第三章 再会
第9話 勇者とあらぬ疑惑
その日も、俺は環奈ちゃんと一緒にダンジョンに潜っていた。
フォーメーションも昨日と同じ、俺がゴブリンを押さえ、彼女が後ろから撃つ形だ。
この一か月、ダンジョンに潜り続けているおかげで、一層の地形はほぼ把握している。
そこに俺の気配察知能力を合わせて、最短でゴブリンを探し当て、狩っていく。
すでに彼女の躊躇いも薄らぎ、滑らかな動きで射撃していた。
「だいぶ慣れてきたみたいだね」
「はい、刀護さんのおかげです」
連続して三戦し、いったん休憩をはさんでいる間に、彼女の様子を見る。
ゴブリンを倒すことにもかなり慣れ、躊躇うことも少なくなってきた。
しかもこの日は弓の補助もほとんど必要なく、高い命中率を発揮しつつあった。
弓に擬態したゴーレムは、俺の魔力がある限り消え去ることはない。そして俺の魔力は、ゴーレム一体では消費しきれないほど潤沢だった。
出しっぱなしにしても回復量の方が多い。
「この弓もだいぶ馴染んできてる感じです」
「そうみたいだね。気に入ってくれてよかった」
もともと弓にかなり高い適性を持っていたのかもしれない。
そこで彼女が、妙にもじもじした動きを見せていることに気が付いた。
「どうかした? あ、ひょっとしてトイレとか?」
「違いますっ!?」
少々デリカシーにかける質問だったからか、彼女は強い口調で否定した。
顔も赤くなっていたので、これは俺の失言だったと理解する。
「あー、ゴメン。よく気が利かないと言われるんだ」
「い、いえ。私こそ怒鳴っちゃってごめんなさい。実は……」
そこで佐藤さんから、学校の同室の生徒もダンジョンに適応できずに困っていることを告げられた。
できれば彼女もコーチしてほしいと、頼まれる。
「うーん……その子もとどめを刺せないタイプなんだ?」
「いえ、私ほど酷くはないんですけど、やっぱり一瞬躊躇しちゃうみたいで」
「浅層ならともかく、もっと強い敵が相手だと致命的だよね、それ」
「はい。ですから」
彼女の言いたいことはわかる。しかし、一人だけなら弓を薦めて遠距離での戦いを教えればいいが、二人とも同じ戦法となると、ちょっと問題がある。
二人とも遠距離だと、敵の押し付け合いが発生しかねない。
「二人が同じ戦い方をする必要はないか。ならその子には敵を引き付けて耐える立ち回りを教えれば……」
「引き受けてもらえるんですか?」
「うん、まぁ。佐藤さんだけってのも、なんだか贔屓みたいになっちゃうからね」
「やった! じゃあ、今度連れてきますね」
「ああ、いいよ」
彼女と同室ってことは、その子も女子高生ということである。
女っ気のない俺としては、断る理由はない。
異世界で勇者と呼ばれていたが、決して聖人君子ではない。それなりな下心だって持ち合わせていた。
もっとも、俺の周辺の女性は、俺がドン引きするほど下心を隠さない連中だったので、残念ながら何事もなく帰還してしまった……
ともあれボッチでダンジョンに潜るついでに、潤いと癒しを求めても罪には問われまい。
「そういえば、今日もそろそろ二十匹くらいですね」
「もう? ペース上がったなぁ」
前回は二十匹に到達するまで二時間ほどかかった。しかし今日は一時間半程度しか経っていない。
手順がわかったというのもあるだろうけど、彼女の連携速度が上がったのが大きい。
こちらが指示を出すより先に俺が抑えた敵を射抜いているので、ペースが上がっている。
「うん、佐藤さんも手慣れてきたね」
「はい! あ、そうだ……」
「なに?」
再び彼女はもじもじと指を絡めだす。
何か言いにくいことでもあるのだろうかと、身構えた。
しかし彼女の口から飛び出したのは、まったく別のことだった。
「私も『刀護さん』って呼んでいるんですから、刀護さんも『環奈』って呼んでください」
「えっ!?」
一瞬嬉しさでにやけてしまいそうになったが、妹と同年代の彼女と仲良くなってしまうのはどうかと煩悶する。
しかし、目の前の彼女の悲しそうな表情には勝てなかった。
「うー……」
「え、えっと……環奈、ちゃん?」
「はい!」
少し恥ずかしそうに頬を染めながら、こちらに笑顔を向けてくれる。
この控えめな好意はとても可愛らしい。
これがペロルだったらそのまま飛び掛かって来ていたし、アクアヴィータ姫なら『冗談言わないで』と言いながら物理的なツッコミを食らっていただろう。
