第2話 勇者と女子高生
その日も俺は、迷宮内を無警戒に早足で歩きまわっていた。
ダンジョンに潜るようになって一か月。これほど雑な行動を取ったのは初めてだ。
もちろん無警戒なわけだから、隙だらけに見える。
ゴブリンどもがそれを見逃すはずもなく、三匹のゴブリンが岩陰から奇襲をかけてきた。
「ゲルルルルァァァァッ!」
「やかましいわっ!」
俺は無警戒だったので、ゴブリンの存在には気付かなかった。
しかしゴブリン程度の敏捷さでは、俺の不意を突くのは不可能だ。
バールを一振りして二匹をまとめて壁に叩きつけ、残る一匹に蹴りを入れて顔面を砕く。
そんな真似ができるのは、俺の身体能力が桁外れの数値を持っているからだ。
だが、残念ながら、俺のレベルはわずか1に過ぎない。
これはおそらく、異世界と日本では、測定される能力値が違うからだと考えていた。
「測定値に魔力がないとか、あり得ねぇだろ」
こんな『剣と魔法を世界』の具現化したみたいなダンジョンだが、国際迷宮管理組合の管理するデータに魔力という数値はなかった。
なぜかというと、基本的に人間は魔力を持たず、魔法を使う場合はダンジョン産の魔石から魔力を使う必要があるからだ。
どうしてこんな面倒なシステムになっているのかわからないが、おかげで俺の魔力に関しては隠すことができていた。
「というか、俺のステータスなんて、どれ見られてもヤバいんだけどな」
一般人のステータスはおよそ10程度。プロのスポーツ選手で14。16もあればオリンピックで金メダルが狙えるらしい。
そして、これがレベルアップごとに一割ずつ上昇していく。
だというのに、俺の異世界でのステータスはどれも200台半ばから後半。魔力に至っては五桁に至る。
10が平均で200のステータスと聞くと、とんでもなく高いように聞こえる。
しかし実際のところ、驚異的というほどのステータスではない。
200を超えるのは、一般人でもレベル32を超えれば可能となる。
そして現在、世界最高のレベルを持つ者が32らしい。
ステータスは最大の物が295らしいので、計算上では初期は14ということになるはずだ。
ちなみに日本人の最高レベルは29。ステータスは200台前半だそうだ。
「プロ並みの一般人が探索者やってるってことか」
日本人に至ってはメダリスト級の人材を参戦させている。
それでも世界の最前線には、遥かに手が届いていない。
厚生労働省迷宮管理課の高橋が、俺の素性を不問にして探索者を推したのも、この辺りが理由だろう。
俺のステータスはこの世界で最強レベル。だが圧倒的とまではいかない。
それもこれも、俺は本来魔法特化。それも一芸特化型の勇者だったからだ。
当時はおかげで、俺の力の真価を知らない連中から散々『ハズレ勇者』と揶揄されたものである。
その時の苛立ちを思い出し、さらにストレスを感じる。
「ああ、クソッ! さらにムカついてきたぞ」
ガンガンと地面を蹴り飛ばし、怒りを表明する。
俺がここまで怒っているのも、昨夜妹に再会を拒否された一件が糸を引いているからだ。
その鬱憤を晴らすためにわざと無警戒に歩き回り、ゴブリンに憂さを叩きつけているのだから、わりと外道なことをしている。
自覚がありながらも止められない。そんな心理状態に、俺はなっていた。
「きゃああああああああっ!!」
突然、若い女性の悲鳴が聞こえてきた。いや、若いと思われる女性の悲鳴か。
ダンジョン内は無法地帯で、探索者に性別制限などはない。
女性がダンジョンに潜る事例も少なからず存在する。
俺がこれまでに助けた探索者にも、女性は少なからずいた。
「それにしても、可愛らしい悲鳴だな」
そんなことを考えながらも、足は最速で悲鳴の方角に向かっていた。
異世界ではもっと切羽詰まった悲鳴をよく聞いていたし、ペロルなどはよく『うぎゃあああああ!』と叫んでいたものだ。
もう少し可愛い悲鳴を出せないかと、散々口にしていた。いつもの声は可愛いのに。
一か月と少し前の話なのだが、懐かしく思いながらも現場に駆け付けた。
女性でなくとも、襲っているゴブリンを相手に憂さを晴らそうという心積もりだったが、俺の目の前には想像と違う光景が展開されていた。
無残に斬り裂かれた若い女性、いや、少女。その周囲を幾重にも取り囲む骸骨の姿。
それはこの迷宮にも存在する、スケルトンというモンスターの姿だった。
「スケルトン!? こんな浅い階層に?」
先ほど聞きつけた悲鳴は、彼女が斬り裂かれた時のものだったのだろうか。すでに意識は失っているようにも見えた。
いや、もはや手遅れの可能性も……
そこまで考えた時、少女が呻き声を上げていることに気が付いた。
