第八話『2046:図画工作』

〈〈〈 二〇四六年〈〈〈


 夏、長期休暇直前。

 超越ちょうえつ学校の図工室。そこでは、もはや人々の生活にありふれている石油化学製品の跋扈ばっこや近年の光機能性高分子ひかりきのうせいこうぶんしの台頭も相まってすたれつつある木製製品に、好きなだけ触れることができる、保守的コンサバティヴな部屋。室内の多くのものは、図工室らしく、見た目に木でできているとすぐにわかるような素材から作られている。部屋に六台ある作業台は、巨大な合板ごうばんでできており、その上面は、豪勢な夕飯を並べても大人六人がけが可能であろうほどの広さ。厚い板の側面の線状の模様が、ピースの配置を誤ったパズルのごとく無秩序に走っていることから、作業台は、犠牲となった樹木が薄く桂剥かつらむきされて層状に重ねられて作られたに過ぎない人工物であることを、知らせている。椅子は、人が座るのにちょうど良い高さに切り出された丸太。座面の年輪の違い、表皮の質感の個体差、そして年季が入っているせいか、とがりという尖りが落ちて丸みを帯びている上に、簡単には落ちなさそうな汚れがそこかしこに蔓延はびこっているところなどが、味わい深い。窓からの微風。空気の移動によってかき乱される、木のと絵の具の香りが、小さな芸術家こどもたちの創造性を刺激するであろうことは、想像に難くない。もし大人たちが童心に返りもう一度、一歩踏み入れれば、ここは懐かしく豊かな芳香ほうこうに包まれている、と感じるだろう。

 今、室内の丸太椅子を満席に埋め尽くしているのは、四年X組、三十三人の生徒たち。彼らの多くは、各作業台に、六人ずついている。が、元三げんぞう美樹仁みきひと佳子かこの三人は、贅沢にも三人だけで、部屋の前方中央に位置する、身に余る広さの作業台の一つを寡占かせんしている。


 室内の唯一の大人が、手を、パンパンと叩き合わせて、注目を集める。


「はい! じゃあみんな、今日は前々から言っていた通り、ランプを作りますよー」

 図画工作ずがこうさくの教師、北条ほうじょう工作こうさくの声。

 北条は、元三たちの着く作業台の前で、話しを続けようとするのだが……


 三十三の生徒のうち、たった一人だけが、彼の方に顔を向けずに、何やらコソコソしている。


 たった一人というのは、美樹仁。

 美樹仁は、作業台の、元三と佳子が隣合っている側とは反対側で、猫背になって、座っている。


「おい、美樹仁みっきー、先生の話聞けって!」

「そうよ、怒られちゃうわよ!」

 元三と佳子が、小声で、とはいえ確実に北条には聞こえてしまう声で、美樹仁を注意する。


 案の定、北条は美樹仁の目の前まで行って、立ち止まる。


「あら、美樹仁くん、また妙な装置ガジェット持ってきちゃって。小学校には勉強に関係ないもの持ってきちゃダメだって、教わったでしょう?」

 北条が、優しく、そう言いながら、美樹仁の顔をのぞき込む。


 ようやく顔を上げる美樹仁。

 並行して、作業台の上に、消しゴムほどの小さなサイズ、箱型の機械が一つ、置かれる。


「北条先生、これは録音再生装置だよ! 昨日、お父さんと一緒に、作ったんだ!」

 美樹仁は、悪びれもせず、明朗快活めいろうかいかつに、そう言った。


「あら、そうなんだ、すごいね。でも、今は、しまっておいてほし——」

 北条の言葉はさえぎられ、

「まぁ、正直言って仕上げ以外はほとんど、やってもらっちゃったけどね。あ、ちなみにさっきの先生の声も、録音してたよ?」

 美樹仁は、装置をもう一度取り上げて、中央のボタンを、強く、押す。


(((美樹仁くん、また妙な装置ガジェット持ってきちゃって)))

 北条の声が、そっくりそのまま、クリアな音質で、再生された。


「ほら、すごいでs——」

 美樹仁は丸太の椅子から立ち上がり、装置を北条工作の目の前に持っていき、自慢げに見せつけるのだが……


(((美樹仁くん、また妙な装置ガジェット持ってきちゃって)))

       (((美樹仁くん、また妙な装置ガジェット持ってきちゃって)))

