丘を越えて

第43話 旅立ちの朝

 翌朝、まぶしい朝日が魔界の空を紅く染める。明はクロ子に起こされ、2人で日の出を見ていた。クロ子は朝から元気なものの、明はまぶたをこすりながらあくびを連発する。


「ふぁ~あ。眠い。まだ早いって」

「朝は朝日と共に起きるもんだろ。体内時計、リセット出来てないぞ」

「大体、クロ子は猫じゃん、夜行性じゃん。なんで朝にも早いのさ」

「オレは使い魔になってから朝も夜も強いのだ」


 クロ子は自分の特性を胸を張って誇らしげに自慢する。つまり彼女が朝にも強いのは使い魔特典と言う事らしい。明はあくびを噛み潰しながら、そんな彼女の自慢話を右から左に流していく。


「じゃ、僕は二度寝するから」

「待ちな」


 テントに戻ろうとする彼の腕を、クロ子はガッチリと掴む。そこには有無を言わさない強制力があった。嫌な予感を覚えた明は彼女の顔を嫌そうに見つめた。


「離してくんない?」

「起きたら作業開始だ。テントをしまうぞ」

「ええ~! まだ早いって!」

「問答無用! キリキリ動く!」


 クロ子の強い圧に明の抗議はまるっと無視されてしまう。その内にレミアも魔女服で現れ、自分のテントを片付け始めた。こうなってしまうと自分だけわがままは言えない。仕方なく彼も自分のテントを渋々片付けていく。

 撤収作業も済んで朝食も食べ終わったところで、草むらの中からたぬっさんがひょっこりと顔を出した。


(皆さん、おはようございます。今日立たれるのですね)

「たぬっさん?! 見送りに来てくれたんですか?」

(はい。私はお供出来ませんけど、せめて最後まで見届けようかと)

「ありがとう。たぬっさんの事、僕は忘れないよ」


 明達はこの小さな平原の名士に手を振ってさよならを告げる。


「たぬっさん、さようなら。どうかお元気で」

「たぬっさん、またな!」

「たぬっさんのおかげで色々と助かったよ。ありがとう」

(私も楽しかったです。良い旅を!)


 明達は何度も振り返ってたぬっさんの姿を目に焼き付ける。それでも歩き続けているので、やがてその姿は見えなくなった。

 そのまま進んでいると、徐々に地形も変わってくる。ヌルル平原のエリアと別のエリアの境界線に近付いたのだろう。植生も代わり、風の勢いや周囲の匂いも変化してきたような気がした。やがて、道はなだらかな坂に突入する。


「そろそろ平原を抜けたくらい?」

「この辺りは確かリバルの丘……って言うんだったかな? たまに草を食べる穏やかな魔獣に出会えるぞ」

「へぇ、牧歌的なんだなあ」

「他に狼とかも顔を出すらしいから、油断はするなよ」


 草食動物がいれば、それを狙う肉食動物も現れる。それが世の摂理。クロ子の忠告に恐ろしい狼の集団をイメージした明は、ブルッと身震いした。


「狼には会いたくないや」

「何言ってるんだ。狼の素材は高く売れるぞ。丘を過ぎるまでに一度は会いたいものだな」

「先生?!」

「レミア様の言う通りだ。明は弱腰すぎるんだよ。その腰に下げてるものは何だ?」


 相変わらずクロ子は主人の言葉に忠実だ。それは忠誠心なのか、陶酔しているのか、それとも洗脳か――。明の脳内で様々なシミュレーションが繰り返され、結論が出なかった。

 結局考えても無駄と言う判断がなされ、彼は考えるのをやめる。


「まぁ狼が出てきても、僕の魔瘴剣の敵じゃあないだろうけどね」

「お! いいねえ。その調子で頼むぜ」

「任しといて!」


 明は腕を曲げてドヤ顔を見せる。ただし、その腕に力こぶが出来ている様子は見えない。ただの強がりだと見抜いたクロ子は声を出さずにクククと笑う。そのリアクションも彼は受け入れ、笑顔を返すのだった。

