はだしのルーシー ~ルーシーと言う名の異世界

大場 雪

大魔王と異世界の少女 第1話

「ルーシーに幸多からんことを」

 カーター博士の日記最後のページ

     プロローグ       

 魔の国の魔王城前の広場の中心には小さな丘の上にひっそりと石碑が立っている。

 何故あるのか、何時からあるのか、誰も知らない。

 何か文字が刻まれた後はあるが、最早、かすれて誰も読むことが出来ない。

 その文字の下に最近、新しい大魔王シドにより一文が新たに刻まれた。

「その少女は、星空と共に現れた」

     魔大陸

 ここ、魔の国は魔大陸と呼ばれる大陸の西に位置する。

 険しい山々に囲われ、周囲の海には接していない。

 山脈が途切れるのは唯一、東にある央国との接点である高原のみである。

 首都である魔王城は城塞都市となっており、魔の国の西に位置する。

 その東側は「魔の森」と呼ばれる広大な森が広がり、多種多様な魔物が住む。

 央国に向かうには魔の森を突っ切る一本の道があるだけだ。

 途中、村は点在してはいるがそれ程大きくは無い。

 森の中央部分に湖があり、そのほとりに大きな砦がある。

 魔王城以外はここが最大の町と言える。

 魔の森には、狂暴な魔物が多く住み山々にはドラゴンが住む。

 ここ魔の国は国そのものが巨大なダンジョンなのだ。

     ダンジョン

 魔大陸は中央に央国と東西南北にそれぞれの五つの国で成り立っている。

 央国、東の国は人、火山帯の北の国はドワーフ、南の国は森林地帯でエルフが治め、魔の国は魔族が治める国となっている。

 魔族と言っても、多種多様な外見や能力を持つものが多い。

 人は約60年、エルフやドワーフは500年だが魔族には1000年を超える長寿の者も多く、現大魔王のアリウスも、1000年にわたりこの国を治めてきた。

 その国々では央国に二つ各国に一つの計六つのダンジョンが存在する。

 西の国は特別で、西の国自体が広大な一つのダンジョンとなっている。

 その為か魔族は他の国より多種多様な外見と力を持ち、その代わりに周辺に住む魔物も、他の国より狂暴で強い。

 ダンジョンは約1000年周期で活動が活発になり、時に「魔王」と呼ばれる個体が発生する。

 西の国では魔王が発生した記録は無いが、魔物が狂暴化して大量発生する。

 魔王と区別する為、魔の国の王は「大魔王」と呼ばれ、代々魔の国を治めてきた。

 各ダンジョンで発生する「魔王」は大抵強い力を持ち、魔物が増え、やがてダンジョンから魔物が出てきて、広範囲に被害が出るようになる。

 強い力を持つ大魔王は、代々各国に協力して魔王討伐を手伝い、各国と良好な関係を築いてきた。

 が、今回はここ魔の国の東側の国境近くに存在する、央国にとっては西側のダンジョンに、過去最悪と言ってもいい魔王が発生したとの報告があった。

 リッチ・・不死身の体を持ち、不死の軍勢を率いる魔王。

 一度ダンジョンから出れば、その数をどんどん増やして周囲は不死の軍勢であふれかえる。

 過去の記録でも甚大な被害をもたらし、まともに討伐出来た記録は無い。

 せいぜい、ダンジョンの入り口を長期にわたり塞ぎ、閉じ込める位だ。

 そのうえで、火魔法などで燃やし尽くす。

 リッチ発生の一報を受けるも、アリウス以下魔王軍は動けなかった。

 今回魔の国でもかつてないほどの魔物の大量発生と狂暴化が見られ、魔王城の周りも、狂暴な魔物に囲まれて防戦一方となっている。

 アリウスは近隣の村民を魔王城に避難させ、砦に他の村の住民を受け入れさせた。

 砦は魔王軍の主力を配置させている。

 魔王城の方は守備隊と近衛兵で守備させているが、こちらの方が兵力は少なく、かつ避難民が多い。

 街壁と街を守備隊で固め、城にもう一つ城壁があるため、城を開放して避難民を城内に避難させている。

 そんな中、ドラゴンとワイバーンの群れが空中から街に襲い掛かる。

     襲撃

 何とか第一波を防いだが、戦える兵は半数となる。

 死者こそ少ないが、怪我で戦闘不能となるものが多い。

 アリウス以下空を飛べる者もいる為、何とかしのげたが、ドラゴンとの戦いでアリウスも片方の翼と、右眼を失う。

 全盛期ならば、再生も可能だが最近は力の衰えを感じる。

 再生するか心許ない。

 怪我人を城門前の広場に集め、治療を行う。

 王妃セレンと息子シドが率先してかいがいしく動き回っている。

 シドはまだ100歳程、人間なら12~3歳位だろうか?

