ページその12 再会、一人と二人。
「く・・・クルマ君・・・」
掠れたようなその声に、目の前の彼は見向きもしません。
港町に向かう途中。僕はこの世界の脅威。骸獣に囲まれてしまいました。
もしかしたら、僕が警戒をちゃんとしていればその現実は訪れなかったかもしれない。もしも、それ以前に骸獣に一目でも出くわして、危ないという認識を抱いていれば防げたかもしれないその事態。
しかし、現実。起きてしまったものはしょうがありません。
それに、どうやら僕は死ぬのだけは。まぬがれたようです。
親を、骸獣を、そしてカネコさんを見殺しにしておきながら、僕は自分が死ぬのは嫌だと思うのです。
ええ、カネコさんは僕が殺したようなものでしょう。
あの日、あの時、あの場所で。
僕はカネコさんを見殺しにしたのです。助けられた。けど、助けなかった。意図的に。
これが、見殺しでなくて何だというのでしょう。
「あっはああああああははは!!」
目の前では、そんな僕の思考とは裏腹に、残虐な殺しが行われていました。
叫び笑うクルマ君と、そのクルマ君になぶり殺しにされる骸獣。
圧倒的で、一方的でした。
クルマ君は、真っ白い服に身を包みその真っ白の服が真っ赤に染まるほど、血を浴びていました。
僕の細い剣とは対照的な、大層な大剣を振りかざし、躊躇なく振り下ろします。
最後の一匹を、真っ二つにしたところで。彼の笑いは止みました。
その様は、まるで悪魔。血に染められた戦場に、真っ赤な彼は立っています。
彼だけが、立っていました。
「——————ああ、はあ。快感♡」
その言葉に、僕はぞっとします。
快感。あろうことかこの人は、生き物を殺して快感だと、そう言ったのです。
その表情に、恍惚としたその表情に嘘は見受けられません。
「く、クルマ君」
僕は、もう一度その名を呼びました。
なにがなにやら分からない。痛む肩も、牙が刺さっているその足も。何もかもを忘れ、ただ、目の前の事象に疑問を浮かべます。
「なんで・・・・ここに?」
「——————、」
「クルマ君!」
「・・・・・ああ?」
今気づいた。僕がいるということに。
その顔は、本当に見えていない。僕のことなど、文字通り眼中にすらないと、そう言っていました。
ただ、彼は骸獣を殺したくて殺したのだ。そう分かりました。
「・・・・・・ああ、なんだっけお前」
顔見知り程度ではあるはずです。ですから思い出そうという気はあるようでした。
ただ、興味がなかったのか何なのか僕の名前すら思い出せずにいます。「あの、利太郎です。福谷利太郎」
「ああ、そうだったそうだった」
思い出してくれたのか、彼は天を仰ぎます。まるで余韻に浸っているかのようでした。
「・・・・・・・・」
言葉が、出てきません。
聞きたいこと、山ほどあるはずなのに。
意識が朦朧として、上手くまとまりません。
やがて、僕の目の前は真っ暗になってしまいました。
「—————————、」
目が覚めると、知らない天井でした。
体を起こそうとすると、肩と足に鈍い痛み。
見ると包帯が巻かれています。
だんだんと思い出してきました。
僕は油断から骸獣に囲まれて、怪我を負った。
その怪我は、見事に処置されています。微かに香るにおいは、何かの薬草の匂いでしょうか。僕は医療に関しては素人なので詳しいことはわかりませんが、それでもしっかりと施されているのがわかりました。
辺りを見回しても、人はいません。
軋むベット、小さい木組みの部屋。一体ここはどこなのでしょうか。人がいないと聞くことすらできません。
痛む体を何とか起こし、ベットに座ります。