 で、肝心の狼はと言うと、姿を見せる気配はない。やはり日中に行動する動物ではないからなのだろう。夜にこの辺りを通りかかっていたなら、遠吠えくらいは聞けたかも知れない。


 丘を歩いてると、何かが突進してきた。それは大きなバッファローだ。魔界にいる以上は魔獣なのだろう。何に興奮しているのかは分からないものの、確実に明達に向かって一目散に向かってきている。その勢いには鬼気迫るものがあった。

 当然、この状況に明は焦る。それでも剣を抜いてこの危機に対応した。


「穏やかな魔獣がいるんじゃなかったの?!」

「あれ? おかしいな。バッファローは大人しいはずなのに」

「魔素器官の暴走だろう。生粋の魔獣でもたまにああなるのがいる。明、あれは倒すしかないぞ」

「了解! 魔瘴斬!」


 明は剣を振り抜いて瘴気の衝撃波を発生させる。的が大きかったのと、バッファローに逃げる気配がなかったので、瘴気は魔獣にヒット。ものすごい勢いで瘴気を体に取り込んだバッファローは、突進してきたスピードを維持したまま倒れ込んだ。地面を削りながら滑り込むバッファローが明の目前にまで迫る。

 明はこの状況までは想定してなかったために判断が遅れ、声だけが口から漏れた。


「うわあああああ!」

「うっせえよ」


 彼のピンチにクロ子が飛び出し、自慢の爪で迫るバッファローを切り裂く。真っ二つになった魔獣は綺麗に左右に裂けてその場に倒れた。

 命拾いした明はその場で力が抜けてしゃがみ込む。


「死ぬかと思った」

「いつもみたいに逃げれば良かっただろ」

「倒せた思って判断が遅れたよ」

「油断禁物だな。これは貸しにしとくぞ」


 クロ子は明に爪を見せて、ニヤリと挑発的な笑みを見せた。この貸しは大きくついたなと彼はブルッと震える。

 そんなこんなで突然の脅威も去り、明は起き上がって剣を鞘に納めた。レミアはどうしてるのかと、彼は顔を左右に振って周囲の様子を確認する。すると、分割されたバッファローを魔法空間アイテムボックスに収納している大魔女の姿が目に飛び込んできた。


「何してんすか?」

「これも売れるんじゃないかと思ってね」

それマジックボックスって、容量に制限はないんすか?」

「このくらいなら余裕で入るぞ」


 倒れたバッファローは全長が5メートル近くはある。それが簡単に入ってしまうのだから魔道具ってのはとんでもない。まさに魔法の道具と言えるだろう。明はそんな素敵道具に感心し、フューッと吹けない口笛を吹く。吹けないのでただ口から空気が抜けていくだけなのだけど。

 そのリアクションを目にしたクロ子が呆れ顔になる。


「何やってんだおめえ」

「え? いやあ、あはは」


 口笛を吹く振りをして音が出ないと言うのは恥ずかしいものだ。醜態を見られた彼は苦笑いで誤魔化した。その態度を見たクロ子は、勝ち誇ったかのように口笛を吹き始める。

 伸びやかに美しい音色で流暢に曲を奏で始め、聴き入った明は思わず拍手をした。


「すごいすごい。感動したよ」

「よせやい、照れるぜ」


 称賛されたのが嬉しかったのか、クロ子は顔を背けて頭を触る。見せない顔はきっとデレデレに崩れているのだろう。明は一緒に聞いていたレミアの方に顔を向ける。

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2025年1月11日 19:30
2025年1月12日 19:30
2025年1月13日 19:30

大魔女レミアの失敗召喚 ~僕は魔王の代わりに召喚されたの?!~ にゃべ♪ @nyabech2016

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