第11話

 ダンジョン発生後……通称ウィズダンジョンで変わった物は沢山あるが、エンタメ業界もその一つだ。

 ステータスで選ばれるジョブは、当人の素養を色濃く反映させる。俺達警備員は大体近接職が多い。研究の関係上、ステータス関連の研究を行う職業に従事する者は魔法職が多い。

 では、大体のバラエティを擦り尽くして、やる事がマンネリになってきた芸能界のタレントがステータスを得たらどうなるか?

 俳優や声優は特に一般人と変わらなかった。近接・魔法・遠距離とバラバラだった。有意な変化を見せたのは一部のアーティストだった。

 歌手や楽器演奏者は、吟遊詩人という歌や楽器による演奏で有利な状態変化の効果を味方にばら撒く支援ジョブになる者が多かった。

 ダンサーやそれに近いアーティストは、踊り子という敵に対して魅了や混乱といったバッドステータスをばら撒く支援ジョブになる事が多かった。



 そして、最も刮目すべき結果になったはアイドルだ。アイドルはそのままアイドルというジョブになる事例が見つかった。

 アイドルは吟遊詩人と踊り子のいいとこ取りとも言える、敵へのバッドステータスの付与と味方への支援を同時に行う事が出来る反則級のジョブだ。

 しかし全てのアイドルがこのジョブに目覚める訳でない。下部組織でトレーニングに励むアイドルの卵がアイドルのジョブを得たパターンもあれば、トップアイドルのジョブが吟遊詩人だったパターンもある。

 ジョブはステータスを得た者の素養を強く反映する。皮肉にもその仕様が当人の生き方と素養が違う事を示す事になろうとは誰も思うまい。

 件の吟遊詩人判定されたアイドルも、誹謗中傷が殺到したせいでアイドルを引退させられた……なんて痛ましい事件が起きている。



 じゃあアイドルのジョブを得た、下部組織でトレーニングに励んでいたアイドルの卵はどうなったかって?

 うん。今俺の目の前にいるよ。



 § § §



「しかし広島は久しぶりね、前回来た時はバタバタしてて何も出来なかったけど」


「前に来たのって一年前だったかなぁ……? なんか川沿いのダンジョンの撮影で来たよねぇ」


「半年前にも来てるわよ。さくらがライブハウスで広島風お好み焼きを広島焼きって言っちゃって、めちゃくちゃ炎上したの忘れたの?」


「あー、あれ半年前だっけぇ? 最近忙しくて全然覚えてないんだよねぇ」



 ここはアリオンモール三階バックヤード。楽屋扱いになっている会議室からエレベーターまでの通路はオペレーションセンターの計らいによって人払いが為されている。

 そんな人影まばらなエレベーターの前で扉が開くのを待ちながら雑談をしているのが今をときめく三人組探索者アイドル、VoyageRである。

 全員が十八歳の乙種探索者であり、アイドルのジョブを持っている。大手事務所が猛烈にプッシュしている事もあり、結成から三年程であるにも関わらず知名度・人気共に高い状態を維持している。

 全国区のテレビ番組だけでなく動画サイトのチャンネルも開設しており、ダンジョン関連の活躍は主に動画サイトで見る事が出来る。



 そんなVoyageRのメンバーは、先程述べた通り三名だ。

 ドジでそそっかしく、しょっちゅう地雷やタブーを踏み抜いていくが、持ち前のほんわかとした天然でゆめかわな雰囲気のおかげで対人摩擦がめったに起こらないムードメーカーの浜本さくら。

 やや棘のある余計な一言と素直になれない性格のせいで誤解されがちだが、誰よりも努力家な面を持つストイックさが魅力の桝本さやか。そして……



「すみません、ガードマンさん。一点だけ注意事項があります。最近出禁になったファンの方が一名いて、うちのスタッフが近辺で来場を確認しています。探索者でもあり、動向が不審なので周囲のチェックをお願いします」



 ……そして、俺に不審者情報が掲載されている紙を渡してきた、個性的な二人を取りまとめるしっかり者の気質とまさにアイドルを体現しているような華々しいオーラを持つリーダーの幸村 灯里ゆきむら あかりだ。

 普段テレビを見ていれば基本的な情報は分かるが、隙あらば布教しようとする彼女達の大ファンが弊社には結構存在している。今回この業務を俺が担当する事になったのは、アイドルに興味がそれほど無いからだ。

 春川常務も熱心なファンの一人で、別に来なくていいのに現場視察とか言って見に来ていた。さっきまで楽屋前で立哨中一緒にいたのだが、気付いたら消えていた。ミニライブの最前席を確保しに行ったのだろうか?



