はだしのルーシー 第1話

 「ルーシーに幸多からんことを」

 カーター博士の日記・最後のページ

      プロローグ

 アリアは鬱蒼と茂る森の中を一人、右足を引きずりながら歩いている。

 足に刺さった矢は引き抜いたが、毒が回ってきている。

 ぐっしょりと濡れたローブが重い。

「寒い・・」

 季節は春先だがひどく全身が寒く感じる

 体温の低下もひどく、限界も近い。

「どうしてこうなったんだろう・・」

 アリアは呟いた。

      魔大陸

 ここは城塞都市アリウス。

 東西南北と中央の5つの国に分かれた魔大陸の中央、央国の西側に位置する。

 西の魔の国との国境の近くに、この街は在る。

 かつてここにはダンジョンがあった。

 ダンジョンとは、ここ魔大陸の魔力が集まる場所で、現在東西南北の各国と、央国に一つずつの合計5つ存在する。

 西の国は少し特殊で、山々に囲まれた国そのものがダンジョンとなっている。

 東の国と央国は人間、北の山岳地帯はドワーフ、南の森林地帯はエルフ、そして西の魔の国は魔族と呼ばれる人々がそれぞれ国を治めている。

 人の寿命は50~60年、ドワーフ、エルフは約500年、魔族はそれぞれだが、1000年を超える者も多いと聞く。

 ダンジョンは、1000年周期で活動が活発になり、魔物の数が増えて狂暴になる。

 そして「魔王」と呼ばれる個体が発生することがある。

 西の魔の国はその限りではなく、魔物が狂暴化して大量発生する。

 魔の国は「魔王」と区別して「大魔王」と呼ばれる王が代々魔の国を治めてきた。

 大魔王は強大な魔力を持ち、魔族も強い力を持つ為、他国と協力して「魔王」を退治してきた。

 その為、各国の関係も良好で、長く争う事無く平和が続いてきた。

 そして、かつてこの地にあったダンジョンで、1000年前、凶悪な魔王が誕生した。

     魔王

 魔王リッチ。

 不死の軍団を操る不死身の魔王。

 央国の被害は相当だったと伝えられている。

 当時の、大魔王アリウスがその命を懸けて、リッチを倒しダンジョンを封印したと伝えられている。

 央国は、彼の偉業を讃え彼の名を持つ都市をその地に造った。

 ここが城塞都市なのは、戦の為ではなく万が一リッチが発生した時の為の「檻」

なのである。

     城塞都市アリウス

 アリウスは自治都市で、慈愛の女神イアイリスを信仰するイリス教団が治める。

 都市のトップは大司教で城塞とは言っても城は無く、中央には教団本部があり、

 街壁の門も、常に解き放たれている。

 治安も教団の騎士団が担い、また経済も魔の国や教団を通して他の国とも交易が盛んで潤っており、住みやすい都市になっている。

 イリス教団が他の教団と違う所は、教団本部に神託の間があり女神様の神託があるそうだ。

 もっとも、神託を聞く事が出来るのは大司教と聖女に限られる。

 そして、驚きの神託が告げられた。

「まもなく、この地に最強の邪神が降り立ちます。

 皆、注意なさい。」

      アリア

 アリアは孤児だ。

 孤児院の神父様の言うことには教会の前にくるまれて置かれていたそうだ。

 この辺りには見られ無い見事な赤毛の為、両親はこの辺りの人間では無いだろうと、聞かされた。

 各地からの観光や巡礼者も多く、いろいろな人種の出入りも多い。

 両親の顔も名前も分からない、思い出もない自分をアリアはあまり不幸だと思わなかった。

 孤児院では、同じ境遇の子も多く都市自体も教団が運営している為、街自体もおおらかな雰囲気で、福祉も充実しいる為あまり肩身の狭い思いもすることが無かった。

 アリアのいた孤児院は教団本部内にあり、大司教様や聖女様、騎士団員が良く遊びに来ていた。

