第8話 勇者のしでかしの後始末

 人目のない路地裏で昼間に見た三人組が、怒りに燃える視線で俺を睨みつけていた。

 背後の気配を探ってみると、環奈ちゃんはためらいながらも、俺が言ったように店に避難したようだった。


「なにか用かな?」

「しらばっくれてんじゃねぇよ、『バールおじさん』」

「俺のこと知ってたんだ?」

「調べたんだよ、レベル1が!」


 俺を揶揄する言葉として『レベル1』というものがある。

 いつまで経ってもレベルアップしない俺のことをバカにしている連中が広げている呼び名だ。

 毎日ゴブリンだけを狙ってダンジョンに潜り、小銭を稼いで組合に気に入られる雑魚。

 そうみている連中が少なくないことも、知っていた。


「人のナンパを邪魔しておいて、自分だけお楽しみかよ」

「てめぇボコった後は、あの女にも詫び入れてもらうからな!」

「タマ潰れるかと思ったじゃねぇか。てめぇも同じようにぶっ潰してやるからな」


 潰れるかと思ったということは、潰れてなかったらしい。だというのに俺のは潰そうというのだから、理不尽な話だ。

 もっとも怒り狂ったバカというのは、理屈も常識も通用しない。

 異世界でもこういう奴は何人もいた。


「つまりお前らは俺に暴行を加えて、彼女にも乱暴するつもりなんだな?」

「そういってんだよ、バカが」

「しょせんレベル1だからな。頭の巡りも悪ィんだろ」

「あの女が今から楽しみだぜ」

「わかった。つまり遠慮はいらないってことだ」


 と言っても、この日本で殺人を犯した場合、過剰防衛で俺の方が罪に問われる可能性がある。

 かと言って野放しにした場合は、いつまでも彼女が狙われることになるだろう。


「殺さない程度に……しかし、やるなら徹底的に、だな」


 俺は多少の覚悟を決め、凶悪な笑みをこぼす。

 それを見た男たちは何か感じるところがあったのか、数歩後ずさりした。

 そして俺は、自分の闘争本能を解き放つことにした。


 最初にリーダーと思しき男の首を引っ掴み、そのまま持ち上げる。

 絞首刑のように吊り下げられた男はもがき苦しみ、俺に向かって蹴りを入れてくる。

 一般人なら、その蹴りで吹っ飛ばされていただろうが、俺にとっては蚊に刺されたほどにも感じない。

 存分に反撃させた後、俺は男を地面に叩きつけた。

 それだけでコンクリートは砕け散り、男は地面にめり込んだ状態で失神していた。

 残る二人は俺に殴り掛かろうとしていたようだが、あまりの仲間のやられ様を見て、たじろいでいる。

 その隙を逃さず、俺は残る二人も同様に容赦なく掴み上げて地面に叩きつけ、失神させた。


「さてと、あとは後始末だな」


 このまま放置して置いたら、男たちの口から俺の存在が警察に伝わり、俺が捕まる可能性があった。

 だから犯人を偽装して、他の人間の目に晒す必要があった。

 鉄球を一つ取り出し、ゴーレムを一体作り出す。

 そのゴーレムに男たちを掴ませ、街路の方に放り投げさせた。

 男たちは壊れたおもちゃのように路上に投げ出され、何事かと野次馬が集まってくる。

 そこに俺のゴーレムを進み出させ、その姿を衆目に晒した。


「なんで、こんなところにモンスターが!?」

「た、助けて!」

「きゃあああああああああああああっ!!」


 悲鳴と疑問が沸き上がり、混乱が周囲に満ち溢れる。

 数名の怪我人が出たようだが、そこは申し訳ないと思う。しかし俺だって犯罪者になりたくはないのだ。

 存分に衆目に存在をアピールしたところで、俺はゴーレム召喚を解除した。

 触媒に戻ったゴーレムは、大きさ一センチ程度の鉄球でしかない。

 もちろん魔力は籠っているのだが、それは専門の研究者が見ないとわからないだろう。

 突然現れ、そして掻き消えたゴーレムに大衆は混乱する。

 その混乱に紛れるようにして、俺は環奈ちゃんが待つ喫茶店に逃げ込んだ。

 店内を見回し、環奈ちゃんを見つける。


「刀護さん!」

「おまたせ」

「いえ、それよりモンスターが出たって騒ぎが……」

「そうみたいだね」


 外ではゴーレムが足を踏み鳴らし、存在をアピールさせておいた。

 人目があるので触媒の回収には行けないが、 まぁ一個くらいならすぐに作り直せるので良しとする。


「そうみたいだねって……」

「ほら、もう消えちゃったみたいだし」

「えっ、消えたって!?」


 俺の背後を覗き込む環奈ちゃんの背を押して外を覗かせる。

 そこには破壊された街路と、突然消えたゴーレムに困惑する民衆の姿があった。


「え、ええ?」


 外の群衆と同じように目を丸くする彼女は、子猫みたいで微笑ましい。

 俺は思わず小さな笑みを漏らして、彼女の座っていた席に着く。

 外の騒動のせいでなかなか注文を取りに来てくれなかったので、ベルを鳴らす。

 この混乱で悠然としている俺に困惑した様子のウェイトレスにコーヒーを注文して、大きく息を吐いた。


 変な連中に絡まれたり、安田とかいう探索者に絡まれたりしたが、小動物のような環奈ちゃんと買い物を楽しめたのだから、差し引きは充分プラスだろう。



  ◇◆◇◆◇



 ゴーレムが街中に出現した。そのニュースはただちに警察に伝えられ、そして日本迷宮管理組合にも伝えられた。

 ダンジョンからモンスターが出てくるという事象は、少数ではあるが存在している。

 事実、日本でも初期の頃にその被害を出していた。


「街中にモンスターが!?」


 報告を聞いた日本迷宮管理組合ダンジョン課の高橋は、驚愕の声を上げた。

 日本は迷宮管理が比較的成功している国であり、周辺の安全も確保されている方だ。

 魔石回収に関しては他の国から後塵を拝しているが、積極的に自衛隊の特殊部隊を投入し、治安の維持に励んでいる。


「ええ。ですが既に討伐されたのではという話で……」


 報告を持ってきた相方の田中は、困惑したように報告書を読み上げる。

 彼の声にも、納得がいかないという感情がありありとにじんでいた。


「報告によると十四時四十八分に警察にモンスター出現の報が届きました。即座に現地警官が対応に向かいましたが、すでにモンスターの姿はなく、目撃者の証言や監視カメラの映像からは『消えた』としか……」

