第6話

 俺は栄光警備が一棟まるまる借り切っている会社近くのマンションに住んでいる。角部屋の207号室だ。風呂トイレ別に台所付きのワンルームマンション、家賃も光熱費別で二万円と安めである。

 実家は広島市内にあるのだが、あまり親に甘えてばかりもいられないので、栄光警備に入社した際に一人暮らしを決意した。

 そんな小さいながらも住めば都な我が家に帰って来たのは二十時半過ぎだった。



 家に帰り着いてからは疲れがどっと出て、晩飯を食ったり風呂に入る余裕もなく、敷きっぱなしの布団で寝てしまった。

 起きた時には既に昼を回っており、ブランチと言うには遅すぎる、昼食名義の朝食を摂った。

 探索者協会に連絡を入れて注意事項について聞こうとしたら、いの一番に体調の良し悪しを聞かれた。

 安全なはずのステータス付与で事故発生となると相当な失態になるらしく、広島支部では俺は噂の的になっていたようだ。

 ……そういやぶっ倒れたんだから午前中にでも病院に行っとけば良かった。

 とは言え、疲労感が抜けていないせいで起きられなかったんだからしょうがない。電話が終わったら近所にあるやや大きめの病院に行くとしよう。



 気を取り直して注意事項を確認したが、大した事ではなかった。

 カードタイプの探索者証と、スマホやPCで使える探索者用アプリ「シーカーズ」の登録用IDは会社に預けてあるとの事だった。

 シーカーズは探索者証の登録や行動記録だけでなく、ダンジョンのマップの表示や採集された資源のネットオークション、有名どころのSNSや動画サイトへの紐付けなんかも可能なとても便利なシロモノだそうな。

 ダンジョン関連のネタはネット界隈でも鉄板らしく、探索者はせっせとフォロワーや再生数を稼いでいる。

 ……まあ、俺たちは丁種探索者だから機能に利用制限がかかる。探索者協会からの委託業務以外でのダンジョン入場は基本的に禁止されているし、シーカーズ経由で丁種以外の探索者に連絡も取れないし、守秘義務の関係で動画の投稿も出来ない。

 しかしこのアプリがダンジョンへのパスポートとなるのは紛れもない事実なので、早めに探索者としての登録が必要になる。

 ……せっかく休みなのに会社に行かないといけないのか。面倒だ。



 後はダンジョン関連の仕事の時に気をつける事だとか、情報の取り扱いはきちんとするようにだとか、丁種の権限を超える活動は厳に慎むようにだとか、そんな所だ。

 正直言うと月ヶ瀬や会社に言付けるとかでも良かったんじゃないかと思える内容だったが、協会としてはそうもいかないらしく、きちんと伝えましたよって事が重要なんだそうな。

 最後に病院で検査してもらうようにと告げられ、探索者協会との電話は終わった。



 § § §



 会社でシーカーズのIDと仮パスワードを受け取った後、近場の病院に向かった。

 診察を待つ間、シーカーズの本登録を済ませてからステータスの確認を行った。

 ステータスの確認自体は何とも簡単、「ステータスオープン」と唱えればいい。それだけで半透明のウィンドウが中空に浮かぶ。

 しかもこのステータスウィンドウは自分にしか見えない。シーカーズとの連動も可能だが、基本的には任意である。特に丁種持ちは特定の団体に所属出来ないので連動させる意味がない。

 そして俺のステータスだが……ちょっと表示させてみよう。人に聞かれると面倒な人に絡まれる事もあるので、小さな声で「ステータスオープン」と唱える。

 すると……よし、出た。こんな感じだ。



──────────────────

Advanced Status Activate System Ver. 5.06J


◆個人識別情報


名前:高坂 渉 性別:男性 年齢:39

所属:日本迷宮探索者協会 広島支部(丁種)

ジョブ:ナイトLv.1 武器種:片手剣・盾


◆基礎能力


筋力:F 体力:F 魔力:F 魔技:F

敏捷:F 器用:F 特殊:F 


◆ジョブスキル


《エンデュランス・ペイン:パッシブ》

 自分に対する物理攻撃の被害を軽減する


《シールド・バッシュ:アクション》

 敵一体に対する盾攻撃

 副次効果:ノックバック(弱)

 クールタイム:15秒


《スタン・コンカッション:アクション》

 敵一体に対する武器による峰打ち

 副次効果:手加減攻撃(任意)・スタン(弱)

 クールタイム:30秒


◆追加スキル


 Null


◆アビリティ


【カード化:アクション・パッシブ】

 望む物品をカードに変化させる

 倒した魔物のドロップ品を自動的にカード化する


【武器種制限解除:パッシブ】

 指定されていない武器種が装備可能になる

 発動条件に武器種が指定されているスキル、

 およびアビリティの制限が解除される


【全体化(特殊):エンチャント】(未同調)

