はだしのルーシー 第9話
その瞬間、アリアは唐突に理解した。
この子が本当に怖かったのは・・・
過去の思い出が蘇る。
初めて結界魔法をいたずらっ子に使用して、周りの子供達に恐怖の眼を向けられた時・・。
誰にも話しかけられなかった時の疎外感。
そして、マーサに話しかけられた時、涙が出るほど嬉しかった思い・・
マーサも同じような思いをしていた事・・
アリアは、後ろからそっとルーシーを抱きしめる。
「大丈夫、怖くないよ。
だから泣かなくてもいいんだよ。」
そして、こっちを向かせ、ポロポロ涙をこぼしているルーシーを、改めてそっと抱きしめる。
ああ、マーサはきっと、あたしよりもルーシーの気持ちが分かってたんだ。
私にとって、この子は、かつての私。
マーサにとって、ルーシーは、かつての自分とアリア。
後で、マーサに謝ろう。
暫くルーシーが落ち着くまで待っている間に、下の戦闘もどうやら収まったようだ。
アリアが、
「降りよっか?」
こくんと頷くルーシーと手をつなぎ、階段を降りようとすると、
「アリア、こっちのがはやい。」
アリアの手を引っ張る。
瞬間、上下がひっくり返る感覚がしていつの間にかアリアとルーシーは壁に垂直に立っている。
前方に地面が見える。
「ひえ~!」
アリアが叫ぶ。
気が付いた騎士団や冒険者達が集まってくる。
その中に、レムス、アル、マーサの姿も見える。
「ルルルル、ルーシー、あんたの事じゃあなくて、あ、あ、あたし今むちゃくちゃ怖いんですけど!」
「アハハ!」
ルーシーが更に手を引っ張る。
へっぴり腰でルーシーに手を引かれながら垂直の壁をアリアは歩いて降りる。
皆が呆然と見守る中、地上に到着する二人。
アリアは、腰が抜けて動けない。
レムスが半ば呆れ気味に、
「お前ら一体何やってんだ?」
「こここ、怖かった~!」
マーサは、ルーシーの顔の涙の跡を見て、全てを察したように、そっとルーシーを抱きしめる。
ルーシーは今度は、にこおっと笑顔で、嬉しそうにマーサを抱きしめた。
陽動作戦
アリアは、手短にドラゴンの群れは排除したことを、レムスと、駆けつけた騎士団 の隊長に伝えると、そちらの被害状況を尋ねる。
レムスは、
「こちらも、大した被害は無い。
魔族は正規兵と思われる十数人を倒し、残りはどうやら一般市民と思われる老人の魔族三名を捕虜にした。
どいつもこいつも、邪神の影響か増大した魔力の影響か知らんが、普通の状態ではなかったがな。
「良く捕虜に出来たわね。」
「ああ、捕虜に出来た老人たちは、最後とっさにマーサを人質にしようとしたんだ。」
「で、マーサに返り討ちにされたって訳ね。」
「バカな奴らさ。
最もそのせいか、正気に戻ったみたいで、今は大人しいがねっておい!」
縛られた三人の老人達にルーシーが無造作に近づいていく。
抵抗する気力も無くなった魔族の老人達は、ぼんやりとルーシーを見ている。
一人が、はっと何かに気が付き、みるみる生気を取り戻す。
「あ、貴方様はもしや、・・・」
「あ、肉祭りの時、お城でルーシーにお肉切ってくれた人だ。」
「お願いします。
どうか、どうかシド様を、皆をお助け下さい。
あのお方や皆は操られているだけなのです。
あなた様と会えばきっと正気に戻るはずです。
どうか、どうか・・」
縛られたまま、ひれ伏す老人達。
ルーシーは首を傾げて、何かを聞くように、
「う~ん、それはルーシーじゃなくてー、だいちゃんが~するって言ってるよ?」
「あ、あのお方がここに?」
ルーシーがこくんと頷く。
老人達は、
「もう抵抗は致しません。
が、尋問されても何もしゃべりません。
このお方にご迷惑をおかけする事になりますので、この場で切り捨てて頂けますか。」
騎士達にお願いする。
隊長は、
「いや、戦闘継続の意思が無いのならそこまではしない。
ましてやあなた達は兵士でもないのだろう。
暫く牢には入ってもらうがな。」
「も~お肉取りに行ってもいい?」
このルーシーの一言が戦闘終了の合図になった。
記憶
その晩、アリアは珍しくマーサに酒を勧める。
教団では教会内と公共の場での飲酒を禁止されている為、マーサは普段酒を飲まないが、アルの様に酒に弱い訳ではない。
大司教もレムスと隠れてよく飲んでいる。
「ごめんなさい、マーサ。
あたしが悪かった。
