第2話 無意味な任務 その1

「ったく、いきなりやられやがって。――もっとお気楽なミッションだったんじゃねぇのかよ、これ」

 高温で歪んだ装甲を前に、整備士の竹内敦也は、一人ごちる。


 ちょっとした失恋。

 なんとなく、何もかもが嫌になって、募集に応じたミッションだった。


『宇宙に出る』


 今となっては、別に珍しくもないことだ。

 月旅行はもちろん、正月には「火星の実家に帰る」なんてヤツも出てきた。

 だが、よほど頭のおかしい金持ちでなきゃ、太陽系外に出るのは個人では無理。

 というか、危険。

 ヘリオスフィアから外れるということは、宇宙の荒波にさらされるということ。

 小舟で太平洋横断をやろうってのと変わらない。

 そんなことを個人でするのは、名を上げたい冒険家ぐらいのものだ。


 だが、『人類』として、目指すべきものがある。


 かつては、南極に、深海に、そして、宇宙に、「国家」は人を送り込み、そのフロンティアを広げていった。そして、次に研究者を送り込み、その知性の幅を拡大していったのだ。


 軍隊ともなれば、命令には従い、行動するもの。

「自衛隊」という、少々、特殊な看板を掲げていても、組織の規律は軍隊のそれと、基本は同じ。本来なら、命令一つで飛んでいくのだろう。しかし、やや特殊な任務が故に、「公募」と言う形で自主性を重んじてくれたのだ。


 いや、本音を言えば、そうすることで何があったとしても「お前が望んだことだ。だから、俺たちは知らん」と言うことなのかもしれない。


 だが、そんな、あれもこれも、竹内にはどうでもよかった。なんだか数年ぐらいは、俗世から離れたかったのだ。帰ってくれば、30歳を過ぎているだろうか。見てくれも、そう悪くない竹内なら、そんな期間に次の恋もすぐに見つかっただろう。だが、残念ながら、「幼馴染」という属性は、他の誰かでは代えられない。思いやりが足りなかったのか、偉そうだったのか、会う時間を惜しんだのが悪かったのか――。いろんな思いがグルグルと竹内の頭をめぐる。やっぱり、彼女は竹内の傍にいすぎていたのだ。この穴を埋めるのは並大抵ではない。こんなとき、「潜水艦乗りサブマリナー」なら有無を言わさず海底へと引きずり込み、一か月、いや、長ければ数か月ぐらいは引きこもり生活を約束してくれていただろう。それで、気分も変わったのかもしれない。だが、竹内が選んだのは「陸自」。その選択すら、竹内はちょっと後悔しはじめていた。そんな気持ちが、間違った方向に興味を向けさせたのかもしれない。


『簡単な任務だから――』

『戻れば、階級も上がるぞ』

『三食昼寝は保証済み。しかも、金だって使わない。ということは戻れば豪遊三昧ってわけだ』


 そこは「情報戦」も得意とする組織。

『噂』で人心掌握をするなんて、当然のこと。


 そんなことも分かってる。

『情報戦に惑わされるな』

 そういう教育も嫌と言うほど受けてきた。


 全部わかってる。


 分かったうえで、そんな噓に乗せられる『ふり』をして応募したのだ。


 ダラダラして、整備でもして――。

 任務と言う名目で機械をいじって――。

 引きこもっていられる生活。


 さすがに豪遊はウソだが、戻れば金と昇進は約束済み――。


 そんな、日常のはずだった。

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