柳生十兵衛二人旅 第1話
「ルーシーに幸多からんことを」
カーター博士の日記最後ページ
出会い
その日、柳生十兵衛は京の都の外れを歩いていた筈だった。
川沿いを歩いていると霧が立ち込め見る見るうちに、足元しか見えなくなる。
ふと気づくと、川沿いではなく森の中に入り込んでいた。
「厄介な事になったな。
だが、こんなところに森などあったか?」
多少霧が晴れてきた。
が、十兵衛は違和感を覚える。
果たして京にこのような平地の森などあっただろうか?
また上を見上げると、生えている樹木も見た事が無いような気がする。
只、歩き来ていた道は、一本道で、この先もちゃんと続いているので、下手に道を外れずに歩いて行った方がよさそうだ。
「狐狸にでも化かされているのだろうか?」
十兵衛は、そう思いながら歩いていると、前方の道の脇に何やら白いものが見える。
そしてよく見ると白いものは異国の服で白い手足が見える。
「童か?」
足早に近づいてみると、やはり子供、歳は5つか6つ位に見える。
「これは、どう見ても異人の娘だのう。」
白い服は、十兵衛は知る由もないがワンピースを着た少女、
長い銀髪に、白い肌
生きているのだろうか?
本来であれば、あまり異人には関わらない方が良いのだろうが、取り敢えず近づいて様子を見る。
すーすーと寝息が聞こえる。
見た感じでは怪我をしている様にも見えない。
「さて、どうしたものか?」
単に寝ているだけならこのままにしてもよいとも思うが、このような得体の知れない森の中、置いて行くのもどうかと、思案していると、
突然、自分の周りの空気が一変するのを十兵衛は感じた。
そよぐ風、虫の声、草土の匂い・・
その時、初めて十兵衛は、先刻まで、全く音、匂いのない、何か別の世界にいたような感覚を受ける。
同時に遠くの方から野犬か狼の遠吠えの声が聞こえる。
「流石にこれでは捨ててもおけんな。」
十兵衛はかぶっていた陣笠を外し、子供をそっと背負い組み紐で自分と軽く縛り、陣笠を被り直して再び立ち上がり、歩き始めた。
草原
歩き始めて半時もすると、道の先が少し明るくなってきた。
「・・・?」
ようやく森の外に出た。
目の前に広がるのは見渡す限りの、草原・・・
もちろん、京にこの様な所はあるはずがない。
しかも十兵衛が歩いたのは、夜半過ぎで柳生の里まであと少しだった為、無理をして歩いていたはずだった。
それが、日の高さを見るに昼前位か・・
更に振り向くと、先程歩いて来た筈の森が無い。
見渡す限りの草原のど真ん中に十兵衛は立っている。
寝ている子供を背負って・・
「狐狸どころか、神隠しにでも逢ったようだ・・・
全くとんでもない事になったな。」
辺りを見回すと前方に一本の木が見える。
そして、傍に水のきらめきが見える。
どうやら川があるようだ。
そちらに向かい、十兵衛は歩き出した。
京は晩秋の頃であり、夜は寒いくらいだったが、草原の輝きは、まさにこれから伸びるが如くの小春日和と言う感じで、
今の十兵衛の身支度では、逆に少し暑く感じるほどだ。
「しかし、誠不思議なものよ。
里まであと少しだからと無理をして、とんでもない目に合ったものよ。」
樹に近付くと、やはり川があり思ったより大きい川だ。
樹も思ったより大きく、木陰が出来ている。
やがて木陰に着き、そっと子供を下ろして改めて子供の様子を見る。
けがや病気にも見えず、隣に腰かけて十兵衛は考える。
ここは一体どこなのだろうか。
周りには人里は見えない。
なぜ、あのような場所にこの子供は寝ていたのだろうか?
本来、子供の足では歩く距離も限られる為、近くに里があると考えるのだが、
あの消えた森ではそれも怪しい・・
十兵衛は、はっと気づく。
「はだし・・」
果たして裸足で歩いて来たのだろうか?
もしかして、珍しいからと攫われて逃げていたのだろうか・・
そんなことを考えていると、子供が身じろぎをしてふうっと息を吐く。
どうやら、目を覚ます様だ。
子供がゆっくりと目を開ける。
そして、まだ寝ぼけているのかぼんやりとした目で十兵衛を見ている。
十兵衛は気づく。
少女の右の銀の瞳。
その中心と瞳の周りが紅く光っている。
何だろう?
