閑話2 月ヶ瀬美沙は横取りを許さない

【Side:月ヶ瀬 美沙】



「ですから! 彼をうちのパーティに派遣してください!」


「じゃけぇ、あかりんの頼みであってもそれは受けられんのですよ!」


「どうしてですか! 決して悪い条件ではないはずです!」


「条件の話じゃのうて法律の話になるけぇ受けられんのですよ! 警備業法と労働基準法に引っかかるけぇ!」



 この不毛なやり取りをどれだけ繰り返しているのか。めんどくさい事この上ない。

 ここは栄光警備ビルの三階にある応接室だ。居るのは弊社の重鎮である春川常務と、今一番ノリにノってるアイドルグループ「VoyageR」のリーダー、幸村灯里だ。

 本当は関与するつもりはなかったが、春川常務たっての希望とあたしのちょっとした野暮用のために不承不承臨席している。



 事の始まりは昨日、先輩が受け持った現場で発生した襲撃事件だ。厄介ドルヲタの暴走と一言で言ってしまえば身も蓋もないが、その内容がバチボコに悪い。

 こいつらが調子に乗ってライブ中にアイドルスキルである【アテンション】と【ファッシネイション】を乗せた歌声をアリオンモールに響かせたのだ。

 このスキルはどちらも声を聞いたものを対象とし、強く注目を引き、魅了する。結果、耐性のない一般人と職務を全うすべきアリオンセキュリティの警備員達が骨抜きにされた。

 あまりアイドルに興味を示さない事から耐性がないはずの先輩が魅了スキルに耐え切ったのは見事だと思うし、さすがあたしの愛する先輩だなあと感心する。しかし論点はそこじゃない。

 出禁の人間がわざわざ広島くんだりまで押しかけてると分かっているにも関わらず、貴重な人員をオシャカにするようなクソムーブを主催側が取るべきではない。そこは猛省すべきだと思う。



 で、先輩しか動けない状況になり、先輩は何らかの異変を発見し、覚えたてのカバーリング・ムーブでこのクソッタレアイドルを庇った。

 その手腕は鮮やかと言う他無い。いや、悪い事じゃない。さすが先輩ですだいしゅきです結婚しましょうマジで。

 しかし先輩はやり過ぎた、やり過ぎてしまったのだ。五号警備の初日どころかたった半日でレベルが十を超えてしまった超新星ルーキーどころかビギナーが、今度は初めての対人戦で完璧なタンクっぷりのご披露だ。

 こんなの、普通に考えてフィクションとしか思えない。漫画や小説として持ち込んだら「リアリティが無い」と突き返されるレベルだ。



 アイドル……と言うより、エンタメの視点で見れば先輩は磨けば光るダイアモンドの原石だ。既にチートっぷりが限界突破している。こいつが欲しがるのは当然だろう。

 しかし春川常務が諭す通り、あたし達は警備員だ。警備員には警備員の守るべき法律がある。



「あのガードマンさんの能力は他の探索者と比べても群を抜いています、その力はダンジョン探索で発揮されるべきです! お願いですから、うちのパーティに帯同させてください!」


「我々がダンジョンに入れるのは発注者が探索者協会の案件だけで、それ以外では迷宮新法違反になるけぇ駄目なんですよ!」


「では彼に丙種を受けさせてください! その上で派遣をお願いします!」


「うちは派遣会社ではなく警備会社なんで人材派遣が出来んのですよ! ボディガードの案件もうちは四号警備の認定が無いから受けられんのです!」


「じゃあどうしたら彼を長期で雇えるんですか!」


「じゃけぇ無理なんですって! うちも彼に行ってもらわんと回らん現場があるんですから!」



 これはひと昔前には結構見られた、警備業者とクライアントによる認識の不一致と根っこは同じだ。

 警備員は警備員だ。それ以上でも以下でもない。便利な小間使いでもなければ臨時の作業員でもない。都道府県公安委員会の認定を受けていない業務も従事できない。

 請負業務の指揮系統に組み込まれていない発注者が、警備員に警備以外の仕事をさせるのも警備業法と労働基準法に違反する。

 そしてダンジョン警備員とは何か? と言う問いについてもしっかり法律で線引きがされている。



 ダンジョン警備はその性質上「五号警備」と言う新しい枠組みで括られてはいるが、実際の業務は一号警備……つまり施設警備と変わらない。

 発注者は都道府県の探索者協会で、やることはゲートの管理と受付での出入管理と巡回、そして浅い層での魔物討伐。この条件から外れた依頼は五号警備に該当しない。

 丁種探索者と五号警備が強く関連付いている以上、そこに例外は発生しない。これは国の絡む案件であり、その実質的な業務の趣は公共事業と言うよりは公務員の公務のそれだ。



 なので自由にダンジョン探索をさせるとなると丙種以上の探索者の資格が必要だが、それはうちにメリットは無い。何故ならダンジョンの警備は丁種で十分だからだ。

 よしんば丙種を受けさせたとして、弊社のメリットはVoyageRの運営から貰える高めのフィーだけだ。デメリットは人手不足に拍車がかかる事。

 今の時代、人材は強く望んでもホイホイ手に入る物ではない。特に顧客とのトラブルを起こさず、仕事のノウハウも確立している十数年選手なんて金の草鞋を履いても探せない優良物件だ。


