第13話

 アリオンモールでの一件の翌日、俺は栄光警備ビル三階にある休憩室に居た。昨日の事件を受けて、会社に顛末書を提出する必要があったからだ。

 俺の落ち度は二つ。勝手にスキルを使用した件と、カード化しているとは言えども届け出をしていない武器を準備し、並びにカード化を解いて実際に使用した件だ。



 どちらも緊急避難と正当防衛で結論付けられる話ではある。昨日臨場した警察官もその点は保障してくれた。

 だがそれは一歩間違えば資格取り消しになるシビアな綱渡りのような物だった。せっかく取った資格を年内に剥奪とは笑えない話だ。



 本来、ステータス持ちは監視されて然るべき立場だ。人間が持ち果せない類の超常なる力をホイホイと人前で発揮されては困る。それが一般人にとっての恐怖の対象になるからだ。

 しかし、今回の場合はそうも言っていられない状態だった。武器とスキルを行使して急迫不正の侵害を与えようとする輩を制圧するには、同じだけの力を行使して立ち向かう必要があった。



 我々丁種探索者……と言うよりもダンジョン警備員は権限が著しく制限されている。ダンジョン外での武器の取り扱いも、そのうちの一つだ。

 斉藤は丙種探索者だった。俺達とは違い、ダンジョン外でも武器を所持する権限を有している。

 毎回仕事をする前日までに都道府県公安委員会に武器防具の届け出を提出する義務のある丁種の警備員とは違うのだ。



 今回は「結果よければ全てよし」で片付いたが、リスクの極小化を業務の主体とする警備員がハイそうですねで終わらせてしまってはならない。

 何故こんな事になってしまったのか。他に取るべき手段は無かったか。再発防止の為に何をすればいいのか。

 自分自身に落ち度が全くない問題でもしっかりと自己総括を行い、他の警備員に他山の石としてもらうように記録を残す。安月給でもきちんと書類仕事をしないといけないのが警備員の辛い所だ。



 で……一時間前には書き終えた顛末書だが、まだ提出出来ていない。内容を確認をしてもらうはずの春川常務がまだ応接室から出てこないのだ。

 何でも、急に来客があったとか。俺が出社した時には既に入室済みだったので、かれこれ一時間半は喧々轟々の大論争を繰り広げている所なんだろう。



 実は応接室はこの休憩室の隣で、内容は聞き取れないが春川常務と女性が言い争うような声が漏れている。

 もしかして昨日の件でVoyageRの運営とかから突き上げでも食らってるのではないか? 春川常務、仕事関係ないのに最前列でライブ楽しんでたし。

 何なら警察来場の報告は完全に蛇足だった。アレのせいで俺は全体化の切り札を切る羽目になってしまった。今回の戦犯を敢えて挙げるとすれば、あの人だ。

 まあ、一体何を怒られているのかは知らんが、来訪者はどうか春川常務を血や油の一滴も出ないくらいに搾り尽くして欲しい。アレはちったぁ怒られた方がいいんだ。



 さて、今回は倒したのが魔物でなく人間、しかも殺している訳ではないので経験値が増えた訳ではない。当然ながらレベルも据え置き、ステータスに変動は無い。

 それならばこの暇な時間を有効活用しようと思い、月ヶ瀬が集めておいてくれたカード化した物品やスキルカードを確認しようと思った心算だ。

 警備用品を入れっぱなしにしている愛用のリュックからカードケースを二つ取り出して、そのうちの片方を開けて机の上に一枚ずつ置いていく。



 棍棒、棍棒、棍棒、棍棒……棍棒多くない? これはしばらく棍棒の在庫に困らなさそうだ。

 使う機会があまりないのが残念ではある。使うたびに顛末書を書かされる羽目になりそうだからな。

 シャカシャカパチパチと音を立てながら棍棒カードを置いていく。五十三枚も棍棒が続いた後、今度は魔石ゾーンに入った。

 今回の魔石は当然の事ながら、最低ランクの品質だ。ゴブリンの魔石なんてたかが知れている。が、最新機種のスマホの充電を十回分は満タンに出来るだけの魔力は蓄えられている。



 ダンジョンが出来て、一番喜んだのはエネルギー庁ではないかと言われている。今では魔石発電所が各県に最低一機は建設され、火力・原子力と同等のエネルギーを生産している。

 何も燃やさず、放射性廃棄物も出さない。公害の発生しないクリーンなエネルギーを世界で初めて達成したのがダンジョン産の魔石だと言うのだからこの上ない皮肉だ。



 拾った魔石は探索者協会に買い取ってもらうか、個人で保持するかの二択だ。個人的な直接売買は禁止されている訳では無いが、あまりいい顔はされない。

 探索者であれば、比較的安価で携帯型魔石発電機を買う事が出来る。これは等級によらず全探索者に許された権利だ。

 どういう原理かは分からないが、携帯型魔石発電機は差し込み口に挿入されたカード化状態の魔石から魔力を受け取り、発電を行うことが出来る。

 ドロップする魔物によって大きさや形がそれぞれ異なる魔石を工業規格に当てはめるのは難しかったようだが、追加スキル051の発見のお陰で規格の統一化とコンパクト化を同時に解決出来たと言う訳だ。



 ……そうそう、結局このカードケースに入っていた魔石は三十七枚程度だった。つまり百枚入るこのケースの内容物は棍棒と魔石だけだ。ゴミ入れって事か?

 もう片方のケースも八十枚は魔石カードで、合計すると百十七枚あった。……なるほど、病室で月ヶ瀬が最低でも百十七体はゴブリンを倒していたと判断したのはこれのおかげが。



 残りの十数枚はスキルカードだ。あまり出ないと聞いていたから一枚二枚くらいかと思っていたが、こんなに出る物なんだろうか?