   (((美樹仁くん、また妙な装置ガジェット持ってきちゃって)))

 (((美樹仁くん、また妙な装置ガジェット持ってきちゃって……)))

     (((美樹仁くん、また妙な装置ガジェット持ってきちゃって……)))


 静かな図工室に、音声が鳴り響く。

 装置の調子が、おかしい。

 音声が、連続再生されている。


「あれ? 一回しか再生ボタン押してないのに、どうして?」

「まぁ、とりあえず今は、電池抜いて止めておこうか。あとでどこが壊れているのか、先生、装置を見てあげるからさ」

「うん! わかった!」

  

 美樹仁は北条の提案を、案外素直に聞き入れた。そして装置のふたを開けて、小指の爪ほどのサイズのボタン型電池を抜き取ると、それらを、大事そうにズボンのポケットにしまった。



***



 ふたコマ連続の、図工の授業が、終わりを迎えようとしている。

 生徒たちの個性が光る多種多様な傘をつけた三十三の小型照明器具ランプたちが、原木栽培途中のキノコのように、部屋中の作業台から生えるように直立不動する。


「みんな時間内に完成したね、よかった。ランプ、ちょっと大きいかもだけど、おおうちに持って帰るように。お父さんお母さんに自慢するといい。今時の十歳は、こんなのを作れるんだぞ、ってね! で、そうだ、美樹仁くんは、あとでこっちにおいで。装置を直さなきゃだね。 じゃあ、解散! ありがとうございましたー!」


 北条工作の声に呼応して、

「「「「ありがとうございました」」」」

 生徒たちの、棒読みの単調な挨拶がなされ、授業の終了を告げた。


「北条先生! 見て見てー!」

 美樹仁は、無邪気に、他の生徒とは異なる方向に駆けていく。


佳子かこちん、俺たちは先に教室に戻ってよっか」

「そうね、元三げんちゃん

 元三と佳子は、美樹仁を置いて、教室に帰っていく。


 北条が、道具類が雑多にしまわれた箱を、ガチャガチャ音を立てながら、あさる。


「よし、このドライバーセットがあればいけるだろう」

 目当ての道具を探し当て、北条が振り返ると……


「はい! 北条先生!」

 右手に録音再生装置を、左手にボタン電池を持って差し出す美樹仁が、立っている。


「うん。じゃあ、ちょっと分解させてもらうよ?」

 北条は、美樹仁の小さな両手にあるものを、取り上げる。


「分解、楽しそうだね!」

 美樹仁は、ひどく上機嫌である。


「ああーなるほど。こっちの回路の配線が、何かの拍子で、こっちの端子たんしに触れてしまっていたみたいだ。だからこっちに元通り繋ぎ直してやると……おっけい。で、えーっと、電池は……どこにやったっけ?」

「北条先生、さっき渡したばかりなのにもう忘れちゃったの?」

「ああ、情けないけど、そうみたいだ。歳のせいかなぁ?」

「あはは! 上着の左ポケットだよ?」

「そうだったっけ……あ、本当だ。こりゃどうも。で、気を取り直して、動作確認だな」


 北条は、ドライバーを使って手際よく、装置を組み立て直すと、電池を装置に入れて、ボタンを押した。


(((美樹仁くん、また妙な装置ガジェット持ってきちゃって)))


 再生回数は……


 ……


 一回で済んだようだ。


「直った! 北条先生さっすがぁ! ありがとう!」

「いえいえ。あ、そうだ美樹仁くん、偉大なる秋津上繁茂あきつかみはんも先生にぜひ、よろしく言っておいてね?」

「うん、!」

 


***



 放課後。

 野尻家は、元三の部屋。床から生える、三本の傘。元三、美樹仁、佳子の三人は、今朝、図画工作ずがこうさくの授業で作ったランプを床に並べて見下ろし、品評会ひんぴょうかいを開催中だ。


——元三作のランプ。

 無線で、使い勝手がいい。一度の充電によるバッテリー駆動時間は、およそ二十三年と言われている。シンプルでありがちな形状をしているが、その色が、まるで毒キノコのように色鮮やかで未来的過ぎており、この古風な家に置くは、どう考えても、場違いである。


——佳子作のランプ。

 元三と同じく無線。のはずだったが、無線の機構を内蔵し忘れてしまったので、ただの、明かりの点かない、ランプ型のインテリアとなってしまっている。特筆すべき点はあまりなく、ただただ、下手くそである。


