第十話『2069:再会』

 〉〉〉二〇六九年 〉〉〉


 元三が、紙に心の内をしるし終わったところで……

 

 それをちょうど待ち伏せしていたかのごとく、美樹仁から、連絡がきた。


 連絡手段は、電話だった。



──やぁ、久しぶりだね、元三。噂を聞いて、ちょっと心配になって電話をよこしたんだけど……なんでも、元三の家、あの立派な洋館に、泥棒が入ったんだって?


 美樹仁の声は、竹馬ちくばの友との久しぶりの会話に興奮しているのか、どこか明るい。


「ああ、実はそうなんだ。まぁ、実害はないから、俺も佳子も、変わりなく過ごしてるよ。警察の捜査も自然消滅しそうなくらいだし……」


 元三も、あの頃に戻ったかのように、即時、なつかかしい会話の波に順応じゅんのうする。


「そっか、まぁ元気にやってるなら、よかったよ」

「うん。ところで、そっちはどうなんだ? まだ、物理学の……「時間についての研究」、あれ、やってるのか?」

「ああ、性懲しょうこりも無くやってるさ。まだまだはかかりそうだけど、俺は諦めない。父さんの、のためにも、俺が何か業績を残すしかないからな」

「親孝行なやつだな、美樹仁は」

「ま、まだ親孝行できるほどの何かを見つけたわけではないから、親孝行になると、いいな」

「そっか。そうだ、久しぶりに……合わないか?」


 元三は、喉奥に、ある程度の引っかかりをもって、そう提案したが……


「もちろん。実は俺も、元三に見せたいものがあってだな……」


 美樹仁は、その提案をまるで察知していたかのように、二つ返事である。


「見せたいもの……というと?」

「それは見てからのお楽しみだ。こっちに来れる? 今は郊外に住んでるから、元三の家からはちょっと遠いかもだけど。車で二、三時間かな、いやよん? ひょっとすると、それ以上かもしれない。ははは」

「気にするなって。それくらいなんてことないさ。ぜひ、行かせてもらうよ。数年越しに美樹仁が俺に見せたいもの、なんて、すごく気になるしな」

「わかった、なら……FAXファックスで地図を送るから、そこを目指してきてほしい」

FAXファックス? 別にいいけど、住所を教えてくれればそこに行くのに。どうしてそんなに半世紀も前の技術をわざわざ……あ! ひょっとして、それにも何か深い意味があったりする?」

「ああ、関係は、あるっちゃあるかな。さすが、勘がいいな、元三は」

「へへへ。美樹仁の考えていることは、今でも手に取るようにわかるよ。難しい科学の話以外は! じゃあ、FAXファックス、頼んだよ。再会を楽しみにしてる」

「ああ。じゃあまた」


 電話は、どちら側から切るかの駆け引きもなく、あっさりと切れた。


 直後、いにしえの送信手段FAXファックスで、地図が送られてきた。地図によると、美樹仁も言っていた通り、彼は学生時代に比べると、かなり遠くの方に引っ越していた。元三は、車で美樹仁の家へ向かった。




 (((((五時間以上のち)))))




 元三は、目当ての建物に到着した。

 日は既に、傾き始めている。


 やけに質素な五階建てアパート。

 羽振はぶりはあまりいいとは言えないようだ。


 元三は、その最上階である五階まで、階段でせっせと上がり、美樹仁に教えてもらった部屋番号のドアのところまで歩いていくのだが……


 目的地。

 なぜかドアが一面、鏡張りになっている。鏡の左下、かどに、大きめののステッカー。"Back"という文字が、漫画のコマの中にでかでかと入れ込まれる擬声語オノマトペような字体で、自己主張している。鏡は薄汚れていて、少なくとも年単位でそこにあると思われるが、ステッカーの方は、新品同然で、ステッカー特有の光沢によって、見る角度によっては文字を読み取れなくしてしまうほどである。鏡の前の元三の立ち姿。元三の目が、左右対称の元三の目と、合う。彼は、恐らく気味の悪さを覚えながら、ドア横の、数年間は手入れされていないであろう、ほこりを被った、やや位置が低めに設計された、ブザーを鳴らす。左手、人差し指の第一関節が灰色に汚れる。不衛生な粉と、指紋の凹凸おうとつにより、色味の無い、幻覚的サイケデリック幾何学的ジオメトリックな視覚パターンが浮かび上がる。


 元三は、おのが指から目をそむけ、つむり、首を、横に、激しく、振る。


 声がした。


「鍵は開いているから、入ってきてくれ」と。

 

 歳のせいか、美樹仁の声は、何かが違う。


 ドアノブは、汚物をつまむかのように、指先だけで回され、鏡の板は、キィと、蝶番ちょうつがい金切かなきり声を上げながら、開く。


 ドアが開き切っても、目に入るのは、暗い廊下と、その先のさらなるドアのみで、美樹仁の姿はまだ見えない。体を悪くして動けないのだろうか、他に何か理由があって玄関まで迎えに来ないのかは、まだわからない。玄関には、靴の一足もなく、玄関と廊下をへだてる上がりかまちもない。元三は靴を履いたまま、コツコツと足音を立てながら、廊下を抜け、おお部屋に続いているはずのドアを、ついに、開ける……


 薄暗い。

 家具のほとんどないだだっ広い部屋の中央には、向かい合った椅子が二脚。円筒えんとう状で、薄橙うすだいだい色、切り株のような見た目をしている。そのうちの一つ、奥側には、すでに、美樹仁男が深くこうべを垂れて、座っている。頭部は、髪の部分しか見えていない。窓からの夕日によって、男の影が伸びている。突っ立っている元三の目線の高さからは、かげりと、うつむきとで、その表情を、はっきりと確認することができない。男の格好は、上は白い半袖ワイシャツ、下は黒いスラックスなのだが、なぜだか、今は夏だというのに、また室内だというのに、もふもふとした襟巻きマフラーで首元をおおい隠している。床の上には、極めて薄いガラスのパネルのようなものが数枚、無造作むぞうさに散りばめられている。それらのほとんどは、劣化によりぐにゃりとりかえっていて、まるで釣り上げられて地をのたうち回る雑魚ざこのようだ。それらをよく見ると、光機能性高分子たいよう新聞であることがわかる。二十年ほど前と古いものから、二〇六九年と表示のあるもの、つまりはごく最近のものまで、幅広くあるようだ。


「美樹、仁?」

 元三が声をかけると、男はようやく、顔を上げる。

「やぁ」

 声色こわいろは、予想されたもののようで、そうではないような気もする。というのも……


 男の顔は、なぜか、元三と、瓜二うりふたつだったのだ。



 〉〉〉第十一話『2069:アキツカミミキヒト』へ〉〉〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る