第4話
広島でも十指に入る我が《栄光警備株式会社》、その
資格マニアにして警備バカ、警備の技術は弊社一だが致命的なまでの話題のなさと生来のコミュ障が災いして一緒に組みたがる同僚は皆無、人呼んで《職人超人》・嶋原!
うちで週6、よそでのバイトで週3とアホほど働いてるのに「もっと勤務を増やしてくれ」と懇願し事務方を困惑させる男……36協定は一体どこいった、《時空の魔導士》の北川!
誘導で使う紅白旗や誘導灯をまるで踊るような独特な動きで操り、お褒めの言葉よりも「車をどこに誘導するつもりなのか分からない」とのクレームの方が断然多い《ダンサー》・東山!
見た目も良く勤務態度もまとも、なのに思考回路はサイコパスめいている残念通り越してダメ人間、俺以外への人当たりが塩対応過ぎてコケティッシュな魅力が台無しな《触れちゃダメなやべーやつ》月ヶ瀬!
過酷な現場ばかり振られ体力・精神力共に常にミリ残し、頬は病的に痩け、目は落ち窪みギラギラと輝き、ティッシュが如く風で飛ばされそうな軽い存在感の《こけティッシュ》・田島!
そして特徴のないアラフォーの俺! 以上だ!
……などと冗談は置いといて、弊社の合格者は10名中6名だ。残り4名はお見送りとなる。
しかし不合格組入りしてしまった若手の越智君は受講態度も良かったし、満点を取ったと確信していたにもかかわらずの不合格。点数以外にも評価の基準があったりするんだろうか?
丁種探索者講習は四半期ごとに開催されているようなので、諦めずにチャレンジして欲しい。でないと我々に皺寄せが来すぎるからな……人が足りな過ぎて。
ま、それはそれとして——
「いやあ、死ぬかと思った……まだケツがヒリヒリしやがる」
俺は一人、この研修所の地下2階に広がるダンジョンを早足で進んでいた。ほかの合格者はとっくに降りている。
俺は昼飯が悪かったのか、それとも三月の冷え込みが腹にダイレクトヒットしたのか、腹を下してしまった。
休憩の時は何もなく、これからステータスを付与する会場に向かいますよと言うタイミングでのサプライズアタックだったので、道順だけ聞いてトイレで所用を足していたのだ。
事前に「ここのダンジョンは魔物は出ないから心配しないように」と講師が説明していた通り、幅5m程の石造りの道には俺以外何もない。
せいぜい雑に設置されたLEDライトと「ステータス付与会場はこの先左」と書かれた看板くらいなもんだ。……おっと、ここを左か。
探索者として活動する者は、ダンジョン内で活動するための能力が必要になる。
その者の潜在的な才能を顕在化させた適性系統、いわゆる《ジョブ》。その適性系統に対応した《武器種》と《スキル》。そして、それらの特殊能力を確認するための《ステータス》だ。
かつてダンジョン黎明期に初めてステータスが発見された時、それは体力と魔力とジョブ、それから各種身体能力が書かれているだけのシンプルな物だったそうだ。
スキルも無く、ジョブによって多少の魔術の行使が可能になる程度だったらしい。例えるならめっちゃ有名なRPGの1作目みたいな感じだろうか。最後の幻想じゃない方だ。そうそう、竜の方。一人旅の奴。
魔力や魔物と言ったこの世ならざる存在を取り込んだ科学技術はさらに発展を遂げ、ついには異形の世界に片足を突っ込むパスポートたる《ステータス》にも手を加える事が可能になった。
しかし、どれだけ技術が発達してもステータスの付与はダンジョンでしか行えない。魔物からの妨害を受けずにしっかりとステータスの付与が出来るダンジョンは限られている。
ここ、広島の研修所ダンジョンはその限られた中でも飛び抜けて特別な「魔物が全く出ないダンジョン」となっている。
世界的に見ても魔物が出ないダンジョンは珍しく、ここ以外にはベルギーとトルコと……あといくつかしかなかったはずだ。
こういう場所は大体ダンジョン関連の研究所かステータス付与の為のダンジョンとして用いられている。魔物が出ないからこそ安全性が求められる作業にうってつけと言う事だろう。
