第10話 勇者と再会
翌日は土日にかかったので、朝からダンジョンに潜ることにしていた。
先について環奈ちゃんを待つ俺だったが、ダンジョンに向かう人々が俺に視線を向けてくる。
ジロリと俺を睨み、俺の腰にぶら下がったバールを見て安心したように口元をほころばせるのは、いったいどういう意味があるのか……
そんな視線に晒されるのがどうにも気になって、俺は襟を口元まで上げ、ゴーグルをかける。
これであっという間に不審者の誕生だ。
「これで落ち着いた視線を向けられるとか、ここの連中は趣味がおかしいんじゃないか……?」
謎の視線を向けてくる探索者に愚痴を一つ漏らしているうちに、環奈ちゃんが一人の女の子を連れてやってきた。
彼女より少し背が高く、スタイルが良く、そして顔つきがキツい。
ついでに言うと、こちらに鋭い視線を向けてきていた。
「刀護さん、おまたせしましたぁ!」
「やぁ」
「今日はバールおじさんスタイルなんですね?」
「いや、視線がきつくて。なんでバール持ってると安堵されるんだろう?」
「その気持ち、私もわかります」
「わからないで」
軽口を叩きあいながら、俺は環奈ちゃんと挨拶を交わす。
同時に彼女の後ろについてきた女の子にも視線を向けた。
彼女が俺にきつい視線を向けるのは、おそらくこちらを警戒しているからだ。
先日、ルームメイトの環奈ちゃんが遭った事件を考えると、その警戒も無理はない。
「あ、こちらが私の同室の子でムナッち……宗像美弥ちゃんです」
「ああ、よろしく。俺は夏目刀護。バールおじさんって呼ばれて――」
「なつめ、とうご……?」
俺がゴーグルと襟を下げながら名乗ると、彼女は驚愕の表情を浮かべた。
目を丸くするときつめの目つきが柔らかくなり、その顔がどこかで見た記憶が……
「うそ……お兄ちゃん?」
「まさか、美弥か!?」
俺を兄と呼ぶような存在は、美弥しかいない。異世界では昔ペロルが呼んでくれていたが、日本では美弥だけだ。
目が丸くなって幼くなった表情も、昔の面影がある。
「美弥、なんで、ダンジョンに……」
「お兄ちゃんこそ、なんでこんなところにいるのよ! 会いたくないって言ったのに!」
「いや、お前が来るなんて知らなかったから」
「そんなこと知らないから!」
美弥は混乱しているのか、周囲の視線も気にせず、そう喚き散らす。
俺はその視線に気が付いてはいたが、今はそんなことどうでもいい。
そして俺たち以上に混乱して、あわあわと左右に首を振って見比べる環奈ちゃん。
平時なら可愛い仕草なのだが、今はそれどころじゃない。
「もうやだ、肝心な時にいなかったのに……」
「それは――!」
真実を口に出しそうになって、俺は慌てて沈黙する。
彼女たちに異世界と言って、信じてもらえるだろうか?
ただでさえ悪印象を持たれているのに、異世界と行っていたと聞かされて信じられるだろうか?
俺なら確実に、適当なことを言って場をごまかそうとしていると考えるだろう。
「……言えないんだ。結局私のことなんて、その程度にしか考えてないだ!」
「ちょっと待て。話す! 話すから!」
しかし美弥は俺の話を待つことなく、その場から駆け出した。
俺の前から逃げ出したい一心なのだろうが、その先が問題だ。
美弥が逃げ出したのは、迷宮の方。日本にでは屈指の危険地帯である。
「美弥っ!?」
俺は彼女を追いかけようとして、足を止めた。
ここには俺と美弥だけじゃなく、環奈ちゃんもいる。
彼女はこの間、男性に襲われたばかりだ。衆目を集めてしまった状況で、一人で置いておくのはどうだろう?
