ページその11 そして、道の役目。
無知というのは罪なのだと、僕は思います。
知らなかった。気づかなかったじゃ済まされないことが世の中にはあると。
だから、無知とは罪です。知ろうとしないことは罪です。
僕は、罪人です。
親殺し。
それは数ある罪の中でも最上級に重く、大きい。
だからこそ、これ以上僕は罪を重ねたくはない。
その思いで、僕は知ります。この世界のこと、この世界の住人のことを。
「やあ、リタロ。調子はどうだい」
「リタロ!また精霊の話聞きに来てくれよ!」
精霊と賢者の街。この街に来て早、半年以上が経ちました。
ガショウさんは僕の言葉の先生です。本当に沢山の知識を持っていて、教えるのも上手な先生です。
が、流石にガショウさん一人ではいくらなんでも限界というものがあります。
専門的なことだったり、ガショウさんの興味のないことは教えてもらえません。
ですから、僕はこの街全体を使うことにしました。
この街は、知恵の宝庫です。
街の中心にそびえる建物群は、大図書館と言ってこの世界の全てのことが書き記されていると言われています。
・・・僕のこの手記ももしかしたらこの図書館の一部になるなんてことにもなるのでしょうか。可能性がないとは言い切れません。
まあ、そのことは置いておきましょう。どうせ、僕にはただ事実を、僕の思ったことを綴ることしか出来ませんから。
とにかく、この街には知識などいたるところにあります。
図書館だけではありません。街の職人や、賢者と呼ばれるモノ達にも教えを請いました。
そのおかげか、僕はこの世界のことをより深く知れるようになったのです。
「マクさん。ソロさん。また今度、お邪魔します」
そして、この街にも。僕は溶け込めるようになっていました。
言葉の壁はもうなく、文字も不安を解消できるくらいには読めるようになっていました。
いつものように図書館へと向かう僕に、知り合いが声をかけてくれます。
マクさんは、主に塾の講師のようなものをしています。精霊の特色を教えてくれました。
ソロさんは、この世界のことを独自に調べています。僕らが滅んでから、どういう風に世界が変遷していったのか。それを教えてくれました。
「・・・・・来たか」
「ガショウさん」
そして、ガショウさん。勿論言葉を教えてくれました。
他にも色々と助けてくれた人、教えてくれた人が多くいます。
「お前、もうここに来なくていいだろ。不自由なんてないんだからさ」
若干ふて腐れたようなガショウさん。もう僕がガショウさんから教わることはあまりありません。そのことが不服なのでしょう。
ガショウさんは他人に自分の知識を自慢するのが大好きですから。
「いえ、ここにある本を読みたくて」
正直、もう僕が知りたいと思うものはこの街にはありません。
ですが、ここの本は素晴らしい。
一千年前の物から、今、誰かが書いたであろう本まで。
非常に、興味深いものばかりでした。
元々、本を読むのは好きでしたしここは僕の理想郷でした。
「あ、そう。それなら、俺っちのおすすめがな」
ガショウさんは息を吹き返したように目を輝かせます。本の知識に関していえば、まだまだガショウさんの知識を披露する機会はありますから。
そんなガショウさんを尻目に、僕はある一つの考えがありました。
それは、この街を出ていくことです。
先も記したとおりに、僕はもうこの街で学ぶことは特にないのです。
この世界のこと、言葉、精霊。
この街のおかげで、僕の疑問は解消されました。
ただ、一つを除いては。
そう。僕が本当に知りたい真実。
僕らが、滅んだはずの人間が、なぜ今になって出てきたのか。あの地下は誰が作り、僕らはなぜあそこにいたのか。
その疑問は、ここでは解消できません。
だから、僕はこの街を出る。
「ここら辺とか面白いぞ。妙な考察してあって」
「妙な、ですか?」
「おう、まあどれも信憑性とかあったもんじゃない、ただの妄想だけどな」
