ベージその9 ようやく、輪の中に。

 精霊と賢者の街。

 僕がこの世界で目覚めて、二つ目にたどり着いた街。

 そこは、正に知恵の宝庫と呼ぶにふさわしき場所でした。

「うし、着いたな」

 ウサ耳と思しきもの頭の上に携えて、お尻にはまるいしっぽがフリフリと揺れています。

 毛皮のような服を羽織りながら、スレンダー体系のその女性は、僕をここまで連れてきてくれた流れの商人です。

「ほら、お前も商品の仕入れを手伝え。どうせ暇だろ」

「いや・・・・・まあ・・・・」

 多少人使いが荒く、僕を見下ろすその人は僕の手を強引に引っ張っていきます。

 どうせ、目的も何もありませんがもう少し気を遣うということをこの人は覚えたほうがいい気がします。

 まあ、それはともかく。

 この街は、なんでも特殊な街ということでした。

 僕が昨日までいた街は、いわゆる一つの国。そこ独自の法律があり、独自の経済がある。

 他国や他の街からよそものが来ることはまずない、閉ざされた国家。

 それがこの世界での普通。基本的なあり方のようです。

 それに反して、この街は。

 パっと歩いているだけでも多種多様な人種。いや、人ではないのですからなんでしょうね。獣種じゅうしゅ

 まあ、名称は後で考えるとして、とにかく色々なモノがいました。

 外見だけでも、前の街のような怪物に、どちらかというと動物のような

モノ。そして僕ら人間とそっくり、だけど明確に何かが違うモノ。

 本当に多種多様でした。

 それに比べると、前の街は同じような怪物しかいなかったのだとわかります。

「ほら、なにやってんだ。こっちだ」

 ウサ耳のお姉さんが前を歩いています。

 露天商のようなものはなく、重厚な建物ばかりです。

 人は沢山いますが、活気にあふれているというよりかは物静かで、静観な雰囲気に包まれた街でした。

 その建物の間をすり抜けるように、狭い道を荷車を引いていきます。

「あの、どこに行くんですか?」

「ん?ああ、まずは許可を取りに行くんだ。ここで商売してもいいですよっていう」

 さすがに、この世界は無法地帯というわけではなさそうです。

 ということは、前の街でもそういう法律やルールというものがあったのでしょうか。

 ・・・なにも、知らぬままに飛び出したのだと、このとき実感しました。

 実感したところで、なにがどうなるわけでもありませんが。

「ほら、ここだ」

 大きくて、重厚な建物ばかりが並ぶこの街でも、それは一際大きくどっしりとした構えをしていました。

 一目で、重要な建物だとわかります。

 その建物にはどこか懐かしいような既視感のようなものを感じました。

 その正体を考える間もなく、お姉さんはさっさと歩い行ってしまいます。

 この世界は、こういうものは分かりやすく作られているのでしょうか?それとも僕が訪れた二つの街だけ?

 データが少なすぎて、何とも言えません。

 こちらの事を気にする素振りのないお姉さんに連れられて、僕もその建物の中に入ります。

 前の街は、できるだけ豪華に、できるだけ荘厳に作られているようでしたが、この建物はどちらかというと事務的で、必要なものさえあればいいという作り手の印象を受けました。