俺はちらりと彼女に視線を向けると、環奈ちゃんもこちらの意図に気付いたらしい。
「私は大丈夫ですから、ムナッちを追いかけてください!」
「ごめん、この借りは後で絶対返すから!」
「はい、楽しみにしてます!」
未来が不安になるような返事を背に受け、俺は美弥を追いかけてダンジョンに入った。
美弥に遅れること数秒。わずか数秒だが、全力疾走する相手にとっては致命的な数秒だ。
特に視界を遮るものが多いダンジョン内では、なおさらだった。
「くそっ、どっちに行った!?」
入って十数メートルで道が二手に分かれている。
一般人なら追いつけたかもしれないが、まだ若く体育で身体を鍛え、ダンジョンでも鍛えている美弥なら二秒以下で到達できる距離だ。
俺が環奈ちゃんに視線を向けている間にここまで到達し、俺は美弥の姿を見失っていた。
慌てて左右を見回し、目撃者がいないか探してみるが、見当たらない。
「えっと、えぇ……」
左右の道の先は更に曲がりくねっているはずで、かなり進まないと追いつけないだろう。
「ああ、くそっ!」
他に手も思いつかなかったので、俺はウェストポーチに手を突っ込み、鉄球を一つ地面に放り投げる。
鉄球は地面を数回転がった後、ムクムクと膨れ上がり、人型の姿を取った。
「お前はそっちに行って美弥を探せ、危険なら守れ」
俺はそう怒鳴りつつ右の道を進んでいく。
鉄球から作り上げたゴーレムは、俺の命令通りに左に進み、角を曲がって姿を消した。
異世界で俺のメインクラスは、勇者ではなく錬金術師だった。その中でも、特にゴーレム作成と制御に特化した際物だ。
触媒に真球状の物質が必要だったが、これはスリングショット用の鉄球を使っていた。
俺のゴーレムは簡単な命令を遂行することもできるが、視界の共有なども可能。
さらに遠隔操作で命令を更新も可能なので、一種の使い魔に近いのかもしれない。
「こっちじゃないのか?」
しばらく進んでも美弥の姿が見当たらない。
俺の敏捷力なら、もう追いついてもいい頃合だというのに。
そんな思考が脳裏によぎった瞬間、ゴーレムの視界に美弥の姿が映った。
「やっぱり反対か!」
ゴーレムの視界には美弥だけでなく、ゴブリンも映っていた。
しかも物陰から不意を打たれたのか、足を強打されていた。
あの状況だと、逃げることはできなくなっているだろう。
その光景を把握し、俺はゴーレムに再度防衛命令を下す。
美弥の脳天にゴブリンの棍棒が振り下ろされそうになった時、ゴーレムがゴブリンに突進し、跳ね飛ばす。
その光景を脳裏で見ながら、俺は来た道を引き返した。
すでに交戦中、普通なら間に合わない距離。
しかし俺の敏捷力は一般人の範疇に無い。
目的地さえ定まっているのなら、出し渋っている場合じゃない。
「待ってろ、美弥!」
F1マシーンもかくやという速度でダンジョン内を駆け抜け、曲がり角などは壁を蹴って減速せずに曲がる。
脳内の光景では、ゴブリンが立ちはだかるゴーレムに殴り掛かっていた。
鉄製のゴーレムは実のところさほど強くはない。しかしゴブリン程度に倒されるほど弱くもない。
ガンガンとゴーレムは殴られるが、へこみ一つできていなかった。
しかし守られている美弥は突然目の前に現れたゴーレムに怯え、混乱し、硬直していた。
やがて脳裏の光景が目の前に現れる。
「美弥に何しやがる!」
その光景を実際に目にした瞬間、俺の中で何かのタガが弾け飛んだ。
怒りに任せてゴブリンを叩き伏せ、ゴーレムの関節を固定させる。
そして地面に殴り倒されたゴブリンに向けて、ゴーレムの形をした鉄塊を持ち上げ打ち付けた。
ゴブリンごときこの質量攻撃に耐えられるはずがない。
いや、最初の一撃の段階で耐えられるはずがなかった。
「美弥、無事か?」
「お、お兄……ちゃん……」
へたり込んだままの美弥を見ると、足を打たれ、腰を抜かしてへたり込んでいるが、命にかかわるような大きな怪我をした様子はない。
「怪我は……足だけか。よかった」