うん、あの姫様、見た目と違って過激なツッコミをしてきたからな。
そのまま互いに見つめあい、沈黙が続く。
俺もこんな反応を返されたのは初めてなので、なんと言葉を返していいのかわからない。
恋愛経験は、ほとんどないのだ。
「と、とにかく、今日はこの辺にしようか?」
「わかりました。私もムナッちに知らせないといけないし」
「その『ムナッち』っていうのが、同室の女の子?」
「はい。少し気が強いんですけど、良い子ですよ」
環奈ちゃんの言葉に俺は少し安心した。気難しい子だったらどうしようかと、内心ちょっと心配になっていたからだ。
なにせ俺は、異世界八年生。日本の事情なんてほとんど知らないわけだから、話題についていけない可能性がある。
無邪気にジェネレーションギャップを指摘されたら、ちょっと耐えられないかもしれない。
そんなことを考えながら地上に戻って、魔石買い取り所に向かう。
「あ、夏目さん! 今日もご苦労様です」
「いつもお世話になってます。今日もお願いしますね」
「はい」
カウンターのお姉さんが、いつもの朗らかな口調で挨拶してくれる。
おかげでダンジョンでの疲労が吹っ飛んだ気分だ。
「今日も佐藤さんと一緒なんですね?」
「ええ。しばらくの間だけですけど」
「でも、夏目さんも1レベルなんですよね」
「そうですね。でも、考え方次第で、多少は楽になるんで」
世間話をしながらカウンターに魔石を乗せる。彼女も話をしながら魔石買い取りの手続きをしてくれた。
この辺は互いに手慣れたものである。
「手は出してませんよね?」
「物騒なこと言わないでください!?」
「まぁ、私は夏目さんを信頼していますけど」
「信頼している人はそんなこと言いません! まったく」
「ごめんなさい、言葉が過ぎましたね」
ニコニコ笑いながら明細とお金をトレイに乗せてこちらに差し出してくる。
金額は十四万円。今日一日で二十八匹倒した計算になる。
俺は五万円を俺の口座に、二万円を財布に入れ、残った七万円を環奈ちゃんに渡す。
「はい、今日の収入」
「夏目さんに抑えてもらっているのに、山分けなんて悪い気がします」
「気にしないで。次からはもう一人増えるから、ちょっと減るかもしれないけど」
「それは気にしてません。今ですら稼ぎ過ぎな気もして、ちょっと震えてますから」
「さすがにそれは大げさだよ」
軽く冗談を交わしてから、環奈ちゃんは手を振って建物から出て行く。
名残惜しそうではあったが、彼女には寮の門限があるのでしかたない。
「じゃあ、夏目さん。また明日、ムナッちと一緒によろしくお願いします!」
「ああ、楽しみにしているよ」
「私と一緒なのは楽しみじゃないんですか?」
「それももちろん楽しみだから。気をつけて帰るんだよ? 本当に送らなくても大丈夫?」
「大丈夫です。寮監に見つかると、面倒だし」
「俺も頑固な大人ってのは遠慮したいからなぁ」
「あはは、じゃあ、また明日です!」
「うん、またね」
手を振りあって環奈ちゃんと別れると、背後から何やら圧を感じた。
恐る恐る振り返ると、受付のお姉さんが何やらすごい目でこちらを見ていた。
「あの、なにか?」
「夏目さん、また女子高生に手を出すんですか?」
「またってなんですか!? それに手も出してませんよ!」
「いかにダンジョン内で日本の法律が適用されないとはいえ、彼女は未成年ですよ?」
「わかってます、わかってますから!」
ずいっとこちらに顔を寄せて睨んでくる彼女の迫力に、俺は両手を上げて無罪を主張した。
「どうしたんです、急に?」
「なんでもありません。そもそも夏目さん、私の名前だって知らないですし……」
「え? 遠藤さんですよね。名札にそうありますし」
「知ってくれてたんですか?」
「そりゃあ、いつもお世話になってますし」
彼女の名前がなぜ関係してくるのかさっぱりわからないが、名前を口にした瞬間、彼女の態度が軟化した。
というか、上機嫌になった。
毎日話をしているのに、名前を呼ばなかったのが気に入らなかったのだろうか?
親しき中にも礼儀ありともいうし、これからは積極的に名前を呼んでいくことにしよう。
魔王軍の領域内で、見知った仲間と長く旅をしていたせいで、仲間以外の名前を呼ぶということを意図的に避けていたのかもしれない。
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