「承知しました。……この男性ですか?」



 受け取った紙に視線を落とす。

 野暮ったいメガネに乱雑な髪、特徴が無いのが特徴な、若いオタクによく居そうな感じの青年だ。こういう言い方は好きではないが、典型的な「チー牛」顔だ。

 名前は斉藤卓也、年齢が31歳。千葉在住の丙種探索者でジョブが……ストーカーでレベル12?

 ストーカーと言うのは別に迷惑条例違反になる付きまとい行為者の事ではない、そういうジョブがあるのだ。



 ストーカーは隠密と隠匿に優れた盗賊系のジョブで、死角や隠密状態からの奇襲による暗殺を得意としている。

 同種のジョブにアサシンがいるが、こちらは殺す事に重きを置いている。ストーカーはあくまで隠密が主である。

 ストーカーもアサシンも陽動役の相方が居ると戦法がバッチリハマるが、ジョブ名の風評被害が激しく、なかなかコンビやパーティを組んでくれる人がいないとも聞く。一種の不遇ジョブだ。



「ストーカーですか……厄介ですね、監視体制はどうなっていますか?」


「今、うちのマネージャーとスタッフが会場周辺をチェックしています。エクスプローラーのジョブ持ちがいますので、近くに来たら分かると思います」



 ストーカーが隠れるプロなら、エクスプローラーは見つけるプロだ。ドロップ増加も魅力的だが、隠し宝箱や隠し通路、隠れた魔物や人物等「隠されたもの」を白日の下に曝け出すスキルを持っている。



「とりあえず、不審人物が来場する可能性がある旨はアリオンモールさん側に周知の徹底をお願いしています。ガードマンさんは動線確保要員ですから、何かしらのトラブルに巻き込まれるかも知れません。どうかご注意下さい」


「承知しました。……エレベーターが来ましたので、どうぞお入り下さい」



 ちょうどいいタイミングでエレベーターが来た。俺達四名はエレベーターに乗り込み、会場の待機場所を目指した。



 § § §



 今回のミニライブは、アリオンモール広島店の東側エスカレーターホールに拵えられた特設ステージで行われる。

 一階から三階までの吹き抜けになっており、手すりに寄りかかれないようテープパーティションで区切られているものの、上階からも観覧出来るようになっている。

 特設ステージ横に目隠しのされた仮設テントがあり、VoyageRのお三方をお連れした。

 事前に目立たないルートが算定されており、そこをササッと通る事で、大きな混乱もなく現場入りする事が出来た。

 動線確保要員とは言え、動線確保し終わったら仕事が無い訳ではない。ミニライブが終わって再び動線確保の必要が出るまで、周囲を巡回しながら会場スタッフと情報共有を行わなければならない。



 開催時刻まであと三十分はあろうかと言うにも関わらず、一階の観覧席は既に満員を超えていた。

 後ろの方では立ち見も出ており、買い物客の通行に支障が出始めている。そろそろ人列整理が必要になる頃合いだろう。

 そんな中、春川常務が最前列でニコニコしているのを見ると無性に腹が立つ。こちとら仕事だぞ、何やってんだあの人は。

 上を見ると全階の吹き抜け部分が人で埋まっている。何ならエスカレーターから身を乗り出して下を見下ろしている奴も大勢いる。そんなに手すりに寄りかかるなよ、エスカレーターが止まるぞ。



 会場から少し離れた所では、このアリオンモール内にもテナントとして入っている本とCD・DVDの販売店である若木書店の店員が、臨時販売所を設営してVoyageRのCDとDVDを売っている。

 広島会場限定特典のカードと、ミニライブ終了後にやる握手会のチケットが付いてくるんだそうな。

 こちらも大繁盛で、凄まじい数のファンが列を成して買い求めている。お前ら普通に十枚単位で買ってくんだな、そんなに沢山のCDをどうするつもりだ?