美弥の無事を確認し、俺は大きく息を吐いた。
ゴーレムに硬直の命令を解除し、改めて周囲の警戒に当たらせる。その間に美弥の怪我を確認しようと、一歩踏み出したところで、美弥が限界を迎えた。
「お兄、ちゃん……もう、もうやだあああああああああああっ!」
絶叫のような泣き声。ダンジョン内において、大きな音を立てるのは禁止行為と言ってもいい。
その音や声が敵を呼び寄せてしまうからだ。
だが今は、そんなことは問題ではない。目の前で泣いている美弥が最大の問題だ。
「あ、あの、美弥?」
「やだ、やだやだやだ! もう全部やだ!」
「えっと、その……」
駄々っ子のように地面を平手で叩き、不満をぶちまける美弥。
俺はその前で何も言えず、ただ狼狽えるばかりだった。
「あー、えっと。ごめんな、待たせた」
ただ、謝罪の言葉しか出ない俺だったが、それが美弥の待っていた言葉だったのか、俺にすがるようにしがみついてきた。
長年、妹とのスキンシップから離れていた俺は、何もすることができず、ただペロルにしていた時のように、頭を撫でてやる。
それで落ち着いたのか、美弥の嗚咽は少しずつ小さくなっていった。
その後、駆け付けてきた環奈ちゃんと合流し、今日のところはとりあえず俺のアパートに移動することにした。
これは環奈ちゃんと美弥の部屋は女子寮なので、俺が入れないからだ。
そして喫茶店などの店を利用しないのは、俺の話を他の誰かに聞かれたくなかったから。
厚生労働省の高橋には秘密にしていたことだが、美弥には秘密を作りたくない。
俺が異世界に行っていたことを、美弥と、美弥の同室である環奈ちゃんにも聞いておいてもらいたいと考えたからである。
ちゃぶ台一つしかないワンルームのアパートに案内し、途中で買い出ししたお茶とお菓子を大皿に乗せて出す。
「それで、お兄ちゃんはいったい、この八年どこに行ってたの?」
「もちろんそれも話すけど、まず確認させてくれ。美弥は夏目美弥で間違いなく、環奈ちゃんの同室の子なんだな?」
俺は改めて美弥に確認する。
俺だって美弥のことは忘れたことがないのだが、いかんせん八年前の記憶だ。
当時七歳だった美弥と、十五歳になって贔屓目に見ても美少女に成長した美弥では、正直別人と言われても納得してしまうくらい、印象が違う。
俺が最初美弥に気付かなかったのも、無理もないほどの成長だった。
きっと、美弥が気付いてくれなかったら、俺は『よく似た子』で流してしまった可能性もあった。
「そうよ。あの後保護施設に入れられて、今の宗像家に養子になったの」
「その、今の家族には良くしてもらっているのか?」
「少なくとも、保護施設にいる時よりは幸せよ。寮に入っているのは、家族に負担をかけないため」
「生活、苦しいのか?」
「そんなことはないけど……遠慮しちゃうのよ。どうしてもね」
「ああ、確かにそうだろうな」
どれだけ愛されても、美弥と宗像家には血の繋がりはない。その事実は、決して消えない心の棘として残り続けるだろう。
そう考えていたからこそ、美弥が寮に入っていると聞いて家族関係が心配になったのだ。
「それで、お兄ちゃんの方はなにしてたの? あの力は何?」
「何って言われてもなぁ……とりあえず腕力でごり押ししたんだが」
美弥が言っているのは、ゴーレムを持ち上げて叩きつけた一件だ。
人間よりも体格のいいゴーレム、しかも鉄の塊を一人で持ち上げるなんて、普通はできない。
「まぁ、それについても最初から説明するよ」
「うん、時間はたっぷりあるし」
週末で朝から待ち合わせ、いきなりあの騒動に見舞われたため、まだ昼前の時間帯だ。
そこで俺は、八年前の話を二人に披露することにした。
「八年前、俺はダンジョンが出現した穴に落ちたのは聞いてる?」
「うん。今でも『世界で初めてダンジョンで死亡した人物』として、どっかの記録に残ってるとか」
「なんて嬉しくない記録……とにかく、俺はその時ダンジョンの中ではなく、異世界に召喚されたんだ」