「父上!父上もどうか治療を受け、城でお休みください。」

 シドが近寄ってくる。

「わしはまだ大丈夫だ。

 それよりも他の兵を見てやってくれ。

 第一波は何とか凌いだが、まだドラゴンが健在だ。

 わしはもう飛べないので次は防ぎきれるかどうか、分からん。

 こうなると、央国に向かうのがどんどん遅くなってしまう。

 早くしないと、不死の軍勢がダンジョンからあふれ出してくる。」

「さすがは父上。

 この先をお考えになっているのですね。

 只、お考えがあるこそ、今はお休みになってください。」

 シドが心配している。

「分かった。今はそうさせてもらおう。」

 アリウスは広場のはずれに行き、腰掛ける。

 近くの包帯を巻いた兵がギョッとして、アリウスに向かって、

「大魔王様、そんなところではなく城内でお休みください。」

 アリウスは苦笑して、

「何、わしも怪我人だ。

 それに、他のダンジョンに行った時もこんなもんだ。

 行儀の悪い王で悪いな。」

 兵を手で軽く制して、そのまま座り込み目をつむり考える。

 恐らくは再びドラゴンを含む第2波が来たら、今の兵では抑えきれまい。

 城の避難民からも戦えるものは手伝ってもらい防戦に徹してもらっても、

 さらに被害が増えるだろう・・

 その間に砦に向かってもたどり着けるかどうか。

「いよいよ手詰まりか・・」

 アリウスがそれでもあきらめきれず、考えを巡らせていると、広場の中心で騒ぎが起こる。

「石碑が光りだしたぞ!」

     出会い

 アリウスは中心に向かって駆け出す。

 広場中心の小さい芝の山の上の石碑が光っている。

 それは魔王城が出来る前からあったとされ、魔王城に記録されている書物の中にも、成り立ちなど一切不明の石碑だった。

 それが今、ぼんやりと光っている。

 ふと大勢集まっているにも関わらず、周囲の音が消える。

 空気が凍り付くかの様に。

 そして、石碑の前に黒い点のようなものが出来、どんどん人の形になる。

 いや、

「星空・・」

 それは5歳くらいの髪の長い女の子か、ワンピースを着ているように見える。

 女の子の形をした星空の足元から、広場全体に星空が広がる。

 突然、女の子の形の星空から何かが周りに弾け飛んだ感覚がした途端、

足元の星空が消え、少女が現れる。

 いつの間にか音が戻る。

「こんにちは、あたしルーシー。」

     ルーシー

 少女はにこおっと笑い、周りを見渡す。

 アリウスが近づくと、少女はビクッと反応して少し怯える仕草を見せる。

 無理もない。

 アリウスは身長2メートル以上、今は片方だけだが大きな翼を持ち、頭の左右に大きな角が生え、両の腕は黒い毛皮を纏っている。

 人間の少女ならば、怖がって当然だろう。

 言葉も通じるとは言い切れず、さてどうしようかと思った矢先、更に騒ぎが起こる。

「まだワイバーンが生きているぞ!」

 先程の騒ぎのせいなのか、がれきの中からワイバーンが飛び出し女の子の方に向かう。

「いかん!」

 アリウスは咄嗟に女の子を庇って抱こうとする。

「がっ!」

 刹那、アリウスの右手の肘から先が消し飛ぶ。

 まるで、真下から何かがものすごい勢いで飛び出したように・・

 構わずワイバーンから守るように身体をかぶせる。

 今度はワイバーンの身体に数か所の穴が開き弾け飛んだ。

 アリウスは少女の足元から星空が伸びていたのが、すっと戻るのを見る。

 初めて少女が裸足なのに気付く。