 共用通路に目を移せば、黄色いスタッフ腕章を付けたスーツ姿の男女が慌ただしく駆け回っている。

 彼らは例のストーカー……いや、語弊を招くので言い方を変えよう。出禁の男性を捜索しているだけではない。

 カメラを構えている人やスマホの録画をしようとしている人を捕まえて注意したり、通行人からの「これは何の催し物なのか」と言った質問に答えたりと大変だ。

 かく言う俺も、巡回している最中はほぼコンシェルジュみたいな感じになっている。現場を離れる事が出来ないので付き添いが必要な道案内は全部イベントスタッフかインフォメーションセンターか館内警備員に丸投げだ。



 ある程度通行客の相手を終えて、イベント開始10分前。俺は人通りの少ないバックヤードの出入口で自分のステータスを開いた。

 これまでイベントの警備は何度もこなしてきたが、明確に不審人物が上がっているパターンは初めてだ。何かしらの襲撃や侵入はあってしかるべきだろう。今出来る事を再確認しておくべきだ。

 あの忌まわしい中広ダンジョンゴブリントレイン事件を経て、俺のステータスはこうなっている。



──────────────────

Advanced Status Activate System Ver. 5.06J


◆個人識別情報


名前:高坂 渉 性別:男性 年齢:39

所属:日本迷宮探索者協会 広島支部(丁種)

ジョブ:ナイトLv.17 武器種:片手剣・盾


◆基礎能力


筋力:D 体力:D 魔力:F 魔技:F

敏捷:E 器用:F 特殊:D 


◆ジョブスキル


《エンデュランス・ペイン:パッシブ》

 自分に対する物理攻撃の被害を軽減する


《シールド・バッシュ:アクション》

 敵一体に対する盾攻撃

 副次効果:ノックバック(弱)

 クールタイム:15秒


《スタン・コンカッション:アクション》

 敵一体に対する武器による峰打ち

 副次効果:手加減攻撃(任意)・スタン(弱)

 クールタイム:30秒


《スマッシュ・ヒット:アクション》

 敵一体に対する武器による強攻撃

 副次効果:武器属性倍加

 クールタイム:120秒


《カバーリング・ムーブ:アクション》

 任意の対象一名に対する挺身防護

 範囲:5メートル タイミング:即時

 クールタイム:20秒


《ディフレクション:リアクション》

 敵の遠距離攻撃に対する武器による撃墜

 範囲:近接武器 タイミング:即時

 クールタイム:15秒

 


◆追加スキル


 Null


◆アビリティ


【カード化:アクション・パッシブ】

 望む物品をカードに変化させる

 倒した魔物のドロップ品を自動的にカード化する


【武器種制限解除:パッシブ】

 指定されていない武器種が装備可能になる

 発動条件に武器種が指定されているスキル、

 およびアビリティの制限が解除される


【全体化(特殊):エンチャント】

 対象を拡大出来る


──────────────────



 基礎能力が一部伸び、スキルが三つ増えた。これがソードマンなら攻撃系スキルが多いのだろうが、俺はナイトだ。守り特化なのはしょうがない。

 おあつらえ向きと言うべきか、護衛対象を守るスキルが生えていたのは有難い。

 《カバーリング・ムーブ》は無手状態でも使えるスキルで、範囲内であれば敵と対象の間に割り込む形で瞬間移動出来る。

 防御力特化型になりやすいナイトは装備が重くなりがちで、即応性に乏しくなる。それを解決してくれるのがこのスキルだ。

 瞬間移動系のスキルは移動時に発生する一瞬の視界のブレに慣れるまで少し時間がかかると、前に動画サイトでベテラン探索者が言っていたのを見た事がある。そこは注意したい。



 《ディフレクション》は、状況によっては有用だ。

 基本的に盾職は、遠距離攻撃を盾で受ける。ダンジョン内で盾を持っていない状況というのがあまりない。

 この間の俺のように、ボロい盾のみ予備もなしと言うのは異例中の異例だ。なので、このスキルの恩恵はあまりない。



 警備員は、警備業法によって武器防具の装備が制限がされている。

 警棒や警戒杖も都道府県公安委員会に事前の申請が必要だし、昔は盾の申請がほとんど通らなかった。

 一般人の協力を得て任務を遂行するところの警備員が、市井の皆様に大仰な得物を見せつけ、半ば脅す様な形で言う事を聞かせるのはよろしくないと言うのが大きな理由だ。

 しかしアフターダンジョンの昨今、ステータス持ちによる犯罪も増えて来ている中、矢面に立つ事の多い警備員が丸腰と言うのはいかがなものかとの声もあり審議はされている。

 されてはいるが、ここは日本。議員の皆様方にとってどうでもいい案件にはバチボコに腰が重い美しき国である。未だに旧態依然のままである。

 現に俺は警棒一つ持っていない、《ディフレクション》がお役立ち間違いない状況だ。……一応、奥の手は潜ませてあるが、使わずに済む事を祈らずにはいられない。



 そんな感じでステータスを確認していたら、ライブ用の音声機材から流れていた音楽が止まった。そろそろ始まるのだろうか。

 俺は気を引き締めて、特設ステージの近くを重点的に見回る事にした。

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