 スキルカードは倒したモンスターの特殊な性質や行動に起因するスキルを習得する物だ。

 スキルカードによるスキルの取得は、ステータス取得時の追加スキル取得と勝手が違う。追加スキルは当人の生まれ持つ魔力回路に焼き付ける形で植え付ける。

 スキルカードによる取得は、当人の魔力回路を増幅させる形で追加させる。当然、後者よりも安全かつスムーズで、追加スキルで得られる同等のスキルより使い勝手が良い。



 例えば追加スキル051は、魔力の通った物品に触れなければカード化出来ないが、スキルカードによって得られる【カード化】は出現する際には既にカード化された状態でドロップする。

 ちなみにアビリティのカード化には全く制限が無い。魔力の通っていない物品までカードに出来る。

 これは明らかに異常なので、追加スキル051の体で使用している。



 元々、追加スキルはスキルカードのリバースエンジニアリングによる産物だ。

 ダンジョンの支配下にあるシステムを、人類が自らの尺度とテクノロジーで再現した物なので、本来の性能を引き出せていないのは仕方が無い。

 利用方法がやや限定的で使い勝手の悪い追加スキル。追加スキルよりマシなスキルカード。

 そしてそれらと比べて明らかに使い勝手が良いアビリティ。もしかしてアビリティとはスキルの本来あるべき形なのでは……?



 などと益体もない事を考えながらカードを確認していた。ゴブリンのスキルもまた、たかが知れている。

 凶暴化なんてどう見ても警備員が使うとマズいスキルだし、スマッシュ・ヒットは既に持っている。被った所でソシャゲのように限界突破する訳ではない。

 ほとんどが使い物にならないスキルばかりで辟易とする中、一枚だけ気になる物があった。



「何だこれ、テイミング……?」



 スマホで検索をかけてみると、確率性ではあるものの、魔物を手懐けて自らの配下とする事が出来るようだ。

 一部の魔物から得られるスキルのようではあるが、しかしながらドロップする魔物の記載が少なく、そしてほぼ例外なく魔物の大量発生の原因になる種だった。

 キラービー系やアント系のクイーン種やオーク系のジェネラル以上の階級を持つ種がそうだ。

 一説には大勢の集団を形成する魔物が、部下を統率する為に使われるフェロモン様物質をスキル化した物ではないかとされている。

 ゴブリンにも集団を率いる種がいるのか? と言うと、実はいる。キング種とリクルーター種だ。そのうちテイミングに関連するのはリクルーター種の方になる。



 ゴブリンキングも集団を率いるが、強い身体能力によって他の個体を無理矢理従わせているだけに過ぎない。言ってしまえば烏合の衆だ。

 問題なのはリクルーター種の方で、こちらはゴブリンを一つの集団たらしめる。組織立った行動をさせる事が出来るのだ。

 リクルーター種は発見事例が極端に少なく、発見される時は決まって大集団となる。キングと違って部下は集団戦に目覚めたゴブリンなので、不利になると頭であるリクルーターを逃す。

 そう言った理由もあり、なかなか討伐が難しいとされている。つまり特別レアい奴を引いたって事か。嬉しくとも何ともない。



 俺はスキルカードに魔力を通し、自らと一体化するようイメージする。すると程なく手元にあったカードは光の粒子となって俺に吸い込まれる。

 それを見届けたのち、軽い電子音と共に小さめのステータスウィンドウが中空に開いた。



──────────────────


【スキル習得】


 【テイミング】を取得しました。

 アビリティに統合します。


 【テイミング:アクション】


 任意の魔物一体を対象にする使役魔法(永続)

 成功率はレベル差依存で変動する

 カード化により好適な飼育環境に保管可能

 テイム後の魔物との簡易な意思疎通が可能

 使役数上限:なし クールタイム:5分


──────────────────



 無事テイミングを取得出来たようだ。アビリティに組み込まれてしまい、これもまた通常とは異なる点が出てしまった。

 本来、使役数上限は基本的にレベルの十分の一、端数切り上げとなる。十二であれば二匹、六十であれば六匹だ。上限なしはあり得ない。

 カード化による保管も初耳だ。テイムした魔物にカード化が通ったと言う話は見た事も聞いた事もない。

 好適な飼育環境とはどんな物か。庭付き一戸建てに餌が満載だったりするのか。それとも電気ネズミで有名なゲームの捕獲用ボールみたいな設定だろうか?

 人間をカード化できる訳ではないので、具体的な状況を確認出来ないのが残念だ。家賃や固定資産税の掛からない生活拠点とか極楽だろうに。人生は世知辛い。


 

「さて……やる事無くなっちゃったな」



 隣の応接室では未だに絶賛口論中だ。しかしこの女性の声、何となく聞き覚えがあるんだが……まあいいか。

 手持ち無沙汰になると途端に眠気が湧いてくる。昨日は何だかんだで徹夜だったからな。

 VoyageRに興味が出たモンで、昨日は一晩中スマホで動画を見たりしていたんだった。なかなかどうして、血生臭いダンジョン活動をうまい具合にエンタメに落とし込めていた。

 そう言えば、朝方ばったり出くわした月ヶ瀬が非難がましい視線をこちらに向けて来たが……もしかして隣にまでスマホの音が聞こえていたのだろうか? 悪い事をしてしまった。



「しゃーねぇ、寝るか……どうせ話が終わったら起こしに来るだろ」



 俺はカードを片付けて、休憩室の隅に置かれたマガジンラックから新聞を取り出して、備え付けのソファに寝転がる。

 新聞紙を開いて顔の上に乗せて遮光もバッチリ。目を閉じるだけでスイーッと眠れそうだ。

 事実、春川常務が起こしに来るまでの五時間程、俺はしっかりと仮眠を取る事が出来たのだった。

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