「いや、まだ生きてる!」
第一層というと安全に思われるかもしれないが、そう言い切れるのは俺のように経験を積んだ者だけだ。
ゴブリンの身体能力は、十歳程度の子供と同程度。だがそんな子供でも、棍棒を振り回して殺意を盛って襲い掛かってくるとなると、話は変わる。
苦痛に慣れていない日本人が足を強打されて転倒し、起き上がる前に一方的に殴り殺されるという事案は、少なからず存在した。
戦いに慣れていなく、ある程度経験を積んで甘く見だす。そういった時こそ最も危ない。
このタイミングが最もよく訪れるのが、この一層に慣れてきた頃だった。
「そこをどけ!」
彼女を囲むスケルトンを、俺はバールで薙ぎ払う。バラバラになって吹っ飛んだスケルトンは、その先で再び身体を形作る。
そもそも一層に出現するモンスターは、ゴブリンだけ。スケルトンは五層以下でないと出現しないと言われていた。
なぜこんな場所にスケルトンが存在しているのか? それは確かに謎ではあるが、今はそれどころではない。
ここに集まっていたスケルトンは十体以上。強さといい、数といい、初心者の少女一人では手に負えない相手だ。
「チッ、やっぱ数が多過ぎるな」
少女のそばまで駆け抜けると、そこで彼女を守るようにバールを構える。
少女の意識はまだ残っていたが、朦朧としているようだった。明確に意識があるわけではなさそうなので、とりあえず良しとする。
俺は鉄球を三つ、ポケットから取り出し、足元に転がした。
「――召喚!」
異世界で俺の力となった、錬金術。その中でも最も得意とした術が――これだ。
俺の前に立つ三体のゴーレム。複数のゴーレムの同時制御。それが俺の力だった。
「お前は彼女を守れ。残る二体は俺と一緒に掃討戦だ!」
本来なら人に見せられる能力ではない。この世界でも魔法は再現されているが、ゴーレムを操るような魔法はまだ確認されていない。
それを三体。異世界でも一流の錬金術師ですら、三体が限界と言われていた。
「でえええぇぇぇいゃあぁぁぁぁ!!」
気合一閃。バールを脳天に叩き落とす。
スケルトンは防御態勢を取ろうとしたが、掲げた小盾ごと叩き潰す。
バラバラにした程度では再生してしまうので、骨ごと粉々にするしかないのが、スケルトンの対処法だ。
神聖系魔法を使えるのなら、こういった『アンデッド系』を浄化する魔法も使えるのだが、物理的に倒すならこういう手段しかない。
俺と同様に、ゴーレムたちもその質量に任せてスケルトンを圧殺していった。
ゴーレムを解除して触媒に戻すと、俺は少女のそばに膝をつく。
「大丈夫か?」
「うぅ……」
俺の言葉に、彼女は呻き声だけで返事をする。意識はあるがまだ朦朧とした状態のようだ。
おかげでゴーレムを見られた危険は少ない。ともあれこの出血ははかなり危なかった。
俺は錬金術なら一流レベルだが、治癒魔法は小さな傷を治す程度の生活魔法しか使えない。
だが俺には溢れかえるほどの魔力量がある。何度も何度も重ね掛けして、強引に出血を止めた。
他に傷が無いか、彼女の身体を抱き起して確認をする。その際にやはり直接目にする必要があるため、服をはだけさせていた。
そこで彼女はようやく意識がはっきりしたらしい。
「ん? うぅ……あ、えぇっ!?」
「あ、目が覚めた?」
「あぐっ!?」
傷口は塞いでいるが、完治したわけではない。骨に異常はなかったけど、筋肉はまだ断裂した個所もあるはずだ。
それが苦痛を招いたのか、彼女は俺から離れると同時に身体を押さえてうずくった。
「あー、そっか。安心して、俺は別に君をどうこうしようとは思ってないから」
「あの……た、助けて、くれたん、ですか?」
「ああ」
恐怖から引き攣った声で尋ねる少女に、俺はできるだけ優しげな笑みを浮かべてなだめる。
「それにしても、どうしてこんなところにスケルトンが?」
「わからないんです。地面が光ったと思ったら、その時にはもう……」
「地面が光った? 転送トラップかな?」
ダンジョンの中には空間を捻じ曲げる罠も存在する。本来は侵入者を不明な場所に送り込む罠だが、逆にモンスターを特定の場所に送り込む罠も存在した。
「それはそれとして、君みたいな女の子が一人でこんな場所に来るのは感心しないな」
「ごめんなさい……」
革の上着を着こんだ彼女は、しおらしくその場で正座して、俺の話を聞く体勢を取った。
そんな彼女の様子を見て、俺も少しばかり嗜虐心が刺激されてしまったようだ。
無駄に説教臭い気分になってしまった。
「だいたい若い女の子が不用心に、こんなダンジョンなんかに来るもんじゃないだろ?」
「でも……」
ダンジョンに入るということは、命の危険と同時に無法地帯に足を踏み入れるということでもある。