「消えた?」

「はい。すでにSNSに投稿された動画などもありましたので、そちらもチェックしたところ、本当に霧のように消えていました」


 野次馬が撮影した画像が、短文投稿サイトや動画配信サイトなどですでにアップロードされていた。

 危機感の薄い日本人は、死を目前にしても他人事のように行動する者も多い。

 モンスターを前に撮影するなど、ダンジョン管理の甘い海外ではあり得ない愚行だった。

 その呑気さに高橋は頭を抱えてしまう。


「過去に死者も出ているというのに……」

「おかげでこちらの情報収集は楽になりますけどね」

「死者が出たら非難の矢面に立たされるのは俺たちだぞ」

「それは勘弁してほしいですね。で、どうします?」

「どうしますもなにも……ひとまず現場に行かなきゃ話にならないだろう」


 一般の警察ではダンジョン関係の事件は把握しきれないだろう。

 そう考えて、高橋は田中を連れて庁舎を出た。




 移動の車中で、件の動画を確認する。


「なんだ、これは?」

「このサイズでこの頭身だと、中に人が入っているということはなさそうです」

「手足の比率が短過ぎる。あと足の間も広いから人間では無理だな」


 歪な形状ゆえに明らかに人が入っていないと、見てわかる。

 しかしそれならそれでモンスターの可能性が上がるということで、これもまた頭の痛い問題だった。


「しかもこの消え方……モンスターが倒された時の消え方に似てるが――」

「倒した者がどこにもいませんね。普通の消え方じゃありません」

「魔石も残されていなかったんだろう?」

「近隣の監視カメラをまだチェックしていませんが、報告には上がってきていませんね」

「また面倒な……」


 今度こそ、高橋は頭を抱えた。

 この一か月、彼の担当する区域で奇妙な出来事が頻発していた。

 最初は一本の緊急救助要請の連絡からだった。




 その日、日本迷宮管理組に届いた連絡は、奇妙な男が保護されたというシンプルな連絡だった。

 崖の中腹に全裸の男が引っ掛かっている。その情報を受けて山岳救助隊が即座に編成され、ヘリまで動員して救助された男。

 それがなぜ自分に? と疑問に思っていたが、件の男に会ってみるとその認識は一変した。


 警察が男の身元調査を行ってみると、男はダンジョンに落ちて死亡認定された男だったらしい。

 その男――夏目刀護と会いに行くと、彼はまだ意識を取り戻してはいない状態だった。

 担当医師の話を聞くと、意識は戻っていないが命に支障はないという話だった。

 それは刀護の異様に鍛えられた肉体のおかげだとも言っていた。

 実際に目にしてみると、明らかに通常のトレーニングでは身につかない強靭な肉体がそこにあった。

 まったく無駄のない筋肉はマッチョというほどボリュームがあるわけではない。

 しかし芸術彫刻のように研ぎ澄まされた肉体は、明らかに室内トレーニングのものとは別物。

 それを証明するかのように、全身に無数の傷跡が残されていた。


「この傷跡は……?」

「救助した時のものではありません。かなり古いものも含まれていますから」

「いったいどこで?」

「わかりません。ですが……」

「が?」


 そこで医師は口をつぐむ。怪訝に思った高橋が先を促すと、医師は重々しく続きを口にした。


「検査の結果、『位相干渉能力』が確認されました」

「モンスターを倒せる人材だと?」

「それも、この傷の様子だと、かなりの『経験』を積んでいるかと」

「だとするとかなりの戦力が期待できますね」

「ええ、おそらく」


 日本は魔石回収で出遅れている。自衛隊の部隊を投入しているが、民間での活躍が海外より遅れている。

 おかげで常に戦力不足に悩まされていた。

 焼け石に水かもしれない。事情もあるのだろう。それでも遅れを取り戻すために、この男を投入しようと、この時の高橋は考えていた。




 高橋の目論見が当たったのか、夏目という男は普通の人間ではあり得ないほどの忍耐力を発揮して、魔石を供給し続けてくれた。

 それは良かったのだが、彼は『バールおじさん』と呼ばれ始め、彼をリスペクトした探索者がバールでダンジョンに挑むという事件まで起き始めた。

 武器が武器足りえるのは、武器として設計製造されているからだ。

 高い殺傷力と頑丈さ。それは工具では及ばぬ性能を持っているとも言える。

