第5話
俺の意識は、宇宙を飛んでいた。いや、もしかしたらそう言う夢なのかも知れない。
頭はどうにか動かせるが体は動かせず、暑くもなければ寒くもない。星々の煌めきにも似た小さな光の粒が視界いっぱいに広がっている。
先程まで俺はステータス付与の会場にいたはずだ。俺の番が来て、ステータスが付与されるってタイミングで尻ポケットに入れたどんぐりが熱くなって、とんでもない痛みと熱さが全身に走って……それから、どうなった?
(もしかして俺、死んだんだろうか)
昨今は、死んだら神様によって異世界に転生させられる物語が流行っている。ネット小説もそうだし、漫画やアニメでもよく用いられている。
ましてや我々が暮らしているのもダンジョンなんて非現実的な物が現実に存在するような世界だ。案外、異世界転生と言うのもありえるのかも知れない。
もしこれが転生であれば、次の人生では幸運とかそういった特性を付けてもらいたい。これまではなんだかんだ不運な人生だったからな。
(……あれ、ちょっと待った……何か変だぞ?)
異世界の神か何かが出てくるのだとばかり思っていたが、様子がおかしい。
煌めく星々と思っていた光の粒が大きさを変えないまま凄まじい勢いで俺へと殺到している。何なら俺の体に衝突している。痛みや衝撃は無い。吸収しているのか?
遠近法を全く無視した光景が混乱に拍車をかけるが、状況は待ってくれない。
あれよあれよと言ううちに目の届く限りに広がっていた光は俺の体に吸い込まれ、全て無くなってしまった。
どこまでも広がる真っ暗闇に、ポンと音を立ててステータス表示にも似た半透明の板が現れた。
《アビリティがアクティベートされました》
《追加スキル051.sklをアビリティに組み込みます。以後【カード化】と呼称します》
《追加スキル021.sklをアビリティに組み込みます。以後【武器種制限解除】と呼称します》
《【原初の種子】との融合を確認、特殊アビリティ【全体化】を付与します》
《対象の魔力が不足しています。【全体化】への同調を段階に分けて行います。完全同調まで50時間かかります》
……なるほど、近頃の異世界転生ってこんな感じなのか。探索者関連の能力にチートを付与して異世界送りにするのか。いや、異世界転生に近頃もクソも無いとは思うが。
周囲の暗闇がだんだんと白くなっていくと共に、本能的にこの空間との別離が近づいている事を察する。
もしかしたらこれで現世のオッサンの体ともおさらばなのだろうか。願わくは、そう……貴族だな。貴族に転生したい。奴隷からの成り上がりとかじゃありませんように。
そんな益体もないことを願いつつ、俺の意識は光に飲み込まれた。
§ § §
まぶたを開くとまばらに穴の空いたような模様の天井が目に入った。保健室とか病院とか、オフィスビルなんかで使われる天井だ。
実はアレには名前がある。トラバーチン模様だ。以前内装屋と昼飯を食ってる時に聞いた事がある。吸音効果に優れた建材なんだそうな。
……つまりここは異世界ではない。残念ながら現代日本に逆戻り。貴族でもなければ赤ん坊でもない、くたびれたオッサンの帰還である。
しかしながらこのシチュエーション、一度言いたかった事がある。異世界でないにしても、せっかくの機会だ。言っとこう。
「……知らない天井だ」
「言うに事欠いて起きて第一声がそれっスか!」
聞き覚えのある声と共に濡れた布がべちょっと飛んできた。雑巾? ……いや、濡れタオルか。せめてもう少し絞っておいて欲しかった。顔が水でべちょべちょだ。
上半身を起こして過剰に濡れたタオルを顔から取り、辺りを見渡す。
俺が占拠しているベッドの他にもう一台ベッドがあり、病院にありそうなカーテンのパーテーションで仕切られている。
応急手当程度の薬品が入ってそうなガラス棚なんかもあり、簡易的ながらここが救護所である事が窺える。