 自治都市で豊かなアリウスは央国からでは西のはずれの田舎であり、人材は常に不足していた。

 それに、大司教様や、聖女様、騎士団員の多くの者も孤児院出身が多く、手を差し伸べる意味も大きいのかと思う。

 教会に遊びに来る者の中に、レムスと言うエルフの冒険者がいた。大司教様の古い友人で、客人として教団に住んでいる。

 この街でもエルフは珍しい。

 一般的にエルフは人を見下し、気難しいと聞くが、レムスは気さくで孤児院で自分の冒険譚をよく話をしていた。

 アリアは目を輝かせて聞き、友達のマーサ、アルと共に夢を語り合い、いつか自分も冒険者になりたいと思う様になった。

     冒険者

 冒険者は各都市の冒険者ギルドに所属する。

 薬草の採取や、魔物討伐、商隊の護衛など、多岐に渡る何でも屋と言った所だ。

 商隊の護衛を専門に行う冒険者などは、一つ所に住むことなく複数のギルドに所属する者も多い。

 危険も多く孤児院ではあまり希望する者は多くいない。

 アリアが12歳になった時、アリアはレムスに冒険者になりたいと伝えた。

 レムスも周りの大人も、最初は猛反対したがアリアの思いに負けて、マーサ、アルと共に冒険者になる様にレムスに鍛えられる事となった。

 レムスは150歳位でエルフでは若く、友の大司教の最期を看取ったら冒険者に戻り、いずれこの街を出て行くつもりでいた。

 小さい頃から見ていた子供達が自分より先に老いて先に逝くのが見たくは無かったかもしれない。

 そして2年間レムスに鍛えられて14歳でレムスと4人でパーティーを組む。

 あっという間にアリウス最強のパーティーとなり、その4年後にアリアが18歳の時、転機が訪れる。

 友達のマーサと共に次代の聖女候補に選ばれたのだ。

 アリア本人は聖女には興味もないし、マーサこそが聖女にふさわしいと思う。

 自分はガサツな部類だし、得意な魔法も自分は火魔法と結界魔法。

 マーサは、光魔法と聖魔法、それに水魔法。

 只、アリアは東の国、マーサは南の国にパーティーを一時解散して一年間の研修を行うと聞いた時に、アリアはその話に飛びついた。

 以前から、レムスに聞いたりしてどうしても行って見たかった為だ。

 夢のような充実した一年を過ごし、アリウスに帰ってきたアリアはこの神託を早々に聞かされる。

     神託

 帰りに報告に来たアリアを待っていたのは深刻な顔をした大司教と聖女だった。

 そして神託を聞かされる。

 不思議な神託だと思った。

 邪神にわざわざ最強を付ける意味ある?

 注意しろって、尚更最強の邪神なら、注意するだけでいいの?

 文句も言うわけにもいかず、黙って聞くアリア。

 聖女が告げる。

「後に二つの情報がもたらされました。

 一つは、魔の国の魔王城に邪神が降り立ち、それ以来大魔王シドの様子がおかしくなり、戦争の準備をしているとの事。

 もう一つはアリウスの北西の山で見た事のない魔物、もしくは魔族の目撃情報です。

 ふもとの村では被害も出ているとか・・・。」

 一つ目の情報は、現時点では確認の方法がない。

 せいぜい央国中央に報告を上げて、注意喚起する位であろう。

 問題はむしろ、二番目の方だ。

 前々から、アリウスの近くに新しいダンジョンが出来る可能性は、議論されていた。

 大司教は、

「これからふもとの村に、警護の為に騎士団を送り込む。

 その折にギルドから数名偵察部隊を編成して送る。

 本来、君らのパーティーを送りたいが、マーサは南の国よりの帰路、レムスとアルは、北の国への商隊の護衛任務中。

 今すぐ動けるのはアリア、君だけなんだ。

 頼む、偵察隊に参加してくれないか?