 

 このメスブタ……もといクソアイドルは先輩を手に入れたい。春川常務は先輩を手放したくない。あたしは先輩とラブラブになりたい。

 あたしはだんまりを決め込んでいるのでアレだが、こいつと春川常務の思惑が完全にコンフリクトしている現状において、話が堂々巡りになるのは当然の帰結と言える。



 しかしこの人事交渉、本当にいつまで続くのだろうか。正直言って、今のあたしは機嫌が悪い。

 先輩が昨日一晩中、このメスブタの動画を見ていたからだ。あたしが隣に越して来たと言うのにだ。

 スマホの音量は控えめにしていたようだが、こちらは検索履歴や通信内容まで全部お見通しだ。

 しかもよりにもよってこいつらの水着シーンの切り抜き動画まで見てるのは浮気じゃないんスか先輩!? あたしも水着になったらいいんスか!?

 あたしの方が先に好きになったのになんでこんなぽっと出のメスに大事な先輩を取られないといけないんスかこちとら中学生の頃から好きだったんスよ何横から出てきて先輩のハートを掻っ攫おうとしてるんスかこの泥棒猫!



「……こりゃあ平行線ですんで、ちょっと一旦席外します。……月ヶ瀬さん、ごめんけどあかりんの相手したげて」



 あたしが脳内で黒いオーラを漂わせていると、不毛なラリーに疲れ果てた春川常務が応接室を退出した。お気の毒な事に、十歳は老け込んだように見える。

 コーヒーを飲みに行ったか一服入れに行ったか知らないが、春川常務が遠のいたのを確認して、あたしは口を開いた。ここからはあたしの野暮用の時間だ。



「そんで……一体何が目的なんですか? 幸村……いえ、雪ヶ原あかりさん。最近のスパイはアイドルと兼業する方針になったんですか?」



 あたしの問いかけに動揺した素振りが一切ないのは雪ヶ原の怖い所だ。メンタルの揺さぶりが通用しない。さすがは間諜でのし上がった家の子だ。

 このメスブタ……雪ヶ原あかりはあたしと同じ、この国の裏で生きる家系の末裔だ。あたし達月ヶ瀬が殺し、そして雪ヶ原は諜報活動。それぞれ得意分野が違う。

 最近は裏稼業として出動するケースも少なくなったので、あたしはこうして月ヶ瀬を名乗っているが、こいつは芸名を名乗っている。それが草の者としての名残なのか、それとも何か意味があっての事かは不明だ。



「それはこちらのセリフですよ、月ヶ瀬さん。殺しの月ヶ瀬がお天道さんの下で守りの仕事をしていると聞いた時には何の冗談かと思いましたが、本当だったんですね」


「家業にそぐわないお転婆っぷりはお互い様ですよ。で、実際何しに来たんですか?」


「先程から申し上げています通り、高坂さんをパーティに帯同して頂きたいだけですよ」


「雪ヶ原としてですか? それならうちの方が先なんで諦めて欲しい所なんですけど」



 あ、言い方間違えた。雪ヶ原としてとかまるでうちの母上みたいな言い方になってしまった。あたしまだ二十三歳なのに。



「いいえ、この件に雪ヶ原は関係ありません。あくまで幸村灯里として、そして私とVoyageRの為です」


「それなら尚の事無理ですよ。うちの春川がお伝えした以上の事は出来ません。せいぜいイベントの雑踏警備がいいとこですよ」


「むう……そうやって独り占めしようとするのは良くないと思いますよ?」


「独り占めって……これは個人的な感情の話ではなく、法律の——」


「栄光警備さんとしての立場ではそうでしょうね。でもあなたは違いますよね、月ヶ瀬美沙さん?」



 雪ヶ原の視線が変わった。ここに来て何の感情も感じられない冷たい視線を向けてくるのは、何か意味でもあるのだろうか。



「四年前に入社して以来、高坂さん以外の従業員には塩対応。同じ現場に入れるように画策し、同じ丁種探索者を受けたかと思えば隣の社宅にお引越し……市民病院では高坂さんが動けないのを良い事に、実に甲斐甲斐しく看病をなさったそうですね?」