 ようやく腕が痛みだした。

 傷口を押さえて出血を押さえる。

 少女がおずおずとアリウスを見る。

 銀色の髪に銀の瞳。

 だが右眼の瞳の中心と縁が紅く光っている。

 少女は自分を庇ってくれたことに気付いたようだ。

 周囲を見渡す。

「ナノマシン展開!」

 女の子が叫ぶと足元から再び星空が広がり、広場中を銀色の煙のようなものが漂う。

 星空が消えたときに異変が起きる。

「がっ、」

 アリウスは背中、右目、右腕が熱くなる。

「なんだこれは、怪我が治っていくぞ!」

「足が生えてきた!」

「眼が見える!」

 周囲が騒がしい。

 ふとアリウスが気付く。

 眼が見える、翼が戻る、右腕が戻っている。

「これは一体・・」

「こんにちわ、あたしルーシー。

 世界を旅しているの。」

 ルーシーがにこおっと笑った。

     異世界の旅人

「ごめんなさい、びっくりして攻撃しちゃったの。

 痛い?」

「ごめんねーてっきり襲われたと思ってね、僕が撃っちゃった。」

「すまんのう。ヲタクの奴が先走りおって。」

「私は止めたんだけれどねえ。」

「治療を完了。」

 突然、頭の中に声が響く。

 若者、老人、壮年、の男性の声、電子音声の女性。

「僕達はこの子の中から君に話しかけている。

 この子はルーシー。

 ゲートと呼ぶ亜空間を持つ、時空を超える遺伝子「ルーシー」で構成された人ではない何か。

 滅びた人類の記憶とデータを持って世界を旅している人類の墓標、モニュメントなんだ。

 僕達はハカセ。

 ルーシーの補助脳の中に搭載されている4系統のAIだ。

 さっき治療をした時にここの言語とデータを、君からもらったついでに通信回路を作らせてもらった。

 今はどうやら戦闘の真っ最中みたいだね。

 この子は戦いが嫌いなので、すぐに出ていくよ。

 じゃあさようなら。」

「ハカセ、つめた~い。」

「やれやれ、・・後で後悔するよルーシー。

 まあ、仕方ないか。

 緊急ジャンプはそれなりにルーシーに負担がかかるし・・

 じゃあ前言撤回、ある程度のエネルギーが貯まるまでしばらくいるよ。

 お礼はするからちょっとの間、世話になるよ。

 只、戦争になったらすぐ出ていくからね。

 当分は「僕」が表になるからよろしくね。

「ハカセ」とつぶやくと回線が繋がるよ。

 会話が成り立つようにこちらの知識も少しダウンロードしておくね。」

 ルーシーは、アリウスをじっと見る。

 アリウスは、

「もう痛くないよ、ありがとうルーシー。

 わしは、大魔王アリウス。

 この魔の国の王をしている。

 兵達と私を治療してくれてありがとう。

 今この国は魔物達が狂暴化して困っていた所なんだ。

 これでまた、皆を守るために戦うことが出来る。

「だいまおうアリウス、だいまおう・・」

 何かブツブツ言っていたが、

「わかった~。

 じゃあ~だいちゃんね。」

『そこで略すな~!』

 アリウスとハカセの声が重なった。

     城内

「まあ、何はともあれわしらにとっては恩人だ。

 今日から城でゆっくりとしていくといい。

 シドに城を案内させよう。

 シド、ルーシーにセレンを紹介してやって一緒に城を案内してくれ。」

 そばで見ていたシドは頷くとルーシーを連れて行った。

「母上!」

 シドは王妃の所に行き、事情を説明する。

 王妃は驚き、ルーシーに

「王を助けてくれてありがとう、ルーシー。

 あまり大したもてなしは出来ないかもしれないけど、ゆっくりしていってね。」