ふーん、と僕はその本棚を見渡します。
そのどれもが、この世界の言葉で書かれていました。つまり、一千年前の本ではないということです。
重厚な装丁に包まれた本が高い天井までずらっと並べられています。
その中の一冊を適当に抜き出して、パラパラとめくります。
どうやら精霊のことに関して書いているようでした。どうして、精霊が見える人と見えない人がいるのか。それを考察しているようです。
確かに、信憑性は薄いと感じます。そこに書かれていることはどれも仮設ばかりで立証も、検証もされていません。
まあ、見えない精霊を立証しろと言われてもどうしようもないのですが。
そんな感じで他にも似たような本が集められていました。
「あの・・・ガショウさん、僕」
手に取った本を戻して、僕は口を開きました。お世話になったガショウさんには、ここを出るつもりだと言っておきたかったのです。
「言わなくていい。ここは来るもの拒まず、去る者は追わず。そういう街だ」
どうやら、僕が言いたいことなどお見通しだったようです。
そんなガショウさんに僕は思わず顔が綻びます。
ミーシャさんではありませんが、僕も湿っぽいのは得意ではありません。
だから、ガショウさんのその言葉は僕にとって有り難いと感じるものでした。
「それじゃあ、お世話になりました」
ぺこりと、頭を下げる。
ここに来たのと同じく黒いローブを羽織って、灯籠を手に、腰には剣が一つ。
「ああ、気をつけろよ」
目の前にいるのはガショウさん。
辺りは真っ暗。冒険者たちのおかげで数は少なくなったとはいえ、まだまだ街の郊外には骸獣がいるので、寝静まった夜に僕はこの街を出ることにしました。
「それにしても、いいのか歩きで。頼めばどこでも送ってくれるんじゃないか?」
「いえ、いいんです。どうせ、目的地なんてありませんし。のんびり歩いて行こうと思います」
どこに行けば真実があるのか、はたまたどこに行ってももう真実なんてないのか。
僕は、それを知るためにこの世界を歩もうと思います。
大体、今までだって行き当たりばったりだったのです。それでも、ここまでこれました。
なら、これからも天に身を任せてみてもいい。そう思いました。
ガショウさんとお別れして、僕はフードをかぶります。
残りのお金はそう多くはありません。歩きですから、そう遠くにも行けません。
僕は地図をかざし、灯籠で明かりを照らします。
天に任せるとは言ったものの、前回のように無計画とは行きません。
街には流石知恵の宝庫。この世界の地図がありました。
今度はそれをちゃんと許可を取って借りたのです。
地図を見るに、この世界は大きく二つに分類されているようです。
一つは、生命体が住んでいる、住める地。僕がいるのは当然、ここです。鋼殻大地《こうかくだいち》。そう名付けることにしました。
もう一つは、逆に生命体が住めない土地。
なぜかというと、理由は図書館や街の賢者と呼ばれる人たちに聞いても明確な答えは返ってきませんでした。
ただ、皆口を揃えて言うのはきっと人間が滅ぼしたのだろうということです。
人間は戦争を起こしました。小さい戦争から、大きい戦争まで。
その最大の戦争で、人類は衰退の一途を辿ることになったのです。
その折に地殻変動や、気候変動などにより生命体が住むことができなくなった土地が出来たというのです。
ただ、その全てが本当にそうなのか。誰も検証したことがない、ということでしたが。皆、命は大事ということでしょう。
だから、僕はその地を未開の地、と呼ぶことにしました。
憶測と、不安が渦巻く地。
そういう意味で未開と名付けました。
なんだか、この半年で色々と名付けたような気がします。日本語にはない言葉がありすぎて。
さて、そんな地図から次に行くべき、いや、行きたい場所を選びます。
今の僕を、カネコさんは一体どう評価するのでしょうか。