膨れっ面で手を腰に当て、いかにも「私怒ってます」といった表情の月ヶ瀬以外には誰もいない。
「月ヶ瀬? ……ここはどこだ?」
「探索者研修センターの救護室っスよ、先輩絶叫して意識飛んじゃったから数人がかりでここまで運んだんスよ。状況が状況だから、下手に病院に搬送する訳にもいかなかったみたいで……」
「ああ、なるほど……てことはマジであん時気を失ってたんだ……あれ? 今何時だ?」
「今は十九時っスよ、講習受けに来た人もお偉いさんもみーんな帰っちゃったっスよ。今はもう一部の職員さんと常駐の警備員しかいないっス」
慌ててスマホを見ると、時刻は確かに午後七時を少し過ぎた所だ。メッセージアプリに数件のメッセージの着信と電話番号への鬼電が通知欄に残っている。会社の管制業務担当と春川常務からの着信がほとんどだ。
多分明日の勤務についてだとは思うが……何だか怖くて開く気がしない。後で見よう。
「そんでお前は何で残ってんの? 会社で集合して来たんだからみんなと帰らなかったのか? アシが無いだろ、どうやって帰んの? こんなド僻地から」
「ほったらかして帰るのも心配だから、あたしが看病するって事で残ったんスよ。どうせ会社に荷物置いてるでもなし……探索者協会の職員さんが車で中区まで送ってってくれる話になってるんで、それで帰るつもりっスよ。先輩こそどうするんスか、バイクでしょ? 乗って帰れるんスか?」
月ヶ瀬の心配はごもっともだ。いきなり悲鳴を上げてぶっ倒れたともあれば体の異常を疑われても仕方ない。
試しに起き上がってみるが、三半規管に異常は無さそうだ。それどころか、今までに無いくらい体に活力がみなぎっている。これがステータスの恩恵か?
「いや、多分大丈夫だ。バイクで帰るよ。心配してくれてありがとうな」
「んー、まぁ本人が大丈夫だって言うなら大丈夫でしょうけど……途中でもこりゃダメだと思ったら適当にバイク置いてタクシー呼んで帰るんスよ? じゃ、あたし職員さんに先輩が起きた事伝えてくるんで、そこの机に置いてる荷物まとめてて下さい」
月ヶ瀬は出口に向かってぱたぱたと駆けていき……途中ではたと立ち止まり、こっちに振り返る。
「伝言忘れてました。今回の件は探索者協会の不手際にも原因の一端があるので、病院で検査するなら探索者協会宛てで領収書を貰うようにってのが一つ。それと諸注意事項の説明が出来てなかったので、明日以降の営業時間中に探索者協会に電話して欲しいとの事っス。あと春川常務から明日は大事を取って寝てろ、夕方に明後日の予定を連絡するとの事っス」
「ああ、分かった」
言う事を言い終わると、今度こそ月ヶ瀬は出て行った。
ベッドを降りて机の上に並べられた資料の類を鞄に入れている最中、ふと気になって尻に手を当てた。
あの不思議などんぐりは無くなっていた。熱くなった時に焼けたか融けたか何かしたのか、運ばれている間に落ちたのか、はたまた回収されたのか。
……夢の中のウィンドウにあったように、俺と「融合」してしまった、なんて可能性もあるのか。
あのウィンドウには原初の種子と記載があったが、謎どんぐりがそれだとしたら何だかとんでもなく面倒な事になりそうだ。
そもそもアビリティって何だ、スキルじゃないのか? 講習にも教科書にも出てこなかった要素だ。一般的でない物が俺に組み込まれたのであれば、下手にバレたらマズいだろう。
ステータスシステムの改良までに多くの尊い犠牲があったとも聞く。俺もその一人になるかもと考えるとぞっとしない話だ。
「……片付けて帰るか」
ありがたい事に明日は休み、考えたり調べたりする時間は沢山ある。まずは家に帰るとしよう。
俺は止めていた手を動かし、残りの資料を鞄に突っ込んだ。
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