……ここは右に曲がるんだな。違う道は単管バリケードで塞いでおけばいいのに。他の道にはどっかの企業の研究施設でもあるんだろうか。
ダンジョンには魔物が出る。魔物を倒すと何かしら遺留品を残す。これをドロップと言う。法律の定義では遺留品となっているが、ゲーマーの探索者内でのスラングが通称となった形だ。
稀に発見される宝箱等やダンジョンの維持に使われていると思われる最深部のダンジョンコアと言ったイレギュラーを除けば、ダンジョンで何かを得る方法は魔物のドロップのみだ。
なのでこの「魔物の出ないダンジョン」には何もドロップしない。魔物がいないからだ。なのでここには人工的な設置物しか存在しない。……はずなのだが。
「何だアレ……?」
石造りの廊下、その隅にキラリと光る何かが落ちていた。
大きさ的には五百円玉より少し大きいくらいだろうか。クヌギのドングリに似ている、ずんぐりむっくりとした丸めの木の実だった。
しかしカラーリングが異様だ。全体的に黄金色の金属光沢を帯びているが、光の当たり方によってはオパールのように虹色の遊色効果が生じている。拾ってみるとほのかに温かく、じんわりと何かが伝わって来るような気がする。
魔物は出ないとは言えここはダンジョン、変な物に手を出すべきではない。アイテムかと思ったら実はモンスターでしたというパターンもあると聞く。
それに俺より先にこの道を数十人は通っているはずだが、この謎ドングリに誰も気付かなかったのは不自然だ。何故皆この摩訶不思議なアイテムをスルーした? それとも俺が通るまでの間にスポーンしたのか?
考えれば考えるほど怪しい。しかし……説明するのが難しいが、後々こいつが何かの役に立つような、ここで拾わずにいたらいつか後悔しそうな予感がしている。
「もしかしたら何かダンジョン関連の試作品かも知れんしなぁ……後で誰かに渡しとくか」
どちらにしてもここは探索者協会所有の施設であり、このドングリは施設内での拾得物である。遺失物法に則れば施設の占有者……つまり探索者協会に届け出るべきである。
俺は不思議なドングリをズボンの尻ポケットに突っ込むと、ステータス付与会場に少し駆け足で向かう事にした。
おい、今度は左か。ダンジョン内でステータスを付与出来るんなら、もう少し手前に会場を設けてくれないか? 紛らわしくてしょうがないぞ。
§ § §
さて、ステータス付与会場に到着だ。
学校の教室くらいの広さの玄室のど真ん中には、健康診断で胃のレントゲンを撮る時に載せられる台に似た機械が鎮座していた。
その横に大きさとしてはロッカー2分くらいのサーバー然としたコンピュータが設置されている。そこから手首ほどの太さの青いケーブルが伸びており、まるでメタルヒーローが装着しそうなヘルメット型のヘッドギアに刺さっている。
専門の係員が2人掛かりで作業していて、片方はコンピュータの操作、もう片方はヘッドギアをアルコールで消毒している所だった。あの装置でステータスを付与するんだろうなというのは容易に想像が付く。
「ステータスオープン」と声に出すだけだった頃の探索者には、とても物々しい儀式に見える事だろう。
どうやら付与は所属会社順で進めているらしく、俺が遅くなる事を見越してか、我らが栄光警備は中盤に回されているようだ。
こそっと弊社の列の最後尾に並ぶと、俺の前に居た月ヶ瀬が「遅いっスよ」と小冊子を渡してきた。
「何だコレ?」
「先輩のジョブの説明と最初にもらえる追加スキルの一覧っスよ。それ先輩用の奴ですよ」
「ふーん、もしかして人によって違うのか?」
「そうみたいっスよ。あ、先輩はナイトで、追加スキルは二つもらえるらしいっス」
「さいですか……って、まさか中身見たのか!? 個人情報だろうが、勝手に盗み読みするんじゃない!」
「別にいいじゃないっスか、減るもんじゃなし……何なら私の見ます? 先輩になら見せてもいいっスよ? 女の子の秘密、知りたくないっスか?」
