第14話
魔物。それはダンジョンと共に現れた、人類にとって不倶戴天の怨敵である。
最初こそコミュニケーションを取ろうとしたり、友好関係を結べないかと画策されたが、今では完全に殺すべきエネミーである。慈悲は無い。
その理由は主に二つある。一つは「魔物は人類を殺す事を何よりも優先する」事だ。
エンカウントしていない状態ではくつろいだり飯を食ったり談笑? している魔物が、人間を見つけ次第余暇時の行動を中断して襲って来るのだ。
第一優先事項が人間の殺害である生き物に会話をする気なんてそもそも無いのだから、当然コミュニケーションなんて取りようがない。
ダンジョン運営従事者は早いうちにその事実を痛みと共に理解したが、そうでない人間も居る。間接的な情報だけしか持ち合わせていないのに、傍目八目とばかりに声高にトンチキな主張を掲げる団体様が大勢いらっしゃった。
いつまでも自分達の意見が受け入れられない動物愛護団体や人権活動家が業を煮やし、魔物の保護の名目のもとにダンジョンへ無断侵入し、その八割がおいしく頂かれてしまった痛ましい事件があった。
生き残りは「今すぐあの化け物どもを皆殺しにしろ」などと命の尊さを謳う団体とは思えない言葉を吐いたとか何とか。
それ以来、あの手の団体は魔物に関する活動をタブーとした。何故かって?
それは往時の官房長官である葦名妙蔵が宣った「そんなに言うならお前らでどうにかしてみろ、特別に入場を許可してやるから」と言う発言のせいだ。
これ以降、ダンジョン関連のクレームめいた苦情は全てこの「葦名談話」で片付けられてしまう事となってしまった。
魔物を見敵必殺する理由の二つ目は魔素過密状態による魔物の迷宮漏逸現象……通称「ダンジョン・フラッド」のせいだ。
我々が日々せせこましく魔物を狩っているのは、ダンジョン内の魔物を外に出さないためだ。
しかし稀に討伐漏れでキャパを超えたダンジョンは、最下層から一階層分ずつ溢れ出す。そして最上層の魔物は人間の世界に現れる。
この時、ちまちまと出て来るのではなく、どっと溢れ出す。そしてすぐさま散開して人々を手当たり次第に食い散らかす。これで滅びた人類最初の国家が北朝鮮だ。
韓国は比較的早い時期に国民へ広くステータスを取得させる方向に舵を切ったが、北の将軍様はこれを日帝や米帝による侵略の一環であると断言して、自国民に向けてダンジョンへの立ち入りを禁止し、ステータスの存在を否定した。
平民に勝手に強くなられたら管理できなくて困ると言う本音もあったのかも知れないが、結果的にはこれが悪手だった。
ステータス持ちが居なければダンジョンの踏破どころか魔物の討伐すら出来ない。
ミサイルを発射した人間に「ミサイルマン」なんてジョブがあれば魔物やダンジョンに多少なりともダメージが通ったかも知れないが、そんなジョブは存在しない。
ダンジョンゲートに向かって打ち込まれた一心不乱のコンギョは、何一つ破壊する事なくただの空振りに終わった。
そこで反省してダンジョン内の討伐でもやっていれば出遅れ程度で済んだものを、懲りもせずミサイルと人民軍の鉛玉でどうにかしようと躍起になっていた。
結果、北朝鮮全土のダンジョンから魔物が噴出、初日で平壌が陥落し、指揮命令系統が完全にオダブツとなり、三日も持たずに壊滅した。
今はロシア・中国・韓国の探索者達でどうにか押さえ込んでいる。今年中に地上の魔物を掃討し、ダンジョン内の迷宮漏逸防止措置を取る予定だとニュースで言っていた。
日本? いえいえ、日本はダンジョン後進国ですので支援を見送らさせてさせて頂きたく……
そんな訳で、魔物は人間の敵である。これは人類規模での大前提である。
しかし、敵もさるものひっかくもの、一筋縄ではやられてくれない。各ダンジョン毎に様々な違いがある。
やたらめったら強い敵で構成されたダンジョンや状態異常をこれでもかとばら撒くダンジョン。ワープギミックや謎解き、魔物の数の多さを頼りに物量で押し潰しにかかってくるダンジョンもある。
そんな曲者揃いの中で、やりにくさで言えばここの右に出る物はないと誰もが太鼓判を押すダンジョンがある。
広島市西区にある田方ダンジョン。今日の俺の現場だ。
§ § §
「きゅーん♡ きゅーん♡」
「うう……やりにくい……クソッ」
