第11話 勇者の力の可能性
「俺が行方不明になってた間は、だいたいこんな感じだったよ」
俺の言葉を聞いても、美弥と環奈ちゃんは半信半疑という視線を崩さなかった。それも無理はあるまい。
いきなり異世界などと言われて、信じられる方がおかしいのだ。
「……本当に、異世界?」
「ゴーレム、見ただろ?」
「そりゃ、見たけど……」
まだ美弥は納得できない心境らしい。
そりゃ、いきなり異世界転生とか言われても、納得はできないだろう。
だが古くから創作で使われているくらいだし、そういった状況は把握できているようだ。
「あの、刀護さんの第一クラスって、アルケミストなんでしたっけ?」
「ああ、そうだよ」
「じゃあ、回復ポーションとか作れるんですか!?」
「うーん、作れると言えば作れるし、作れないと言えば作れない」
「よくわかりません」
「素材が無いんだ」
ダンジョンから手に入るのは魔石のみだ。生命力を回復させるポーションを作るために必要な薬草は、日本にはない。
つまりポーション用の薬草が手に入らない以上、日本でポーションは作れない。
「魔石で代用できないんですか? ほら、魔法みたいに」
「どうだろう? 試したこともないし、試す機会もなかったから」
探索者の中には、魔法を扱う者もいる。しかし日本では魔力というステータスが存在しない。
では、どうやって魔力を調達しているのかというと、それは魔石だ。
魔石から探索者が直接力を引っ張り出し、それを利用して魔法を使用するのだ。
だが、せっかく回収してきた魔石で魔法を使う以上、利益としてはかなり減ってしまう。
だから駆け出しの探索者で魔法を主力で使うものは、あまりいない。
「なんだ、できないんだ? 大儲けできると思ったのに」
「お前な……」
美弥のあまりな言葉に、俺は絶句する。
そもそもダンジョンの出現で、医療は大幅に進化している。
魔石を使った治療魔法なら、手足の部位欠損ですら再生できる。
回復ポーションという存在は現在確認されていないが、作れるのなら世界が変わるほどの発見となるだろう。
借金を抱える身としては、非常に魅力的な話だ。しかし――
「ダメだな。世間への影響が強過ぎる」
「そんなに? 治療魔法もあるから、そこまでじゃないんじゃない」
「治療魔法の場合、魔石の用意や魔法を使う者を連れてこないといけない。回復ポーションはいつでも持ち歩ける手軽さがある」
「いつでも使えるっていうのは、大きなアドバンテージですよね」
反論する美弥とそれを論破する俺。環奈ちゃんは俺の意見を支持したようだ。
それに他にも理由はある。
「そうだね。それに大きな利権が発生するのなら、それに群がる連中も寄ってくる。場合によっては非合法な手段で独占しようと考える輩も出るかもしれない」
「非合法って……考え過ぎじゃない?」
「例えば俺に言うことを聞かせるために美弥を人質に取るとか、充分に考えられるぞ」
「えっ、うそ」
「マジで」
異世界では強欲な権力者が強硬手段に出てくることは、数多くあった。
日本よりも法整備が行き届いていなかったことや、遵法意識の低さを含めて考えても、あまりにも頻繁に。
それだけ『力』というものは、理性を失わせる代物だということだ。
俺も力に溺れそうになったことが何度かあったが、そのたびにアクアヴィータ姫が力ずくで止めてくれたものだ。
うん、力ずくで……
「そんな怖いのは勘弁よね。さっきのは無し!」
「そうした方がいいだろうな。でも美弥たちが持ち歩く分くらいは作っても……」
「ダメダメダメ! どこから話が漏れるか、わかったモノじゃないんだから」
「そこまで嫌がるなら、この件はとりあえず置いておくか」
美弥としては、これ以上の面倒ごとには遭いたくないという思いだろう。
俺だって無駄に金銭が絡んだ泥沼に足を突っ込みたくはない。
そんなことを考えていると、何やら環奈ちゃんがもじもじとしていることに気が付いた。
「どうしたの? トイレならそこに……」
「違います!」
「お兄ちゃん、サイテー」
「え、なんで?」
そう言えば、異世界でもアクアヴィータ姫に同じことを言って殴り飛ばされた記憶がある。
あの姫様、見かけと違ってバイオレンスな人だったからなぁ。
「そうじゃなくって。えっと刀護さんは異世界に行ってたんですよね?」
「まぁ、そうだね」
「じゃあ、ロマンスとかなかったんですか? 仲間にお姫様がいたみたいですし」
「恋バナってやつか。あー、まぁ……」
ロマンスと言えばロマンスだったのかもしれない。
「最初は恋愛感情どころじゃなくてね。どっちかっていうと出来の悪い弟と、優しい姉って関係が近かったかな」
「年上だったんですか?」
「当時は俺が十四歳で、アクアヴィータ姫は十六歳だったな」
「刀護さんは今二十二歳でしたっけ?」
「そうだね」
「じゃあ、ちょうどいい年齢だったんですね!」
「いやぁ、最初はそれどころじゃなかったんだよ」
なにせ俺は大した身体能力を持っていなかった。しかも第一クラスが勇者ではなく錬金術師。