 作り手といえば、この建物は誰が作ったのでしょう。

 こんなにデカい建物を作れるくらい、建築技術は高いということでしょう。僕らの世界と遜色は感じられません。

「どうした?そわそわして」

「あ、いえ」

 そんな馴染みのある建物と、馴染みのない怪物や、お姉さんのようなモノたちが建物内を闊歩しているそのギャップが違和感で、なんだか落ち着きません。

 僕の気持ちなどお構いなしに、お姉さんはさっさと受付を済まします。

「五階だそうだ」

 そう言って、お姉さんは馴染みのある箱の前で止まります。

「え、エレベーター・・・・」

 建物といい、なんといい、この街は僕の知っている一千年前とそっくりです。

 まさか、エレベーターまであるなんて。

 そして、既視感の正体に気づきました。

 そう、まるでビル。僕が知っているあの世界に常識としてあったビルのようなのです。ここは。

 そういえば、あまりに自然で気づきませんでしたが、ここを照らしているのも電球です。前の街にはありませんでした。

 だから、てっきり電気という物がまだこの世界にはないのだとばかり思っていましたが。

 どうやら街と街で格差があるようです。一千年前と同じように。

 こうして見てみると、僕らの知っている世界と、そう違いはないのかもしれません。

 一千年前だって、いろいろな人種の人がいて、格差があって、絶滅しているものもあって、流行りがあって、危険なモノだってあって。

 なんだか、少しだけこの世界に歩み寄れた気がしました。

 そのエレベーターで僕らは五階にあがるとそこには物騒な荷物を抱えたモノ達で溢れ返っていました。

 多少乗り心地が悪かった点は目をつぶりましょう。

「うわー、この街にも出来てたんだ冒険者」

「冒険者・・・・この人たちが、そうなんですか?」

 甲冑や鎧を着込んだ怪物や、弓、剣、ナイフなど、武器を携えた人(のような外見)達。

 エレベーターから降りた目の前に、そのモノ達はいました。

 360度ぐるりと、人、怪物、怪物、人。

 どこを見回しても同じようなモノ達しかいません。それ以外、物もなにもありませんでした。

 その人たちは何かを待っているようでした。

「ここは、冒険者たちを登録する場所としても使われているみたいだね。私には関係ないけど」

 なるほど、確かに僕らも前の街で同じようなことをしました。それで待っているのでしょう。この人数ですし。

「冒険者として街の任務を受領して報酬を得るには、その街々で登録しなきゃなんなんからな。一度登録すればあとは任務受け放題ってわけなんだが、この街は前に私が来たときはそんな制度なかったから、最近できたんだろうな」

 お姉さんと僕は、人をかき分けて前に進みます。

 冒険者が流行っていると言われ、半信半疑でしたがこうも目の前に光景を見てしまうと信じるしかありません。

「ほら、お前も冒険者ならさっさと登録して来い」

「・・・へ?」

 僕は、あまりの唐突な言葉に思わず素っ頓狂な声を出してしまいました。

「ん?違うのか?」

「違いますよ!・・・あ、いや、違わないのかな。いやでも冒険者になる気なんかないです」

 あの街で登録はしたのだから、一応は冒険者ということになっているのでしょうけど、あんな事が起こってしまった以上。そして、自分の記憶を取り戻した今。とてもじゃないけど冒険なんてそんな気分にはなれませんでした。

