第五話『2069:指紋的迷宮/BBL2069』
〉〉〉二〇六九年 〉〉〉
事件の翌朝。
じとっとした空気の漂う
騒がしい。警察の
「えーっと、ご夫妻はあっちかな? 寝室?」
すると即時、迷いもなく家の中を
「あ、野尻……
「
「そうよ、ヒヒーン、てね」
野尻夫妻は、馬のことが気になるようだ。
「ああ、馬に乗って来たんでね。そりゃあヒヒンのひと声やふた声、聞こえますよ。いやぁ、パトカーが足りなくって、
横田刑事は、やけに
「「は、はぁ……」」
と、野尻夫妻は、横田刑事のペースに飲まれている。
「じゃあ、取り調べ……じゃないや、事情聴取といきましょうか。失敬、ここ最近凶悪犯罪の担当が多かったもんで、まるでドラマみたいに怒鳴り散らす取り調べをしてばっかりでね、あはは」
野尻夫妻は、昨晩
***
横田刑事が、野尻夫妻の供述を、やや砕けた表現に直して、
「犯人はご
と、復唱する所に、
「横田
と、鑑識官が
「なんだ、もう出たのか! 早いな! で、どうだった?」
「はい、警察庁の犯罪者データベースに登録済みの犯罪者の指紋と照合してみましたが、目立った成果は、無しです!」
「おお、そうか。なら
「ああ、その手がありましたか。なるほど…………」
「ボーッとせんで、
「わっ、わかりました! すぐに!」
横田刑事は、鑑識官を
「刑事さん、そこに見えるのは、きっと僕たちの昔の友達の指紋ばっかりですよ」
元三が、明かりのスイッチのプレートを指差して、そう言った。
「ほぉ、そうなんですか。昔の友達、ねぇ。確かにここは、えらく
横田刑事は、部屋をざっと見渡して、気遣いのこもった訪問査定をする。
「ここは昔、寝室じゃなくて僕の子供部屋だったんで、色んな子が遊びにやって来て、そのスイッチを勝手にいじったんです。で、子供部屋ってことで、スイッチはかなり下の方に作ってもらったんですよ。な、佳子」
「そうそう、みんな外で遊んで汚れた手であちこち触ってるものね。懐かしいわ……」
野尻夫妻は、二人してスイッチの前に寄って行くと、浮かび上がった指紋の数々を眺める。
そして、じっと体を固めて、過去に思いを
「普通の高さだと、小学生なんかの身長では手が届かなかったりするので、そのための配慮です。今では、と言うよりも高校、いや中学生になったくらいからは、ちょっと低すぎて、立ったままだと、
「ねー。ほら刑事さん、こんなふうに、私の背でも、ちょっと苦しいくらいです。んーよっと!」
スイッチの押しにくさが、これでもかというほどに、アピールされた。
***
寝室。
警察は一時引き揚げとなり、今朝の
佳子が、
「ねぇ元三、知ってた? ここの
と、部屋の床から壁に沿って立ち上がる木の板に向かって喋る。
元三も同じような体勢で、
「ん? どれどれ…………『
と、佳子に向かって言う。
「少なくとも私の
「俺も、そんなの
「うーん……誰か
「うん、そうだな」
結局、横田刑事ら警察は、野尻夫妻宅強盗未遂事件の犯人を特定するには至らなかった。事件は、事実上の迷宮入りとなった。そして、大きな実害もなかったせいか、野尻夫妻の今回の事件への対応は、セキュリティシステムを強化するのみにとどまった。
〈〈〈 第六話『2052:ニケの手巾』へ〈〈〈
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます