第4話 勇者の育成方法
ダンジョンを出た俺は環奈ちゃんの弓の用意のため、俺は近くの武具店に足を向けた。
探索者用の武具を扱っている店は、意外と多い。
しかし非常に殺傷力の高い武器を置いているため、きちんと警備がつけられているし、迷宮管理組合の認可もいる。
俺は入り口で資格証を見せ、店内に足を踏み入れた。
「こんにちは、初めてのご来店ですか?」
「いえ、久しぶりです。それで、弓を見せてほしいんですが」
「弓ですか、あまり使う方はいらっしゃらない武器ですね」
言いながら、棚の一角を指し示す。
そして、ちらりと店員が俺の腰のあたりに視線を向けたのを、見逃さなかった。
そこにはベルトにぶら下げられたバールが吊り下がっていた。
まぁ、しかたない反応か。
「初心者が使える物が良いんですけど」
「そうですね、それだとこちらがお勧めです」
店員が指示したのは、シンプルなカーボン製の弓だった。
環奈ちゃんの筋力だと、引きやすいコンパウンドボウの方がいいのだろうけど、コンパウンドボウだと位相を突破できない。
おそらく滑車やなんやの機構が、位相突破の条件に引っかかってしまうのだろう。
「いくつか引いてみても?」
「ええ、どうぞお試しください」
店員に許可をもらったので、俺は最も軽そうな弓を手に取ってみる。
カーボン製なおかげか、見た目ほど重くはない。
弓弦を借りて弦を張り、軽く引いてみるが少しばかり彼女には重いという感覚を得た。
「うーん、少し重いですね。これより軽い物は?」
「申し訳ありません。これ以上軽い物は殺傷力に問題が出るかと」
「デスヨネー」
俺の腕力ステータスなら問題なく、というか軽過ぎるくらいの弓だが、一般的な女子高生と変わらない環奈ちゃんにとっては、少し重いだろう感触。
これだと二時間も持たず、途中でバテてしまう可能性もある。かといってこれより軽いと、威力的に問題がある。
「とりあえず弓は置いといて矢の方を見せてください」
「はい」
最悪自分でホームセンターに行って材料を買い、自作した方がいいかもしれない。
見かけは少し不格好になるが、異世界では現地調達で武器を作ることも多かった。
そうしていくつかの商品を眺めていると、小さな鉄球を売っているのが目に入った。
「これは?」
「それはスリング用の球ですね」
スリングというと、投石紐を使った物と、強力なゴムで射出する物がある。
後者は特にスリングショットと呼ばれることが多い。これはそれ用の弾丸ということだ。
「鉄球か……それも真球に近い」
「ええ。形が不揃いですと命中精度に問題が出てしまいますから」
「これももらえますか?」
「はい」
俺が持つゴーレム作成能力には、真球に近い物質が触媒として必須になる。
異世界では最高品質の触媒を万単位で持っていたのだが、こちらに帰ってくる際に全て置いてきてしまっていた。
それにもちろん、このままでは触媒として使えないので、加工が必要になる。
加工するのはもちろん俺なのだが、それは追々やっていけばいいだろう。
結局矢を十数本購入し、一センチ程度の鉄球を十個買って帰宅することとなった。
自室に戻ると鉄球に魔力を込める作業を始めた。
本来なら、俺の力を全力で発揮するためにはもっと早くから始めないといけなかった作業だ。
しかしメンタル的な問題も含め、あまり進めていなかった作業だ。
「今のところ完成した触媒は三つ。考えてみれば、日本の技術力なら真球を作るってのは簡単だよなぁ」
魔力を込めた鉄球を眺めて、ポツリとそう呟く。
異世界では真球を作れる鍛冶師というのは、なかなか見つからなかった。
だが日本の技術力ならば、真球に限りなく近い球を大量に作り出すことができる。
問題は触媒に使える高位の魔力素材が存在しないことだが、そこは普通の鉄球の数を集めて補うとしよう。
今日の環奈ちゃんの一件のように、急を要する事態というのは起こり得る。
備えておいて損はないはずだった。
そこでふと思いついたことがあった。
「これ、ひょっとして使えねぇかな……?」
そう考えて、俺は更に作業を続ける。そして満足できる結果を得られたことで、久しぶりに満足して眠りにつくことができた。
翌日の夕方、俺は一張りの弓を持って、ダンジョンの前で待っていた。
バールおじさんと呼ばれる俺が弓を持っていることで、通りすがる探索者たちから奇異の視線を向けられる。
いや、普通の武器を持っていて奇異に見られるとか、世間の俺への認識はいったいどうなっているんだ?
