第十一話『2069:アキツカミミキヒト』
〉〉〉二〇六九年 〉〉〉
「やぁ。まぁ、そこに座れよ」
その返事は、確かに元三の顔をした誰かの口から発されたが、声は明らかに、元三本人のものとは思えない。少なくともこの誰かが、二〇六九年の元三ではないとこだけは確かである。
元三は、この
「ひさし、ぶりだね」
元三はそう言って、とてつもない違和感を強引に押し切って、会話を進めようとする。
「ああ。本当に、久しぶりだよ」
下げた左膝の上に右足を組む。
右手の五本の指ををいやらしくこねくり回す。
そのまま指先を、人差し指と中指と薬指とを、軽く
真顔で、元三の両目を、しっかりと捉える。
それら過程は、
二人がぎこちない挨拶を交わした後は……
部屋が、薄気味悪い沈黙に襲われる。
「そうだ、見せたいものがあるって言ってたよな? ひょっとするとそれは……
元三は、まるで今話しかけている相手が、美樹仁であると確信しているかのように、尋ねる。
すると、元三の顔をした誰かは、真顔を作る表情筋はそのままに、口元のみを動かして、
「…………フフッ」
と、笑い声を
沈黙は続く。
元三は、真顔で見つめてくるその誰かから、目を
元三の顔をした誰かの指先、依然いやらしさを保った右手の指先によって、分厚い
鎖骨の上から頭頂部にかけての皮が、ずるりと、
皮の下の顔は……
美樹仁だった。
向かい合わせに座っている元三と、
元三の顔が、床にぼてっと、転がり落ちて、止まると、ひしゃげる。そう。それは、眼球の部分だけがくり抜かれた、元三の顔を模した、
「美樹、仁……」
元三の声は、全てを悟ったような、息混じりの
「なぁ、元三……」
その声は、もう完全に、美樹仁本人のものである。
「な、なんだい?」
「
"手紙"という単語に、元三は、体をびくつかせて、反応する。
「手紙……手紙っていうのは、つまり、未来の、二〇七九年の俺からの——」
「違う! お前じゃない! ミキヒトだ! まだ受け入れないのか? 馬鹿だなぁ、お前は! よく聞け、これから俺が言うことを。〈俺は、タイムマシンを発明したことで、時を自由に行き来する存在になった。つまり、既存の人間よりも高次の存在となったのだ。
美樹仁は、そのように、
元三は、開いた口が、塞ぐことができなかった。
なぜならば元三には、その内容に、よく、聞き覚えがあるからだ。
「
「そこいらに散らかっている太陽新聞を見てみろ! 見出しを見てみろ!」
「見ろこれを!——〈快挙!
バーカ!——〈入滅教信者激増! あの天才博士もカルト集団の一員に!?〉——バカな親父がバカみたいな宗教にハマりやがった! ほらこれはどうだ?——〈地球の終焉近し!? 天才博士曰く、地球は死の星となる!〉——んなわけねぇだろ!——〈水星のそばにワームホール現る!〉——これもひどい!——〈ワームホールは、超大質量ブラックホール
元三は、何も言い返せないでいる。
すると
「元三、お前が全てを知った上で、聞きたいことがある。俺の書いた、偽りの
「……ああ。したよ。自分という人間の、価値の無さを認識したよ。もう、死んでやろうかと思ったよ。でも今手紙が
「遺書は書いたか? 書いたか? 書いたか書いたか?? なぁ? 言えよぉ、なぁ!?」
「……ああ、書いたよ」
「だよなぁ! 知ってるぞ! お前が遺書を書いたのは、知っているぞ!
「どうして……知っているんだ!?」
「うるせぇ! 知らずに死ねっ!」
未来人は、どこからともなく、刃物を、あの時の、刃が燃え盛る虹色の炎の形をした短刀を取り出し、元三の腹に、深く、刺した。
「ごめんなぁ……元三。俺は、佳子が好きだったんだ。お前が
「まさか、お前……」
「ふふふ。
未来人は、元三の中に収まっていた短刀を、ゆっくりと、引き抜く。
魂が抜けたように、汚い床に、倒れ込む元三。
元三は、息絶えた。
「元三、最後は結局、俺なんだよ。あの時の決勝点も、俺だったもんな?」
アキツカミミキヒトは、死体にそう吐き捨てた。
(((((弁士による独白『
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