第15話 勇者と現代魔法の違和感
翌日も俺たちは、美弥の実戦慣れのためにゴブリン退治を続行していた。
新しい武器を使ってゴブリンの攻撃を受け、逸らす訓練を積むことで、環奈ちゃんを守り、自身を守るための訓練である。
錬金術によって合金の杖を強化しているので、ゴブリンの強振を受けても杖が曲がることはない。
その軽さと頑丈さに美弥は目を丸くしていた。
「てぇい!」
「ムナッち、がんばれ!」
「はなれろ、このっ!」
杖を大振りするもゴブリンに躱される美弥。ゴブリンはその小さな体躯を活かして、美弥の杖をかいくぐって接近しようとする。
美弥はそれを許さずと滅多やたらと杖を振り回していた。
「美弥、落ち着いて敵を見て!」
「そんなこといったって――いたっ!?」
ゴブリンも接近したは良いものの、距離が近過ぎて棍棒の遠心力を活かせず、大したダメージを与えられずにいた。
あの距離なら、美弥もかすり傷しか追わないからと見守っていたら、脇腹を殴られて美弥が悲鳴を上げていた。
「こんのぉ!」
まとわりつくゴブリンにイラついたのか、美弥は杖による攻撃を諦め蹴りを飛ばす。
苛立った末の行動だが、この場合は正解である。
ゴブリンのいる位置は武器の間合いのさらに内側。つまり格闘戦の間合いである。
ここで蹴りを出すのは、悪くない判断だ。でも俺なら頭を引っ掴んで膝蹴り入れるけど。
美弥の蹴りをまともに受けたゴブリンは、たたらを踏んで後ろに下がる。
そこは美弥待望の間合いだ。
「でぇい!」
「グギャゥ!?」
ゴブリンは体勢を立て直そうとして、踏み止まったのが悪かった。
動きが止まったところに、硬い杖が遠心力をたっぷり乗せて振り下ろされたのだから、たまらない。
狙ってか、偶然か、美弥の杖はゴブリンの脳天に直撃した。
ゴキンと、鈍い音を立てて、ゴブリンの首が変な方向に曲がる。
その場に倒れ込んだゴブリンを見て、美弥は大きく息を吐く。
「や、やった?」
その声と同時に、ゴブリンは魔石を残して消え去っていく。
確かに倒せたが、杖を振り下ろす一瞬、動きがわずかに止まっていた。
あの隙を突かれていたら、危なかっただろう。間合いを広く取れていたから、隙を埋めて先手を取れた形である。
ふらりと膝をついた美弥に、環奈ちゃんが抱き着いた。
「やったじゃん、ムナッち! 一人で倒せたじゃん!」
「うん……得物が長かった分、手応えが曖昧になったからかも」
俺が美弥に杖を渡した、もう一つの理由がそれだ。
昔、ある戦国武将は徴用した農民兵には長槍を持たせて、できるだけ離れた距離から戦わせることで弱兵を補ったという話を聞いたことがある。
美弥も、長柄の武器なら恐怖心を補えるのではと考えていた。
しかしあっさり隙を突かれて乱戦に持ち込まれてしまった。
いつもならここで腰が引けてしまうらしいが、今回は攻撃を受けてキレてしまったことで、怒りが振り切れてしまったのだろう。
「うーん……もう少し安定して倒せるようにならないと、次の階層は怖いな」
「そう、みたいね」
「次は環奈ちゃんのサポートも込みで戦ってみよう。俺は危なくなるまで、手を出さないから」
「お兄ちゃんって、意外とスパルタなんだね」
「そうかな?」
異世界ではもっとスパルタだった。というかハズレ勇者と思われていたので、俺を殺しにかかる任務を押し付けてきていた気がする。
それでも生き延びられたのは、アクアヴィータ姫が俺に同行してくれたからだ。
おかげで無茶な任務は激減し、苦戦しながらも生き延びることができた。
「異世界では、これくらいなら軽い方だったよ」
「……苦労してたんだ」
「ん? まぁな」
美弥はどこかしんみりした視線を俺に向けてくる。俺としては姉代わりの人にかばってもらった懐かしい思い出の一つなのだが、まぁ苦労していたことには変わりない。
俺は美弥に杖の型をいくつか教え、守るための動きを復習させる。
そして次のゴブリンのもとに向かおうとした時、洞窟の奥から数名の探索者が足を引き摺って歩いてくるのが見えた。
「美弥、環奈ちゃん」
「うん」
「は、はい」
俺の言葉に二人は俺の後ろへと移動する。
このダンジョンという場所では、人間だからと言って油断はできない。
