それこそ冒険者という名にマッチしているのではないでしょうか。

 そんな大それたことでもなくていいのです。あの小さな村のように、労働力が少なくて困っているとか、知識がなくて困っているだとか。

 それなら、僕にも。僕のような人間にだって、冒険者になれます。 

 と言うようなことを、僕は必死に受付のお姉さんに説得しました。

「・・・・・・はあ」

 ポカンとした表情。

 それもそうでしょう。この世界の住人は、閉じた世界で暮らしています。どこで誰が困っているなど実感として沸かないのです。

 骸獣のように身近でないから。

 ・・・・・それでも、話すしかありません。わかってもらえるように話すしかありません。

 必死に、説得していると。不意に既視感に襲われました。

 何か、どこか。懐かしいような、近しいような。

 それをなんとなしに、探っていました。

 説得できないことによる現実逃避だったかもしれません。気のせいかも。

 それでも、なんだか止められずに。

 右、左。キョロキョロと視線を彷徨わせて。

 

 いた。

 

 その原因が。


 人間。


 クルマ君でもなく、座敷童さんでもない。ヒカルさんでも、お嬢さんでも。ましてやシライさんでもありません。

 この世界で、久しぶりに。そう。地上へと出てから初めて。

 

 ええはい。まず間違いなく、純粋な人間に。

 猫耳のついた人間のようなモノとか、ウサギ尻尾の生えた人間のようなモノ。ではなく。百パーセント純粋に、人間。

 それも、日本人。

「あーはいはい!わかるわかるー、それわかるわー」

 なぜわかったかって、それは思いっきり日本語が聞こえているからです。

 軽い女の人の声。その声が騒がしい施設の中で、しっかりと聞こえます。

 久しぶりに、本当に久しぶりにその言葉を聞きました。

 その声の主。女の人はともすれば、風景の一部として溶け込んでしまそうなほど違和感がありません。

 日本語を使っているということは、まだこの世界の言葉は話せないのでしょう。けれど、意思疎通はできているようにみえます。

 お嬢さんのような感情論なタイプでしょうか。 

 ・・・・・いや、考えていたって仕方ありません。今、目の前に手が届く距離にいるのですから。声をかけるべきです。

 —————人見知り、だなんて言っている場合じゃないのです。本当に。

「・・・・あ、あの!」

 日本語。久方ぶりにその言語が僕の口から飛び出ました。

「——————ええっと、どちらさま?」

 その女の人。よく見ると同い年のように感じるその人は、さほど驚いた様子もなく、どちらかというと困惑しているようでした。

 その反応は、よく知らない知り合いに声をかけられた。そんな感じでした。元々知り合いでも何でもないのですが。

「いや、あの。人間、だったので」

「???」

 ますます困惑顔。その反応に、僕は何かおかしなことを言ってしまったかと自らの言葉と、知識を反芻します。

 この世界では、人類はとうの昔に滅んでいる。生き残りなどいるわけがない。

 だとするなら、僕らと同じ。あの地下から脱出したメンバー。

 それ以外に人間はいない。

 で、会っているはずです。

 ゆっくりと、事実を再確認して、多少の落ち着きは取り戻します。

 いやいやいや。だったらなぜ、この目の前の女の子はこんなに落ち着いているのでしょうか。

「あ、ごめん。パーティの人だった?私人の顔覚えるの苦手で」

「い、いや。初対面ですけど」

 パーティ?その言葉に、疑問を持ちます。

 誰かとパーティを組んでいるということでしょうか。ということは、この女の子以外にもこの港町には人間がいるということ。

「あ、そうだったの。で?なに?なんか用?」

 僕のそんな動揺など意にも介さず女の子は聞いてきます。

 が、そもそも勢いで喋りかけてしまったため用などないのです。なのでどう喋ればいいのか、僕は見失ってしまいました。

 この状況でうまく話題を提供できるほど僕は対人関係が上手くありません。断定していうことではありませんが。

「ええええ、っと・・・・・あ!そうだ!ぼ、僕とパーティ組みませんか!?」

 ——————ない。これは、ない。

 テンパった結果。僕はとんでもないことを口にしました。

 パーティを組む。そんなこと、考えてなかったのに。

 いや、考えていなかったといえば嘘です。任務の種類を増やすという目的は、僕みたいなのが一人でも任務を受けることができるようにという思いからです。

 ですが、一人は寂しい。

 ここまでずっと、一人できました。それは自分で選んだ道で、後悔はありません。

 だけど、寂しい。それは、純然たる事実です。

 だから、パーティという選択肢を考えてなかったといえば嘘です。

 でも、その選択肢を僕は取ることができない。

 犯罪者の、人殺しの僕には。

 誰かと一緒になんて、できるわけがない。

「——————、ごめんね。私、今は誰かと組む気はないの」

「あ、いえ。その。僕もごめんなさい」

 なんだか変な空気感。そんな空気にしてしまったことへの罪悪感で、僕は目を逸らしてしまいます。 

 数秒、その空気。

 ですが、そんな空気を壊すように、大きな音。その発生源たる場所に目をやると、思いっきり扉が開かれます。

 ピリッとした空気。


 そんな空気を醸し出しているのは、


 ええ、はい。扉を開いて出てきたのはまた人間でした。

 それも、

 ミーシャさんに出会った人。あれから半年、やっぱり生きていたんですね。

 なんとなく、ですがそんな気がしていました。

 その八重歯の青年を筆頭に、4,5人。人間が続きます。

 無言のプレッシャーを放ちながら、スタスタと受付まで真っ直ぐと歩いていきます。

「ねえ君名前は?」

 早口に、聞かれます。

「え?あ、ああ。福谷利太郎です」

「OKリタね」

 その言葉に、一瞬ドキっと体が固まります。

 リタ。久しぶりに呼ばれたその名前。一人の人物が浮かび上がるその名前。

「じゃいこ」

 え?

 急に、手を握られ。先ほどとはまた違った種類のドキドキ。

 いや、そんなこと言っている場合じゃありません。

「あの、僕ここでやることが」「いいから」

 なお早口で、なにかを焦っている様子で僕の都合を一蹴しました。

 受付を振り返ると、青年と目が合って。

 そんな青年を尻目に僕は、受付会場を後にしたのでした。

 見知らぬ女の子とともに。

 この女の子との出会いが、僕の物語の最終章へと進んでいくトリガーとなっていくとは。まだ知らないのですが。

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