アラフォー警備員の迷宮警備 ~【アビリティ】の力でウィズダンジョン時代を生き抜く~
日南佳
第一章
第1話
「五号警備、やって欲しいんよ」
四畳半の狭い会議室の中で、その声はやけに響いた。
俺こと
会議室とプレートはかかっているが、煙草のヤニで黄色く煤けた壁から、ここが元喫煙室であった事を容易に想像させる。
古ぼけた木製の長机を挟んだ向こう側で、弊社常務にあらせられる春川さんが満面の笑みを浮かべている。
人当たりの良さそうなツラをしているが騙されてはいけない。この人がこんな顔で隊員を呼びつける時は、大体ロクでもない案件を押し付ける時だ。
「五号警備ですか? 俺が? 本気ですか?」
「うん、人がおらんのよ。やってもらえんかね?」
広島市は西区に本社を構える、俺の所属する
春川常務は今年で御歳70歳。さっさと隠居していればいいものを、未だに現役でシフトを組んでいる。
隊員を口八丁手八丁で言いくるめてキツいシフトに嵌め込む手腕はまさに悪鬼の所業、隊員からは蛇蝎の如く嫌われている。
俺もこの人は苦手なのだが、人の好き嫌いが激しい春川常務に嫌われて干されでもしたら、食い扶持が無くなってしまう。
ただただ返事するだけだと足元を見られるのは必定。なら待遇を聞いてから考えようかなどと、俺は早いうちに方針を心の内で決めた。
「うちって五号やってましたっけ? 一号と二号だけじゃないんですか?」
一言で「警備員」と片付けられることが多いが、これまでの警備業法において、警備業務は大きく分けて四つの区分けが存在していた。
施設に常駐する守衛業務が主たる一号警備、工事やイベントで人や車の誘導を行う二号警備、貴重品や危険物を運搬する際の安全を確保する三号警備、そして身辺警護等ボディガードを行う四号警備。
本来ならこの四つだけだったのだが、十数年前に起こった全世界規模のダンジョン大量発生に対応する為の法改正により、ダンジョン絡みの警備業務を他の業務と区別する為に五号警備が制定されたのだ。
「いやあ、本当だったら現場取るつもりなかったんだけどね。今どきはステータス持ちでないと探索者の犯罪を抑えられないだろうって商業関係の営業担当に言われてねぇ」
「はぁ……」
「それでステータス持ちを増やそうって事になったんだけど、最低でも《丁種》が無いとステータス持てんから、西区のダンジョンをいくつか受け持つ事になったんよ」
ステータス持ちとは、ダンジョンを探索する人間……探索者の別称だ。
ダンジョンは未知の怪物の巣窟となっており、それらの討伐はただの一般人には不可能だ。
ステータス所有者と未所有者では身体能力の差が段違いである事もそうだが、スキルやジョブに指定された武器種による攻撃でないと怪物に手傷を負わせられない。
ステータスの付与技術が確立する前に自衛隊や警察を動員した事により、民間人のみならず官憲にも大勢の被害者が出たのはそれが原因だ。
そして、怪物を倒せるような驚異的な身体能力はダンジョン以外でも発揮される。発揮されてしまうのだ。
他国の状況は知らないが、日本においてはステータスを取得する者に甲乙丙丁の四種に分類される国家資格を付与し、管理している。
春川常務の言う《丁種》とは
探索者としてガンガン怪物を倒して回って生計を立てるのではなく、ダンジョンを運営・管理する上で必要になる各種業務に従事する業種に限って発行される、限定的な探索者免許が丁種になる。
一般人の侵入を防止するための立哨警備や内部での出入管理、低レベル階層の巡回や討伐、非常時の救護や関係各所への通報等々……やる事は山のようにある。それを警備員に押し付けようと言う事だ。
今でこそ警察や自衛隊と言った国家公務員の皆様方もステータス及び探索者資格の取得が義務付けられているが、警察は全国約30万人、自衛隊も陸上自衛隊に限って言えば約15万人しかいない。国防や治安維持を担うには、その数はあまりにも少な過ぎた。
ステータスを得て強力になった探索者による犯罪の脅威を未然に防ぐためにも、日頃から武器や特別な権限を持たない丸腰のままで他人の生命・身体・財産を守っている警備員に白羽の矢がブッ刺さるのは致し方ない事だ。
よもやその非常に痛そうな白羽の矢が我が社……と言うより、俺の頭上にも降り注いでいるとは思いもしなかった訳だが。
「とりあえず待遇聞かせてもらっていいですか?」
「まあ毎日ダンジョン行けって話じゃあないんよね、とりあえず木・金で出てもらう感じにしようと思っとるんよ。拘束時間は八時から十七時の休憩一時間、給料は基本給に危険手当三千円と規定額の交通費、《丁種》の申請にかかる費用は会社持ちね」
基本給なんてずっと据え置き七千円じゃねえか、命の危険が他の現場より高いのに一日一万円ちょいとかふざけてんじゃねえぞ、隊員の命を何だと思ってんだ! ……と言いたいのをぐっと堪えた。
しかしまあ、俺に限った話で言えば金の使い道はほとんど無い。女と付き合ってる訳でもなければ妻子がいる訳でもない。
住まいは会社の借り上げてるマンションだし、光熱費や通信費、水道代や食費を除けば漫画やアニメやゲームやラノベに消えていく程度だ。
探索許可だって、一番等級の低い丁種でも特別講習の参加費用に十万円はかかると聞いた事もあるし、資格は会社でなく当人に付与される。
自由にダンジョン探索出来る訳ではないが、原付免許をタダで取らせてくれるような感覚と思えば、悪い話ではない。……いや、本当にそうか?
「うーん……まあいいですよ。やりましょう。ただ本当に無理だと思ったら勘弁してください」
「うちとしてもステータス目当てみたいな所もあるし、許可自体取っちゃえば後は好きに出来るんよね。協会から仕事取った体裁もあるから出来れば最低半年はダンジョンに行ってもらいたいけど……まあ、そこは相談って感じかねえ」
「……ところで、まさか俺一人とは言いませんよね?」
「そんな訳ないない、とりあえず先発隊として10人に資格とらせる予定になっとるんよ。順次ステータス持ちを増やしていく事になると思うよ」
まあ、それなら構わないか……?
新しい現場の先発隊というのは大体人員不足から来る激務を押し付けられがちだ。
「人が居ない」の旗の下、十連勤二十連勤は当たり前。何なら時々夜勤もこなしつつ一ヶ月休み無しって事もあった。こう言う時に限って労基は仕事をしない。悲しい話ではあるが。
投入予定の十名のうち何名が資格を取れて、ダンジョンの仕事をどういうローテーションで回すのかは分からないのは不安が残る。
しかし断った所でどうにもならない。悲しいかな、俺はただの一兵卒に過ぎないのだ。
「分かりました、じゃあやります。で、丁種探索者の講習とか試験とかっていつになるんですか?」
「良かったー、断られたらどうしようかと思っとったんよ! 講習明日ね!」
「えっ」
出た出た、そんなこったろうと思ったよ。春川常務はこういう所があるから苦手なんだ。
想像していたものの、あまりにも急な展開に俺は内心で頭を抱えていた。
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