第3話
「おなか……すいたよぉ……」
今朝ここに来るまでに買っておいた牛カルビ&チャーハン弁当の蓋を開けると、横からうめく様な声が聞こえた。
ちらりと視線を向けると、月ヶ瀬がハイライトの消えた目で俺の弁当をガン見している。何なら口の端から涎が垂れている。年頃の娘さんが人様に見せていいツラではない。
このパターンは……アレだ。十中八九無駄遣いして生活を切り詰めてる奴だ。
「何だお前、昼飯買って来なかったのか?」
「全部……溶けました……」
「今度は一体何に突っ込んだんだ? 馬か? お空か?」
「いや、違う奴です……最近出たマイナーな奴で……」
「ちなみにどんなソシャゲなんだ?」
「熱帯魚がサイボーグ手術を受けて力士と戦うゲームっスね……知りませんか? 《レッドオーシャン:ヴェンジフル・メカボーググッピー・アゲインスト・リキシ》って言うんですけど」
月ヶ瀬がスマホを取り出して画面を見せて来る。そこには対空砲やハープーン射出機構を何門も取り付けられゲーミングな感じで光りながら宇宙を漂うナポレオンフィッシュが、紫色のオーラを噴出する悪役めいたスモウレスラーに挑んでいる一枚絵が表示されていた。グッピーどこだよ。
何だこれ? 聞いたことない上にタイトルやたらめったら長くないか? 海外によくある頭のネジの外れた奇ゲーの類か?
「面白い……のか? そのゲーム……?」
「ゲーム性はほぼ皆無ですけど……いろいろトンチキな感じで楽しいですよ、最終的にメカと熱帯魚どっちがメインなのか分からない改造が施されます」
「そうか……頑張れ」
何だか不毛な話になりそうな予感がした俺は、己が弁当に向き直り、割り箸を割った。
すると途端に月ヶ瀬が俺の腕にしがみついて来た。やめろセクハラだぞ男の人を呼ぶぞ!?
「先輩! 他に言うことないんですか! かわいい後輩がガチャで金溶かしたんスよ! お昼も食べられなくて泣いてるんスよ!!」
「知らんがな! だーれがかわいい後輩だ、給料日まであと一週間もあるのに生活費をオールインするアホなら居るんだがなぁ!?」
「あー! もう! せめてもうちょい食欲湧かないモノ食べてくれませんか!? 見てるだけでめっちゃお腹空くんスよ!」
「人が何食おうが勝手だろうが! そんなに嫌なら離れろよ! 見てみろ左側スッカスカだぞ!」
「嫌です!! ……あ、お腹空きすぎて頭くらっとしてきた……ぴえん……先輩薄情……」
そう言うと、月ヶ瀬は机に突っ伏してしまった。ぴえんじゃねーんだわ。
「しょうがねぇなぁ……ほれ、食え」
仕方がないのであらかじめ買っておいたおにぎり3個パックをくれてやる。
「えっ嘘マジで!? せんぱいしゅき何でもします」
すると月ヶ瀬はこちらを見ることなく、ノータイム且つとんでもない速さでプラスチックのパッケージを開けておにぎりを手掴みで食べ始めた。おい年頃の娘さん、周りのオッサンどもが若干引いてるぞ。
実はこの施しは想定の範囲内だ。昨日参加者を春川常務から聞いた時から既にこうなるだろうと予測していた。
月ヶ瀬と同じ現場に行ったり、同じタイミングで社内教育を受けたりすると、大体昼飯をたかられる。
なので事前に分かっている時は少し多めに飯を買っている。
わざわざ面倒を見てやる義理はないが、最初の研修を担当してから妙に懐かれているので仕方がない。それに全く利がない訳でもないのだ。
しかしこいつ、受け取ってから食べ始めるのが早すぎる。もっと感謝を表したり出来ないのか?