その時十兵衛は、目覚めて自分を怖がるか?と思う。
その心配はなさそうだ。
真っすぐに十兵衛を見、不思議そうにするが怖がっている様には見えない。
起き上がり、十兵衛に向かい話しかける。
「ОО×・?*+」
全く意味が分からない。
十兵衛は自分のうかつさに気が付く。
まあ、その可能性を忘れていた。
これでは詳しい話は聞けそうもない。
「:;@「^」
暫くしゃべる子供の声に耳を傾けていると、何回か繰り返す単語が聞き取れる。
その単語「ルーシー」がこの子の名前ではないかと気付き、子供を指さし、
「ルーシー?」と尋ねてみる。
子供の顔がぱあっと明るくなり、にこおっと笑う。
何ともいい笑顔だ。
思わず周りの人を温かい気持ちにさせるような笑顔につられ、十兵衛もにっこりして、自分を指さし
「十兵衛。」
と言って見る。
が子供はうまく言えない様だ。
落ちている小枝を拾い、自分の名前を書いてみる。
書かれた名前を見てルーシーは小首を傾げる。
まるで、誰かの声を聴いているような仕草を見せる。
そして、突然十の文字を指さし、十兵衛の方を見て、
「とおちゃん」
と呼び、にこおっと笑う。
いやまあ間違っている訳ではないが・・数字は読めるのだろうか?・・
それからしばらくしつこく「とおちゃん、とおちゃん」と言うルーシーをあきらめて、川に向かう。
どの位寝ていたのか知れないが、腹が減っているだろうと思い、まだ少し干し飯と味噌玉があったはずなので、水に戻して、食べさせようと考えたのだ。
すると、ルーシーが後ろから走り出す。
はだしのルーシー
川があることに気付いたのだろう。
十兵衛を追い抜いて川に向かう、そしてそのまま水面に向かって・・
次の瞬間十兵衛は信じられないものを見る。
そのまま水面をトトッと進み、水面に立ち止まり、振り向くとにこおっと笑う。
それ程深いとは思わないが完全に立ち、また流される様子もない。
一体これは・・夢だろうか
「・・取り敢えず顔を洗ってみよう。」
顔を洗いルーシーをまじまじ見る。
ルーシーは十兵衛の隣に歩いて来た。
十兵衛は片膝を立てているのでほぼ顔の位置が同じになる。
改めてルーシーのぼんやりと紅く光る右眼を見る。
ルーシーはルーシーで、十兵衛の右眼が気になるようだ。
思えば最初から気になっていたようだ。
「ああ、稽古で潰れた目が気になっていたのか、」
ふとした、いたずら心で右目を開ける。
ルーシー顔がみるみる曇る。
怖がらせてしまったかと少し後悔をする十兵衛。
と、ルーシーが恐る恐る、手を伸ばしてきた。
十兵衛はその時、ルーシーは怖がったのではなく、痛くは無いかと自分を気遣ったのだと、気が付く。
そのやさしさを嬉しく感じ、大丈夫と伝えようと思ったその時、
突然、何を思ったのか、自分の人差し指を自分の口に咥えたかと思うと、十兵衛の右眼にぷすっと差し込んだ。
「なっ、何をする」
完全に意表を突かれた十兵衛だが、
「がっ!」
右目の奥から頭の中にかけてどんどん熱くなってくる。
暫くしゃがんだまま動けず、ふと何事もなかったように熱さも消えた時に、ルーシーの声と複数の声が聞こえる。
いやルーシー以外の声は直接頭の中に響く。
「とおちゃん、ルーシーの声きこえるか?」
「ワシの処置は完璧だよ」
「ほ、本物の柳生十兵衛・ぼ、僕感動だなー!」
「ヲタク、落ち着きなさい。
ちゃんと私達の説明をしないと彼が混乱するだけだろう。」
「・・現在柳生十兵衛の視覚、正常に作動中。」
ルーシーの声以外は老人、若者、壮年男性の声、そして抑揚のない、女性の変な声。
唐突にルーシーの声が理解できる事に驚きながら、目を開けるとさらに驚く。
右眼が見える。
只、同時に右目の中では、絶えず、文字や矢印のようなものが見え、ロックオンやサーモなどの文字も見える。
文字の意味や使い方も何故か分かる。
取り敢えず視界が落ち着かないので、右目をつむり、うっかり目を開けないように
普段あまり付けないが、脇差の鍔に紐を通した眼帯を付ける。
そしてルーシーに向かい、
「ルーシー、一体お主は何者だ?」
ルーシー
「それは、私が説明しよう。」
先ほど聞こえた壮年男性の声が聞こえる。
声の感じでは十兵衛と同じ年くらいだろうか。
「この子はルーシー、今はもういないであろう私達人類の存在した証。
墓標、モニュメントなのだよ。」
そして、声は伝える。
自分達の住んでいた星の太陽に、中性子性が衝突した事。
「ルーシーは人間では無い。
