第8話 三号機、発進! その1

 翌朝、小隊はいつもの3機編成で出動していった。


 竹内も小隊を見送ると、点検中の三号機の整備を開始する。昨日のうちに基本的なチェックは終了。予備の装甲板があるものは取り付けた。一部むき出しの部分もあるが、基本的な動きのチェックをする分には問題ない。


「ちょっと、動かしてみるか」


 竹内は三号機に搭乗して、電源をオン。次いで、サルトゥスのエンジンをスタートさせ、起動シークエンスを開始する。

 各種計器類は正常値を示した。


「異常なし!」


 竹内はヘルメットをかぶる。

 そして、VRでおなじみのヘッド・マウント・ディスプレイH M Dを装着する。


 竹内の眼前には、探査船プローブのドックに収まったサルトゥスの視界が展開された。正確に言えば、竹内の視界はサルトゥスの目の視界だけではない。『全方位モード』と呼ばれる全方位型の視界、つまり、サルトゥスの本体各部に取り付けられたカメラを加工し、上下、左右、後ろに至るまでヘッド・マウント・ディスプレイで見ることができるのだ。竹内自身の身体は見えないため、言ってみれば、10メートルぐらいの高さに、自分の頭が浮いているような感覚になる。もっとも、サルトゥスの目の位置のカメラだけを使った『視界モード』、非常時には胸のハッチの上側の半分を開き、肉眼で視界を確認しながら、サングラスのようなメガネタイプのヘッド・アップ・ディスプレイHUDに装着しなおすことで各種計器類の値などを半透明で確認することができる『肉眼モード』を使うこともできる。


「相変わらず、気持ちわりぃな」


 竹内は酔いそうになるために『全方位モード』が苦手だ。だが、整備マニュアルでは、一番死角ができにくい、このモードで整備することが求められている。


「花子、探査船の外に出て、動作チェックを行う。誘導を頼む」

『了解しました』


 視界の前、足元の誘導灯が点灯し、サイレンが鳴る。


『三号機の動作チェックのため、調査船プローブのハッチを開きます。格納庫周辺にいる方は出入口から離れ、安全を確保してください。繰り返します――』


 格納庫内に注意を促すアナウンスが流れる。

 竹内は軽く両足のペダルを前に傾斜させた。

 すると、サルトゥスはゆっくりと前進を始める。


 サルトゥスは『総括コマンド方式』を採用しており、『前進』という簡単な指示を与えると、AIが状況を判断し、もっとも的確な方法を選択して、全身各部を制御してくれるのだ。そのため、パイロットは、戦いに必要なコマンドセットを理解し、その簡単な指示方法だけを覚えればいいことになっている。


 竹内は三号機を探査船の外へと進ませた。


 探査船プローブは川の河口に停めてある。いわゆる「三角州」の脇で、周辺は平坦な場所になっていた。


 竹内は両足のペダルを大きく前へ傾斜させ、サルトゥスを走らせる。また、数メートル程度の岩を見つけては、視点を岩に集中。マーカーが出たところで、手元ボタンで『つかむ』を指示する。すると、サルトゥスは大きさを考慮して、両手で岩を抱え上げた。その後、大きさの異なる岩や倒木を持ち上げて動きを確認し、操作のリセット作業などを繰り返していく。


「問題なし。さてと――」


 そして、竹内は視線を上に向け、両足でガツンとペダルを踏み込んだ。すると、サルトゥスは足で地面をけり込むと同時に、背中と足の周囲のロケットが噴射。一気に数百メートルを飛びあがる。竹内が視界を下へ向けると、AIが着地に適当な、複数の安全な着地候補を画面上のマーカーで示してくる。竹内はそのマーカーから適当なものに視線を合わせて選択。すると、背中と足のロケットを操作しながら、AIが安全に目的地点に着地させてくれた。視線、AIマーカー、『総括コマンド』の操作でサルトゥスを操作していく。つまり、いかに先々の状況を判断して視線動かし、行動を選択していくか――。それが、ロボット戦闘において重要な要素となる。


 菅野たち戦闘員は肉体の一部機械化も行っているので、神経回路と連動させればもう少し直感的な操作ができる。だが、整備士の竹内は、その領域に踏み込まないこととしていた。


「しかし、きちんと動くようになったねぇ」

 思わず、竹内にも笑みがこぼれる。


 思えば、惑星ウーレアーに降り立った1日目は制御プログラムの重力補正にかかりきりだった。神戸重工から重力加速度を軽減した惑星ウーレアー用のパッチファイルはもらっていたが、最後の微調整は竹内がやるしかない。戦闘員は意外と注文が多くて、ちょっと苦労したのだった。もっとも、サルトゥスの『動き』はAIを介して自動で行われる。そのため、その動きの精度が戦場での勝敗を決めると言ってもいいのだ。竹内は面倒だと思いつつも、日々乗りこなしている戦闘員の注文に従うと、雑な挙動がみるみるとよくなっていった。これだけ良くなって感謝の言葉をもらえたのだから、整備士冥利に尽きるというものだ。


 三号機の機体の状態にも満足し、後は曲がった外装を取り付けられるようになんとかしようと思った、そのときだった。


『こちら、探査船プローブ、船長の渡辺だ。竹内君、聞こえるか』


 探査船からの無線が入る。


「はい。聞こえますよ。どうしました?」

『母船のエクスプローラーが送ってきた情報によると、ドラゴンがこちらに向かってくるらしい。対応してもらえないか』

「それなら、小隊を呼び戻してはどうですか」

『それは既にやっている。洞窟のような電波の届かない何かに入っているのか、連絡がつかないんだ。定期報告の時間ではないので、重大な事故があるとは思っていないのだが――。しかし、襲われた三号機の攻撃の状況から、この探査船がドラゴンに襲われればどうなるか分からない』

「そう言われても……」


 しかし、今、探査船の近くにいて、サルトゥスを使えるのは竹内しかいない。


「わかりました。でも、どうするんですか? 機関銃も3丁とも持ち出されていますし、ミサイルも当たりませんよ」

『ありがとう。今日、小隊はアルファ地点の周辺の探索を行っているはずだ。幸い、ドラゴンが向かってくる方向も、ここからアルファ地点に向かう方角なんだ』

「つまり、先に小隊に応援を依頼するか、探査船に向かわないように何とかするってことですね」

『そういうことになる。方角が同じなので、小隊で対応してくれると思うんだが、連絡がつかない以上、手遅れにならないように対応したいんだ。頼むよ』


 断ったところで、探査船がやられてしまったのでは惑星軌道上の母船に戻るすべが無くなってしまう。ここは協力するしかないのだ。


「わかりました。やれるだけ、やってみます」


 そう言うと、竹内は半裸のサルトゥスに、無いよりマシってことでスティンガー・Rを背中に担がせてアルファ地点を目指した。

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