はだしのルーシー 第8話

      戦の準備

 短い夏が終わろうとする頃、アリウスが段々と騒がしくなってくる。

 毎日物凄い数の馬車が出入りするようになる。

 戦に向けて大量の物資が持ち込まれ、ここが補給物資の集積場の様相と化している。

 兵の移動は、ここを素通りし、更に50キロほど離れた陣地に移動しているが、

大量の物資はそういう訳にもいかず、一旦集められて、必要に応じて、分けて運ばれる。

 その為物資、及び補給部隊の基地となる。

 街中に商人や見知らぬ人物が増え、それに合わせてトラブルも増えてくる。

 教会騎士が主に対応しているが、ギルドにも教団から依頼があり、治安維持に冒険者が一部駆り出されている。

 残りは、補給物資の輸送の護衛依頼でギルドもてんやわんやの状態だ。

 アリア達がギルドに顔を出すと、ギルドはガラガラで、ほとんど人がいない。

 最近はルーシーも、ギルドの職員とも仲良くなり、食堂のおばちゃんにジュースをもらって、話をしてから受付のカレンの方に行ったりと

忙しそうだ。

 4人はギルマスの部屋に行く。

 レムスは、

「ギルマス、俺たちはまだ待機かい?」

「ああ、すまんな。

 お前たちはいわばこの街の切り札だ。

 戦の状況次第では、それからがお前達の本番と言ってもいい。

 それまでは、のんびりしてくれて構わん。

 が、なるべく街の外には出ないようにしてくれ。

 この街は今、人の出入りが多い。

 後方かく乱の陽動部隊が入り込んでいる可能性もある。

 暇なら、むしろ、街中をうろついてくれ。

 聖女候補の二人がいれば、市民の不安も和らぐだろうし、あのとんでもない子も、喜ぶんじゃあないか?

 今日は来ていないのか?」

「ああ、下にいるぞ。

 下の階では引っ張りだこでな。

 そのうちに、お前さん追い出されてギルマスになるんじゃないか?」

「出来れば今すぐそうして欲しいよ。

 ギルド本部のお偉方から、このギルドからも部隊を出せだの、魔の森の偵察だの無茶を言ってくるからな、胃に穴が開きそうだよ。」

「偵察部隊?俺達冒険者に、斥候をさせようというのか?」

「ああ、もうこの大陸では長い間、戦なんてないからな。

 もうまともな戦闘経験なんて冒険者くらいしか持っていないだろう。」

「まあそうだろうな。

 そんなことなら、今しばらくのんびりさせてもらうさ。」

「そうしてくれ。

 陣地には今半数ほどがいるそうだが、全軍揃って陣形が完成するまで、まだ1月程かかるだろう。

 いまだ、あちらさんは目立った動きは無い。

 もしかしたら、この冬は動かないかもって意見もある位だ。」

「まあ、それは虫が良すぎる意見だな。

 時間があれば利があるのはこちらの方だ。

 本気の兵力は数はこちらの方がずっと多い。

 対して、向こうは数が少ないが、一人一人の戦力はこちらより上。

 更に魔の森の魔物達も従えているとなると、厄介な事この上ない。

 今しばらく、向こうにはじっとしていて欲しいとこだろう。」

「そうだな今はそんなところだ。」

 話を切り上げ、4人は部屋を出る。

「さて、飯でも食いに行くか。」

 レムスが言いながら階段を降りる。

 一階に降りると、職員達とルーシーが座って話をしていた。

「おーいルーシー、行こうか、飯食いに行こうぜ。」

 ルーシーは頷き、机から離れる。

 職員達は、

「じゃあねルーシー、また遊びにおいで。」

「ルーシー、人気者だな。

 やっぱりギルドを乗っ取っちまえ。」

「やめて、絶対本気にするわよ。」

 ルーシーは首を振る。

「ううん、たぶん無理。

 ルーシーはあんまり後いられない。」

 多分、戦争の雰囲気と言うか、状況を敏感に感じ取っているのだろう。

 皆の顔も少し曇る。

「まずは飯だ飯だ。」

「うん、ごは~ん。」

 レムスとルーシーが並んで先に行く。

 アリアとマーサは顔を見合わせ頷いて、アルと後に続く。」

      ルーシーとは 

 レムスとルーシーが馴染みの店に入る。

 ギルドに近く、酒場も兼ねる為冒険者達がよく行く店だ。

「たのも~、ごはーん。」

 ルーシーが入る。

「あら、ルーシーいらっしゃい。」

 ルーシーはどこに行っても人気者になった。

 アリアとマーサは、少し嬉しい。

 いつものごとく美味しそうに食べ、皆で買い物に行く。

 ふとマーサが、アリアに訊ねる。

「ねえ、ルーシーの事だけど、一度聖女様に相談してみない?

