人間性の深部を探索する、哲学的でまさにSFらしい作品

この小説にはいくつもの楽しみ方があると思う。細部まで描き込まれた斬新なギミックや生々しいディティールのリアルさを楽しむというのがひとつ。躍動的に動き回る登場人物たちそれぞれの独自性のある視点や主観に想像力を膨らませるというのがひとつ。そして、大局的な視点で物語のすべてを俯瞰した際に得られる根源的な問いかけがもうひとつだ。特にこの最後の部分があるからこそ、この作品は非常に深みのあるものになっていると思う。

うわー横浜駅が増殖してる! っていう、出落ちみたいな作品じゃ、ない。ないんだな。

非常に考えさせられました。この作品を読みながら、人間性の深部を探索しましたね。多くの人たちが、哀しみに満ちた日々を送り、涙を流しているディストピアであるところの現横浜駅体制。しかしそれは別の観方をすると、人類が初めてたどり着いた真の、あるいは偽りの、平穏だったのかもしれない。人間同士が争い合う戦争や暴力の応酬の歴史から解放される未来というのは、こんなにも異質で、我々にとって馴染めない空間なのだろうか。我々人間が持っている原初的な本能というのは、皮肉にもより上位の存在である純粋な人工知能によって一切を否定され排除されるものでしかなかったのだ。

それでも、多くの登場人物たちが、自分たちのそれぞれの立ち位置から、我々の本来の姿を、失いたくないと、取り戻したいと、守りたいと思って行動してくれたことを、僕はうれしく思う。たとえどんなに血塗られた道だとしても、それは俺たちが今までずっと歩いてきた旅なのだから。冷酷無比な機械によって奪われ、何だかよく分からないものへと変えられてしまっていいものじゃない。そういう意味で、この作品はある意味でシンギュラリティ・ディストピア小説に該当する。実は僕も同じような作品を書いています。その一方で、ここ最近の夢のあるシンギュラリティの話題を聞くにつけ、例えば落合陽一さんが、21世紀を機械による奴隷の世紀ではなく、魔法の世紀にしようと提唱されている。山口優さんが書かれたあの有名なシンギュラリティ小説のこともある。それを受けて僕も、シンギュラリティは肯定できると、信じられると、思い始めている。どちらが正義なのかは、まだ分からない。

そういう意味で、今この時代だからこそ、シンギュラリティが我々の人間性をどう料理するのか定まっていない今だからこそ、光る作品じゃないかと思う。外伝の、アンドロイドたちがメインになる章からは、ある種の悲哀が、人間と自分たちとを対比させる視点が感じられてさらに面白く、疾走感があった。この作品には本当に、人間とは何かを追求する姿勢が現れていて好感が持てる。斬新なギミックやディティールに走っているようでいて全然そうじゃない。人間とは何か、人間とは何か、そんな問いかけが常に発せられている。その行く末にあるのは、俺たちはじゃあ、どうすれば幸せになれるのかという、SF作家たちが共有する同じ思いなのだ。すばらしい作品です。おすすめします。

その他のおすすめレビュー

ザヴァツキ 新作「ティアシー」執筆わよさんの他のおすすめレビュー8