「おい、今お前何でもするって言ったな?」
「は……はい、お金は無いので……身体で支払います……!」
もじもじしながら意味深な事を言ってるが、ほっぺにつけた米粒のせいで全て台無しである。
それにこのご時世、迂闊に女性に手を出そう物ならセクハラで首が飛びかねない。しかし月ヶ瀬が言うように体で支払ってもらう算段は既に付いている。それは――
「よーし言ったなァ! じゃあ明々後日俺が行く予定になってたゴッドキングダム、代わりに出てもらおうか! 春川常務には俺からナシ付けといてやる!」
「えええ!? 嘘でしょあのパチ屋っスか!? 朝から晩まで延々と立駐巡回とゴミ掃除やらされるって噂のあのゴッキンっスか!? それだけは! それだけはご容赦を!!」
ゴッドキングダムは栄光警備の持つ数多くの現場の中でも「最低最悪のハズレ現場」と名高いパチンコ屋だ。
警備員の詰所が無い、昼休憩以外の休憩が無い、業務に余裕が無い、スタッフの監視に隙が無いとナイナイ尽くしの現場であり隊員からの評判はすこぶる悪い。
つまり俺はおにぎりの代金を月ヶ瀬の身体で……いや、身柄で払ってもらおうという寸法だ。当人は俺の腕にしがみついては涙目で温情をねだっているが、容赦するつもりは毛頭ない。
ハハハ、行きたくない現場の代替要員を200円弱でゲットだ。先輩にいつも奢らせてるんだからたまにはしんどい所で働きたまえ、かわいい後輩よ。
§ § §
俺はのんびりと昼食を摂った後、最後の晩餐を今しがた終えた死刑囚のような面持ちの月ヶ瀬と一緒に、知悉度試験に向けた復習をしている。
知悉度試験なんてご大層な呼び方をしてはいるが、実際は大した物ではない。難易度低めの小テストって所だ。
探索者免許はいみじくも国家資格だ。しかし難しすぎると合格者が出なくなる。従事者を増やしたいのに無闇に振るい落とす訳にはいかない。
警察や自衛隊等、緊急時の治安維持を担う人間を除いた探索者免許持ちは、基本的に自分自身の為にダンジョンに潜っている。
怪物討伐時のドロップ品が良いとか、討伐報酬のいいダンジョンであるとか、適正レベルであるとか理由は様々だ。
しかし、今存在しているダンジョンの全てが探索者にとっておいしいダンジョンという訳ではない。当然不人気なダンジョンもある。
これが海外であれば不人気ダンジョンの報酬を増額して探索者の招致を図る所であろうが、残念ながらここはバブル崩壊以来過剰に出費を恐れるコストカットの本場、日本である。
行政はすぐさま気が付いた。人が行きたがらない所は安く使える労働者でどうにかすればいいじゃない。ほら、そこらで暇そうに突っ立ってる警備員がいるじゃないか、と。
捨て駒のように警備員をダンジョンへ投入したい思惑があるのに難しいテストで落とす意味がそもそも無い。精々ダンジョン周りのお約束と関係法令を理解していれば問題無い訳だ。
「はい、じゃあ問題。ダンジョンの受付での業務中、スマホを忘れた探索者が来ました。どう対応する?」
「カードの方の探索者証の確認をします」
「あ、財布も忘れたんだよねーとか言い出したら?」
「追い出します、探索者証無き者は何者であっても立ち入り禁止っスから」
「そうだな。じゃあ『自分は探索者協会の者だ、訳あって身分証を提示する事は出来ない。入場目的も極秘なので教えられない。入場させて欲しい』と言われたら?」
「名前と所属を聞いて探索者協会にホットラインで確認する間、相方に見張ってもらうしかないっスよね。嘘だったとしたら上のモンを騙って入ろうとする不届き者、本当だったら協会の連絡不備、どっちにしたって大問題では?」
「正解。何だ、ちゃんと勉強してるじゃないか」
「とーぜんっスよ、もらった機会はきちんと活かさないと次がないッスからね……と言うかコレ、普通の施設警備でもやる事同じじゃないっスか」
「確かになぁ……」
会場の入り口で教科書と一緒に貰った問題集だが、ダンジョン内のモンスターとの戦い方は5ページ程しか記載が無く、大体はダンジョン関連の法令や規則、それに付随するトラブル事例や対応策がほとんどだ。
警備員は入社時に受ける新任教育、一年に一度業務に関連した事柄を再確認する現任教育の二種類を受ける事が法律によって定められているが、そこで習うものと大差のない内容ばかりが書かれているのだ。
定年間際のおじいちゃんや、よっぽど頭が残念な奴でもなければそうそう忘れる物でもない。
こう言う生存に必要な情報をオミットしていく所から既に「お前らは何も考えず最終ラインの生きる防壁となれ」という無言の圧を感じざるを得ない。
知悉度試験への対策をそこそこに終えた俺は、集中力が切れた月ヶ瀬をほったらかし、トイレに立ったり外の空気を吸いに行ったりして手持ち無沙汰な昼休憩を過ごした。
§ § §
さて、知悉度試験である。
試験時間は30分。1問5点、合計20問、最大で100点。設問に対する解答欄は5つまでのマークシート選択式だ。
内容はダンジョンの基礎知識から4問、関係法令から6問、非常時の対応が7問、モンスターとの戦闘に関する武器の取り扱いから3問だ。
俺は……多分問題無いと思う。ガキの頃からこの手の暗記問題は得意だった。
隣の月ヶ瀬は俺より早く問題を終わらせて机に突っ伏している。めんどくさそうにしてはいたが、悔しい事にこいつの地頭は非常に良いのだ。
後ろの方からは寝息なのか唸り声なのか判別の付かない声が聞こえる。これは、多分……田島さんだろうか。だったら前者だろうな、昼休憩も眠っていた事だし。
会場をチラッと見渡してみたが、大丈夫そうな奴が2割、頑張ってるのが3割、難しそうなのが3割、絶望的なのが1割、ハナから諦めてるのが1割と言った所か。マークシートなんだから、そう簡単に諦めずにヤマカンで答えてもよかろうに。
試験終了の合図の後解答用紙が回収され、採点の時間も兼ねた長めの休憩が申し渡された。
俺と月ヶ瀬は試験の解答を再確認しつつのんびりと過ごしていたが、やがて試験官のじいさまが講堂正面のホワイトボードに合格者の氏名を会社ごとに分けて張り出していく。
そこかしこから安堵の溜息や落胆の声が上がり、会場にどよめきが広がった。熱気もフレッシュさも感じられないのは致し方のない事だと思う。高校受験とは違うんだ。
うちの会社の欄には六名分の名前が書かれていた。目を凝らして見ると……あったあった、俺の名前はちゃんとあった。
ともあれ、俺は《迷宮新法第十七条に係る丁種探索者許可》……丁種探索者の資格試験に合格した。
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