かろうじて第二クラスがブレイバーだったおかげで勇者認定されていたに過ぎなかった。
そんなわけで『ハズレ勇者』として認識された俺は、その認識を覆すためにがむしゃらに頑張っていた。
しかしそんな俺を嘲笑う連中もいたわけで……
「俺を馬鹿にした騎士連中をな……」
「騎士たちを?」
「全員拳で黙らせてた」
「拳で?」
「拳で」
最初、俺が口にした単語を理解できず、理解した後はその光景を想像できず、二人はぽかんと口を開いた。
アクアヴィータ姫は一見すると楚々としたお淑やかな美少女だ。
艶のある銀髪に白磁のような白く透ける肌。深い海のような蒼い瞳。当時は少女だったので、スタイルはそこまでではなかったが、それでもスラリとした立ち姿は美しいと感じられた。
中身もそれに負けず劣らず、心根も優しく、心身ともに美しい女性だった。
ただ怒り出すと手に負えない、なんというか……見た目に寄らずやんちゃなお姫様だった。
それもそのはず、彼女の第一クラスはなんとグラップラー――格闘士である。
第二クラスが聖人で特殊スキルに次元魔法というスキル持ち。第一クラスが残念過ぎるだけで、お姫様にふさわしい有能な女性だ。
いや、格闘系のお姫様というのは、有名国産RPGでも出てきたので、想像できないこともないかもしれない。
しかしアクアヴィータ姫は、あのキャラクターのように活発な印象は全くなかった。
それだけに彼女の剛腕を目にした人間は、皆目を丸くしていた。
「いや、お兄ちゃん、ゴメン。イメージできない……」
「うん、気持ちはわかる」
「刀護さん、誰かと間違っているんじゃ?」
「うん、気持ちはわかる」
大事なことなので二回。いや本当に彼女のことを聞くと、みんなこんな反応をするんだ。
「た、大変だったんですね」
「うん、異世界の女性はどこか肉食系でね。もう一人の仲間なんか、油断するとベッドに忍び込んできて大変だった」
「ベッド!?」
ペロルが俺に迫ってきたのは『強者と子孫を残すべき』という、種族特有の本能に拠るところが大きい。
実際、彼女が本能に目覚めるまでの十一歳までは、本当に可愛い妹のように思っていたものだ。
「ああ、大丈夫。未遂だったから。その直後にアクアヴィータ姫がかかと落としでベッドに叩きつけて止めてくれたよ」
「かかと落とし……?」
「ベッドが壊れたけどね」
「……………………」
かかと落としは頭上よりも高く足を振り上げ、その反動でかかとを相手の頭や肩に叩きつけるダイナミックな技だ。
異世界でなぜそんな特殊な蹴り技が知られていたのかわからないが、過去の転移者が伝えたのかもしれない。
「まぁ、俺の話はいいんだ。美弥はなんでダンジョンなんかに入ってるんだ?」
美弥は俺のコーチを必要とするくらい、ダンジョンに苦戦していたと聞いている。
宗像家に引き取られているのなら、環奈ちゃんのように金銭的な問題もないはずだ。
「あー、ほら私養子じゃん? だからお小遣いもらうのも気が引けるわけよ。だから、ね?」
「そりゃ……わからんでもないが」
「だから少しでも戦えるようになりたくってさ」
「じゃあ、俺がお小遣い上げるから、ダンジョンはやめておいたら?」
俺の意見に、美弥は確固とした意志を持って首を振った。
「ヤだよ。環奈だって頑張ってるんだし」
「そうか」
俺は美弥の言葉を聞いて少し感激し、つい昔の感覚で頭を撫でた。
すると美弥はその手を振り払って、こちらを睨む。
「やめてよね。女の子の髪に気安く触らないでよ。髪型乱れちゃうじゃない」
「いや、もう乱れに乱れてるだろ。でも、すまん」
俺から逃げ出したときの騒動で、美弥の髪は乱れきっていた。手櫛で整えてはいたが、整っているとは言い難い。
ペロルなら喜んで頭を差し出してきたんだけど、やはり日本だと感覚が違うんだと、変なところで感心してしまう。
「あ、私は撫でてもいいですよ。さぁ! さぁ!」
「やめなさいって。慎みを持ちなさい」
俺に向かって頭突きでもせんばかりに頭を突き出してきた環奈ちゃんの肩を押して、距離を取った。
今の日本では彼女たちくらいの女性に下手に触れると、セクハラ認定されてしまうのだ。
妹の美弥ならともかく、出会って間もない彼女相手では少し気後れしてしまう。
「とにかく! じゃあ、美弥は引き続き俺のコーチを受けるってことでいいんだよな?」
「うん、ちょっと思うところはいろいろあるけど、お願い」
「なら……昼飯食った後に出直してみるか?」
「わかった。なんか午前中はぐちゃぐちゃになっちゃったしね」
そう言いながら、俺は昼用に買ってきた弁当を電子レンジに突っ込む。
異世界で野営仕込みの料理をふるまってやりたい気もしたが、そもそも食材も無ければ器具もない。
一人暮らしではコンビニ弁当が便利過ぎると、身をもって思い知ってしまったのだ。
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