第一話『2XXX:迫り来る未来人』

 殺風景な部屋。

 窓からの夕日によって所々何かしらの黒い影をのさばらせている床には、極めて薄いガラスのパネルのようなものが数枚、無造作に散りばめられている。それらのほとんどは、劣化によりぐにゃりとりかえっていて、まるで釣り上げられて地をのたうち回る雑魚のようだ。一つ一つをよく見てみると、夕日が当たっているもの、あるいはさっきまで夕日にさらされていたと思われるものにだけ、パネル上には文字が溢れかえっており……かなり昔の、日付も確認できる。中でも一番古いパネルのふち、左上にある日付は……〈2049年(令和31年)4月4日(星期天にちようび)〉。その隣、劣化でにごったガラス質の余白を挟んで、〈第3種郵便物認可〉の文字。別のパネルには、また違った日付が確認できる。〈2⬛︎⬛︎⬛︎年〉と表示のあるパネルは、最新のものだ。というのは、そのパネルが、反りも濁りもなく、そして何よりも、二⬛︎⬛︎⬛︎年という時代に存在する殺風景な部屋の床の上にあることから、わかる。床は木製。砂や短い髪の毛や何かしらの化学的な繊維のくずが至る所に散らばる。もし、木の床の上に散らばったパネルたちが、あと四半世紀も昔の型であったならば、換言すると、床と同様木屑からできた素材であったならば、仲良くほこりまみれになっていただろう。が、パネルの摩擦係数まさつけいすうは極めて小さく、あまりにツルツルとしていて、屑を捕捉するには至らない。

 そう、床に散らばるのは、今や当たり前の存在となった光機能性高分子ひかりきのうせいこうぶんし新聞、通称、"太陽新聞"である。この新聞は、太陽や電灯でんきの光を当てると新聞をなす膜状素材そのものが活性化して文字を映し出す、極めて科学的な代物である。

 

 記事の見出しは、扇情せんじょう的なものばかりである。

 

 〈快挙! 秋津上あきつかみ博士開発の最先端望遠鏡が超大質量ブラックホールを観測!〉——〈入滅にゅうめつ教信者激増! あの天才博士もカルト集団の一員に!?〉——〈地球の終焉近し!? 天才博士曰く、地球は死の星となる!〉——〈水星のそばにワームホール現る!〉——〈ワームホールは、超大質量ブラックホール"Tusita"トゥシタへと繋がっている!?〉——〈地球型惑星エイザレス、"Tusita"トゥシタ軌道上に発見せり!〉——〈地球宇宙船化計画! 282億人を救うのは核融合エンジン!?〉


 床にあるのは、太陽新聞だけではない。他にあるのは、二脚の向かい合った丸い椅子。いずれも木製で、切り株のような、円柱型をしている。丸椅子の片方のそばには、大きめの靴を履いた二つの足、おそらくサイズからして男性の足、が見えるのだが、もう一方のそばに見える足、こちらも男の足のようだが……偶然なのか向かいの足二つと同じ大きく"NIKE"の文字が入った靴を履いており、しかも足は一つだけしか見当たらない。左足だけである。足が欠けているわけではなく……右脚は、左脚の上に組まれていて、見えなかっただけだ。組まれていた右脚が降りてきたかと思うと、二本の脚は、丸椅子のそばを離れる。二本の脚が、部屋の中を、歩き出した。


 歩みは、翼でも生えているのかと思うくらいに、不気味なほどに、無音である。


 静寂しじまから一転。パキパキ、と何かが割れる音がする。割れているのは、太陽新聞だ。なぜ割れているのか。男が、席に着いている方ではなく、席を立って歩き回る男の脚が、床に散らかる太陽新聞を、次々と、グリグリと、踏みつけていくだ。練り歩く脚の、動く起点になっていた腰骨こしぼねのあたりに、いつの間にか、変わったデザインの刃物が揺れている。やいばが、虹色で、燃え盛る炎のような形をした短刀である。そのつかを握る手にはと浮き上がった血管が何本も走っているが、その太い血管は何よりも、短刀の柄が力強く握られていることを証明している。短刀の切先きっさきは、次第に、丸椅子に座る者の方へ近づいていく。


 そして……


 虹色の刃が、獲物の腹を今にもつらぬきそうだ。


〈〈〈 第二話『2049:過去を巡りて』へ〈〈〈

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