第32話 カナンとリガッタ

 結局、リガッタ初の大浴場イベント『ヴィヴォールの湯』は終始緊張と混乱のまま幕を閉じた。当然、チェッキンチャンスだらけではあったのだろうが、リガッタの頭の中はそれどころではなかった。


 リガッタは結局、風呂には入った。ソニとカナンが妙に気を利かせて、ずっと浴槽の隅にいてくれたおかげ、或いはそのせいでリガッタは風呂に入らざるを得なかった。彼らの善意をむげにはできなかったためだ。当然、タオルは巻いたまま。


 そうして、持ち込んだキャメラは終始浴場の隅に放置され、出るときに上の空のままのリガッタに回収されて、こうして今、帰り道の中、彼の首に下げられている。


 当然、風呂の記憶はほとんどなく、暖かいとか薬湯が体に染みるとか、匂いがどうの、などはさっぱりわからない。だが、その薬湯の効果だけは本物らしく、気持ちに反して体が異様なまでに軽かった。


「楽しめた?」そんなリガッタの様子を知ってか知らずか、ソニは明るくリガッタに話しかける。


「ええ、まあ」


 流石に、お前のせいで気持ちが重い、とは口が裂けても言えなかった。結局、彼が何をしたかったのかはさっぱりわからなかった。何故、リガッタの乳輪がでかいなどという『大嘘(最重要)』を語り、マナーを手に迫りくるカナンを遠ざけ、最終的に二人してリガッタを見ないようにして風呂に浸かってくれたのか。意味が分からなかった。否――答えは、リガッタにだけ聞こえるよう、ソニ・ハイハットが囁いた言葉がすべてなのだろう。


『これは貸しだよ、リガッタ君』


 ソニが囁いた言葉が蘇る。すると、風呂上がりだというのにリガッタの体が震えた。


「よかった。じゃあ、僕はこれで。カナン先輩、それではまた」


「そうだね。また、機会があれば」


 ソニは別の寮に住んでいる。カナンとリガッタへ手を振って、彼は跳ねるようにいなくなった。


「よく気が付く、いい友達だね」


「そう、かもしれません」とはいえ、とんでもない嘘をついている。リガッタは頭を抱えたかった。あとは特に何かを語るわけでもなく二人はそのまま寮へ帰り部屋の前まで来た。


「じゃあね、リガッタ君」


「はい、カナン先輩」


 部屋は隣同士。二人は廊下で別れのあいさつを交わす。くるりと向いたカナンの背中。ブギーのような怪力や、シグのような余裕もなく、ソニのような不気味な強かさもない、ある種、ここには相応しくない普通の男。そこにふと、リガッタは言わなくてはいけないことがあるのを思い出した。


「あの、先輩!」


 反射的にリガッタは、彼の背中に声を掛けた。ゆっくりと、カナンが振り返る。


「どうかした?」


「あの、ずっと言いたかったんですが……」


 リガッタは深呼吸し、拳を握った。


「転入したあの日、助けていただいてありがとうございました。おれ……凄く、怖かったんです。何も、できなくて……」


「別に、普通のことだよ。気にしなくていい」カナンは首を振った。だが、リガッタは一層声を張った。


「でも、嬉しかったんです。だから、ありがとうございました。ブギー先輩はああいってましたが、おれには、おれにとっては、先輩が本物の勇者です」


「リガッタ……君……」


 カナンは一歩二歩と、リガッタに近づくが、そこでぴたりと足を止め、何かを踏みとどめた。


「違うよ、リガッタ君。礼を言うのは、おれの方なんだ」


「何でですか。助けてもらったのは、おれが……」


「あの時、おれさ、少し自棄になってたんだ。成績もダンジョンチャレンジに頼らないといけないぐらいだし、そもそも弱いし。全然ヴィヴォール様みたいじゃない。もう、限界だったんだ。だから、ブギーの挑発に、わざと乗って、決闘して、それでいいや、ってさ。もう勇者なんてどうでもいいし、この学園だって関係ないって」


「え?」あまりにも意外な答えに、リガッタのほうが面食らってしまった。


「でも、もう少しだけ、頑張ってみる。リガッタ君、おれと一緒に、ダンジョンチャレンジ、頑張ろうね」


 爽やかな笑みを浮かべ、カナンは手を突き出す。リガッタは、慌ててその手を握り返した。

 

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【男装女子】姉の最期の願いを叶えるために男装して女人禁制の勇者学園に潜入して■■■■を盗撮するわたしのラストミッション 杉林重工 @tomato_fiber

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