第7話 シエルの奔走

 銀河の森に満ちる月光が揺らぎ、地響きと共に裂け目が無数に広がり始めた。宙太ちゅうたは空中に囚われたまま、解き放たれたほこらから放たれる光が包み込み視界を奪われる。


 ――その頃、仮面の男にかけられた結界に閉じ込められていたシエルは、抵抗を続けていた。光の壁に何度もぶつかりながら、その首元の翡翠ひすいの玉が淡く光を放ち始めた。それは、宙太がシエルに授けたお守りの首輪。数年前、母犬とはぐれ彷徨っていたシエルが祠の結界に触れて負傷した際、宙太が母・星愛せいあに頼んで施してもらった守護玉エーテル・レゾネーターだった。


「ワンッ!」――シエルは低く吠えた。


 結界が一瞬だけ歪み、翡翠の光が結界の波動に干渉する。その隙間すきまをシエルは見逃さなかった。全身の力を振り絞り、再び光の壁に突進すると、翡翠の玉が強く輝き、結界が弾けるように砕け散った。


 解放されたシエルは、銀河の森を駆け出す。ただ一直線に、森を抜け、川沿いの道を疾走する。月明かりに照らされるその姿は、まるで星の使者のようだった。


 ♢


 風が強く吹き付ける夜の川辺を走り続け、シエルはやがて風車のある丘に辿り着いた。そこには、星羅せいらの家があった。風車は風に合わせてゆっくりと回転し、光を放つ複雑なエネルギーリングが微かに軌道を描いていた。それは星霊ネビュラの力を集め、風力と融合する未来的な構造物――「エアスピン・ステラタービン」――だった。


 地響きが鳴り、丘が震える異様な音に目を覚ました星羅せいらの家族は、慌てて外へ飛び出していた。


「どうしたの、シエル?!」


 星羅が驚きの声を上げる。シエルは星羅のスカートに噛みつき、引っ張り始めた。


「何? どうしたの、伝えたいことがあるの?」


 星羅はシエルの焦りを感じ取り、すぐに事態の異常さを察した。


「お父さん、何かが起きてる! 私、シエルと一緒に行ってくる!」


「待ちなさい、星羅!」


 父の制止を振り切り、星羅はシエルに導かれるまま門へ走り出す。すると、家の中から祖母・星詠せいえい(本名:セレスト・ニウエ・ミラ・星詠)が静かに姿をあらわした。彼女の手には古びた杖が握られている。その様子を見ていた星羅の祖母・星詠せいえいが、静かに前へ進み出た。


「銀河の森が呼んでいるようだね。…シエル、道を示すのかい?」


 彼女は夜風に長い白髪を揺らしながら、シエルに向かって手をかざすと、小さく呪文を唱えた。


「星の光、導きを示せ。――転位陣ワープシフト・ドライブ


 星詠の手のひらから青白い光が放たれ、地面に複雑な転位陣が描かれていく。シエルはその光の中に立ち、星羅に向かって再び吠えた。


「ここから行くのね…!お祖母様ばあさま、ありがとう。」


 星羅がシエルと共に転位陣ワープシフト・ドライブに足を踏み入れると、星詠が祈るように呪文を続け、彼らを宙太の元へと送り出した。

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境界の奇跡、時の残響【カクヨムコン10 (エンタメ総合短編部門) 応募作品】 悠鬼よう子 @majo_neco_ren

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