特に二人は美少女と言っていいほど整った姿をしている。俺も兄として鼻が高い。
「ま、待ってくれ。敵じゃない」
前方の男たちが手を上げて無抵抗の意志を示す。
見ると、彼らはボロボロの状態であり、いくつもの切り傷を受けていた。
「モンスターにやられたのか?」
「ああ、二層でスケルトンが出やがってな」
「スケルトンが?」
この一か月で俺が集めた情報では、二層はコボルドという犬頭の獣人とスライムの二種類が出る階層だったはずだ。
スケルトンはもっと下層に行かないと、現れない。環奈ちゃんの一件は、あくまで例外と考えるべきだ。
骨が固く、刺突が効きにくいスケルトンは、ゲームなどと違って実際はめんどくさい相手だ。
さらに筋肉が無いことを逆手に取って、耐久力の限界までの力を振り絞ることができる。
少なくとも、異世界のスケルトンはそうだった。
「もう少し下層に出るものだとばかり思っていたが?」
「俺たちもそうさ。驚いたところを襲撃されて、この様だ」
彼らの傷は、確かにゴブリンの与えてくる打撲や、コボルドの咬傷とも、スライムの火傷とも違う、明らかな切り傷。
スケルトンは剣を持って現れるため、証言はその傷跡とも合致する。
「そうだ。美弥、彼らの傷を治してあげて」
「え、いいの?」
「ああ、かまわない」
駆け出しパーティと言えど、魔法使いは全くいないわけではない。魔石の調達に難があるので、低レベルでは数が少ないだけだ。
パーティを組んでいるなら、その中に治療術師がいても、おかしくはないはずだった。
「少しだけど……私、傷を治せるから」
「治療魔法が? 助かる」
「この恩は必ず返すよ」
「すまない。君は天使だ」
「妹に手を出したら、その瞬間に殺すからな」
「お兄ちゃん!」
口々に感謝の言葉を述べ、同時に色目を使ってくる奴に牽制を入れておいた。
美弥は俺を一睨みして下がらせた後、ファーストエイドの魔術を発動させた。
もっとも擦り傷や犬の噛み痕を消す程度の魔法なので、気休め程度にしかならない。
ならない、はずなんだが……
「おおっ!?」
「す、すげぇ……ファーストエイドで、こんなに?」
「傷が見る見る消えていく? 本当にファーストエイドの魔法なのか?」
驚きの声が示す通り、彼らの傷は半ば程まで癒されていく。
その言葉から、日本でもファーストエイドという魔法は存在するようだが、美弥の使ったそれは効果が少し大きいらしい。
明らかに、ファーストエイドの範囲を超えた治癒力である。
「美弥?」
「わ、私は変なことしてないよ?」
「でもさ……」
美弥もこの効果は予想外だったらしい。慌てた素振りでこちらを振り返っていた。
前回短剣に付与して使った場合は、元の傷跡が小さかったから回復力を体感できなかった。
しかし今回は明らかに大きな怪我だったので、回復力の大きさが目立ってしまっていた。
もちろん前回同様、魔法の術式は異世界と同じ物を使っている。術式の魔法陣に大きな違いがないのも、前もって確認した通りだ。
これが二度目の魔法使用である美弥も、突出した魔術師ではない。魔法を使い始めたばかりの未熟な術者である。
それなのに効果に差が出ているとすれば、ただ一つ。俺が用意した触媒。つまり杖の影響だ。
「魔石の力を一気に解放しちまったのかな? とにかく、傷が治って良かったじゃないか」
「そ、そうなの?」
おそらく違うのだが、でたらめであり得そうな嘘を並べ立てておく。
こうすることで、この治療は偶発的なものとして処理できるはずだ。
杖による増幅効果を、第三者がいるこの場所で説明するわけにはいかない。
「帰りは自分たちだけで大丈夫か?」
「ああ。ここまで治してもらえたなら、あとは楽勝だ」
「ゴブリン程度なら、どうにでもできるからな」
調子のいいことを言う連中に、俺は呆れたような視線を向ける。
「そう言ってスケルトンに襲われたんだろ」
「今度は、易々とやられないさ。ありがとな、バールおじさん」
「おじさん言うな」
俺の腰にぶら下がっているバールを見て、件のバールおじさんと気付いたのか、そんな軽口を叩いてくる。
「スケルトンのことは組合に報告する。しばらく二層には行かない方がいいぜ」
「そうしておく」
「あと、謝礼も魔石換金所に預けておくよ。あとで受け取ってくれよな」
