第十四話『カコの声』


 朝。

 寒い天空さむぞらの下。


 洋館。

 外壁は、小豆色アンティック・ローズ煉瓦レンガ。昨晩電源を入れられてから今この瞬間まで随分と長い間泣き散らかした薄膜テレビが、今日の天気を告げる。曇り時々雨予報。事実、中は湿しめっぽい。閉じられた窓掛けカーテン隙間すきまから、陽光は漏れ出ていない。

  

 ベッドの上。

 ふくれて充血した豆粒大まめつぶだいが、粘性ねんせいの液をまと蛞蝓なめくじの尾によって、洗われる。


「ぁん……元ちゃん、好きぃ……」

 佳子おんなの声。

「……」

 元三の顔をした者おとこは、無口。

 片手に小型撮影機ハンディカメラ


 執拗しつよう蛞蝓なめくじ


 白い丘が、痙攣けいれん

 膨張ぼうちょう収縮しゅうしゅくを繰り返す。


 蛞蝓なめくじが、ずるっと、巣穴すあなに帰る。


「なに、もういっちゃった? これで……何回目かな?」

 男は、佳子おんなの股にうずめていた顔を上げ、ベッドのふちに腰掛ける。


 紙煙草タバコに火。

 薄暗闇うすくらがり赤橙セキトウの点が飛び始める。


 その一方で、動けない佳子おんな


 息切れの音は、耳をすませねば、聞こえてこない。


 薄膜はくまくから音。

〈昨日朝七時半頃、××市立超越ちょうえつ中学校で遺体が発見されました。教室に、生徒が登校すると、床に焼死体しょうしたいが横たわっていたとのこと。遺体は完全に炭化たんかしていましたが、燃えずに残っていた社章から、遺体の身元は〈太陽新聞社〉の配達員の男性、三河理央みかわりおさんと見られています。発見当時、遺体は虹色の炎に取り囲まれ、周りには、総重量約八三キログラムにもなる銅粉どうふんが散りばめられており、また、胸のあたりには刃物のようなもので"8812069ハチハチイチニレイロク"という謎の数字が刻まれており、さらに死体の股間部分がえぐり取られていた模様。だ犯人は見つかっていません〉

 壁際かべぎわの、雑多ざったな色の光を発する薄膜はくまくから聞こえてくる、物騒な知らせ。


「ねぇ……テレビ、けそ?」


 佳子おんなの声に応じた男は、電源と煙草たばこの火を消してすぐ、佳子おんなの上におおかぶさる。そして、ナイトテーブル上の毒キノコのようなランプの明かりを意味もなくつける。



 象の鼻は、佳子おんなの中を十分に楽しんだ後……



 しおれた。 



 その過程プロセスは、短い間に何度も繰り返された。



 やがて佳子ははおやは、恍惚こうこつの眠りについた。

 



◯|◯|◯|




未来人ミキヒトは、佳子かこ夢現ゆめうつつすきに、寝室の壁の幅木はばきを外して、大昔に仕込んだとんでもない数の装置ガジェット──録音装置と盗撮機──を回収する。幅木には、"BBL2069"という楔形くさびがたの文字。


Beビー backバック laterレイター。ついに、やっと、戻ってきた。俺に訪れるべきカコの世界に……」


 未来人ミキヒトは、を終えると、静かに微笑みながら、洋館をあとにした。




 それから程なくして……



 

 佳子の妊娠が発覚した。

 佳子はとても喜んだ。





◯|◯|◯|





 壁に薄膜はくまくの画面。床に装置。装置。装置。装置。装置…………。

 未来人ミキヒトは、謎の場所で、装置ガジェットたちをもてあそぶ。



 ピッ 



((((えーっ、またぁ? もう私たち、小四よ? 二分の一成人よ? 美樹仁ミキヒト、本当に好きよね、かくれんぼ))))

 佳子カコの声。

 それは、あきれ声のように聞こえる。


((((いいから、やろうよ?))))

 ミキヒトの声。

 その言葉は、ミキヒトの、一度やると決めたら、譲らない性格を表している。


((((あ、そうだ美樹仁ミキヒト、やるならあそこは無しよ? 前に隠れてた、洗面所の床下収納。開けるの大変なんだからね))))

 佳子の声。

 それは、釘を刺すような声に聞こえる。



 ポチ ポチ 

 ポチ ポチ 

 ポチ ポチ ピッ ピッ ピッ



((((◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎私たち◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎もう成人よ? 美樹仁ミキヒト、◼︎◼︎◼︎好き◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎))))


((((いいから、やろうよ?))))


((((◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎やるならあそこは無しよ?◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎洗面所◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎))))



「あははははははは! 『洗面所で』、かぁ。いいなぁあああああああああ!!!!!! あはははハハハハハhahahahaかカカカカかへへへへへエ"エ"エ"エ"」



 未来人は、笑う。



「あ、もう、んだった」



 未来人は、む。



 薄膜に映像。

[ふくれて充血した豆粒大まめつぶだい接写せっしゃ]

[その後で佳子おんなの乱れた顔]


 薄膜から音。

(((((吸う音)))))

(((((舌なめずりの音)))))

(((((あえぎ)))))

(((((元ちゃん、好きぃ……)))))

 


 ピッ



(((((◼︎◼︎◼︎、好きぃ……)))))



 ピッ ピ ピッ

 ピッ ピ ピッ

 ピッ ピ ポチ ピピピピピ



 薄膜と装置から音。

((((((((((美樹仁、好きぃ……))))))))))


「いいねぇ! かわいいねぇ!」

 未来人は、満足した。





◯|◯|◯|





 古めかしい洋館。

 寝室には乳児用の寝台しんだい。そこに子はいない。

 

 母親が、子を抱き抱えている。


 一年一ヶ月の子供。

 まだ言葉も話せない女児。

 母親はその女児を、彼女自身と亡くなった夫の亡霊ぼうれいとの間にできた子だと思い込んでいる。

 しかし誰も信じてくれない。

 周りの人間は、夫婦仲良くそろって頭がどうかしたものだと思っている。


 薄膜から音。

〈〈〈〈〈 超越中学校焼死体遺棄事件より約二年がちましたが、事件に進展がありました。今日未明、焼死したと思われていた新聞配達員の男性が、山奥の切り株の上に座ったまま亡くなっているのが発見されました。遺体に傷はなく、死亡からそれほど時間も経っていないものと思われます。しかし遺体には奇妙な点が複数確認されました── 〉〉〉〉〉


「ゆいなちゃあん、いいこね…………でも、おへんじは?」

 母親の問いかけ。


 子は、

「ギャハハ」

 と、笑って返す。


「………………まだできないのね」

 母親は子の頭をでる。


 薄膜から引き続き音。

〈〈〈〈〈 ──上下は"NIKEニケ"のジャージ。そして"NIKE"の手袋、"NIKE"のニット帽、"NIKE"の靴を身につけ、ジャージの下のポケットには"NIKE"の手巾ハンカチが入っており、事件性があるものとして、警察は捜査を進めています 〉〉〉〉〉


「ゆいなちゃあん…………『まま』っていってごらん?」

 母親は、子に問いかける。


 子は、口を開いた。


「なぁーいなぁーい」


 子は、続ける。


「いなぁいいなぁい……ばあー」


 子は、そう、初めての言葉を発してから、口元に横倒しの三日月を浮かべた。



 〈〈〈 弁士による納め口上『現在・過去・未来』へ 〉〉〉

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