 そして美樹仁が作ったのは……

 洗練されたデザイン。アンティーク風。薄い円形の台座の中心から、瓢箪ひょうたんのような支柱が真っ直ぐに伸びている。ややくすんだガラス質の傘。元三と、佳子のとは違って、有線。元三の家に置く。薄橙うすだいだいひかえめな明かり。


「やけに握りやすいな、この、くびれた形状」

 元三が、美樹仁の作ったランプを持ち上げて、そう言う。


「あ、それ、何かに似てるなってずっと思ってたけど……私の体型に似てるかも。ほら、出るとこは出て、締まるところは締まってる感じ?」

 佳子は、恥じらいも無く、腰に手を当てて、女性らしいポージングをする。


「確かに! 佳子かこちんはケツデカだもんな!」

 元三が、佳子のお尻を、冗談ぽく、軽く叩く。


「うふふ。でもそれはちょっと言い過ぎよー!」

 佳子は、嫌がることもなく、むしろ嬉しそうに笑う。 


 一方で美樹仁は、二人の夫婦めおと漫才には何ら興味を示さず、ただ、自分の作ったランプをまじまじと見つめ……

 

「握りやすいなら……いざという時に武器になるかもだね?」

 と、ボソりつぶやく。


「何言ってんだ美樹仁みっきー! ランプを武器に戦う奴がどこにいるんだよ!」

 元三が指摘する。

「でも元三げんちゃん、考えてみて、ピーチ姫は傘を武器にするよ?」

 美樹仁が反論する。

「なるほど。それで言うと、そのランプの傘みたいな頭をしたは、盾にもなる!」

 元三は納得する。

「ピノキオじゃなくて、ピオな? 攻めも守りもいけるってわけだ、ランプは」

 美樹仁は指摘し返す。


「ねぇねぇ。ランプはインテリアなんだからさ、武器としてはどう、とかじゃなくって、家のどこに置くかを話し合わない?」

 と、男子小学生らしさあふれるゲーム談義に飽きた佳子が、一石を投じる。


「家のどこに置くか、ねぇ。もはや、美樹仁みっきーのを除いては実用性のかけらもないこのランプたちを、どこに押し付けるか、っていう話になりそうだけど」

 元三はそう言って、自分の作った毒キノコのような色をしたランプの傘を、指で、チンと、はじく。


「あ、そうだ。ランプ、作ったはいいけど、お父さんの実験道具まみれのうちに、こんな洒落たもの置いても仕方ないから……よかったら、元三げんちゃんの家に置かせてよ? この年季の入った洋館の方が、ふさわしい」

 美樹仁が、自分のランプを、スッと、元三の目の前に移動させる。


「それ、うちけなしてるのか褒めてるのか、どっちなんだ?」

「褒めてるに決まってるじゃないか。こんな広いお屋敷、なかなかない……ていうかさ……かくれんぼ、しようぜ?」


 美樹仁の、急旋回。

 手には、今朝連続再生の不具合を起こした、録音再生装置が握られている。

 元三と佳子は、それに気づいていない。


「えーっ、またぁ? もう私たち、小四よ? 二分の一成人よ? 美樹仁ミキヒト、本当に好きよね、かくれんぼ」

 佳子のあきれ声。 

「いいから、やろうよ?」

 美樹仁は、一度やると決めたら、譲らない。

美樹仁みっきーって、そういう子供っぽいところあるよなぁ。たぶん、天才ゆえ、だよな。何せ将来はタイムマシンを発明する男なんだからな、美樹仁みっきーは」

 元三は、美樹仁の横暴を、許容する。

「あ、そうだ美樹仁ミキヒト、やるならあそこは無しよ? 前に隠れてた、洗面所の床下収納。開けるの大変なんだからね」

 佳子は、釘を刺す。

「了解、そこはもう、やめておくよ」

 美樹仁は、承諾する。


 最初のオニは、元三だった。


 佳子は、美樹仁の知らないところに隠れたらしい。


 美樹仁は……

 元三の部屋のベッドの下に隠れた。

 幅木を外す。

 外した所の壁に、不自然なくぼみ。

 中に何かを入れる。

 幅木を元に戻す。

 幅木に、燃え盛る炎のような形の刃を生やした短刀のようなもので、"BBL2069"という、意味不明の文字を、刻んだ。



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