特に若い女性の場合、命の危険だけで済まない可能性だって存在した。ゴブリンは女性を襲うこともあるのだ。
「でも……でも、どうしても……お金が必要だったんですぅ。うわぁ~ん!」
少し責め過ぎたせいか、彼女はついに泣き出してしまった。
俺もここに至ってつい言い過ぎたと理解して、慌て始める。
「あ、いや、君が悪いというわけじゃなくて、いや悪いんだけど、その」
「ふえぇぇぇぇぇぇん!」
一向に泣き止まない彼女に、俺は全面降伏を決断した。
正座する彼女の前にうずくまり、土下座して頭を下げ続けたのだった。
「ごめん、言い過ぎた! 君がどんな理由で潜っているのか知らないんだから、さすがに干渉し過ぎだった」
「ふぐううぅぅぅ」
「本当にすまない。俺もちょっと気が荒んでて、つい言い過ぎてしまったんだ」
平身低頭で謝り続け、ようやく落ち着いたのか、彼女は泣き止んでくれた。
落ち着いた彼女は涙を拭きながら、俺に感謝と謝罪を告げてくる。
「すみません、助けてもらったのに泣いちゃって」
「いやぁ、俺が言い過ぎたのも事実だから。状況を考えたら、説教するより先に慰めるべきだった」
「うっ、ぐぅ……」
互いに謝罪しあってから、俺は立ち上がる。そして彼女に革のジャケットをかけてあげる。そうしないと非常に目の毒な光景が目の前に広がっていたからだ。
「えっ、あの……」
「このままだと、俺が犯罪を犯してるみたいに見えるしね」
スケルトンに斬り付けられた彼女は、上着が見るも無残な状況になっていた。
その被害は下着にまで及んでおり、先ほどから見てはならないものまで見えていて、非常に自制心を要求されていたのだ。
「あ、あの、いいんですか?」
「いいよ。それに安物だから返さなくてもいい」
「でも……」
「いいって。どうせそこらのホームセンターで買った安物だからさ。遠慮しないで」
「そうなんですか……あ、私、佐藤環奈っていいます。あだし野高校の――」
「待った。個人情報を晒すのはよくないよ」
「そうでした!?」
彼女はどうも育ちが良いらしく、警戒心が薄い性格の様だ。
しかしこれだけ素直な少女なら、こちらも好感が持てる。顔だちも愛らしいし。
「できればお名前を……えっと、バールおじさん?」
「違う! その名前で呼ばないで!? ゴホン、俺は夏目刀護。まだ一レベルの探索者だ」
彼女にまでそう呼ばれ、俺は反射的に叫んでいた。
その声に反応して彼女も亀のように首を竦める。その仕草に俺は自分の格好を思い出した。
口元まで覆った襟を下げ、ゴーグルも首元まで引き下げる。
ニット帽も取り去って、俺は素顔を晒した。
「えっ、意外と若――あ、その、えっと、1レベル? 私と同じなのに、あのスケルトンの群れを撃退できたんですか!?」
彼女は朦朧とした状態だったので、ゴーレムの姿を見ていない。だから俺が一人でスケルトンの群れを追い払ったと思っているらしい。
まぁ、身体能力ごり押しでできなくはないので、否定はしないでおく。
「戦闘なんて、結局のところどれだけ思い切った行動が取れるか、だからね」
俺の素顔に驚きの声を漏らしつつも、俺の言葉に感嘆の声を漏らした。
容赦なく、敵を叩き伏せられる冷酷さ。これは戦闘において非常に重要なアドバンテージとなる。
逆に敵に情けをかけてしまう性格だと、その隙を突かれて命を落とす危険があった。
「そう、ですね。私も探索者になったのに、ゴブリンすら倒せなくって……怯えて手が止まっちゃうんです」
「あー、それは危ない。一番よくある敗因かも」
「今日、身に染みてわかりました」
「今度から気を付けてね」
そういうと彼女を立たせ、入口へと案内する。
ダンジョン内は治外法権が敷かれていて、日本の法律は通用しない。
つまり女性を襲っても、日本の法律では裁かれないということになる。
だから俺が護衛代わりに彼女を送ろうという考えだった。決してかわいい女の子にもう少し癒されたいと考えたわけではない。少しだけ考えたけど。
「あ、あの!」
「ん?」
そんな下心がバレたのかと、俺は緊張した顔で振り返った。
「ごめんなさい、あの……」
「ああ、そうだね。ゴメン、ちょっと早かったね。ゆっくり行こうか」
「はい!」
彼女も怪我が完治したわけではない。俺の歩調に合わせるのは、苦しかったのだろう。
俺としてものんびり彼女とお話できるのは、悪い気分ではない。
妹の美弥との関係がこじれている現在、美弥と同年代らしい彼女と話ができるというのは、妹と話しているような気がして少しだけ癒されたのかもしれない。
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