「いいのか?」
「もちろん。これだけ治してもらった礼だ。安過ぎるくらいさ」
そう言って彼らは先に進んでいった。
もっとも、彼らは俺たちより深層に進めるわけだから、俺たちより稼ぎがいいはずだ。
ここは大人しく、礼を受け取るとしよう。
「お兄ちゃん、あの……」
「ああ、たぶん杖のせいかもな。あいつらがいたから、口にできなかったんだ。スマン」
「あ、ううん。別に謝ってもらうほどのことじゃ」
「そうか? 戦闘中に過剰治癒とか起きてたら、何か面倒なことになったかもしれないぞ」
治療魔法と言っても、万能というわけではない。
傷の程度に応じて適度な治療魔法を使わないと、体調に異常をきたす可能性がある。
治癒力が足りない程度なら問題はないが、多過ぎると眩暈や吐き気などを引き起こし、その場で昏倒する可能性だってある。
今の段階で、杖の効果が俺の想像以上だと気付いたのは幸いだった。
「この先に異常がある以上、俺たちも下に行くのは止めた方がいいかもな」
「ええー、今日も?」
「何事も上手くいかないもんさ。異世界でもそうだった」
「刀護さんがそう言うなら、いいですよ」
「環奈ちゃんは素直だね……いてっ」
俺が彼女にそう言って笑いかけると、美弥が肘で脇腹を突いてきた。
もちろん、この程度で傷を負う俺ではないが、結構な勢いだ。
「なにすんだよ?」
「環奈に手を出したら……殴るわよ、杖で」
美弥の怒気を受けて、俺はスススッと環奈ちゃんから距離を取る。
ついでに両手も上げて無害であることをアピールした。
「よろしい」
「別にいいのに」
「環奈、何か言った?」
「う、ううん、なんにも」
美弥のじっとりした視線を受けて、環奈ちゃんも冷や汗を流している。
ある意味、この三人の中で一番力を持ってるのは美弥かもしれない。
「とにかく今日はもう帰ろう。まだ昼前だけど、お昼くらいならおごるから」
「え、いいんですか? ごちそうになります!」
財政的に厳しい環奈ちゃんは、一も二もなく俺の提案に飛びついてきた。
美弥も、少し悩んだ末に了承する。
「まぁ、環奈を一人にできないし?」
「あんなことがあったばかりだもんな」
「だから一人でダンジョンなんて無茶だって言ったのにね」
美弥が口にしているのは、スケルトンに襲われた一件だ。あの時は俺が駆け付けたから事なきを得たが、そうでなければどうなっていたことか。
「美弥も注意してくれてたんだ?」
「一応ルームメイトだから」
ツンと顎を逸らせて視線を背けるが、そもそも無関心だったらルームメイトだろうと警告すらしない。
なんだかんだ言っても、環奈ちゃんを心配しているのは、一目でわかる。
環奈ちゃんも環奈ちゃんで、そんな美弥のツンデレ振りを理解しているのか、生暖かい視線を向けていた。
「な、なによ?」
「いや、なんでも。ほら、飯食いに行くぞ。何がいい?」
「じゃあ、フレンチのコースを」
「美弥、俺が借金持ちだってわかってる?」
「冗談よ。じょーだん」
どこの世界に昼食にコース料理をおごれる債務者がいるというのか。
俺が美弥を睨み返すと、環奈ちゃんが元気よく挙手した。
「私牛丼食べたいです!」
「牛丼? もっと良い物でも別にいいんだよ?」
いくら債務者とはいえ、妹たちの食費くらいなら捻出できる。
そこまで気を使われると、少しだけ哀れな気分になってしまう。
そんな俺の心情を察したのか、環奈ちゃんは慌てて手を振った。
「いえいえ。女の子だけだと牛丼のお店って、なかなか敷居が高いんですよ」
「そうなの?」
「わりとあるわよね。オジサンたちがたくさんいるし、場違い感っていうのかな?」
「へぇ、初めて聞いた」
「最近はあまり気にする人もいないっぽいんだけど、私たちは何となくね」
「そうなんですよ。私だってガッツリご飯を掻き込みたいのに」
見た目クール系に育った美弥に、ふんわり癒し系の環奈ちゃんが牛丼掻き込むのは、確かに違和感を覚えるだろう。
まぁ、そういう事情があるのなら、俺が連れて行ってやっても問題はあるまい。
悲しいかな、俺はそういう食事が嫌というほど似合ってしまうからな……
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