二足歩行するかわいらしいポメラニアンの突撃を盾で受け止める。「てちてち」とか「ぽよぽよ」なんてファンシーなSEが付きそうだが、かわいいのは見た目だけだ。攻撃は凶悪極まりない。
赤錆の浮いた剣を両手? で握りしめた体当たりが盾に激突した途端、凄まじい衝撃と轟音を放つ。
俺の体勢が揺らいだ所で、後ろから人影が飛び出した。アッパーで浮かせた後、拳や蹴りの乱打を叩き込み、フィニッシュブローの回し蹴りでかわいい犬人……いや、「ヒロシマ・コボルト」をパステルカラーに彩られた壁に叩きつけた。
叩きつけられたコボルトはゲームであれば過剰なゴア表現として規制を喰らいそうなレベルで弾け飛び、肉片が光の粒子に変わっていく。かわいいどころかかわいそうだ。
「攻撃受けたらさっさと潰しんさい。終わらんよ」
何事もなかったように、ナックルダスターに付いた血を拭うのは弊社の数少ない探索者の一人、マーシャルアーティストの嶋原さんだ。
ややメタボ気味ではあるが、その身のこなしは俊敏で的確。寡黙でクールな性格の頼れる先輩だ。御年四十六歳。
いつもは電力会社のインフラ工事で高所作業車にバイクで追走して工事箇所で交通誘導をしているが、こうしてダンジョン警備にも従事している。
仕事に対してストイックで、それを他の隊員にも求める。嫌がる人もいるが……俺は別に嫌いじゃない。仕事への姿勢は見習うべき所もあるし。
「そりゃあ分かってるんですが……嶋原さんは可哀想とか思わないんですか? かわいいわんこじゃないですか、こいつの見た目」
「うーん……ま、仕事じゃけぇ」
これである。割り切るのが異様に早い。いや、この人はどんな現場でもこんな調子だ。
魔物の見た目に惑わされずに、仕事だからの一言でその全てを潰していく……この田方ダンジョンで生き残る唯一の秘訣だ。
§ § §
ここ、田方ダンジョンは西広島バイパスの田方ランプを降りてから、細い道に入って少し奥へ進んだ所にある。
このあたりは全体的に道が狭く、ダンジョンゲートが出来てしまったせいで、一部の住民はダンジョン運営に支障が出るからとの理由で立ち退きを余儀なくされた。
このダンジョンの特徴は「かわいい」事だ。出て来る魔物がみんなかわいいのだ。
先程俺が戦ったコボルトもそうだが、中層に行けばエルフにウンディーネにウィッチにヴァンパイアと美少女の姿をしたモンスターもたんまりと現れる。
かわいい動物系も盛りだくさんだ。わんちゃん、ねこちゃん、くまさん、色々混ざったライオンさんも皆デフォルメされたマスコットの様な見た目をしている。
こう言った普通とは違う魔物が出現するダンジョンは非常に稀で、他の魔物と区別する為に種別名の前に地名が付く。ヒロシマ・コボルトやヒロシマ・エルフ、ヒロシマ・キマイラと言った感じだ。
海外ではこの田方ダンジョンをJapanize-MODed dungeonやKawaii dungeonと呼んでいるらしい。確かにカートゥーンやアメコミと言うより日本のマスコットやアニメの方が近い。
しかし海外の皆様方はすぐにこのダンジョンから目を背ける事になる。あまりにも「酷い」からだ。まあ、その話は追々する事になるだろう。
我々ダンジョン警備員は一階層から五階層までの巡回・掃討を行う事になっている。
出現するのはヒロシマ・コボルトとヒロシマ・レッドキャップ、三階層からヒロシマ・ハニーベアーが追加される。
ヒロシマ・ハニーベアーは一般的なクマのぬいぐるみのような姿であって、赤いシャツを着たアレではないから一安心だ。
レッドキャップと言うのはイギリスで広く伝わっている妖精だ。RPGではゴブリンの上位種みたいな扱いを受ける事がある。
斧を得物として扱い、好んで人を襲い、浴びた血によって固まった髪が赤い帽子に見える事からその名がついたとされる。
当然、ここ以外のダンジョンにもレッドキャップは現れる。ゴブリンの生息階層より下層に現れる程度には強く、カピカピに乾いた赤髪のゴブリンといった姿をしており、耳まで裂けた口でクケケー! と鳴く。
しかしここはカワイイ・ダンジョンだ。当然その姿はジャパナイズされている。どんな容姿かと言うと……
「ほら来た。高坂、構えんさい」
「はい!」