・・・僕が何かを決める前に、決められてしまいそうです。
その光景が簡単に想像できます。そして、そこにはヒカルさんやお嬢さんも笑っている。
シライさんも。
けれどその光景は、もう叶いません。
なら、進みましょう。進むことだけが、僕に許された唯一の道なのですから。
とりあえず僕は次の目星を付けます。
歩きと、この世界の特色上、あまり選択肢は多くはありません。
先のような、来るもの拒まずの街などこの世界では珍しいのです。始まりの街のような偶然はそうないでしょう。
となると、次はここしかない。
港街。
ここから歩いて数日のところに、港で栄えている街があります。ここなら、人も情報量も多い。
関係ないですが、この世界では街の名前などがないようです。例外を除いて極めて閉鎖的な世界だからでしょう。そもそも他の街に行くこともなければ呼ぶこともないんです。
話を戻して、僕は港街に行くことに決めました。
思えばそれが、僕の人生の中で初めてなにかを決断したことだったかもしれません。
些細なことですが。
とにかく、僕はそこを目指して歩きました。
ゴツゴツとした岩場が露出している道を。
ここら辺だけなのか、それとも世界は一千年でそう変わってしまたのか僕を囲む景色は、数キロ歩いただけでコロコロと変わります。
爽やかな草原から、ゴツゴツとした岩場。かと思ったら池が何個も連なった湿原に、森のような林。
本当に、温度から風景から何から何まで統一感がないのです。
冬のように寒いと思ったら、夏のように暑く。秋のように涼しげだと感じると、梅雨のようにじめじめしている。
なにがどうなってそうなっているのか、街でもこんな情報はありませんでした。
なかったのは、それが常識だったからでしょう。常識過ぎて、誰も、何も疑問を持たなかったのです。誰かが疑問を持たなければ、僕は知ることすらできません。
これが、もう世界から追い出された人間の宿命なのでしょうか。
いえ、そんな愚痴をたれてもしょうがありません。僕らだって、なぜ春が来て、夏が来るのか。それを知ろうなんていう人はごく一部でした。
交流があった人間がそうだったのです。交流がないここのモノたちは当然、知識を共有することもない。
この世界の探求心は、一点特化なのです。
この世界の住人が気になること、精霊や人間。そう言ったものについては情報もあるし、興味もある。
ただ、常識や外のこととなると一気に情報がなくなるし、興味がないといった感じなのです。
だから、僕はまだ完全にこの世界に溶け込んだと言えるわけではありません。
街一個単位でも馴染むのに半年以上かかったのです。これが世界となると一体僕は、何年。何十年かかるのでしょうか。
いや、考えるのはよしましょう。どうも僕は一人になると嫌な方嫌な方に考えが傾くようです。
しばらく林が続いたと思ったら、ようやく抜けました。
そこはサバンナというか、どこか穏やかな場所でした。
日も傾き始め、辺りは真っ赤に染まります。
干し草のような、肌色が風になびき、その世界は見惚れるほどに美しい。
一千年前。世界が美しいだなんて僕は思わなかったでしょう。
そういう意味では、この世界に取り残された意味というのも多少はあったと言えるのかもしれません。
サバンナをゆっくりと歩きながら。僕は油断していました。
その油断は奇跡にも今まで出くわさなかったことによる油断でした。本来、こんなに緊張感がないのは異常というものでしたでしょう。
最初に地上に出てから今まで、運が良かった。
いえ、運が悪かったと言うべきでしょう。
骸獣。この世界の、もう一つの常識。
いつの間にか。囲まれていました。
肌色の草は、僕の腰あたりまで伸びていて骸獣が近づいてきたことに気づきませんでした。
今まで、もし一度でも遠目にでも遭遇できていたら、もしかしたらもっと警戒することが出来ていたかもしれません。