「よろしくな、ルーシー。」

 シドも改めて礼を言う。

 二人で城に行く。

 客室の一つに連れて行き、メイドに説明する。

「大事な客人だ。粗相のないように。」

「ありがと~しーちゃん。」

「しーちゃん?」

 困惑しているシドをよそに城を探検しだす、ルーシー。

 下の階に降りると、街や近隣の村の避難所になっていて、人であふれている。

 いろいろな魔族がいる。

 羽の生えた者、角の生えた者、鱗に覆われた者、獣人・・

 様々な者達。

 だが、一様に疲れた顔をしている。

 キョロキョロしながらルーシーは歩き回っていたが、ふと足を止める。

 大きな一本の角が頭に生えているおばあさんが座っている。

 赤ちゃんを抱いている。

 ルーシーは、トコトコと近づき赤ちゃんをのぞき込む。

 緑の鱗に覆われている、リザードマンの赤ちゃんの様だ。

「赤ちゃん、かわいい~。」

「あれ珍しい、人の子かい?

 いや、よく見ると片方の眼が赤く光ってるね。

 何かの混血かい?

 あんたも可愛らしいが、この子も可愛いだろう?

 魔物に襲われて、両親が亡くなってしまったのさ。

 早く何とかしないとこんな子が増えてしまうのかねえ。

 まだ、リッチも攻めてくるんだろう?」

 ルーシーは、じっと赤ちゃんを見ながら話を聞いている。

 赤ちゃんが泣きだす。

 「あれ、お腹が空いたのかい?困ったねえミルクか何か探さないといけないねえ。」

 ルーシーから星空が広がるといつの間にか、その手に哺乳瓶を持っている。

 おばあちゃんに哺乳瓶を差し出す。

 おばあちゃんがびっくりするも、受け取り赤ちゃんに飲ませる。

 気づいた時には、ルーシーは姿を消していた。

     登城

 翌朝、兵の再配置を終えて、アリウスが城に戻る。

 王妃に会い、相談する。

「先ずはドラゴンを落とす。

 ルーシーのおかげで、戦力が戻ったがこのままではやはり消耗は避けられない。

 一番厄介なのが空からの攻撃だ。

 逆にそれさえ凌げば、後はここの戦力でも十分に対処できるだろう。

 ルーシーの様子はどうか?」

 王妃は、

「昨日は城をずっと見て回っていたようですがシドが探しても見つからなかったようですね。

 メイドの話では、いつの間にか部屋に戻っていたようです。」

「そうか。」

 アリウスは、ルーシーのいる客室に向かう。

 部屋に近づくと突然ドアが開き、メイドが後ずさりして出てくる。

「どうした、何かあったのか?」

 メイドが、へたり込む

 アリウスは部屋に飛び込む。

 誰もいない・・

「??」

 ベッドはもぬけの殻だ。

 どこからかくーくーと寝息が聞こえる。

「あっ、アリウス様、上です。」

「上?」

 ふと上を見る。

「!!!」

 天井に大の字になって張り付いたように寝ているルーシー。

「なっ、何!」

 と、上からルーシーが落ちてきた。

 慌ててアリウスが受け止める。

 もぞもぞッと動いて、

「ふわ~、だいちゃんおはよ~。」

「あっああ、おはよう。」

 ルーシーがアリウスから降りると裸足のままトコトコと駆けてゆく。

「どこに行くのだ、ルーシー」

「赤ちゃんとあさごは~ん!」

 残されたアリウスは、メイドに謝罪されたが、気にするなとしか言えなかった。


      



 

 

 

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