「じゃあ、その腰の剣は?」

 言われて、黒いローブに隠された腰のあたりを見て、そこでようやく気付きました。

 あの時貸し出された一本の真剣、それを僕は持ち出してしまっていたのだと。

 灯籠と地図だけではなかったのです。僕があそこから盗んでしまったものは。

「これは・・・・・か、返します」

「誰に?」

「それは・・・・うう」 

 困った。これは大変に困りました。

「登録くらいはしてくれば?どうせ無職だろ?お前」

「む、むしょ・・・」

 無職。

 その言葉の響きは、ぐっさりときました。心根の奥深くにまで。

「いや、ていうか僕まだ中学生」

 言いかけて、途中で止めました。

 だって、もうここは僕が生きていた、僕の世界ではないのだから。

 歩み寄ることはできても、同じように考えることは僕にはできませんでした。

「・・・・登録、してきます」

「おう。じゃあ私も許可もらってくるから」

 正直、骸獣なんていう化け物と戦うだなんて嫌ですがそんなこと言っていられません。

 今のところ、冒険者というのは来るもの拒まずのようですから僕みたいなのでも一応登録くらいはさせてくれるでしょう。

 そう思って、僕も人混みの中にもぐりこみます。

 どうやらこの混雑、一応は列を形成しているようです。

 遠くの壁際に受付と思しきモノがぐるっと囲んでおり、それを目I指すように列が形成されています。

 ただ、数が多すぎるのと、列がぐちゃぐちゃだということが混雑に拍車をかけているようです。

 なんとか、そんな混雑の中でも列に並び、僕の番がやってきました。

「w@fbbi6uj566<t@edjr」

 しまった。お姉さんがあまりにも自然すぎて失念していましたがそういえば僕はこの世界の言葉などまだわかりません。逆も然り。

 眼鏡をかけた怪物。その怪物が、書類から黙りこくっている僕に目を移します。

 不自然だと感じたのでしょうか。

 ですが、どうすることもできません。

「あ、えっと・・・・」

 上手く、言葉が出てきません。日本語ですらこうなのですから、怪物たちが操る言葉を勉強もせずに理解し、話すなど不可能です。

 だから、言葉を勉強しよう。

 これから何をどうするのだとしても、こうも言葉が通じないのでは八方ふさがりです。

 一つの方針を固めたは良いものの、だからと言って目の前の問題が解決したわけではありません。

「s@4dqyw@rt?」

 若干、語尾が強めになってきました。そういうニュアンス程度なら聞き取れるようにはなったのですが。

 きっと、この混み具合です。手間取っている僕にイライラしているのでしょう。

「oe!ui7zwyq@!」

「f7hd¥!」

 どんどんと、後ろの怪物たちからも声を荒げる人が増えてきました。

 冒険者になろうというモノ達ばかりです。血気盛んなのでしょう。今すぐにでも僕に襲い掛かってきそうな雰囲気を感じるのは、相手が怪物のような見た目だからでしょうか。

 いや、そんな冷静なことを言っている場合ではありません。

 恐ろしい外見のモノ達が、恐ろしい形相で声を荒げています。

 僕は、恐怖と焦りで脳がふやけて、まともに思考することができません。

「おい!なんだこれ!?どうした?」

「お、お姉さん」

 あんまりにも僕が手間取ってしまっていたのでしょう。既に許可を取り終わったであろうお姉さんが、僕の目の前に現れました。

「こ、言葉が・・・」

「ああそうか!そうだったな!」

 きっと、お姉さんも忘れていたのです。言葉の壁を。

 お姉さんが通訳として間に入ってくれたおかげで、僕はことなきを得ました。

 あんなに焦って、苦しんでいたのが嘘のようにすんなりと登録が完了します。

 これで、この街でも依頼を受けることができるようになりました。

 ビルのような建物から出て、僕は歩みを止めます。

 一応、言葉を学ぶという目標というか、目的というか。そういう曖昧なものは見えましたが、依然として僕は。これからどうしていいのか、どうすればいいのか、不透明なままでした。

 このままでは僕に明日はありません。

 明日を迎えるために、僕は見つけなければなりませんでした。

 生きる意味、なんて書くと大層なものに見えますが。

「お姉さんは、これからどうするんですか?」

 だから、聞きました。明確に明日がある人に。

「私は、これから商品を売りさばきながらまた商品を仕入れて、の繰り返しだな。一週間くらいはここにいるつもりだし」

「———————————そうですか」

 聞いたからと言って、簡単に見つかるわけでもありませんが。

 これからどうするのか、きっとこんなに悩んでいるのはそういう決断をしたことがなかったからでしょう。

 僕の人生は、選択できるほど裕福なものではなかった。

 それがここに来て初めて、皮肉にも自由ができてしまった。仮初の自由が。

 フードの付いた黒いローブをぎゅっと握りしめます。

 ああ、こんな時カネコさんならどうするのでしょうか。どうやって自分を鼓舞して、道を見つけていたのでしょうか。

 教えて欲しかった、でも、会いたくはなかった。

 そんな矛盾を胸に抱えつつ。

「・・・・なあ、お前これから行く当てとかあるのか」

「え?」

「私があった人間たちはみんな誰かと固まって、そばに同じ種族の奴らがいないと不安そうだった。私たちは、基本他者と混じり合わないからその気持ちがよくわからなかったが。だけど、お前は一人だ」

 心配、してくれたのでしょうか。

 あんなに言動と行動に優しさがないお姉さんが、僕を心配してくれた。

 その事実が、なんだかおかしくて。笑えます。

「な!なに笑ってんだよ///」

 恥ずかしがっているその姿が、妙にツボで。

 ああ、やっぱり変わらないんだと。この世界も、僕らのいた一千年前も。きっと変わらないんです。

 変わることも、変わらないことも、一緒だ。

 まだ、この世界の一部になれた気はしないけれど。それでも、一歩一歩でいい。ゆっくりと、けれど確実に歩いていこう。進んでいこう。

 きっと、カネコさんもそうしていたのですから。

「とにかく!なんかあったら来いよな。しばらくはここら辺いるから」

「はい」

 本当に、久しぶりに笑った気がします。皆といた時は不安ばかりが頭によぎっていましたから。

 少しだけ胸の内が軽くなって、いつかは皆とも打ち解けていくことができるのでしょうか。本当の意味で、仲間になれるのでしょうか。

「あの、お姉さんの名前、聞いていいですか?」

「私?私はミーシャだ」

「僕は、利太郎です。福谷利太郎」

 やっと、自己紹介ができました。

 色々と不安は尽きないですが、歩くと決めた。それだけで、今は良しとしましょう。





  

