第3話 無意味な任務 その2

「地上に降りた二日目から、こんなになるなんてな……」

『私たちは幸運です。象座κカッパー星、第四惑星ウーレアーは、地球と似た惑星ではありますが、陸が約七割です。地球が「水の惑星」とするなら、ウーレアーは「山の惑星」。コードネーム:「ドラゴン」は、かなり大きな存在です。事前に送り込んだ無人調査機の、しかも、短時間の調査で捉えられていたため、多く存在しているものと推測されました。しかし、今回、母船「エクスプローラー」の軌道上からの二週間の調査では、その存在が認められなかったわけです。「ドラゴンの巣」にこもっていて出てこないとするなら、この山の惑星で「巣」を探すのは非常に困難となります。そんな中、着陸のしやすさだけで選んだ場所において――』

「はいはい。もういいぞ、花子。そんなことは、俺だってわかってるさ。それから、俺はいいけど、襲撃受けたヤツを前に『幸運です』なんて言うなよ」


 この調査の補佐をしている、陸自の研究所が組み上げた宇宙船向けの支援人工知能の『花子』の解説を、竹内はさえぎった。


『パイロットに関する懸念は、PTSDですね? その心配はないと思われます。確かに、襲撃を受けたことは残念ではあります。しかし、パイロットは無事で、既に補助の四号機で出動しています。そのときの、体温、血圧はもちろん、表情、声のハリも標準時に比べて、むしろ、良好。そのため、前向きな言葉で気持ちを鼓舞する方が得策であると判断します』

「理屈だな……」


 竹内はため息をつく。


「まぁ、俺は女の気持ちが分からなかったからな。言いたいなら、止める気持ちはねぇよ」


 竹内は取り外した装甲部品の玉掛作業を終えると、右腕を上げ、竹内が乗り込んでいる探査船『プローブ』の天井のカメラに向けて、その右腕をグルグルとまわし始めた。

 合図を受けて花子の操作でウインチが巻き上がり、装甲部品が持ち上がる。


「花子、とりあえず、コイツは仮保管場所において、後で倉庫に片づけてくれるか」

『了解です』

「さて、これで、だいたいの装甲が外れたかな」


 竹内は眼前の機械を眺める。


 神戸重工業製、搭乗型人型ロボット『サルトゥス・G』。

 型式:TKG‐83。全長:10.5m。機体色:緑主体の迷彩柄

 惑星ウーレアーに持ってきたのは、胸のハッチを開いて人が搭乗して操作するタイプのロボットだ。道路が整備された場所や、草原のような場所なら戦車や装甲車両あたりが、移動力からして適当なのだろう。だが、山岳地帯や木が生い茂る道路が未整備な惑星なら、二足歩行型ロボットが柔軟性を持ち適当だろうと、陸上自衛隊の特殊機甲部隊に白羽の矢が立ったのだ。もっとも、この調査プロジェクトは、国立研究開発法人宇宙資源開発機構の企画によるものだ。だから、本来、自衛隊は関係がない。だが、目標はどのような反撃をしてくるか分からない「ドラゴン」であることから、一般の人では対応できないと考えたのだろう。もちろん、いろいろな政治権力の、あれやこれやも、あったに違いない。宇宙での訓練を対外的に説明が付く形で行えるとの裏の理由もあるのかもしれない。とにかく、邦人保護の名目で、無理やり宇宙にまで出張でばっていくことになったのだ。

 もともと民製品の工業用ロボット『サルトゥス(TK‐82)』を陸上自衛隊用として兵器に改良されたものが、『サルトゥス・G』だ。所詮は工業用の量産機に兵器としての機能を付けただけであり、顔つきはロボットもののSFで見るような派手はものとは、ほど遠い。本腰を入れるなら、四菱重工製、タイタン4を投入すべきなのだろうが、さすがに主力兵器を、このようなミッションには使えない。

 しかし、神戸重工業は搭乗型人型ロボットの分野では後発メーカーで、そのおかげで、宇宙に持っていく機体に選ばれたと聞き、喜んで制御プログラムの設定修正などを行ってくれた。売っていきたいという下心があるにせよ、竹内には面倒見の良い会社だなと感じていた。


 サルトゥスの装甲は外され、駆動部分などの機械構造があらわになっていた。

 探査船『プローブ』の立位修繕区画のドックに保持されたサルトゥスの機体を、竹内は満足そうに見上げている。


『全裸ですね。お好みですか?』

「仕方ねぇだろ! 整備するためには、装甲を外さなきゃならねぇだろうが!」

『理屈ですね』

「いや、お前がそれ言う?」


 竹内は舌打ちをすると、相手をしていられないとばかりに、サルトゥスが収められたドックに設置された階段を上る。そして、脇のボタンを操作してハッチを開くと、コックピット内に入った。その後、PCのコネクタを接続し、サルトゥスのチェックのためのプログラムを走らせ、機体の点検を始める。


 サルトゥスの機体各部が順次通電されていく。関節のサーボモーターやアクティブ・アブソーバー、推進用ロケットに燃料を送るポンプやスラスターの制御など、通電の影響で機体の各部がピクピク反応していた。そんな機械の動きが、医者を怖がっている子供のようで、竹内はちょっと好きでもあった。


 そして、プログラムは、次々と『OK』を出し、異常がないことを知らせてくる。

 サルトゥスの制御系には問題がなさそうで、竹内は安心する。


『竹内さんは、全く肉体の機械化を行っていませんね。機械制御において、電脳化は機体との一体性を高め、反応速度を上げます。なぜ、行わないんですか?』


 不意に花子が話しかけてきた。


「まあ、俺は戦闘員じゃねぇからな。必要ねぇよ」

『しかし、整備においても、その確認の必要性はあると思いますが?』


 竹内は首をかしげる。


「整備を教えてくれた先輩によるとだな、結局のところ、肉体と機械の間にはクセがでる。まあ、相性ってヤツだな。そういうのは自分が機械化したところで、自分だけの癖で動くわけだから分からないんだ。だから、中立的な立場で、機械のことは機械に任せるってのが、先輩からの教えなんだわ」


 無反応な花子。


「その辺、理屈じゃねぇんだよ」

 フフッと笑ってやる。


 なんだか、AIを打ち負かしたようで、竹内は嬉しくなった。


「いえ、そんなことはありません。つまり、人体とは、手、足、目、口など、基本的な構造は同じではありますが、毛細血管や神経の末端など、究極的には個体差が生じます。そのため、基本接続においては問題を生じませんが、そのような各種回線の詳細の差異が、竹内さんがいう所のクセという曖昧な――」

「いや、ムキになるなよ!」


「ドラゴンってのは、随分と攻撃力があるんだな。このロボットは大丈夫なのか」


 竹内が花子にツッコミを入れたとき、突然、その会話をさえぎるようにサルトゥスの足元の方から声がした。

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