第5話 勇者の弟子と友人の会話
あだし野高校。日本国内において、数少ない『ダンジョン科』を持つ高等学校。
魔石の回収において世界から後塵を拝している状況を打開すべく、ダンジョン探索の専門家を育成するために新設された学科だ。
国策として新設された学科だけに、編入されれば多くの援助が得られる特典がある。
補助金に、一部学費の免除、寮の完備など。
もちろん入寮するのは、個人の自由である。主に生活が苦しい者が入寮して、援助を受けていた。
それだけに競争率は高く、入学してからもその競争は終わらない。
そんなあだし野高校の寮の一室で、珍しく浮かれた声が響いていた。
「ね、聞いてよムナッち。私、ゴブリンを倒せるようになったの!」
「へぇ、よかったじゃない」
「それもこれも、『バールおじさん』のおかげ」
「バールおじさんって、噂になってる、あの?」
「うん」
あだし野市にあるダンジョンは、全国規模からみればあまり大きなものではない。
しかしダンジョンの情報を共有するため、匿名掲示板などで各地と情報のやりとりはされていた。
その中でも、バール一本でダンジョンに潜る奇妙な男の存在は、掲示板でも話題になっていた。
「実際はオジサンってほどの歳じゃなかったけどね」
「そうなんだ? カンナがそれだけ浮かれてるってことは、意外とカッコ良かったの?」
「実は」
でへへ、とやに下がる環奈に、ムナッちと呼ばれた同室の少女は肩を竦めてみせた。
「そんな調子だと、いつか怪我しちゃうわよ?」
「ちゃんと守ってもらってるもん」
軽く流しつつ注意する相方に、環奈は不満を覚えた。
あまり良いリアクションが返ってこなかったことで、不服そうに唇を尖らせる。
「ムナッちも行き詰ってるんだし、一緒にコーチ受けてみる? 私、頼んであげるよ?」
「遠慮する……って言いたいところだけど、行き詰ってるのも事実なんだよねぇ」
ハァと大きく溜息を吐き、肩を落とす。
彼女は環奈のように近接戦に難がある。彼女ほど酷くはないが、とどめを刺す際に一瞬ためらいを持ってしまうからだ。
おかげで反撃を受けることも多く、生傷が絶えない。
今も上腕部に包帯を巻いていた。
「この際、ぜいたくを言っていられないか。お願いしてくれる?」
「オッケー、まかせて。って言っても、刀護さん次第なんだけどさ」
「『東郷』? バールおじさんの名前なの?」
「うん。でもおじさんって呼んだらダメだよ。なんだか嫌そうな顔してたから」
「あんた、今さっき呼んでたじゃん」
「えへへ、つい。語呂が良くってさ」
調子の良いことを言う環奈を半眼になって睨む。
正直、環奈の性格の良さを知っているだけに、騙されていないか訝しんでいたが、そういうわけでもなさそうだった。
「まぁいいけど。その東郷さん? によろしく言っておいてもらえる?」
「まかしておいて。それに刀護さんは優しいから、きっとOKしてくれるよ」
ベッドに腰掛けていた環奈は仰向けにひっくり返り、クッションを真上に投げ上げる。
そのまま落ちてきたクッションを受け止め、コロコロと転がって遊びだした。
「ちょっと、埃が立つでしょ」
「そんなに汚れてないもん」
「布団が? それともアンタが?」
「どっちも!」
ベッドに転がった環奈に布団をかぶせ、その上に馬乗りになってじゃれあう。
その時はまだ、彼女の師匠が何者なのか、まだ理解していなかったのだ。
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