魔神殺しの帰還勇者、現代ダンジョンでも無双する

鏑木ハルカ

序章

序章 勇者の帰還

 荒野に二体の巨人が対峙している。

 どちらも人間を遥かに超える体躯。だが、その大きさも二体の間には明確な差があった。

 片方の巨人は身長が五メートルほど。筋骨隆々とした体躯に、漆黒のオーラまで纏う、明らかな強者。

 相対する巨人は更に巨大だったが、その体型はまるで幼児が粘土で捏ね上げた人形のような姿をしていた。

 動きも明らかに鈍く、小さな巨人の方が圧倒的に強かった。


「グオオオオオオオオオオォォォッッッ!」


 雄叫びと共に剛腕を一閃。大きな方の巨人の腹を半ばまで抉り取る。

 しかし異変はそこから起こった。

 バラバラに飛び散った巨人の腹が、瞬く間に再生されていったからだ。

 飛び散った破片が意思を持つかのように巨人のもとに戻っていき、抉られた傷を埋めていく。そして何事も無かったかのように、戦い続けていた。

 明らかに小さな巨人が強いにもかかわらず、無限に再生する大きな巨人に、小さな巨人は次第に疲弊していく。

 やがて疲労が頂点に達したのか、小さな巨人が膝をついた。

 その隙を見逃さずに、大きな巨人が小さな巨人を抑え込んだ。

 その先には一人の人間の青年が剣を持って待ち構えていた。


「ようやく、力を使い切ったか」

「人間……貴様……」

「悪く思うなよ、魔神ドラフィウス。お前は存在するだけで人類を滅してしまう。放置するわけにはいかないんだ」


 冷酷な視線を向けてくる男に小さな巨人――魔神は諦めたように小さく息を吐く。

 そして皮肉げな声を返した。


「それで、貴様はどうなる?」

「なに?」

「我を、神すらも打ち倒した貴様は……もはや人と呼べるのか?」

「……………………もう、関係ないさ。俺はこの世界から消える」

「なんだと?」


 男の言葉に、魔神は驚愕の言葉を発する。

 魔神を打倒したことの男は、明らかに人間の域を超えた存在だ。欲深い人間の権力者たちが、この男を放置するはずがない。

 そう考えての言葉だったのだが、男の答えは魔神の考えを超越していた。


「俺は……帰るんだ。だから、後のことは知らない。お前にも関係がない」

「どういう――!?」


 魔神の言葉は最後まで発せられることは無かった。

 男の振り下ろした剣が、その首を刎ね飛ばしたからだ。

 やがて魔神の身体は霞のごとく霧散していき、次第に周囲に魔神の力が満ちていく。


「トーゴ様、どうしても……帰るんですか?」

「ペロル、すまない」

「わたしと結婚して子供を十人作る約束はどうなるんですかぁ!」

「そんな約束はしていない!?」


 戦場に現れた、幼い狐耳の少女。彼女の放った妄言に、思わず青年――トーゴは大声で反論してしまう。

 無邪気で愛らしい少女は、戦場にはあまりにもふさわしくない容姿をしていた。

 しかしこう見えても彼女は、この世界でも屈指の炎系魔術師だった。

 彼女の後ろを、もう一人の楚々とした女性が追ってきた。しっとりとした銀髪の、触れたら壊れそうなほど儚げな美女だ。


「トーゴ様、私もできればこの世界に残ってほしいんですけど」

「申し訳ありません、アクアヴィータ姫。俺には帰りを待ってくれている人がいるんです」


 その断固とした決意を感じ取り、アクアヴィータ姫は言葉を無くす。

 それでも、最後の一言だけは伝えたかった。


「私は……あなたをお慕いしておりました」

「知っています。ですが……」

「いえ、これ以上は未練ですね。この世界のために尽くしてくれたあなたに、何も返せないのは心苦しいのですが……時間がなさそうです」

「ええ。魔神の霧散する力を利用する。この機会を逃しては、俺が『日本』に戻ることができなくなる」

「あなたがこちらに来た時、約束しましたものね」


 魔神を倒せば、日本に戻す手段がある。そのために手を貸す。そういう約束だった。

 半信半疑だった話だったが、時空を超えるために神の力を使うという意味では、納得できる話だった。

 アクアヴィータ姫は途中で心変わりしてくれるのではないかと期待していたようだったが、トーゴは最後まで帰還を望み続けていた。

 それは様々な理由が重なり合った結果だ。アクアヴィータも最初は弟のように見ていたトーゴがたくましく育って行くにつれて異性として見るようになっていった。

 同時に、彼に残ってほしいと思う気持ちも強くなっていく。

 だが……


「約束……です、から……」


 涙を流しながらも、アクアヴィータ姫は時空を超える魔法を起動する。

 術式はすでに知られていたが、起動するための魔力が足りなかった魔法だ。

 今、魔神の力が周囲に満ち溢れている状態でなら、起動することができる。

 この力はやがて世界へと広がり、世界に吸収されてしまうだろう。

 だから、トーゴが日本に戻るチャンスは、この瞬間しかなかった。


「アクアヴィータ姫……いえ、ヴィータ様。俺もあなたのことが好きでしたよ」

「なら、残って……いえ、いいえ、そんなこと言ってはいけないのでしたね」

「すみません。でも……俺も伝えたかったんです」

「トーゴ様、わたしも――!」

「ああ、ペロルも好きだよ」


 トーゴの言葉に、ペロルは涙を流しながらも、笑顔を浮かべた。

 トーゴは腰に抱き着いてくるペロルの頭をやさしく撫でる。彼女は三年前に助け出し、保護した子供だった。

 そこは魔王が支配する領域だったため、安全な場所もなく、しかたなく連れ歩いていた少女だ。


 魔王を倒した後も、魔王が呼び出した魔神を退治する先ほどまで、どれほどの危険があっても、決して離れはしなかった。

 そして彼女はその道中、恩人のトーゴを慕い、トーゴの役に立つために魔法を覚え、自らを鍛え上げた。

 その努力と才能は、トーゴから見ても尊敬に値する。


 そんな一途な少女に想われ、慕われて、うれしくないはずがなかった。

 だが、トーゴには帰るべき場所があり、家族がいる。ペロルに近い年齢の妹だっていた。

 故郷のことを簡単に切り捨てられるはずがない。


「さようなら、私の愛する人」

「ああ、さよならだ。俺のお姫様たち」


 言葉と共に男の身体が薄れていく。

 二人はトーゴの身体を抱きしめ……そしてその腕が空を切った。

 男はすでに、この世界から姿を消していたからだ。

 それを悟ったアクアヴィータ姫とペロルの慟哭が荒野に響く。

 世界を救った勇者は、こうして世界から消え去ったのだった。

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