「ハ? 異世界?」
俺の言葉に、美弥と環奈ちゃんは揃って首を傾げた。その気持ちはとてもわかる。
「いや、気持ちはわかるけど、本当なんだ。穴に落ちたのに、地下の魔法陣の上に転送されたんだから、俺だって大混乱だったぞ」
「えっと、熱は……」
「ねーよ!?」
やはり胡乱な扱いを受けて、俺は遺憾の意を表明する。
しかしそこで口論しても話は進まないので、先に話を進める。
「その世界は剣と魔法の世界でさ。魔王が世界を統一しようとしてたり、魔神を呼び出したりと大変なことになっていたんだ」
「えぇ……」
「よく聞く話ですよねぇ」
「まぁ、魔王は関係なく、どの世界も領土争いってのはあるもんだよ」
俺は辛辣な環奈ちゃんの意見に、肩を竦めて答える。
そこで俺は勇者となり、魔神を倒すまで八年かけて、ようやく日本に戻ってきたことを告げた。
「その時得た能力に、ゴーレムを操る能力があるんだ。ちなみにステータスは異世界のままだったからかなり強いぞ」
「確かにすごく力が強いですもんね!」
「鉄塊を片手で持ち上げるとか、人間やめてんじゃん」
「美弥、もう少し兄にやさしく……」
俺が美弥のきつい言葉に泣きそうな視線を向けると、フンと視線を逸らされてしまった。
まだまだ、心を開いてもらうまで、時間はかかりそうだ。
「残念ながら異世界の資産は持ち帰れなかったから、一文無しだ。このアパートも、厚生労働省の役人に手配してもらって、借金まみれ」
「自業自得?」
「ムナッち、さすがに可哀想だよ」
さすがに環奈ちゃんが俺の境遇を擁護してくれる。その優しさにほろりと涙が流れてしまった。
「もう、いい歳して泣かないでよ」
「優しさが染みる。いや、それで異世界では二つのクラスとスキルがあってさ。俺は第一クラスがアルケミストで、第二クラスがブレイバーだったんだ」
「アルケミストとブレイバー?」
「日本語で言うと、錬金術師と勇者だな。つまり第二クラスが勇者だったわけ」
「それが?」
「勇者が第一クラスじゃないせいで、俺はそれまで召喚された勇者たちと比べて、能力が低かったらしい」
「でも、魔王を倒したのは刀護さんなんですよね?」
「うん。そこはほら、異世界の連中の認識の違いって奴かな?」
まぁ、今の俺はその時のその力は使えないし、話しても意味はない。
肝心なのは別のところだ。
「とにかく俺とアクアヴィータ姫、それとペロルって子と三人で魔王を倒し、魔神を討伐した」
「世界を救ったんですね!」
「うーん、どうなんだろうね?」
なにせ現代日本人から見れば、魔族という人類と、人間という人類の、ただの領土争いである。
どっちが勝っても正義と断ずるのは難しい。
「ともかく、その魔神を倒した時に流れ出た力を利用して、アクアヴィータ姫が俺を日本に戻してくれたんだ」
「そう……」
「ムナッちには悪いけど、残ろうとか思わなかったんですか?」
「もちろん考えなくはなかったよ。なにせ八年も向こうにいたからね。でも……」
「でも?」
日本に戻る決断をした理由はいくつもある。
その中でも最も強かったのは……身の危険があったからだ。
「魔神すら倒した人間って、喜ばれると思う?」
「えっ、そりゃあ……歓迎されるんじゃないですか?」
「されないわ。権力者から見たら、核兵器がそこら辺をうろついているようなものだもの」
「美弥の言う通りだよ。きっと戻ったら、政略結婚で自由を縛られるか、それとも王族よりも人気のある危険人物として暗殺されるか」
「そんな!?」
「小説とかだと、よくある話よね」
「よくある話だけに真実味もあるんだ。残念ながら」
誰もが考えるということは、時の権力者も考えるということである。
その危険を理解していたからこそ、アクアヴィータ姫も俺の日本帰還に協力してくれた。
あのお姫様には、足を向けて眠れないほどの恩ができてしまった。
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