せんなきこと、ですが。
僕を囲む骸獣は、五、六匹。骨ばったような細く小さな獣でした。
そもそも、この骸獣という存在もどういう存在なのか。僕には知識がありません。この世界の住人も恐ろしいという感情しか持ち合わせていませんでした。
息が、荒く。頬を伝う汗に、緊張が浮かびます。
腰に下げた剣は、一本。街では、剣を扱う知識なんて調べていませんでした。
僕もまた、興味のあることしか調べていなかったということでしょう。
じりじりと、ヤツらが近づいてくるのがわかります。
一体どうすればいいのか。僕の頭は焦り、混濁していました。
逃げる。いったいどこへ。
戦う。無理。
対話を試みる。もっと無理。
選択肢が浮かんでは潰されて、結局何も動けずにいました。
勿論。そんな僕の事情など敵は待ってはくれません。
じりじりとゆっくり詰めてきていたのが、僕が動けないと悟ったのか、獲物を捕らえるため足早に詰めてきました。
ヤバい。脳がそう警鐘を鳴らすより先に骸獣の奇声が耳をつんざきます。
恐怖。
鋭い爪も、獰猛な牙も、その甲高い声も。何もかもが恐ろしくて。恐怖を駆り立てる。
カタカタと震えているのが自分の手だと気づくのにそう時間はかかりません。
「ギャーーーーーース!!!!」
これまでよりも、一際大きなその奇声。
それを合図に、ヤツらは思いっきり僕に襲い掛かってきます。
それでもまだ、僕は剣を抜くことすらできません。
手に残っている感覚。生き物を殺した感覚。
それを自覚しながら、それでも剣を抜く。そんな勇気も、気概も、僕には無くて。
「う、うあああああ!!」
叫ぶように、僕は剣の柄を握ります。
そのまま、鞘に収めたまま殴るために。
中途半端。目の前の生き物を殺す覚悟も、殺さない勇気もない。中途半端な行動でした。
まるでバットのように、飛んできた骸獣を力いっぱいぶん殴ります。
メキリと、骨が砕ける音。
軽い体が吹っ飛んでいきました。
「はっ・・・はっ・・・」
早鐘のように心臓が鳴り、ビリビリと手が痺れる。
ただ、一振りしただけなのに、疲れ、体がだるい。
生き物を、殺した感覚でした。
その光景を見て、怯えたのでしょうか。骸獣たちはシンと静まり返ります。
再度、静脈。
頭の中が真っ白で、何をどうすればいいのかなんてわかりません。
ただ、自分の鼓動の音だけが頭の中を支配していました。
「———————っ!!」
一瞬。固まっていた。
次どうするか、思考に体が奪われていた。
その瞬間を、狙われました。
いつの間にか後ろに回り込まれて、足を狙われました。
「あがっ!」
右足の脛。鈍い痛みが走ります。見ると、その鋭く光る牙が自身の体に食い込んでいます。
「うあ!」
鞘の先で、頭を狙う。
骨を砕いた感覚は・・・・ありません。
ただ、折れた牙が痛々しく足に残っていました。
「—————っ!!」
肩に激痛。今度は切れ味鋭い爪で引き裂かれた。
返す刀で鞘を振り回しますが、華麗に避けられます。
どうする、どうすると、自分の中に声が木霊しますが答えなんてどこにも見つかりません。
ドクドクと血が溢れて思考もままならない。
このまま。死ぬ。
その未来を想像して、安易に想像できる現実に逆に上手く恐怖につながりません。
ただ、死ぬのだと。ここで、あっさりと。ただ、死んでいくのだと。
その事実だけが、目の前を暗くしていきます。
「ギシャアアアアアア!!」
勝利を確信したのでしょうか。大きく叫ぶ骸獣にもう僕は何かを思うことすらしません。
「ったく、うるせえんだよ。どいつもこいつも」
霞む目の前で、最早諦めてしまった僕を。
蔑むようなその声。
その声の持ち主は——————————。
「・・・・く、クルマ君」
地獄の門番のようにあざ笑うその人は。
クルマ マヒル君でした。
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