 対象を拡大出来る


──────────────────



 シーカーズへのステータス同期が任意である事に救われたのは、この内容のせいだ。

 ステータスを開示している探索者を適当に調べてみたが、追加スキルが空っぽの奴はいない。当然ながらアビリティなんて欄も無い。

 一応ネットで「探索者 ステータス アビリティ」とか「ステータス 全体化」とかで検索してみたがヒットする物は全く無かった。

 サジェスト的にゲームのステータスが出てくるのが関の山だ。どうしてそこで出てくるメカグッピー、月ヶ瀬がジャブジャブ課金しているゲームに興味は無い。



 シーカーズに俺の情報が登録されたとして、エラーが出るとマズい。ステータス付与でぶっ倒れている時点で前代未聞なのに、これ以上人目を引くような真似は控えたい。

 普通に通ってしまってもダメだ。世間に認知されていない特殊能力を持ってる事がバレて、明らかに変な奴がいると認識されてしまう。

 ダマで通せるならそれでいい。神空にしろしめし、世はなべて事もなし。それで行こうじゃないか。



 診察までの間に方針を決めた俺は、のんびりとネット小説を読み漁る事にした。

 ちなみに検査の結果は大変良好、異常の類は見当たらないと太鼓判を押された。ネット小説は百話分くらい読み進める事が出来た。

 


 § § §



「で、病院行ったんスか?」


「ああ。特に異常は無いってさ」


「それは良かったっス、せっかくのダンジョン初仕事だから先輩とやりたかったっスからね。シーカーズの登録は出来たんスよね? 使いこなせそうっスか?」


「どうにかな。正直よく分からん……SNSとの連携っつっても、そもそも動画は見る専だし、企業の公式アカウントをフォローしてるくらいだからな……懸賞目的で」


「まあ、無理にやんなくてもいいんじゃないっスか? あたしも鍵垢を日記に使ってるくらいっスから……入退場の処理が出来ればそれでいいっスよ、多分」



 翌日、俺は月ヶ瀬と一緒に中広ダンジョンに来た。もちろん業務のためだ。工事現場の朝礼でのKY活動風に言えば本日の栄光警備の作業員は二名、うち新規が二名って感じだ。



 安佐南区へ抜ける広島高速4号線、その東側の入り口である広島西大橋の橋脚にダンジョンへの扉が出現したのは7年前の初夏。

 都市高速を潰す判断はさすがに出来なかったのか、今でも普通に運用されている。が、ダンジョンの扉とその付近は封鎖され、今でも近隣住民や通行者にはかなりの不便を強いている。



 昔はダンジョンを取り巻く環境はもっと悪かった。妙な化け物が中に棲んでいるくらいしか情報が無かったからだ。

 こんな風に常設の交通規制を年単位で張ろうモンなら、近隣住民が嫌味を言いに来たり黒塗りの街宣車が邪魔をしに来ていたらしい。

 やがて中にいる化け物が一匹飛び出ただけでクマの遭遇よりも悲惨な死傷事件に発展する事実やダンジョンの発生の機序、ステゴロのヤクザ十数人が束になってもステータス持ちのおじいちゃん警備員一人にすら勝てない事が明らかになると、無駄に吹き上がる人間も少なくなった。

 各種市民団体やクレーマーとて、蹴り一発でボロ雑巾に出来る超人に向かって喧嘩を売る真似は出来ない。結果、このように平和極まりない暇な時間を享受出来るようになったと言う訳だ。



「にしても暇っスね、もっとガツガツ魔物殺してくモンだと思ってましたけど……こう、この扉からガオー! って」


「ここに魔物出てきたらそれこそインシデントだろ、どうせもうすぐ配置変更なんだから平和を甘受しとけ」


「先輩は次何でしたっけ? 討伐巡回?」


「らしいぞ。お前は受付だったよな?」


「そうなんスけど……一緒にやる三郷セキュリティの人たちの目がいやらしいんスよね……女を値踏みするみたいな……嫌だなぁ、ああいうの」


「しょうがないだろ、仕事なんだから……野郎は力仕事、女の子は花として飾る物。探索者もオッサンに対応してもらうより可愛い女の子に構ってもらった方が嬉しいだろうしな」


「か、かわっ……先輩そうやってあたしの事口説こうとしたってそうは行かないんスからね! それにセクハラっすよセクハラ! そういう性差で持ち場を決めるのは! 男女雇用機会均等法違反っスよ!」



 とたんに挙動不審になる月ヶ瀬をほっといて、俺は腕時計で時間を確認する。……あと10分程で持ち場が変わる頃合いだ。

 ダンジョン警備には三つのポジションがある。一つは探索者を対象にしたダンジョン内での受付業務。もう一つはダンジョン内で魔物を間引いて表に出ないようにする討伐巡回業務。

 そして最後の一つが、今の俺たちのように外側のダンジョンの扉……ダンジョンゲートの近くに立ち、無関係の人間をシャットアウトする立哨警備だ。

 傍から見ると暇に見えるだろうが、実はこれが一番めんどくさい。一般人の目があるからだ。

 ちょっとスマホをいじっていたり無駄な雑談に興じているとすぐさまクレームが入ったりする。何ならスマホで動画を撮られてSNSに晒される事だってある。世知辛い時代だ、これが一億総ジャーナリスト時代という奴か。

 


「……気をつけてくださいよ、先輩。ここゴブリンしか出ませんけど、それでも死傷事故が発生する程度には危ないんスからね」


「へいへい、今日も一日ゼロ災で行こう、ヨシ! ってな」



 そうして俺たちは、ダンジョンの内側から交代要員が来るまでのんびりと見張りに努めるのだった。

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