「お待たせしました、夏目さん!」
「ああ、いや。そんなに待ってないよ」
本当を言うとすでに三十分ほど待っていたのだが、これは単に俺が暇を持て余した無職に限りなく近い探索者だからに過ぎない。
本職の探索者はもっと早い時間からダンジョンに潜っているし、兼業している者ならこの時間はまだ仕事中の者が大半だ。
「あっ、そうだ。今日はこれを使ってくれ」
「弓、用意してくれたんですね」
「ああ。俺の自作だから、不都合なところがあったら言ってくれ。調整するから」
「武器の作成ができるんですか? それもこんな立派な弓……」
俺が彼女に渡したのは、長さ一メートルほどの短弓だった。
金属製で装飾が施された、どう見ても素人の手による作品ではない弓。
それをキラキラした目で眺めている。実に素直で、作った甲斐がある。
「気に入ってくれたようで、うれしいよ」
「その、本当にいいんですか? こんな高そうな……」
「気にしないで。俺が作ったものだし、原価も大してしてかかっていないから」
「そう……なんですか? ありがとうございます」
実はこの弓、ゴーレムの創造という俺のスキルを利用して、作りだした物だ。
異世界では、リビングソードという剣の形をしたモンスターも存在した。
実はこいつは二種類のリビングソードというモンスターが存在し、一つはアンデッドが取り憑いて武器を操っている敵、もう一つはゴーレムとして作られた敵だ。
俺は自身のゴーレム作成能力と錬金術で、リビングソードと同じ原理を使って弓を作り出した。
異世界での俺のメインクラスは錬金術師、そしてサブに勇者となっていた。
この従来の勇者たちはメインクラスが勇者となっており、過去の勇者たちと違う職業設定のおかげで、ハズレ勇者と呼ばれていたものだった。
「照準をサポートする力もあるから、普通の弓より当たりやすくなってるはずだよ」
「えっ、そんな機能まで!?」
「ま、試射も兼ねて、一度潜ってみようか」
「はい!」
俺と環奈ちゃんは、連れ立ってダンジョンの中に足を踏み入れた。
俺は異世界の経験でモンスターの気配を察することができるので、一直線にそちらに向かう。
問題は環奈ちゃんが、敵を攻撃することができるかどうかだ。
一応攻撃することはできていたらしいが、手応えに忌避感を持ったため、とどめが刺せないと言っていた。
だから手に感触が残らない弓を薦めてみたのだが、これが正解かどうか見極める必要がある。
「いたよ。準備はいい?」
「が、がんばります!」
「静かにしようね?」
「ごめんなさい!」
俺の言葉に元気よく答えた環奈ちゃんに、俺は注意をしておいた。
この声量だと、こちらのことは気付かれたに違いない。とはいえ、奇襲ができなかったとしてもさほど問題はない。
どのみち今日の探索では、俺が前に立って敵を押さえ、彼女が弓でとどめを刺すというのが目標だったからだ。
案の定ゴブリンが一匹、威嚇の声を上げながらこちらに飛びかかってきた。
「グギャギャギャギャギャ!」
「はいはい、おとなしくしようね」
手に持った棍棒で殴り掛かってくるゴブリンを理不尽な言葉を吐いて押さえ込みながら、その背中を環奈ちゃんの方に向ける。
「今だ!」
「は、はい!」
俺の合図とともに彼女は矢を放つ。実戦で標的に矢を当てるなんてのは、よほど戦場に慣れた兵士でないと当たるものではない。
彼女の構えも、最初はやや的から外れた方向に向いていたが、その手が不意に適切な方向に向く。
これはゴーレム化した弓が狙いを補正した結果だ。
放たれた矢は一直線にゴブリンの首の後ろに突き立った。
「グゲッ!?」
「まだだ、もう一度!」
「はい!」
俺の声に彼女はもう一度弓を引き絞る。その力は狼狽しながら放った先ほどより力強い。
多少狙いのずれた弓は、しかし放たれる寸前に微妙に狙いを変え、適切な照準を定める。
次の一射は今度こそゴブリンの後頭部に突き刺さり、絶命させるに至った。
「ご苦労様。平気?」
「ハァッ、ハァッ……だい、じょうぶ、で……」
「無理はしないで。少し休憩しよう」
先ほどダンジョンに入ったばかりなのだが、彼女としては初めて生物を殺した経験になったわけだ。
その精神的疲労感は、実際の運動量以上に彼女を蝕んでいるだろう。
少し休憩を入れて、落ち着かせた方がいい。
「どうだい、初めてとどめを刺した感想は?」
「えっ……そ、そうか、私……」
「気分が悪くなったりしないかな?」
「えと、良い気分とは言えないけど、大丈夫です」
手に感触が残らない弓なら、とどめを刺すことができるようだった。
どうやら彼女の最大の難関は、突破することができたらしい。
後は弓での戦闘に慣れ、きちんと自分で狙いがつけられるようになれば、一人でもダンジョンに潜れるようになるはずだ。
「はい、水でも飲んで」
「すみません」
俺からペットボトルを受け取り、それを口にする。
一気に半分ほど飲み下されてしまったが、まぁ問題はない。
異世界から物を持ち込むことはできなかったが、俺の能力は引き継がれている。
アイテムボックスの能力は失われていないので、ペットボトルをそこに大量に放り込んでいたからである。
「落ち着いたら次に行こう。複数相手でも落ち着いて射れるようになれば、一人でも潜れるようになるはずだ」
「さすがに自信がありませんよ……」
「大丈夫、ちゃんとサポートするからさ」
どこか不服そうな顔をしてこちらを見つめてくる佐藤さん……いや、これは睨んでいるのか?