 アリアは大司教の依頼を受けることなった。

 そして冒険者5名は偵察中、襲撃を受けた。

    襲撃

 偵察隊は山の中腹に魔族の一団を発見する。

 ダンジョンで発生する魔物などではない。

 武器を持ち、統率された部隊で、かなりの数だ。

 突然、無数の矢が飛んできて、3人が倒れる。

 残りはアリアとベテラン冒険者のジェスの二人のみ。

「ジェス、逃げるよ。」

「俺はもうだめだ、毒矢の様だ。

 早く行け、俺が時間を稼ぐ。」

「置いて行けるわけないでしょ!」

「早く行け!」

 ジェスに突き飛ばされる。

 後ろは川だ。

 落ちる瞬間にアリアの右足に矢が刺さり、ジェスに無数の矢が刺さるのが見えた。

    出会い

 幸いな事に水深が深かったのと、流れが速く馬車の近くに流された。

 矢を引き抜き、足を引きずりながら馬車を隠してある所に歩く。

 アリアは回復魔法は多少使えるが、解毒の魔法はマーサしか使えない。

 馬車の所にたどり着ければ、結界を張っているので、時間が稼げる。

 追手の気配は無いがおそらく出ているだろう。

 アリアは倒れそうな自分に言い聞かせる。

「がんばれ、ここで倒れたら何の為にジェスは命を懸けて私を助けてくれたの。

 何としても生きて帰るのよ・・」

 やっとの思いで、馬車を隠している所にたどり着くアリア。

 その時、異変が起きた。

 自分の周囲の音が消える・・

 木々のざわめき水の音、鳥の鳴き声全て聞こえない。

 まるで、時間が凍り付いたように・・

 聞こえるのは自分の呼吸音だけだ。

「はあっはあっ」

 耳鳴りがすると目の前の空間に異変が起きる。

「星空?」

 足元に吸い込まれそうな星空が広がり、目の前の空間に星空が、髪の長い女の子の形を取っていく。

 ワンピースを着ているように見える。

 足元の星空が消え、何かが弾ける。

 途端、アリアの張った結界が消し飛んだ。

 目の前に女の子が倒れている。

 何とか近づく。

「く~っ、く~っ」

 寝息が聞こえる。

 どうやら寝ているだけの様だ。

 だが馬車が馬ごと逃げてしまった。

 最後の力を振り絞り、馬車を繋いでいた大きな木のウロを目指して歩く。

「キャッ!」

 足元から突然大きな鳥が飛び出す。

 何とかウロにたどり着く。

 アリアは既に限界を超えている。

 子供を隠すようにウロの入り口に背を向ける。

 結界が無くなってしまった。

 せめて、この子供だけでも助けなければ・・

 アリアは意識が途絶える。

 「治療開始・・」

 どこからか声がする。

 ふいにアリアの体が熱を持つ。

 傷口、全身から、頭の中・・・

 矢傷の他にもあった切り傷や打ち身が消えてゆく。

 徐々に呼吸も安定して、表情も穏やかになってゆく。

      ルーシー

 アリアは夢を見ていた。

 幼いころの夢、友達のマーサと遊ぶ夢、嬉しい夢、悲しい夢、白衣を着た・・・

 フッと目が覚める。

 どの位休んでいたのだろう?

 体が軽い。

 どこにも痛むところがない。

 抱いている子供は、異状はなさそうだ。

 5歳くらいに見える子供は長い銀髪で白いワンピースを着ている。

 身体を少し動かしてみる。

 矢傷が跡形もない。

 傍に子どもの頃、塀から落ちたときの傷跡があったはずだが、それも見当たらない。

 何かがおかしい。

 と、その時。

「ようやくお目覚めかの?」

 老人の声。

「誰?」

 振り向き、周りを見るが誰もいない。

「ワシはこの子の中から、お前の頭の中に直接話しかけている。

 ワシはハカセ、この子の補助脳内に搭載されている4系統のAIの内の1系統じゃ。

 この子の名は「ルーシー」ワシらは世界を旅している。

      世界を旅する者

 ワシらの世界は太陽に中性子星が衝突し、滅んだ。

 滅ぶ直前にワシら4人の博士は時空を超える遺伝子「ルーシー」を造り上げた。

 遺伝子「ルーシー」はその閉じた円環の遺伝子の中心に「ゲート」と呼ぶ亜空間を持つ。

 そのゲートの先の世界に、ワシらの世界の全ての情報を詰め込んで、ワシらは

時空を超えて、世界を旅しているのじゃ。

 お前は自分で考えていたよりも、かなり危険な状態になっておったのでな、

勝手に治療させてもらった。

 その時にこの世界の言葉と情報を取得させてもらったついでに、頭の中に通信機を作らせてもらった。

 礼を言う。

 死にかけのその身でこの子を守ろうとしてくれたその心意気に。」

「ありがとう。

 僕らのルーシーを守ってくれて。」

「ありがとう。

 私達の、そして我が子ルーシーを守ってくれて。」

「ユニット、アリア、若干の混乱があるもほぼ正常に作動中。」

 頭の中で、若者、壮年の男性の声、電子音声の女性の声が聞こえた。

 「そして、頼みがある。

 ルーシーが次の時空移動の為のエネルギーが貯まるまで約1年程の間、この子の面倒を見てやってくれんか?

 礼はする。

 お前が一生食うに困らん位のな。」 

「それは構わないけど、見ての通りいつ私もおっ死んじゃうかも知れないよ?

 戦争が始まるって噂もあるし。」

「ルーシーは、とある理由で戦争が大嫌いじゃ。

 もし、そんなことになればワシらは強制的に、緊急ジャンプをすることになる。」

「んじゃそういうことで。」

「じゃあよろしくな、「ハカセ」と呼べば直接回線が開く。

 ルーシーにも聞こえん。

 会話しやすいようにお前の中にもワシらの知識を少しダウンロードしておいた。

 今回はワシが表に出る、よろしくな。」

 ルーシーが身じろぎをする。

 もうすぐ目が覚める様だ。

 眼を開け、ぼんやりしているようだ。

 アリアは、ルーシーの右眼の中心と瞳の周りが紅く光っているのを見る。

 これは・・

「おばちゃんは、だれ?」

 アリアは、ほほをひくひくさせて、

「お・ね・い・さ・ん・はアリア。

 ハカセに頼まれて、暫くあなたの面倒を見る事になったの。

 よろしくね、ルーシー。」

 ルーシーは、ジッとアリアの顔を見ていたが、にこおっと微笑んで、アリアの膝の上から飛び出し、ウロから出る。

 そしてくるっと振り向き、

「こんにちわ、あたしルーシー。

 世界を旅してるの。」

 

 



     


 

     

 

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