「……何が言いたいんです?」


「雪ヶ原の真似事までされている割には、彼女面が出来るようになるまでの道のりはまだまだ大分遠いようですね。お付き合いされている訳でもないのに、過干渉ではありませんか?」



 雪ヶ原の真似事とは、先輩のスマホをハッキングした事だろう。母上にバレるくらいだ、こいつにバレない道理がない。

 しかしこのメスブタ、痛い所をグサグサ刺してくる。先輩の彼女でもないのに大義名分を持ってるような態度はどないやねんと言う事だ。



「……それがあなたに何の関係があるんでしょうか? もしそうだとしても私と先輩は同僚です、部外者のあなたには——」


「関係ない、と仰りたいのでしょうが、話は違います。月ヶ瀬さん、高坂さんと貴女は同僚です。でも、所詮はその程度です。もし高坂さんがガードマンを辞めたら? そしてもし、VoyageRの運営が高坂さんを抱え込む事が出来たら? そのパワーバランスは崩れます」


「そ……そんな事、許されるはずが!」


「月ヶ瀬さん、この世界は『裏』とは違います。義理や人情で動く任侠の世界ではないのです。資本と説得力、そしてあなた方がおっしゃっていた法律が物を言う世界です」



 雪ヶ原はテーブルの上の湯呑みを手に取り、一口飲み、茶托へと戻した。その所作も美しいのだから腹が立つ。



「もし、この栄光警備が何らかの不正を疑われて行政処分を受けたらどうしましょう? 警備業法……でしたっけ? その辺りでの違反が見つかれば、営業停止は免れないでしょう。そうなれば……高坂さんの身柄はどうなるとお思いですか? 路頭に迷った所を私達がお救いしたら、どうなるとお思いですか?」


「そ……それは……」


「月ヶ瀬さん。貴女が刀を振るって人を斬るように、私達は情報を使って組織を斬れるのです。無闇にそうしないのは、社会に影響が大きく出過ぎるから……雪ヶ原が本気になったら迂遠な手など使いません。今日のこの話し合いもお遊びのような物ですよ。高坂さんが欲しいのは本心ですけれど」


「……でも、無理矢理そんな事をしたって、あたしと先輩の仲は……」


「所詮は同僚でしょう? それこそ会社が無ければ他人です。別に隣に居るのが貴女で無くても……ああ、そうか。その手がありましたね。つまり……」



 雪ヶ原はあたしの方に体を向けて、笑った。カメラにもしないような、眩しい笑顔だ。



「……私が高坂さんの恋人になるって手段もありますよね?」


「は?」


「アイドルとしての提案より、彼女としてのお願いなら受け入れてもらえるかも知れませんよね? 高坂さんが時々『転職 有利 資格』と検索している事は承知しています。何なら昨日は私達の動画を一晩中視聴してくださったようですし……これは私にも目がありますよね?」


「は、ハァーーーーーー!? 何言っちゃってんスかこの泥棒猫! わざわざ乗り付けて何の用かと思ったら先輩狙いっスか! そんな打算のためだけで先輩を利用しようだなんてあたしが許さないっスよ!」


「打算だけだと思いますか!? 考えてもみて下さい、命の危機に身を挺してくれたナイトですよ!? 惚れない姫がいる訳がないじゃないですか! 昨日からキュンキュンして私眠れてないんですからね!」


「ぬぁーーーーにがキュンキュンっスか! しかも自分自身を姫とか抜かしてふざけんじゃねぇっスよケツの青い小娘が! 未成年は未成年の相手見つけて来いって話っスよ! 先輩アラフォーっスよ、犯罪じゃないっスか、犯罪!」


「私が小娘なら月ヶ瀬さんはオバサンじゃないですか! それに私は再来月には十八です、合法的に成人です! オトナ同士の恋に口を挟まないでください、年増のおばちゃま!」


「誰が年増っスか、あたしはまだ二十三っスよ! たった五歳差で世代の差をアピらないで欲しいモンっスねー! 大体アンタは……」



 トントン、とドアからノック音がした。あたし達は同時にそちらを向き、一つ咳払いをしてから落ち着き払った声で呼びかけた。



「「どうぞ」」



 ゆっくりと開いた扉の先には、居た堪れない表情の春川常務が立っていた。



 結局、それからまた春川常務と泥棒メスブタの骨肉の争いが続けられ、今回は不本意ながら諦めると言い残してメスブタは帰って行った。

 あたしも何だか疲れてしまいそのまま帰ったのだけど、実は隣の休憩室で先輩が大爆睡していたと後日聞かされて大いに後悔した。写真撮っとけば良かった……

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