頭を抱えて、どうしようかと悩んでいると。
「・・・・・おい」
「うわああああああ!!!」
突然発せられた声に、思わず大きな声で返してしまいます。
「・・・・・・・・」
びっくりした。驚いた。心臓がバクバクと鳴っています。
「え、えっと・・・・」
真後ろで僕の声に固まっているのか、それともそれが素なのか、人がいました。
小さい体躯に、真っ黒な髪が腰まで伸びている女の子。
そう、それは、まるで—————。
「座敷童さん」
クルマ君と共に、忽然と僕らの前から姿を消した女の子。
そうか、生きていたんだ。
「ありゃ、起きたかえ」
ドアが開いて、光が差し込んできます。
その光をバックにおばあちゃんが入ってきました。
腰を曲げて、しわしわの肌。に、似つかわない猫耳と猫尻尾。
・・・どこに需要があるのだろうか。なんて。
「あ、あの。ここは?」
あまりその耳と尻尾を目に入れないように、質問します。
「ここかい?ここはただのちっちゃな村だよ」
トテトテと、後ろの座敷童さんがおばあちゃんの傍に寄りました。おばあちゃんの腰に手を添えて、僕の目の前に椅子があるのですがそこに座らせます。
ちっちゃい村。おばあちゃんは確かにそう言いました。
僕の記憶が正しければ骸獣に囲まれたあの時、近くにそれらしい村なんてありませんでした。
と、いうことは誰かがここまで連れてきてそして怪我の手当てをしてくれたと、そういうことになります。
その誰かとは————。
「ババア。ちょこまかと動くんじゃねえよ」
「クルマ君」
「————、」
クルマ君、この人しかいません。
「助けてくれた、んですか?」
「・・・・別に」
どうやら、認めはしないようです。
そっぽを向くその表情は無関心そのもので。
「あんまり動いたらいかんよ。まだ傷は塞がってないから」
「あ、はい」
おばあちゃんに寝かされて、布団をかぶせられます。
干し草のような匂い。どこか懐かしいとさえ感じます。
黒のローブ、一本の剣、そして灯篭。
僕の持ち物はいたってシンプル。そう数は多くありません。
「ああ、アンタの持ってたもんはちゃーんと預かっとるからね」
「あ、すいません」
声に出していたわけではありませんが、どうやらそわそわしているのがばれたようです。
「じゃ、俺は行くからな」
「はいはい、いってらっしゃい。気をつけてな」
クルマ君は結局僕を一目見ただけで、どこかへと行ってしまいました。
「アンタ、あの子の知り合いかい?」
「え、ええ。まあ」
おばあちゃんにそう聞かれ、僕は曖昧な返事でお茶を濁します。
実際のところ、どうなのでしょうか。知り合いというほど僕はクルマ君の事を知りません。
「びっくりしたよぉ、あの子が急にボロボロになったアンタをここに連れてきたときは」
やっぱり、クルマ君が意識を失った僕をここまで連れてきてくれました。
でも、どうして?
先も言った通り、クルマ君のことを僕はあまり知りません。ですが、それでもまったく知らないわけではありません。
そんな少ない知識の中で、僕の中のクルマ君は理由もなしに人を助けるようなそんな人にはあまり見えませんでした。
失礼な話とは、わかっているのですが。
「あの、クルマ君はここに住んでるんですか?」
いつだってそうです。僕には何もないから、ただ、知ることから始めなければ。どこにも進めません。
「そうそう。半年ほど前にね。今では助かってるよ」
「助かってる?」
「うん。この辺は最近まで骸獣の被害が酷くてねぇ。それをあの子がやっつけてくれたんよ」
クルマ君が?この村のために?