 暫く安全な所に避難させて欲しいとか、」

「うーん、それは・・」

 アリアは少し考え、

「レムス、アル、あなた達も今晩うちに来て。

 この件で少し相談したいことがあるの。」

 アリアの家で、夕食後、事前にハカセに頼んで、マーサが、作ってもらったのと同じイヤホンをレムスとアルに渡す。

 ルーシーは歯を磨いてソファーで寝ている。

 そして、アリアは聖女に来た神託をみんなに伝える。

「本来、タイミング的にはどう見ても西の国に降臨した邪神を指しているのだけれど、あたしにはどうしても引っかかっているの。

 以前レムスが言っていた、邪神のお姫様のお話っていうのが・・」

「最強の邪神、か。

 いや、アリア流石に考えすぎだって、大体そこでよだれ垂らして寝ている子が最強の邪神だっていうのか?

 まあ、とんでもなく常識はずれなのは間違いないが、

 ・・・寝相は邪神クラスなのは認める。」

「でも、星空を操っているのは事実よ。

 だから今まで聖女様にルーシーの事を伝えるのが怖かったの。

 もしも邪神と認定されたらと思ったら・・」

 マーサが、口を開く。

「私は聖女様に相談してもいいと思う。

 私も聖女様にその神託を聞いていたの。

 確かにアリアと同じ違和感を感じたわ。

 最強の邪神と言っても、実は私達には危険じゃないのかなって。

 ねえ、ハカセは知っているんでしょ。

 以前、この世界に来たことがあるの?」

「・・・お前達には関係のない話だが、この世界は意外と交差するタイミングが多くてな、言うなれば大きな道路の交差点みたいな感じじゃ。

 だから、ぶっちゃけて言うと何度も来ている。

 そして、最後に来た時には、アリウスと呼ばれる者も確かにいた。

 悪いが、とある事情で、これ以上は話せん。」

「ここは大通りの交差点ってか?」

 レムスがあきれる。

「んで、どうするつもりだ?

 聖女様に保護をお願いするつもりなのか?」

 マーサは賛成派。

「あたしは反対、マーサはルーシーに過保護すぎ、あの子は多分出ていくその時まで、

あたし達と一緒に居たい筈だと思うから。」

「俺もアリアと同じく。」

 アルも頷く。

 マーサはため息をつく。

「分かったわ。」

 レムスが、

「じゃあ決定、現状維持で。

 それとハカセよ、この件はこれ以上教えてくれないだろうから、別の質問だが、あんた達はじゃあどういう場合にここを出て行くんだ?

 この子が攻撃されたときか?