「だから言い方に気をつけろっての、どこでセクハラになるか分かったモンじゃないんだから。全く……それで? お前のジョブは何で、スキルはいくつ貰えるんだ?」
「へへへ、あたしのジョブは魔剣士で、追加スキルは三ついけるらしいんスよねー。朝イチで採血したじゃないですか、アレで許容量とか相性のいいスキルとか調べてたみたいっスよ」
声からして自慢げな月ヶ瀬の返答に生返事を返し、俺は冊子に視線を落とした。
お薬手帳サイズの小冊子には表題である「適性診断結果・追加スキル一覧」の文字と俺の名前が印刷されていた。
照明の灯りで照らしながら、ぺらりぺらりとページをめくって中身を確かめていく。
内容は俺の血液を検査した結果から導き出されたジョブと武器種の予測と追加スキルの推定キャパシティ、それからジョブとの相性の良い追加スキルとオススメスキルの紹介といった所だ。
どうやら俺の武器種は片手剣と盾、ジョブは……ナイトか。ソードマンの方じゃないんだな。
片手剣と盾のジョブは現在判明しているのは二つ、ナイトとソードマンだ。それぞれ重きを置いているスタイルが違う。
ナイトは味方や自分を守るために立ち回る防御型、ソードマンはとにかく攻撃するために立ち回る攻撃型……らしい。
ジョブや武器種は個人個人の性質に合った物が選ばれやすい。警備員を長年やってる人間ほど守りに特化した片手剣と盾に適性を見出されやすい傾向にある。
俺も警備員に身を投じてもうすぐ20年、しっかり毒され……いや、影響を受けているというう事だろう。
「追加スキルは……よく分からんな、名前から想像が付かん……」
冊子をめくっても、大体のスキルは「追加スキル#001」といった具合の表記になっているので、名前を見て効果を類推する事が出来ない。
下手に名前が付いてると、名前の印象ばかりが頭に残ってしまって運用を間違える事があるかららしいが、多分面倒臭くなったクチだろうと思う。
「そうなんスよねー、あたしも効果だけ読んでそれっぽいの決めましたよ。先輩の一覧にもないですか? #051ってスキル」
「#051……ああ、これか」
俺が冊子を読み進めると、月ヶ瀬が言及したスキルが載っていた。ジョブや武器種に依存しない「その他」欄だ。
追加スキル#051……魔力を有する物品をカードに変化させ、またカード化した物を元に戻すスキルだ。このスキルは割と有名で、一般的には《カード化》と言う通称で呼ばれている。
ダンジョンのドロップは基本的に魔力を有している。嵩張りがちな戦利品をカードに変える事で、持ち運びを便利にしようという魂胆である。カードに変えてしまえば時間の経過が止まるのも有用だ。
ダンジョン外の物品に魔力は含まれていないが、一部を魔力を有する部品に変えたりすると効果の範囲内となる。
例えばテントの骨組みを一本だけダンジョン産の魔鉄製に変更するだけでカードに変化させる事が可能だ。
ダンジョン産の物品は往々にして大きい。ファンタジー作品にありがちなアイテムボックスの存在が確認されていないこの世界において、ロジスティクスは喫緊の課題だった。
診察券サイズのカードとて、数が集まれば結構な量になる。荷物の煩雑さから完全に解放される訳ではないが、それでも大分緩和されたと言っていい。
「うーん、これとそうだな……#021にしとこうかな」
「#021……? それ、こっちの本には載ってないっスね。どんな効果っスか?」
「えーとな……武器を装備していない時に限り武器種に依らず攻撃が魔物に通る奴だな」
追加スキル#021。月ヶ瀬にざっくり説明した通り、武器種に依らず攻撃が魔物に通る。但し、素手に限る。
ダンジョンに入る際、必ず装備品のチェックは行う。だが、いつでも武器を使える状況で戦えるとは限らない。
剣がポッキリ折れたり、盾が吹っ飛ばされたりしたら、魔物に対して攻撃が通らなくなり戦えなくなってしまう。逃走出来ればいいが、そうでなければオダブツだ。
いかにステータスで基礎体力が底上げされているとは言え、武器を扱うジョブの人間は素手だと魔物に攻撃が通らない。モンクやマーシャルアーティストの扱う拳が武器種として存在しているからだ。