 奇しくも、ここは精霊と賢者の街。誰がそう呼んでいるのかは知りませんし、本当にそう呼んでいるのかも知りませんが。

 とにかく、僕が知りたいことのすべてが、この世界のすべてがそこにはありました。

 この街は大きく分けて二つに分類されます。似たような建物が多く並ぶその中では、まるで塾のように勉学や歴史などを教え、学んでいるようです。

 そして、もう一つは。

「うわー、すごい」

 大きな建物がいくつも並ぶその一角。

 どうやらここにあるすべての建物の用途は同じようです。

 本。

 僕らの生活していた一千年前の本を、各地からひとつ残らず、余すことさえなくここに集めたらしいのです。

 どうやら、この時代印刷技術はまだ乏しく、こうして昔の本を眺めるしかないのだと。 

「まあ、私はそんなに本好きじゃねえし、別にどうでもいいんだけど。田舎の本好き共にはたまらんらしいな。だから、みんなこぞってここに来たがる」

 横で解説してくれるのは、勿論、お姉さん、いやミーシャさんです。

 今日一日だけだと、街を案内してくれていました。

「ここには、知識持ったやつがいっぱいいるからな。日本語知ってるやつもいるんじゃねえか?」

 なるほど、それで僕をここまで連れてきてくれたのか。

 ミーシャさんに感謝しながら、僕らはその建物内に入ります。

 やはり、豪華絢爛とは真逆の質素で落ち着いた内装。そして、本当に無数の本棚に、びっしりと本が詰まっています。

「3;?ミーシャ?」

「y?66!ガショウ!」

 ミーシャさんの知り合いでしょうか。小太りの異様に肌が黒いおじさん。頭にはまるでニワトリのような立派なトサカがついています。

「ああ、ちょうどいいや。リタロ。お前ガショウから言葉教えてもらえよ」

「ええ?」

「ナンダミーシャ。ニホンゴナンテツカッテ」

「!?」

 日本語、ここにも日本語を使う人がいました。やはり、イントネーションは独特ですが。

「ガショウ。てめえ、私にツケがあったろ」

「ナ、ナンノコトダ?」

「忘れたとは言わせねえよ、お前が賭けに負けたツケ。一千ガル」

「ウググ」

 どうやら、ガショウと呼ばれる人はミーシャさんに貸しがあるようでした。

「それ半分にしてやっから、こいつに私たちの言葉を教えてやってくれ。大丈夫こいつ容量はいいから」

 そんな素振り、一回も見せた覚えがないのですが。

「ハア?コイツニ?・・・ッテイウカコイツダレダ?」 

「人間」

「ハッハッハ」

 ガショウさんは盛大に笑います。

「ジョウダンダロ?」

「いや、マジだ」

「・・・・・・ホントニ?」

 真剣なミーシャさんの表情に、思わず僕に訪ねてきます。

「はい。人間です」

 証明するわけではありませんが、日本語で僕は答えました。

「——————————ア、アクシュシテクレ!」

「へ?」 

 数秒の間があった後、急にがっしと両手を力強く握られ、困惑します。

 前の街同様、人間だとバレると物凄く興味を抱かれるようで。

「マ、マジデニンゲン?ナンデ?」

「ほらほら、知りたくなってきただろー?」

「アア!」

「じゃあ交渉成立だな。ツケは八百ガルで」

「ゴヒャクダ」

「・・・・チッ」

「あ、あの」

「なんだリタロ」

 う。まで、ちゃんと言ってほしいものですが、今はそれよりも。

「残りのツケは、僕が払います。申し訳ないので」

 僕は、懐から前の街での任務の報酬にもらったお金を出しました。確か、一万ガルもらって、残りが八千くらいあった気がします。

 キラキラと輝く石ころ。形も大きさも不揃いなそれをミーシャさんに渡します。

「っ!?」

「ウオオ!?」

 すると、二人とも、驚いたように目を大きく見開いていました。

「「お前、金持ってんな!」」

 二人そろって、声がハモります。

「ヨシ、コウショウセイリツダ。ササ、サッソクヤリマスヨ」

「おい!私と態度違くない!?」

 ミーシャさんが、憤慨しガショウさんが当然だと開き直る。

 ぎゃーすかと口喧嘩で辺りが騒がしい。

 とにもかくにも、こうして、僕は新たな道を歩き始める。

 その背中に、罪を背負いながら。

 ああ、もう余白も少なくなってきた。

 続きは、次のページにすることにしよう。

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