衝突が避けられないと分かった時、私達5人の研究者により、造られた。
偶然手に入れた、「時空を超える石」を使ってね。
私達はそれを利用して、ある一本の円環の遺伝子「ルーシー」を作り出した。
その中に「ゲート」と呼ぶ亜空間を持ち、ゲートの中に無限の情報、エネルギー、
更に、物質までを蓄積できる。
一つ一つがナノマシンとしての役目をこなす。
一つの「世界」そのものと言ってもいい。
その遺伝子が対になり、23本で1つの単位を構成しそれぞれが人としての遺伝子情報をデータ再現している人ではない何か。
それが、ルーシーなのだ。
この子、「ルーシー」の名は、この子の、遺伝子の、この子の持つ世界の名前なのだ。
この声だけの私達は、ルーシーに搭載されている補助脳を管理している4系統のそれぞれ独立されたAIだ。それぞれの研究者の人格を元に造られている。
そして、私達は旅をしている。
人類の持てるだけの記録を持ってね。」
「お話終わった~?」
ルーシーはじっとしているのに飽きてきたようだ。
「じゃあ紹介するね~、ルーシーはみんなと一緒にたびしててね~かぞくで~仲間と一緒なの。
みんな~集まれー。」
ルーシーの足元から影が広がる、いや・・
「星空?・・」
無数の星が見える。
天の川、赤い星、青い星・・
3つの動物が飛び出す、銀色のカエル、トカゲ、そして烏。
「いろんな形になれる、ケロちゃん、お友達連れてきてくれるナナちゃん、
それでいろいろ探してくれるクロちゃんと最後にー色々出してくれるキーちゃん。」
足元の星空が時々黒く陰る。
何か大きなものが足元を通り過ぎる様に・・
「それと~、とおちゃんがお話ししてたのが~ハカセ達。
パパハカセとママハカセとヲタク兄ちゃんとエロジジイ。」
何か2名扱いが酷そうだ・・
自分がとおちゃん、だからそんなもんか・・
星空が、元に戻る。
クロちゃんが飛び立ち、いつの間にかトカゲも姿を消し、ルーシーのそばにはケロちゃんだけとなる。
再び男性の声がする。
「それで私達の状況なのだが、申し訳ないが私達が世界を渡る時に君を巻き込んだ
可能性が高い。
私達は基本1年程度を基本として世界を旅している。
次の移動迄に分析して、君を元の世界に帰れるようにするので、悪いがルーシーと一緒に行動して、この子の面倒を見てやってくれないだろうか?
もちろん、ただとは言わない。
お詫びとそれなりの謝礼はする。」
「ほう、どんな?」
「この子はその世界絵とリンクしている時、時間、空間、物質などあらゆるモノをコントロールできる。
まあ、もう1段先まで行けるのだがな。
金や銀など幾らでも変換できるぞ。」
「まあ、謝礼はおいおい考えるさ。」
「助かる。ただ一つ注意を。」
「なんだ?」
「「ルーシー」は良くも悪くも世界を侵食する。
私達が一つの世界に長居出来ないのは、それが理由だ。
言うなればこの子自体が歩く異世界そのものなのだ。
何よりこの子は、君が思う以上に手がかかるぞ。
君と会話がしやすい様に通信機を取り付けているので、「ハカセ、」と呼べば
会話ができる。
それと会話がしやすい様に私達の世界の記録も一部ダウンロードしておいた。
暫くは私が今回の担当だ。
よろしくな、十兵衛よ。」
「分かった。」
移動
話が終わり、十兵衛はルーシーと食事を取る。
そして、これからの事を考えた。
最初は近くに人里があると思っていたが、ルーシーもこの世界とは何も関係が無いと分かった為、人里があるとは限らない。
情報が必要になってくる。
と、おもむろにルーシーが言う。
「クロちゃんがね、この川沿い20キロに町の跡があるって言ってる。
人はいないみたい。
とおちゃん、行ってみよ?」
十兵衛にも依存は無い。
あと一息で柳生の里に着く予定だった為、先程食べた分で、持っていた食料は無くなった。
川沿いを行けば、水に困ることも無い。
川をのぞいてみると、魚影が見える。
最悪でも、食料は何とかなりそうだ。
只、森を抜ける前に聞いた遠吠えが多少気にはなる。
子供の足では、20キロは1日では歩けないだろうが、ここからは少し離れた方がいいと、十兵衛は判断した。
そこでふと思い出した。
ルーシーは裸足だった。
「ルーシーに草鞋か何か履く物を作らんと・・」
十兵衛が呟くと、
「いらな~い。影をルーシーにしてるからいたくな~い。
水の上でもトゲトゲの上でもへ~き。」
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