 それなら、ダンジョンの時に出て行っても良かったんじゃあないか?」

「その質問には答えられる。

 通常時はその時の必要に応じてエネルギーを一定期間貯めて行う通常の移動。

 今回は約1年程。

 他には、緊急時の短距離ジャンプ。

 つまり、ルーシーに直接の危険が迫った場合、更に言うならルーシーが損傷を受けた場合じゃな。

 以前、ルーシーの事を不老不死とは言ったが、厳密には遺伝子を物理的に破壊することは可能だ。

 もっともダンジョンでのルーシーを見たじゃろう。

 生半可な攻撃では、ルーシーに傷などつけられん。

 只、戦争行為に巻き込まれた場合、ワシ達4系統のAIとルーシーによる多数決で、即時ジャンプを行うか判断を行う。

 あれはあれでルーシーに負担をかけるのでな。

 ルーシーがたとえ反対してもジャンプを行うと言うのは、そういう意味じゃ。」

「つまり、直接の戦闘行為で攻撃を受けなければいいと?」

「お前達は何か考え違いをしている様だが、前にも言った通りこの子が戦争を嫌い、

恐れているのは、自分が戦争の為に生まれたことを知っているからじゃ。

 万が一、この子が本気で、その兵器としての力を開放したら、この魔大陸そのものが、一瞬で灰と化すぞ。

 さらに言うならばこの子はこの街に係わりすぎた。

 もしもこの街に危機が訪れた時やお前達に危機が迫った時、間違いなくこの子は

やらかすぞ。

 ワシはこの子を戦争から遠ざけたいのと同時にこの世界に被害を及ぼすのも避けたいという意味で言っておる。」

「・・・まるでそれこそ邪神じゃないか。」

「・・・この子はそんな存在ではないよ。

 ワシらの造った元兵器であり、人類の忘れ形見である使命を押し付けられ、

 たった一人で、未来永劫の放浪の旅をする運命を押し付けられた、只の女の子じゃ。」

 長い沈黙の後、自然とその夜はお開きとなり、三人で寝る。

 アリアとマーサは、その夜ルーシーの攻撃を捌きながら、眠れぬ夜を過ごす。

 翌朝はお互いの治療を久し振りに行った。

       街中での戦闘

 それから、しばらくたったある日

 その日は、公園で三人は、教団近くの公園でのんびり過ごしていた。

 アリアとマーサはベンチに座り、ルーシーは近くにいる馬車の馬に、草を取ってあげている。

 ふいにルーシーが立ち止まり、街の北西を見る。

 アリアとマーサが見守る中、ルーシーが二人に走り寄る。

「ドラゴンが来る。」

「え?」

 マーサは

「本当に?」

「本当、クロちゃんが見つけた。

 大きいのが5匹、ちっちゃいのがたくさん。

 ゴーグルある?

 アリアとマーサは取り出して身に着ける。

「データ転送。」

 ディスプレイに映像が映る。

 大きなドラゴンとワイバーンの群れ・・

「マーサ、騎士団に至急連絡を。

 あたしはギルドに行くわ。」

「分かったわ。」

「ルーシー、おいで。」

 ルーシーはその場を動かない。

 じっと、ドラゴンの来る方向を見つめている。

「ルーシー?」

 アリアが声をかけると、突然ルーシーが走り出す。

「待って、」

「アリア、」

 マーサが叫ぶ。

「マーサは騎士団に急いで!」

 アリアはルーシーを追いかける。

 ルーシーは真っすぐドラゴンの来る方向に向かって走り、外壁の壁に当たると思う瞬間、垂直に走って登っていく。

 近くで見ていた人が驚く中ルーシーは壁の上に到着する。

「ケロちゃん、」

 ルーシーの傍らに、銀色の小山が出来る。

「クロちゃん、」

 ルーシーの頭上を銀色の烏が旋回する。

 ルーシー足元から外壁の外側に星空が伸びみるみる広がる。

 その中心に巨大なウミガメの形が浮き上がる。

「キーちゃん。」

「対空迎撃戦用意。」

 その頃、騎士団に着いたマーサは違う理由で騒ぎになっている事に気付く。

「魔族が、街の中の補給部隊を攻撃しているぞ。」

「至急援護に迎え!ギルドにも連絡しろ!。」

 マーサは騎士団に、ドラゴンの事を素早く伝え、補給部隊の方に向かう。

 おそらく、レムス達はそちらに向かうだろう。

 まず合流するのが先決と、マーサは考えた。

 一方アリアは、壁の上のルーシーを見つけ、近場の通路を探す。

 階段を登りながら、下の騒ぎを見つける。

 上から見るとそれ程の数ではない。

 おそらく、陽動作戦で本命は近づいているドラゴンの群れだ。

 騒ぎで発見を遅らせて、接近を容易にさせるつもりなのだろう。

 しかし向こうの誤算は、群れがまだはるか遠くにいるうちに、ルーシーが見つけてしまった。

 一人で迎撃は無理でも、結界で邪魔は出来るはずだ。

 アリアは階段を一気に駆け上がる。

 上がった時には息も絶え絶えだったが・・

 ルーシーが見据える向こうに、ようやく黒い点のようなドラゴン達が見える。

 まだ近づくまで十分な時間がある。

「ケロちゃん、対空戦闘用意、小型レールガン連射モード」

「クロちゃん空対空ミサイル発射準備、」

「キーちゃん浮上。」

 アリアは息をのむ。

 全長200メートル高さ60メートルの銀色の山が街の外に広がる星空から、

浮かび上がってくる。銀色の甲羅の高さは、アリウスの外壁を超える。

「キーちゃん、主砲電磁レールキャノン発射準備、質量弾頭500キロ、発射速度

マッハ25、最大回転数で、衝撃波戦闘、」

ウミガメの甲羅から砲身のようなものがせり出す。ブーンと何か音のような振動のようなものを感じる。

「フォイア。」

 瞬間振動が周りを包み、気持ちが悪くなる。爆発音と言うよりするりと何かが飛び出す感覚の後周りの空気が掻き乱れる。

 群れに一瞬穴が開いたと思った瞬間、周りが渦を巻くように消える。その先に見えていた山が吹き飛んだ。

 群れがあったところは最早何もいない。

 只の一撃で5匹のドラゴンとワイバーンの群れは近づく事無く全滅した。

「キーちゃん、ありがと」

「クロちゃんもうちょっと見てて。」

「ケロちゃんありがと、戦闘態勢解除。」

 ルーシーはアリアの方を見ようとしない。

「アリア、ルーシーこわいか?」

 

 




 


 

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