嶋原さんは俺のやや後ろに戻り、ボクシングのように構えてステップを踏む。俺は盾を進行方向に向けて不意の攻撃に備える。
幼児用の迷路をダンジョンサイズにしましたと言わんばかりの場違い感満載な配色の通路の奥から、小学生低学年くらいの女児が三人出てきた。
皆白地に赤で見慣れぬ文字の入ったぶかぶかな野球ユニフォームと赤い野球帽を身につけ、手にはプラスチック製のように見えるバットが握られている。
見た目も非常に愛らしく、庇護欲を駆り立てる姿をしている。どう見たって南蟹屋町にあるスタジアムで野球観戦をした帰りの少女にしか見えないこの生物も人類の敵の一種。ヒロシマ・レッドキャップだ。
我々はこれからこの幼女をしばき回して殺さなければならない。
「「「こんにちはー!」」」
俺達の姿を認めたであろうヒロシマ・レッドキャップ三匹は、こちらにキラキラおめめを向けて元気よく挨拶した。
……いや、これは鳴き声だ。魔物は人類の殺害を第一に考える。つまりこの挨拶も攻撃である。
ヒロシマ・レッドキャップの一番の武器はその可愛さにある。せっかく人間に寄せた容姿をしているのにクケケー! 等と鳴いては台無しと言う物だ。
人間は「こんにちは」と挨拶をする。可愛いものが無警戒に挨拶をしたり、攻撃された時に「やめて」とか「痛い」と鳴きながら辛そうな顔をして涙を流すと人間は容易に隙を見せる。
こいつらの可愛さは人間を効率的に殺す為に作られた物で、行動も全て経験則に基いている。人に擬態する魔物の悪辣さをこれでもかと感じる。
しかし所詮は初見殺し、こいつらはそういう生き物だとタネが割れている以上、庇護欲や同情心が湧く前に殺せばいい。それだけだ。
俺はヒロシマ・レッドキャップに駆け寄り、先頭の一匹をシールド・バッシュで跳ね飛ばす。小さくて軽いせいもあり、悲鳴を上げながら思い切り後方へ吹っ飛んで行った。
左側の一匹は嶋原さんが倒すだろう。俺は突然の不意打ちに対処が遅れている右側の一匹にスマッシュ・ヒットをぶちかます。
俺の持つショートソードの青白く輝く刀身が少女の肩口にぞぶりと食い込み、軽い手応えを維持しつつ反対側へと抜けた。
少女の姿をした化け物は袈裟斬りにされた胸を見た後、悍ましい物を見るかのような目をこちらに向けたまま金色の粒子に姿を変え、カードが三枚ほどバラバラと落ちた。
その間に嶋原さんは左側の一匹の頭蓋を左フックで潰し、先程吹き飛ばした残りの一匹の腹部に強烈な前蹴りを喰らわせる。
くの字に折れ曲がった少女の頭に足を置き、地面に叩きつけて踏み砕いた。辺りに金色の粒子が漂う。
嶋原さんが倒した魔物のドロップはカード化せず、魔石とバットが二個ずつ転がっていた。
嶋原さんはそれを悠々と回収して、再びナックルダスターの血を拭いていた。やけに手入れが頻繁なのは新品だからか。
俺も落ちているカードを拾いながら、独りごちるように嶋原さんに話しかけた。
「それにしても、凄い武器が供給されたモンですね……今までの奴がなまくらだったみたいな切れ味ですよ」
「事実、アレはなまくらじゃったろ……流石は東洋鉱業のええ武器っちゅうとこよな」
今の俺の装備は中広ダンジョンの時の物とは違い、高品質な物で固められている。
会社所有の貸与品ではあるが、広島県呉市に本社を置くダンジョン用装備の製造業者である東洋鉱業のミドルクラスモデルだ。
造船業を営んでいた頃からのノウハウによって作り出されるダンジョン素材製の逸品は、量産品であってもそんじょそこらの数打ちでは歯が立たない程の秀作である。
探索者協会からのオンボロレンタルとは月とスッポン、おひさまとスリッパ、アルファケンタウリとナメクジくらいの差がある。
どう言う経緯かは知らないが、今朝吉崎係長が車で乗り付けてきて、俺と嶋原さんに一個ずつアタッシュケースを渡し「今日からそれがあんたらの装備じゃけぇ無くしんさんなよ、無くしたら何ヶ月か無給になる程度には高いけぇ」と言ってきたのは本当にビビった。
「装備の分は働かんといかんけぇ、さっさと次行くで」
「了解です」
俺も軽く剣の血を払って鞘に戻すと、先を歩いていた嶋原さんを追い越すように少し小走りでファンシーな通路を駆けた。
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