明日、一緒に聖女様の所に行ってルーシーの事を相談しよう。」
「ううん、謝らなくていいよ。
あの子はきっと何よりも、自分が怖いのよ。
だから、自分が周りに怖がられていると思っているの。
「よくわかる話ね。
心が痛むくらいにね。
私も、周りに恐れられた時に、マーサに声をかけられた時、涙が出るほど嬉しかった。」
「私の場合、聖女様だった。
私の力は怖い力では無く、皆が喜ぶ力だよって慰めてくれたの。」
そういえば、あの時ってさ・・・
夜も更け、酔いも回り、もう寝ていたルーシーを含めて三人でベッドに入る。
「なんかちょっと悔しいなあ。
あたしが一番ルーシーの事を分かってると思ってたのに・・
だってさ、生まれた時から二人とも面倒見て、ママ、ママ呼ぶから、おねいちゃんって呼ばせて、・・エロジジイどついて・・あたし何言ってんだろ・・スウッ。」
「私はちょっと妬けるなあ、あの子にとってアリアは特別な存在みたい。
あの子は必ず、まずアリアと手を繋ごうとするの。
まるで、小さい頃からそうしていた様に・・スウ」
急変
翌朝、レムスとアルが居間に飛び込んでくる。
「大魔王が動いたぞ!
魔の森から続々と軍勢が出てきやがるらしい。
想像より遥かに多いそうだ。
魔族でも魔物でもない、異形の物も数多くいるらしいぞ。
まだにらみ合いらしいが、時間の問題だ。」
「で、どうするの?」
「いや、急いで知らせに来ただけ。
と、朝飯食わせてもらいに。」
「やれやれ。」
「あさごは~ん。」
ルーシーも起きて来た。
知らせを聞いても、待機命令が出ている以上することが無く、
「取り敢えず、今日はやっぱり聖女様にルーシーの事を相談してみようと思う。」
アリアが皆に告げる。
「まあ、反対する理由もないし、俺たちも行くか?」
アルも頷く。
皆で聖女様に会いに行く事となった。
教団本部の前に着くと、聖女と護衛の騎士達がレムス達を待っていた。
「なんだ?やけに物々しいな。」
聖女が、一歩前に出てアリアに言う。
「今朝、緊急の神託があり、女神イアイリス様がその子と、お話がしたいそうです。
二人きりで。」
神託の間まで、全員ぞろぞろと歩く。
歩きながら、アリアは聖女に手短に今までの話をする。
聖女は驚いたものの、
「昨日の事は報告で聞きましたが、まだ信じられないのが正直なところです。
只、この街を救ってくれたのは間違いありません。
ルーシー、ありがとうございました。」
聖女様は頭を下げた。
ルーシーはにこおっと笑い、それに応える。
そうこうしているうちに、神託の間に着いた。
神託
「ルーシー、お入りなさい。
大司教様と聖女以外が神託を受けるのは、初めての事です。
ですので、説明すると入った先にイアイリス様の石像がありますので、
そこに進み、お祈りをするとどこからか、そう、頭の中に女神様の声が響いてきます。
さあ、お行きなさい。」
その言葉に、アリアは何かピンときて、マーサにとっさに目配せをして、耳にとんとんと指を当て合図を送る。
マーサは頷いて、気づかれないようにそっとイヤホンを付ける。
レムスとアルも二人のやり取りに気付いて、それに倣う。
聖女がドアを開けるとルーシーがトコトコと中に入る。
ドアが閉まる。
「ハカセ、中継して。」
「やれやれ、盗み聞きか?
気が進まないがまあいいじゃろう。
本当は、協定違反なんじゃがな。」
協定?
問いただす前に神託が始まった。
「ようこそルーシー、やっと貴女とお話が出来る。
私は女神イアイリス、よろしくね。」
ルーシーは、
「いあいりす、いあいりす、」
ぶつぶつ呟き、
「じゃあ、いりちゃん、よろしくね、あたしルーシー、世界を旅してるの。」
あいつ、いきなり女神様に渾名ぶっこんできやがった。
隣でマーサが青い顔をして首を振る。
「フフッ、嬉しいわ、早速愛称で呼んでくれるのね。」
心の広い女神そうで助かったわ。
「ほんとはね、ずっと前から貴女とお話ししたかったんだけど全然来てくれないから、我慢できなくなって呼んじゃったのよ。
んーとね、今回話をしたかったのは、前回来た時に魔大陸を助けてくれたでしょ。
それで、うちの上司から、お礼をするように指示があったの。
待ってる間にも、まだかまだかってうるさく催促されてね、もー困ってたのよ。」
ん?心が広いっていうよりやけにフレンドリーな女神様だな、それに上司って?