武器の使えないピンチの時、このスキルがあれば拳や蹴りでの打開が可能になる。……とは言え結局は緊急避難、ピンチの時には逃げるに限るが、念の為だ。
「えー? もっといい奴ないんスか? なーんかパッとしない気が……」
「こういうので良いんだよ、どうせ丁種のダンジョン警備員なんざ浅い階層の巡回が関の山だろ? 起こりうるトラブルを想定したら、これがベストな選択だと思うぞ」
さらに何か言い返そうとしていた月ヶ瀬だったが、係員に名前を呼ばれたので渋々ながら前方の機械の方へと駆けて行った。
そう言えば、冊子ばかりに目が行っていたのでステータス付与の様子を見ていなかった。俺は月ヶ瀬の様子をしげしげと観察してみた。
台に背中を預けるように乗り、係員に冊子を開いて欲しい追加スキルを申告して、ヘッドギアを被る。本人がやる事はそれだけだ。
それと同時に係員がホットケーキミックスの箱くらいの大きさのカートリッジを持って来て、機械に差し込む。……え、何だアレ、昔あったディスクのゲームの書き換えマシーンみたいだ。やってみたいなあ、あの役。
最後にコンピュータを操作したら空中にホログラフみたいなウィンドウが沢山浮かび、ステータス付与は終了……という流れだ。
戻って来た月ヶ瀬に聞いてみたが、若干の圧迫感や熱を感じたものの、別に痛いとか苦しいって事はないようだ。安心である。
「……はい、それでは次、高坂さーん? 高坂 渉さーん、前に来てくださーい」
そしてついに俺の番と相成った。台に乗り、欲しい追加スキルを伝え、ヘッドギアを被った。
ヘッドマウントディスプレイになっているなんて事も無なく、少し重たいヘルメットくらいの被り心地のヘッドギアの前方からも宙に浮かぶウィンドウが見える。
後はステータスがもらえるだけ……と思っていたが、どうにもおかしい。尻が熱いのだ。
まさかさっきトイレに行ったのに漏らしたか? とアホな事を考えたが、さにあらず。右の尻がとんでもなく熱い。具体的に言うと、ここに来るまでに拾ったドングリが熱を発している。
さらには周囲に浮かぶウィンドウにも変化が現れた。真っ赤なウィンドウがいくつも浮かび、それを監視していた係員がおろおろしている。
「な、何だこれ……!?」
「榊原さん、落ち着きましょう。まず高坂さんのユニットをシステムから離脱させて……」
「出来ません! こちらからの干渉を受け付けません! こうなったら、電源を強制的に落とすしか……」
「待ってください、そうなると高坂さんの安全が保証されません。どうにか異常を起こしているモジュールを停止させましょう」
「その操作が通らないんですよ! 今も勝手にデータが引き出されて……何だこれ……こんな挙動、俺は知らないぞ!?」
聞いてるこっちが冷や汗をかきそうな慌てっぷりに、俺もさすがに落ち着かなくなってきた。一体どうなってるのか気になる。
尻ポケットに入れていたどんぐりは、いつの間にかその存在を感じられなくなっていた。その代わりに体全体が熱くなってきた。更には強い痛みまで出て来た。
まるで焼けた砂を無理やり血管に通しているような感じだ。痛風は耐え難い痛みと言うが、これがそうだと言われても信じるくらいの痛みが俺の体を苛む。とうとう堪えきれずに声が漏れてしまう。
「痛い痛い痛い! 何だこれ待って痛い熱い!!」
「高坂さん!? 痛みが出てるんですか!? 榊原さん、マズい! フェイルセーフを!」
「やってる! でも止まらないんだ! 物理的に電源を落とすしかない! ブレーカーはどこだ!」
「あがアアアアアアアアア!! アアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
頭を振ったり体を動かして苦痛から逃れようとするが、ダメだった。やがて苦しみに耐えきれなくなった俺は、意識を手放してしまった。
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