ますます違和感です。
「ここはずっと人がおらんかったんけども、マヒルが退治してくれたおかげで今は数が戻りつつあるからなあ。感謝感謝よ」
穏やかな表情。その表情は嘘をついているようには見えません。
確かに、僕と再会した時も彼は僕を助けに来たというよりただ単に骸獣たちを駆逐しに来たといった風でした。
そこにたまたま僕が居合わせたのでしょう。
僕にとってはやっぱり運が良かったと言えますが。
肩をさすります。まだ痛みは引きません。
「おばあちゃん!」
「来たよ!」
急に、扉が勢いよく開いて。出てきたのは女の子と男の子。二人の小さな子供でした。
「おお、おお。来たかえ」
よっこらせと、おばあちゃんはゆっくりと腰をあげます。
どうやら、何かが来たらしいです。
「いてて・・・」
「ちょっと、まだ寝てないかんよ?」
「いえ、外を、見ておきたいんです」
知らなければ、僕は何をするのもまず知らなければ行動を起こせない。これからどうするのか、その指針を立てるにはこの村のことをもっと知らなければいけません。
だから、僕は痛む足を引きずって。痛む肩を抑えて、それでも立ち上がりました。
「・・・・・・・」
「あ。ありがとう」
見かねたのでしょう。座敷童さんが肩を貸してくれます。僕よりも小さいのに、しっかりとしていました。
おばあちゃんは、二人の子供が支えています。足腰が弱いのか、ずいぶんと年齢が上なのか。
とにもかくにも、僕らは外に出ました。
明るい太陽がまぶしく目に差し込んで。薄目の中、それでも目を開けると。
そこは、正に村と呼ぶべき場所でした。
目立つのは大きな風車が一つ。それ以外大きな建物はありません。小さな木組みの家がぽつんぽつんと、点在しているくらいです。
下に目を向けてみると、鶏、にしてはちょっとサイズが大きいです。
あれも、きっと。僕が知る物ではないのでしょう。
家畜や、オレンジ色の何かを育てている畑。あとあるのは、緑色の草。カラカラと回る、風車の音。
本当に、和やかで、何もないところでした。
「昔はもうちっと人がおったんやけどねえ。ヤツらのせいでみーんなどっかいっちまった」
そう言うおばあちゃんは背中だけなのに哀愁漂っています。
「あ、ほら!おばあちゃん」
「あそこ!」
二人の子供が、指をさします。
何かを見せたいのでしょうか。
おばあちゃんと共にその指差した場所を見ると。
「おーい!」
真っ白い怪物が、いました。
全身が白、瞳も肌も毛も。白くてなんだか眩しいです。
「ああ、帰ってきてくれたのねえ」
「いやー、危険がなくなったって聞いたからさ。だったら、って思ったんだよ」
どうやら、話を聞いていると以前はここを離れていたモノが帰ってきたようです。
危険は、なくなったからと。
「マヒルのおかげさね」
心情たっぷりに、本当に心からそう言っているのがわかります。
クルマ君のおかげだと。
「兄ちゃん!」
「兄ちゃん!」
子供たちも、口を揃えて。
ていうか、兄ちゃん?全然イメージにありません。そりゃ、お兄ちゃんと呼べる年齢ではありますが。
そんな、僕の違和感をくみ取ったのでしょうか。
クイクイと、引っ張られる違和感に顔を向けると座敷童さんが手招きをしていました。
まるでそれは座敷童というよりかは、招き猫。
「え、なに?」
「・・・・・・」
相変わらず、上手くコミュニケーションが取れないのは僕のコミュ力が低いからでしょうか。と思ったものの、思い返してみればコミュ力が高いカネコさんも座敷童さんとは喋っていませんでした。
座敷童さんは、数秒沈黙した後。スタスタと、歩いていきます。
時折、振り返りながら。
どうやら、着いて来いと言っているようです。
座敷童さんについていく意味も、目的もわからぬままに僕は座敷童さんの後ろをくっついていきました。
村から出て数キロほどでしょうか。
さほど大きくはない山に差し掛かろうというところです。
「あ、あの。どこに行くんですか」
「・・・・・・・」
聞いても、答えてはくれません。
沈黙が場を支配しながら、それでも後ろをついていったのは、ここまで来てはもう後戻りできないという物理的な意味もありましたが。
なにより、何かあるのではという希望的観測からでした。
山に入って、道も大分険しくなっていったころ。
それはありました。
それ、すなわち戦場が。
「・・・・・クルマ君」
崖のような急斜面の上から見下ろすそこにはクルマ君がいました。
戦場の真っただ中に。
骸獣が、1、2・・・4匹。
