第八話『2046:図画工作』
〈〈〈 二〇四六年〈〈〈
夏、長期休暇直前。
今、室内の丸太椅子を満席に埋め尽くしているのは、四年X組、三十三人の生徒たち。彼らの多くは、各作業台に、六人ずつ
室内の唯一の大人が、手を、パンパンと叩き合わせて、注目を集める。
「はい! じゃあみんな、今日は前々から言っていた通り、ランプを作りますよー」
北条は、元三たちの着く作業台の前で、話しを続けようとするのだが……
三十三の生徒のうち、たった一人だけが、彼の方に顔を向けずに、何やらコソコソしている。
たった一人というのは、美樹仁。
美樹仁は、作業台の、元三と佳子が隣合っている側とは反対側で、猫背になって、座っている。
「おい、
「そうよ、怒られちゃうわよ!」
元三と佳子が、小声で、とはいえ確実に北条には聞こえてしまう声で、美樹仁を注意する。
案の定、北条は美樹仁の目の前まで行って、立ち止まる。
「あら、美樹仁くん、また妙な
北条が、優しく、そう言いながら、美樹仁の顔を
ようやく顔を上げる美樹仁。
並行して、作業台の上に、消しゴムほどの小さなサイズ、箱型の機械が一つ、置かれる。
「北条先生、これは録音再生装置だよ! 昨日、お父さんと一緒に、作ったんだ!」
美樹仁は、悪びれもせず、
「あら、そうなんだ、すごいね。でも、今は、しまっておいてほし——」
北条の言葉は
「まぁ、正直言って仕上げ以外はほとんど、やってもらっちゃったけどね。あ、ちなみにさっきの先生の声も、録音してたよ?」
美樹仁は、装置をもう一度取り上げて、中央のボタンを、強く、押す。
(((美樹仁くん、また妙な
北条の声が、そっくりそのまま、クリアな音質で、再生された。
「ほら、すごいでs——」
美樹仁は丸太の椅子から立ち上がり、装置を北条工作の目の前に持っていき、自慢げに見せつけるのだが……
(((美樹仁くん、また妙な
(((美樹仁くん、また妙な
(((美樹仁くん、また妙な
(((美樹仁くん、また妙な
(((美樹仁くん、また妙な
静かな図工室に、音声が鳴り響く。
装置の調子が、おかしい。
音声が、連続再生されている。
「あれ? 一回しか再生ボタン押してないのに、どうして?」
「まぁ、とりあえず今は、電池抜いて止めておこうか。あとでどこが壊れているのか、先生、装置を見てあげるからさ」
「うん! わかった!」
美樹仁は北条の提案を、案外素直に聞き入れた。そして装置の
***
生徒たちの個性が光る多種多様な傘をつけた三十三の小型
「みんな時間内に完成したね、よかった。ランプ、ちょっと大きいかもだけど、お
北条工作の声に呼応して、
「「「「ありがとうございました」」」」
生徒たちの、棒読みの単調な挨拶がなされ、授業の終了を告げた。
「北条先生! 見て見てー!」
美樹仁は、無邪気に、他の生徒とは異なる方向に駆けていく。
「
「そうね、
元三と佳子は、美樹仁を置いて、教室に帰っていく。
北条が、道具類が雑多にしまわれた箱を、ガチャガチャ音を立てながら、
「よし、このドライバーセットがあればいけるだろう」
目当ての道具を探し当て、北条が振り返ると……
「はい! 北条先生!」
右手に録音再生装置を、左手にボタン電池を持って差し出す美樹仁が、立っている。
「うん。じゃあ、ちょっと分解させてもらうよ?」
北条は、美樹仁の小さな両手にあるものを、取り上げる。
「分解、楽しそうだね!」
美樹仁は、ひどく上機嫌である。
「ああーなるほど。こっちの回路の配線が、何かの拍子で、こっちの
「北条先生、さっき渡したばかりなのにもう忘れちゃったの?」
「ああ、情けないけど、そうみたいだ。歳のせいかなぁ?」
「あはは! 上着の左ポケットだよ?」