「ねえ、ルーシー、私達に出来そうな事で何か希望はあるかしら?」
ルーシー、首を傾げていたが、はっと気付いた様に、
「魔法、使ってみたい。」
「あら、どんな魔法?水?火?」
「んーとね、戦争を止める魔法。
前にね、ルーシーのお友達の皆でお話しした時にね、戦の時にこうなったら、
戦どころじゃあないっていってた~。」
「えっ?」
女神の困惑する声。
「一つ目が~、み~んな・・・」
「えっ?」
「二つ目が~、み~んな・・・」
「はっ?」
「三つ目が~、み~んな・・・になる魔法。」
「・・・えーっとそれって、・・無理無理無理無理って・・え?・・はい・・いや・・はい・えっ?えっ?えーっ!」
なぜかアリア達にイメージが浮かぶ。
無理を言うルーシーの前に困った顔をする女性社員
ふと、肩を叩かれ振り向くと、スーツ姿のこわもて上司がにっこりと笑って、
両手で大きな丸を作る・・・
「ま、まあ上司の許可が下りたなら・・」
聖女は神託の間の入り口で、扉を背にし、他の者たちは扉の方を向き、
神託の終わるのを待っていた。
聖女は異変に気付いた。
いつも沈着冷静なアルが突然、両目を見開き硬直する。
マーサが真っ青な顔で両肩を抱いて膝をつく。
そして、ぽかんと口を開けたレムスが急に真顔になり聖女に、いや神託の間に飛び込もうとして、同時に同じく飛び込もうとしたアリアと共に、護衛の騎士たちに、
取り押さえられる。
「やめろーっ!そ、そんな物騒な魔法、絶対にこいつ、やらかすぞーっ!
戦場が、地獄になるぞーっ!」
「こらーっ!このポンコツ女神っ!なんて魔法ルーシーに教えるのよーっ!」
しばらくもみ合いになり、ふいに4人の頭の中にナレーションが響く。
「ルーシーは魔法を覚えた、テッテテ~!」
レムス達はがっくりうなだれ、両手と膝をつく。
聖女達は訳が分からずに困惑していると、神託の間の扉が開き、ルーシーがニコニコしながら出てきた。
何か新しいおもちゃをもらった子供みたいに・・
急行
聖女ははっとして、
「ルーシー、女神様とどんなお話をしたのですか?
良ければ教えてください。
「う~んとね、イリちゃんがね、前にルーシーがリッチやっつけた時のお礼にね、
戦争を止める魔法を教えてくれたの。」
聖女、
「???」
しばらく考え、諦める。
「それで、戦争をあなたがその魔法で止めると?」
「うん。」
にこおっと笑顔でルーシーが答える。
「あたしはルーシーを止める魔法が欲しい。」
アリアがボソッと呟く。
「それだけは無理だ、諦めろ。」
ハカセがげんなりと答える。
「じゃあ行くね~。」
「・・・仕方ない、行くか。」
レムス達四人が立ち上がる。
「こーなりゃやけよ!。」
怪訝そうな聖女達に挨拶をして外に出て街の外に向かう。
「だが、実際もう戦闘が始まっているかも知れん。
今から向かってもどう急いでも二日ほどかかる。
「超特急で行く~。」
ルーシーの足元から星空が広がり四人の足元まで広がる。
ととんでもない速度で五人が動き出す。
人込みをよけ、時には、建物の横に向きを変え、外壁を垂直に上り下りる。
街の外に出るとさらに速度を上げる。
風は感じないし、Gも感じないが周りの景色がものすごい速さで流れていく。
マーサは思わずしゃがみ込み、アリアとアルは硬直する。
「この前もそうだがやっぱり便利だね~。」
レムスだけがご機嫌だ。
ああそうか、ダンジョンからの脱出はこれだったんだ。・・
あっという間に最前線に着く。
まだ、戦端は開かれてはいない様だ。
本陣の前で急停止する。
兵士たちは身構えるが、アリウスの騎士団長や先遣隊の隊長が武器を下ろさせる。
ふいに、ルーシーとレムス以外の三人がふらふらした足取りで、横の草むらに入り、
「おえーっ」
「えろ~。」
レムスが、
「あ~あ~、無理ないか、目や感覚が付いてこれないか~。
高機動の動きなんて初めてだろうしなあ」
はだしのルーシー ~ルーシーと言う名の異世界 大場 雪 @setu-daiba
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