中くらいのと、大きいのと。やっぱり僕は運が良い。あんなに大きなものを僕は今初めて見ました。
「あ、あれ。一人で大丈夫なんですか」
僕が戦場で見たクルマ君は、鬼神のような働きを見せていました。
とはいえ、あれは流石に。
そう思って座敷童さんに問いかけたのですが、やはり答えは返ってはきません。
黙って見ていろ。そう、言っているような気がして。
どのみち、僕が言ったところで殺されるのがオチです。
骸獣たちに囲まれるクルマ君の表情は、ここからじゃよく伺い知れませんが、きっと笑っているのでしょう。
戦場が、動きました。
骸獣たちの雄たけびに合わせて、一斉に二つの塊が動き出し、混ざり合います。
クルマ君は大剣を振り回しながら主な打撃は格闘でした。一匹、一匹。気絶させていきます。
やがて、残るは大きな骸獣ただ一匹になりました。
大きなのは、何を思ったか。何も思わないのか、体よりも大きく雄たけびを上げます。
上げた瞬間に、切り殺されました。
あっという間に、喉元を一掻き。鮮血の真っ赤な血が、遅れて噴き出しました。
戦場は、あっという間に支配されていました。ただ一人の、人間によって。
終わったと、そう思っていました。
けれど、彼の中ではまだ始まったばかりだったのです。
なにせ、殺したのはまだ一匹だけなのですから。
そこで初めて、僕は彼の目的を知ることになるのです。
彼は、さきほど気絶させた中くらいの骸獣たちに近付いて、一匹一匹、惜しむように、苦しむように、それでいてまるでディナーのコースを味わうように、殺していきました。
一体、あの人はこれまでの人生で何をしていたのでしょう。何をしていればあれほど躊躇なく、生き物を殺すことができるのでしょう。
その事実が、恐ろしく感じました。
「あん?なんだよ、何見てんだ」
最後の一匹も殺し終わって、余韻に浸って。そうしてようやく、クルマ君は僕らの存在に気づきました。
「なーんか、一人増えてるしよ」
その言い草だと、座敷童さんはいつも来ているのでしょうか。
「あ、の。こうやって殺すのは、村のため。ですか?」
あの村は、骸獣による被害が大きいようでした。おばあちゃんや、村のため。そう言われれば少しは納得できます。
「は?なわけねえだろ」
僕のその気持ちを嘲笑うかのように、彼は否定しました。表情一つ、変わらずに。
僕は、もう何も言えませんでした。
何を言うことができるのでしょう。同じように人を殺した僕が。
そして、村へと帰ってきました。
行きよりも何倍も疲れて。
思わずベットに倒れこみます。舞う埃など、気にしてられません。
まだ日は高いが、もう眠ってしまおうかと思っていると。
どこからか、声が聞こえてきました。
「ああ、ああ。よう帰ってきたねえ」
「・・・・やめろよ」
その声は、おばあちゃんとクルマ君の声でした。
窓からそっと覗くと。
おばあちゃんが、クルマ君の顔を撫でています。
「おばあちゃんはね」
「目が見えないんだよ」
「うわ!」
また、どこから入ってきたのか、子供が二人。座敷童さんといい、驚かせるのが趣味なのでしょうか。
ていうか、え?
「目が見えない?」
「「うん」」
ばっ、と思わずおばあちゃんを見ます。
確かに、なんで今まで気づかなかったのでしょう。この二人の子供に支えられていたのも、座敷童さんが手を取っていたのも。
目が、見えなかったから。
「兄ちゃん良い顔」
「だね」
確かに、二人の言う通り。そこにいたのは、獰猛なクルマ君ではなく。ただの一人の、クルママヒルでした。
(ああ、なんだ。そんな顔もするんじゃないか——————。)
・ ・ ・
僕は、この後傷が癒えるのを待って村を出ました。
元々、目的とは違った寄り道。そう長居することは出来ません。
おばあちゃんには、惜しまれましたが。
クルマ君のことは、今でもよくわかりません。でも、そんなものだと思います。人にしろ、人でないモノにしろ。その全てをわかることなど、できはしないのです。
それが、今回の教訓でした。
皮肉なものですね。一千年前は、そんなこと思いもしなかったのに。
こんな世界で、そんなことに気付くなんて。
さて、僕の物語はもうあと少し。
長かったような、短かったような。いえ、短いですね。なにせまだ12ページ目です。
それでも、僕にとっては重みのある12ページです。
次の一ページもそんな重みのあるページになっていることでしょう。
では、また。次のページで。
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