「そうだったっけ……あ、本当だ。こりゃどうも。で、気を取り直して、動作確認だな」
北条は、ドライバーを使って手際よく、装置を組み立て直すと、電池を装置に入れて、ボタンを押した。
(((美樹仁くん、また妙な
再生回数は……
……
一回で済んだようだ。
「直った! 北条先生さっすがぁ! ありがとう!」
「いえいえ。あ、そうだ美樹仁くん、偉大なる
「うん、
***
放課後。
野尻家は、元三の部屋。床から生える、三本の傘。元三、美樹仁、佳子の三人は、今朝、
——元三作のランプ。
無線で、使い勝手がいい。一度の充電によるバッテリー駆動時間は、およそ二十三年と言われている。シンプルでありがちな形状をしているが、その色が、まるで毒キノコのように色鮮やかで未来的過ぎており、この古風な家に置くは、どう考えても、場違いである。
——佳子作のランプ。
元三と同じく無線。のはずだったが、無線の機構を内蔵し忘れてしまったので、ただの、明かりの点かない、ランプ型のインテリアとなってしまっている。特筆すべき点はあまりなく、ただただ、下手くそである。
そして美樹仁が作ったのは……
洗練されたデザイン。アンティーク風。薄い円形の台座の中心から、
「やけに握りやすいな、この、くびれた形状」
元三が、美樹仁の作ったランプを持ち上げて、そう言う。
「あ、それ、何かに似てるなってずっと思ってたけど……私の体型に似てるかも。ほら、出るとこは出て、締まるところは締まってる感じ?」
佳子は、恥じらいも無く、腰に手を当てて、女性らしいポージングをする。
「確かに!
元三が、佳子のお尻を、冗談ぽく、軽く叩く。
「うふふ。でもそれはちょっと言い過ぎよー!」
佳子は、嫌がることもなく、むしろ嬉しそうに笑う。
一方で美樹仁は、二人の
「握りやすいなら……いざという時に武器になるかもだね?」
と、ボソり
「何言ってんだ
元三が指摘する。
「でも
美樹仁が反論する。
「なるほど。それで言うと、そのランプの傘みたいな頭をした
元三は納得する。
「ピノキオじゃなくて、
美樹仁は指摘し返す。
「ねぇねぇ。ランプはインテリアなんだからさ、武器としてはどう、とかじゃなくって、家のどこに置くかを話し合わない?」
と、男子小学生らしさ
「家のどこに置くか、ねぇ。もはや、
元三はそう言って、自分の作った毒キノコのような色をしたランプの傘を、指で、チンと、
「あ、そうだ。ランプ、作ったはいいけど、お父さんの実験道具まみれのうちに、こんな洒落たもの置いても仕方ないから……よかったら、
美樹仁が、自分のランプを、スッと、元三の目の前に移動させる。
「それ、
「褒めてるに決まってるじゃないか。こんな広いお屋敷、なかなかない……ていうかさ……かくれんぼ、しようぜ?」
美樹仁の、急旋回。
手には、今朝連続再生の不具合を起こした、録音再生装置が握られている。
元三と佳子は、それに気づいていない。
「えーっ、またぁ? もう私たち、小四よ? 二分の一成人よ?
佳子の
「いいから、やろうよ?」
美樹仁は、一度やると決めたら、譲らない。
「
元三は、美樹仁の横暴を、許容する。
「あ、そうだ
佳子は、釘を刺す。
「了解、そこはもう、やめておくよ」
美樹仁は、承諾する。
最初の
佳子は、美樹仁の知らないところに隠れたらしい。
美樹仁は……
元三の部屋のベッドの下に隠れた。
幅木を外す。
外した所の壁に、不自然な
中に何かを入れる。
幅木を元に戻す。
幅木に、燃え盛る炎のような形の刃を生やした短刀のようなもので、"BBL2069"という、意味不明の文字を、刻んだ。
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