ともあれ、彼女も実践を詰めるようになった以上、レベルが上がって身体能力も上がっていくだろう。
反面、俺はどれだけゴブリンを倒しても、レベルが上がる気配がない。
これは俺の基礎能力が高すぎるせいではないかと、俺は見ている。
ダンジョン内でモンスターを倒し続ければ、レベルが上がり身体能力が上がる。
しかし俺は、初期から基礎能力が高すぎるため、ゴブリン程度ではレベルが上がらない状況ではないかと考えていた。
基礎能力が低い環奈ちゃんなら、きっとすぐにレベルが上がるはずだ。
「それじゃ、そろそろ次行こうか」
「はい!」
彼女は元気に返事をし、即座と立ちあがった。その跳ねるような動きは、やはりペロルを思い出させる。
まだ異世界に未練を残しているのかと、俺は自分の頭を一つ叩いて、意識を切り替えたのだった。
その後、俺は環奈ちゃんと十匹程度のゴブリンを仕留めた。
とどめは彼女に全て任せ、俺はゴブリンの動きを抑えることに徹する。
何度もゴブリンの頭部に矢を撃ち込むことに慣れたのか、彼女の動きも滑らかになっていった。
「だいぶ慣れてきたみたいだね」
「はい、夏目さんのおかげです……えっと」
「なに?」
何か言いたげな視線を感じ取り、俺は彼女に質問する。
すると彼女は視線を左右に彷徨わせ、何かを決断したようにこちらに目を向ける。
「えっと、一緒に探索してることですし、いつまでも夏目さんって呼ぶのは変かなって思いまして……」
「ああ、うん。そうだね、好きに呼んでくれていいよ」
見た目の印象と違って体育会系の彼女のことだし、『師匠』とか『コーチ』と呼んでくれるのかもしれない。
それはそれで、俺としてはどこか心に響くものがあった。
「じゃあ、刀護さんって呼ばせてください」
「え、なんで名前なん?」
「え、名前じゃダメですか?」
予想と違う呼ばれ方に、俺は思わず反論してしまった。
しかし、別に嫌なわけでもないし、親しみを感じることができるので、拒否する理由はない。
それに異世界でのペロルと同じ呼ばれ方なので、懐かしさも感じられる。
「別にダメじゃないから、そう呼んでくれて構わないさ」
「じゃあ、刀護さんって。なんだか彼氏みたい」
「いや、それは……」
どこか浮かれた様子の彼女に、俺は戸惑いを覚える。そこでふと、異世界の現象を思い出した。
モンスターを大量に倒し、急激にレベルが上がった者はその変化についていけず、奇妙なハイテンション状態に陥ることを。
「ひょっとして、佐藤さんはレベルが上がったんじゃないか?」
「私も環奈って呼んでください。それと……レベルですね、ちょっと待ってください」
彼女は資格証を取り出し、自身のステータスを確認した。
そして、ションボリと肩を落とした。
「残念、まだ上がってないです」
「そっか。でももう少しだと思うよ」
「ありがとうございます! 刀護さんのおかげですよ」
「そんなことはないと思うけどね」
彼女は十匹程度で情緒に異常が出始めていた。おそらくレベルアップまで、あとわずかという所なのだろう。
対して俺はすでに二百匹以上倒しているが、上がる気配が微塵もない。
やはりこれは、基礎能力が高過ぎるせいでレベルアップが遅れていると考えて間違いはなさそうだ。
ともあれ、これだけ浮かれた状態でゴブリン退治を続けるのは、危険かもしれない。
ハイテンションは恐怖を忘れ、勢いよく行動することができるが、反面注意力散漫に陥り、油断を生み易い。
俺だけなら多少攻撃を受けても平気だが、彼女は違う。俺がサポートできることにも限界がある。
「今日はこの辺で切り上げて、地上に戻ろうか」
「え、もうですか?」
「うん。佐藤さん、少し自分の調子が違うことに気が付いてる?」
「そういえば……」
「短時間で急激に『経験』を蓄積して成長した時、テンションが上がってしまう現象があるらしいよ」
「へぇ~」
感心し、目を丸くする。その反応に、俺は少しだけ癒された気がした。
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