第4話 無意味な任務 その3
「ドラゴンってのは、随分と攻撃力があるんだな。このロボットは大丈夫なのか」
竹内が花子にツッコミを入れたとき、突然、その会話をさえぎるようにサルトゥスの足元の方から声がした。
竹内が下を見ると、このプロジェクトに参加している研究者の中村省吾が、サルトゥスを見上げている。
竹内より一回り上の38歳。出発のあいさつのときから無精ヒゲとだらしない服装をしており、研究者とは研究対象以外には、何ら興味を示さないものだと思い知らされてもいた。
「まだ点検中ですが、たぶん、大丈夫ですよ。被害は装甲だけだと思います」
「装甲とは、そこに積み上げてある汚れた金属板のことか? あれ、少し歪んでいるよな。ってことは、少なくとも800度ぐらいには加熱されたって事じゃないか」
「まあ、そんなものですかね」
「襲撃映像も見せてもらったが、そんなエネルギーが生命体の中のどこにあるというんだ? やはり来たかいがあったな」
「はは……、そうですか」
嬉しそうな中村に、竹内は愛想笑いであわせるしかない。
中村には研究が大切であって、そんな状況にさらされた隊員がいたということはどうでもいいのかもしれない。
「やはり、キミたちに依頼したのは正解だったな。私たちだけではどうしようもなかった。感謝する」
表面的であっても、そう思ってくれるなら、来たかいがあるというものだ。
だが、そういうことは命を張っている者に対して言って欲しいと竹内は思う。
「いえ、これも命令ですから」
「ところで、地球にもテッポウウオのように水を扱う生物がいる。一方で、古代より火は水と同じく神話や物語では定番のエレメントなのだが、地球には火を
唐突な中村の質問に、竹内は戸惑う。
「ん? え、えっと……」
「おいおい、そんな難しく考えるなって。キミも焼肉ぐらい食うだろう」
「あ、焼けて、焦げちゃうってことですか」
「そのとおり。複雑な構造を持つタンパク質が安定してその形態を維持できるのは、せいぜい50度ぐらい。70度を超えるあたりから熱変性を起こすんだ。要するに、おいしく焼けるわけだな。だから、そんな火を扱う生物はいないんだ。
だが、惑星ウーレアーを調査していた無人探査船が無作為に撮って送ってきた写真に、空飛ぶドラゴンが火を噴く姿が映し出されていた。まあ、最初、私もバイキング1号の『火星の顔』と同様に、偶然にそう見えていただけなのだろうと思ったんだ。だが、空を飛ぶ、あの飛行の秘密。この星が地球より軽いからと言って、巨体を簡単に飛ばせるほど、あの翼は十分な能力があるとは思えない。そして、他にも同時に観測した様々なデータは、偶然に見えていただけではないと告げる。これは日本のエネルギー問題を解決するかもしれない。そして、この秘密には、私の人生をかける価値がある。だから、私はこのプロジェクトを立ち上げたんだ」
『「プロジェクト・ドラゴンスレイヤー」ですね』
花子が言う。
「ああ、そうだ。どうだ、カッコイイ、ネーミングだろ?」
そう言いながら、中村はニヤリとする。
だが、竹内は「そんな年でもないんだよな」と思い、反応に困ってしまった。
ため息とともに、中村が首を小さく横に振る。
「君にはロマンって奴がないのかね。それじゃ、研究者としてはやっていけんぞ」
「いえ、俺は整備士なんで」
「ああ、そうだったね。すまない。だが、このネーミング、ちょっとドキドキしないか? 世界を広げてくれるのは、やはり好奇心だよ。ワープ航法があるとはいえ、往復2年以上はかかってしまう。現地調査の期間を考えれば――、キミは3年程度だと聞いているんじゃないかな。コールドスリープで生命体としては2年ほどを先送りになるとしても、友人たちと共有すべき時間がズレるのは、人とのつながり、つまり、社会性をもつ人間としてはそれなりに苦痛なはず。それでも『行こう!』と決意するには、それなりの対価が必要だったはずだ」
その対価が失恋して引きこもる場所が欲しかっただけ。同じ時を過ごしながら、もう交わることのない元・恋人である幼馴染との時間がズレるなんて他にない。「これで他人になれる、ウエルカムだ」と思っていたことは、さすがに言えない。とはいえ、小隊長は今回の任務を受けるにあたって階級が上がったという噂もあるため、出世欲だろうか。案外、ロマンでこのプロジェクトに参加したヤツは少ないのかもしれないと竹内は思った。
「まあ、人それぞれですよ。結局、俺たちは命令があれば行きますからね」
「それはそうだな。『命令』だけが対価だとするなら、キミたちには、やはり感謝しなければならないな」
突然、サイレンが鳴る。
『調査隊が帰ってきました。調査船プローブのハッチを開きます。格納庫周辺にいる方は出入口から離れ、安全を確保してください。繰り返します――』
花子が調査隊の帰還と、乗組員の安全確保のための注意を艦内に対して始める。
「それじゃ、私は研究室に戻るとするよ。この状況じゃ、生け捕りはもちろん、倒した直後の死体を回収するのも難しいかもしれないな。であれば、せめて『ドラゴンの羽』だけでも、もぎ取ってくれないか。頼むよ」
「はい、期待に沿えるよう頑張ります」
「それじゃ、邪魔して悪かったね」
「いえ、お構いなく」
そう言い残して、中村は去っていった。
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