 彼の真似をして大怪我をする者も報告され始めていた。


「夏目刀護、そして無駄なバール人気、スケルトンの出現、とどめはダンジョン外のモンスター……」


 頭を抱え、天を仰いだまま、高橋は呟く。

 目的地に着き、車が止まっても微動だにしない高橋に、田中は心配そうに視線を向けた。


「大丈夫ですか?」

「ああ。スケルトンの事件で少し寝不足だっただけだ」


 先日報告されたスケルトンの目撃情報。それを知り、過去のスケルトンの出現地域の再確認や討伐報告などに目を通し直していた。

 おかげで睡眠時間がかかなり削られ、寝不足である。

 頭を一振りしてからドアを開け、事件現場に足を踏み入れた。


「JDMOの高橋です。現場は?」


 群衆整理をしていた警官に身分証を見せながら尋ねる。

 なぜか公僕に対しては、正式な組織名より略称の方が印象が良くなるので、高橋はそちらを名乗っていた。


「JD……ああ、管理組合の! お待ちしておりました、こちらです」

「モンスターのその後は?」

「姿を現しませんね。あの一体だけだったらしいです」

「まだ断定はできませんけどね」


 二体目以降の出現を警戒する高橋の言葉に、呑気な答えを返す警官。

 その反応に、高橋の頭痛は少し重くなる。


「モンスターは――」

「ああ、大丈夫です。見ればわかります」

「ですよねぇ」


 アスファルトや石畳には、足跡らしき陥没がそこかしこに残っていた。

 それは路地裏から街路に出てきて、そして消えている。

 街路を覗き込んだら、そこにはさらに大きな陥没が三つ、残されていた。


「戦闘痕、ですかね?」

「被害者は三名。5レベルの探索者ですね。すでに搬送済みらしいです」

「ああ、あだし野病院です。名前は――」


 警官から負傷者の名前を聞き出し、高橋はその名をメモに取る。


「他にも数名の怪我人は出ましたが」

「そちらは病院に尋ねれば、身元はわかりますか?」

「ええ、おそらくですが」


 病院の患者情報なので、警官では詳細を知り得る立場にないのだろう。

 直接の被害者でなくともモンスター絡みの負傷なら、管理組合が担当せねばならない。

 見舞いに行くのは職務にはないのだが、ここでフォローを入れておかねば、悪評が経って組織全体が叩かれかねないからだ。

 上層部はあまりいい顔をしないが、市民の協力が必要な現状、できる限り良い顔をしておきたい。


「重傷者は探索者だけですか?」

「はい。野次馬の怪我人は軽傷者だけらしいですよ」

「不幸中の幸いですね……ん?」


 そこで足元に硬い感触を覚え、靴の下を覗き込む。


「パチンコ玉……いや?」


 手袋をしてからその鉄の塊を手に取る。

 鉄らしく見た目より重い感触。表面は磨かれたように光を反射していた。


「この大きさはスリングの弾か」

「なんですか?」

「ああ、これがここに落ちていてね。少し場違いだと思わないか?」

「パチンコ玉より大きいですね。なにかのベアリング……いや、スリング弾ですか?」

「おそらくな」


 何かを見つけたと察したのか、警官が即座に証拠品を収めるビニール袋を取ってくる。

 そこに鉄球を収めながら、高橋はもう一度現場を見回す。


「他に何もなさそうだな。とりあえずその鉄球は鑑識にお願いします」

「了解しました!」


 警官はそう口にすると、現場を指揮する上司のもとへと向かっていった

「あの弾で鉄巨人を倒したんですかね?」

「どうだろう? それにしては綺麗なままだったよ」


 SNSに上げられていた映像では、巨人は三メートル近い巨体だった。

 だがその巨体でも、アスファルトに足跡を残すほどの質量とは思えない。

 日本のアスファルトの質は高い。あの程度なら充分に支えられていたはずだ。

 残された足跡は、まるでわざと残すために、踏みつけていったかのように見える。

 それにこの鉄球で鉄の巨人を倒したのだとすると、もっとひしゃげるなり割れるなりの変形があるはずだ。

 ならば、あの鉄球は明らかにおかしい。


「とはいえ、これで何が起こったかわかるほど、決定的な証拠にはなりそうにないよなぁ」

「またしばらくは残業ですね」


 田中の言葉に高橋は再び額に手を当て、天を仰いだのだった。

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